<東京怪談ノベル(シングル)>
『感謝の気持ちを籠めて』
初夏の陽射しは思いの他強く、少女の白い肌に突き刺さった。
広場を元気に走り回る子供達に癒されながら、少女はゆっくりと目的の場所へ歩いてゆく。
行く手を阻む青々とした草に眉根を寄せながら、手で掻き分けて進む。
ようやく古びた建物が目に入り、少女は可愛らしい顔に笑みを浮かべた。
2度、白く細い手でノックをして「こんにちはあ」と声をかける。
ガタッ、バキッ、ドサッ
何かが暴れまわるような音が響いた後、勢い良くドアが開いた。
「こんにちはあ、お兄さん」
現れた男性に、少女――ミルカは微笑みかけた。
「やあ、ようこそ。ミルカちゃん……いや、ミルカって呼んでもいいかね?」
「はあい。……えーっと、ファムルさん、だったわよね。この間は答え合わせさせてくれてありがとー。お陰で思う存分ご飯を食べることが出来たわ」
先日、ミルカは目の前のファムル・ディートという男と、白山羊亭の企画で出会った。
企画の内容は、白山羊亭を題材としたクイズであり、2人は答え合わせをすることで、高得点を獲得したのだ。
見事優勝を果たしたのはミルカの方である。
彼女は今日、その時のお礼に、ファムルの診療所を訪れたのだ。
「いやあ、それはよかった! ところで、花嫁修業の方は進んでいるかい?」
「うん、得意な料理の腕を磨いているのう」
診療所は小汚かったが、目の前の男性ファムルは白山羊亭で会った時よりも素敵に見えた。
部屋着に白衣を羽織っただけの姿であったが、クイズの時とは違い無精髭はなく、髪も多少整えられていた。
「それでね、今日はお礼にお菓子を持ってきたのよう」
「な、ななななんですと!」
ミルカの言葉に、ファムルは大袈裟なほど驚いた。
「ささ、汚いところだが、とりあえず上がってくれ〜」
ファムルはミルカの背に手を回し、彼女を室内へと入れたのだった。
診療室の奥の部屋に通され、ミルカは固めの椅子に腰掛けた。
散らかってはいるけれど、不潔ではない。
(男の一人暮らしとしては、いい方なのかもしれないけれど……診療所としてはどうなのかなあ)
そんなことを考えていると、ファムルがティーカップと食器類を持って現れた。
「わあい、ありがとー」
ミルカは紅茶の注がれたカップに砂糖とミルクを入れた。
「で、どんなお菓子を持ってきてくれたのかね!?」
ファムルは身を乗り出さんばかりの勢いだった。
「ううん、大したものじゃないんだけれどね、よかったら食べて欲しいなあって思って」
ミルカがバスケットから取り出したのは、赤いリボンが掛けられている綺麗に包装された小箱だった。
「ほほう。ミルカさんが作ったのかね? さっそく戴いてもいいかね!?」
ミルカはにっこり頷く。自分の倍以上生きている男性が子供のように喜ぶ姿は、なんだかとても嬉しく面白かった。
ファムルは赤いリボンと包装紙を急ぎながらも丁寧に解く。
「ファムルさんって、意外と器用なのねえ」
「いやいやミルカさんほどでは!」
中に入っていたのは、沢山のフルーツで飾られたタルトであった。
「ううっ、フルーツなんて、山で野苺を食べて以来だ。しかも、こんなに可愛い娘が作ってくれた菓子なんてもう十年以上口にしてないぞぅ」
ファムルは涙まで浮かべている。
ミルカは2つに切り分け、少し大きい方をファムルの皿に載せた。
「はい、どうぞ。お口に合えば良いんだけれど……」
「合います、合いますとも! いただきます!」
ファムルはその綺麗に飾られたタルトをもったいなさそうに小さく切って、口に運び入れた。
「こ、これは……」
「どう?」
「な、なんという……」
ミルカはファムルの反応をどきどき待った。
今回のタルトはなかなかの自信作である。美しい花畑のように綺麗に出来たので、揺らさないよう、慎重に持って来た。
「エレガントで、トレビアンな作り、アグレッシブでフォルティッシモな味だ!」
「?? ファムルさん、言葉の意味がわからないー」
前半は大体わかるのだが、後半が意味不明である。
ファムルがフォークでタルトに載っている果物を刺した。
「や、やっぱり市販の果物は美味……」
「軽くシロップで漬け込んだのよう」
「はっはっはっ、これはまた手の凝った強烈な味ですこと」
「強烈?」
「え、ええ、強烈に美味しい、です!」
いいながら、ファムルは次々にフルーツを口に入れる。そして、紅茶を何杯も飲む。
何故かその額には汗が浮かんでいた。
「うわあ、嬉しい。よかったら、あたしの分も食べてねえ」
ミルカは自分の皿も差し出して、美味しそうに(!?)食べるファムルの姿をにこにこと見守った。
「本当はあ、アイスクリームにしようかと思ったんだけれどー、ここに持ってくる前に溶けちゃうかと思ってえ……そうだあ! キッチン借りてもいい? ここで作ればいいだわあ」
「いや! うちにはアイスクリームの材料なんてありまへん!」
「近くで買って来るわ」
「いえ、そもそもうちには、キッチンなんてものはないのでっ!」
「ええーっ? どこでお料理してるのう?」
「研究室です! 関係者以外立入り禁止なもので、籍を入れてもらってからではないとっ!」
ファムルは何故か必死の形相である。
「そっかあ、残念……」
諦めてミルカは椅子に座りなおす。
「ええっと、ミルカちゃん、いやミルカ!」
「はあい、なあに?」
「花嫁修業として……うー、料理教室にだな」
「料理教室? あたしなんかまだまだだからあ、教室を開くのは早いかとー」
「いえ、そうではなくてだなっ」
「なあに?」
ミルカはきょとんとファムルを見つめる。
ファムルはミルカの無邪気な様子に、その先の言葉をどうしてもいい出せなかった。
「いやあ、ホント素敵だよ、このタルト。見とれてしまうなー」
「ありがとー。また作ってくるねえ」
「はっはっはっ、今度はシロップ漬けしてないフルーツが食べたいなあ。シロップは自分でかけるよ。ミルカはとても器用だし、素材のそのままの味を活かした料理もとても上手いと思うんだ、ああ、絶対だ! 約束だミルカ、今度は素材と包丁だけで素敵な料理を作ってくれぃ!!」
強い口調でファムルは言い放った。
その迫力に押され、ミルカはこくこくとただ頷いた。
泊まっていかないかという誘いを断り、ミルカは夕方には診療所を出ることにした。
「それじゃ、ミルカ気をつけて。今日は……ありがとう」
ファムルの顔は何故か青い。栄養失調の為だと本人は言っていたが……。
「はあい、ファムルさん、ご飯ちゃんと食べてねえ」
空になったバスケットをぶんぶん振り回しながら、ミルカは家に向かって歩き出す。
「そっかあ、素材を活かした料理かあ。それならシロップはジュースにしてもってこよー。たあくさん作らないとお。ファムルさん飲み物好きみたいだしー」
夕焼け色に染まる街の中を歩く。
ファムルが聞いたらさぞかし“喜ぶ”であろう言葉を、明るい笑顔で紡ぎながら。
●ライターより
『白山亭クイズバトル!』後のミルカさんとファムルのやりとり、とても楽しく書かせていただきました。
ファムルは調味料の配合なんかは上手そうですので、一緒に作れば案外見かけも豪華で味も良い料理が作れるのかもしれません。ファムルが目を離したりしなければ、ですがっ。
この度はご依頼ありがとうございました!
(川岸満里亜)
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