<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
「交わりあう運命の糸」
「どうしてあの時言えなかったんでしょう…」
これで何度目のため息だろう。
もうとうに数えるのはやめたけれど、後悔の念だけがどんどん積もって行く。
さっきからとぼとぼと、松浪静四郎(まつなみ・せいしろう)は砂ぼこりの舞う道を歩いていた。
行きかう人たちが振り返るのに、彼は気付いていなかった。
それはそうだろう、この街に、これほど上等な服を着ている人はいないのだから。
彼はそれくらい、この場所に不似合いだったのだ。
彼は人探しのために、このソーンにやって来た。
傷つけてしまった、彼の義弟、心語(しんご)を。
あの時、彼は何かを訴えようとしていた。
元々、言葉をうまく紡げるような、そんな器用な子ではなかったのだ。
そんなことは、自分が一番よく知っていたはずなのに。
わかってくれ、気付いてくれ、とあの目は言っていた。
そのことを感じていながら、それ以上を感じ取れなかった自分を、彼は何度も責めていた。
だから、自分の能力を最大限に使って、この世界へふわりと次元を超えて来た時、どれだけ時間がかかっても、義弟を探し出そうと決めたのだ。
この世界のことはほとんどわからなかった。
だが、気のいい姉弟が気持ちよく受け入れてくれたので、この世界も好きになれた。
きっと義弟もやさしく受け入れられているだろうと、静四郎は願わずにはいられない。
最初に到着した場所が聖都だったので、たくさんの旅人が入れ替わり立ち代りやって来ていた。中でも、二階に宿を併設した『海鴨亭』には、そういう者たちが多かった。
静四郎もあまり酒に溺れる性質ではなかったから、適度に飲み、適度に食べて、その日を過ごしていた。
そう、あの噂を聞くまでは。
彼はただ義弟を探すためだけに、この世界に飛んで来たのだ。
だから、楽しみながらも、その情報だけは逃すまいと、いつも心の奥の一ヶ所を澄ませていた。
そしてある日。
旅人のひとりが、最近ルクエンドに大きな地下水脈が発見されたらしい、という噂を口にした。
そこに何人もが足を運んだが、戻ってきた者はいない、と。
その時、別の旅人が、「いいや、ひとりだけいる」と反論したのだ。
「まだ少年のようだったが、鋭い目と大きな剣を背中に下げた、浅黒い肌の男だ」と。
静四郎はその男に駆け寄った。
「それだけですか?あなたは見たのですか?!」
相手は驚いて、静四郎をまじまじと見る。
「な、なんだ、おめぇは?!」
いつの間にか、ありったけの力で相手の両肩をつかんでいたのに気付いて、静四郎は慌ててその手を離した。
そして深々と頭を下げると、言った。
「す、すみません、少し取り乱してしまって…」
あまりに素直に謝られたのが拍子抜けしたのか、相手も頬を指先で少し掻いて、「まあ、座れや」と言って、隣りの席を指差した。
「あ、はい、ありがとうございます」
静四郎はひとつうなずいて、その席に腰を下ろした。
それから青い瞳をひた、と相手に据えて、静四郎は押し殺すような声で尋ねた。
「それで…その相手はどんな男性でしたか?」
「ああ、俺もちらっとしか見てねぇんだ。あのあたりじゃ見かけねぇ銀色の髪をしててよ、背も小せぇから、最初は子供かと思ったぐらいだぜ。最近、よくエバクトからルクエンドの島まで、船でちょくちょく渡ってるらしくてな、エバクトではちいと有名になってるんだ」
「銀色の、髪…」
背格好といい、髪の色や剣のことといい、義弟の心語にちがいない。
だが、まだそうと決まった訳ではないのだ。
はやる心を抑えて、静四郎はさらに尋ねる。
「でも、その彼はいったい、どうしてルクエンドという島に?」
「ルクエンドってのは、半分不毛の土地ばっかしの島でな、川がねぇから、水はすべて島にひとつしかねぇ湖から引いてたんだ。だが、最近、巨大な地下水脈があの島の下に広がってるって噂があって、それを確かめに行ったヤツらがいたんだとよ。だが、そいつらのうち、帰って来たのはその男だけでな、平気な顔して戻って来たらしいんだ。俺がこの前エバクトに寄った時にゃ、また行くつもりだって言ってるって、雑貨屋の店主が呆れ顔で言ってたぜ」
「じゃあ、その彼は地下水脈に用事があるんですね?」
「たぶんな。まあ、エバクトの住民にすりゃ、そいつは余所者だからな、止める理由もねぇってことで、好きにさしてるみたいだぜ」
「そうなんですか…」
「おお、そうだった、そいつ、最近エバクトで家を借りたらしいぜ?会いに行ってみたらどうだ?」
「そ、そうなんですか?!」
静四郎は椅子を蹴って立ち上がった。
またしても男は驚いた顔をしたが、何かを感じたらしく、ひとりうなずいて続けた。
「ま、ちっとばかしここからは遠いぜ。明日、俺の知り合いの隊商が、エバクトの向こうのススランザまで行くって言うから、頼んでやってもいいが…」
「あ、ありがとうございます!」
静四郎はまた深々と頭を下げた。
相手はにっと笑って、こう言った。
「じゃ、明日、聖都の大門の前で待ってるようにな。それと」
男は今度こそ、にやり、と笑った。
「ま、情報料と手間賃ってことで、ここの勘定、よろしく頼むぜ?」
翌日。
情報をくれた男は、食い逃げはしなかったようだった。
静四郎が大門の前まで行くと、立派な馬と幌馬車を持つ、割と大きな隊商が、彼を待っていた。
「松浪様ですな?」
しわがれた声の老人が、半分閉じているような目で静四郎を見上げた。
「はい、エバクトまで、よろしくお願いいたします」
「幌馬車にお乗りなされ。エバクトまでは前金じゃがよろしいかの?」
「あ、はい」
静四郎は言われたとおりに支払った。
事前に世話になっているあのふたりに、エバクトまでのだいたいの運賃を聞いていたので、その前金は、多少割高ではあったが、決して法外なものではなかったのだ。
見かけによらず、あの男は良心的な隊商を教えてくれたようである。
その老人はどうやら、隊商のリーダーのようだ。
幾人かの屈強な雇われ戦士と、大量の香辛料、いくつかの装飾品ときらびやかな布たち、何人かの商人が、その隊商のすべてである。
その異国の香りにあふれる幌馬車の片隅に、静四郎はそっと座った。
膝を軽くかかえて、幌の梁に背をもたれさせる。
やがて、門の開く音がして、馬車は走り出した。
街道はきちんと舗装されていて、振動もそんなに響いて来ない。
思ったよりずっと、快適な馬車だった。
静四郎は、小刻みに揺られながら、ずっと心語のことを考えていた。
あの日、あの目は何を語りたかったのか。
あの惨状の中で、降りしきる細かい雨に濡れながら、何かをあきらめ、何かを決めたように、うつむいた彼。
そして、そのまま、風のように消えてしまった、彼。
言いたかったことのかけらを、何ひとつ残さずに。
「追いかけて来い、ということだったのでしょうか…」
ぽつりと、彼はつぶやいて、膝に顔を埋めた。
謝りたかった。
直接、彼に会って、きちんと謝りたかったのだ。
あの目をまっすぐに見つめて、気持ちのすべてを伝えて。
でも、それは彼には迷惑なことなのではないだろうか。
そう思うと、心の一部が寒く凍えた。
「今さら、何をしに来た?」
そんなふうに、怒りをたたえた瞳で言い切られないとは限らない。
それだけが、怖かった。
だが、心の他の部分が訴えるのだ。
行け、と。会いに行け、と。
静四郎はそのまま目を閉じた。
夢も見ずに、眠ってしまいたい、そう思って。
「おい、若いの、着いたぞ」
肩をいささか乱暴に揺すられ、静四郎は眠りの淵から引き上げられた。
そして夢うつつのまま、幌馬車から降り、比較的拓けた町に降り立つ。
老人が御者台からゆっくりと降りて来て、町の奥を指差した。
「お若いの、奥へと行くと宿屋が並んでおる。先に宿を取っておくべきじゃな。このあたりは治安があまり良くないのでの」
「ありがとうございます。そうさせていただきます」
静四郎は老人に丁寧にお辞儀をした。
何度かうなずいて、老人は御者台に戻った。
そして、またゆるゆると、隊商は北へと動き出した。
ひとり残された静四郎は、隊商を少しの間見送ると、老人の助言どおりに宿屋の並んでいる通りを目指した。
そして、その中のひとつを選んで部屋を取ると、しばしそこで休息を取る。
荷物は何もなかった。
ひと息つくと、彼は意を決して町中に情報集めに出ることにした。
新しくこの町に住みついた者だ、すぐに見つかるだろう。
静四郎は酒場の男が教えてくれた雑貨屋を目指した。
この町は隊商の通り道になっているため、雑貨屋も1軒しかなかった。
そこの親父は無愛想だが、すぐにその家を教えてくれた。
だが同時にそこで、残念な情報も手に入れることになる。
「あの家の主は、ちょうど水脈に降りて行っちまったばかりで、今は誰もいないぞ」
静四郎は、仕方なく町を散策したり、近くの小さな森に出かけたりはしてみたものの、心語のことが気になって、あまり楽しめはしなかった。
せっかくの小休止なんだと、自分に言い聞かせはしたのだが、そんな気休めすら、成功しはしなかった。
既にこの町に来て、数日が経った頃。
自分の気持ちを騙すことにも疲れてしまった静四郎は、そのこぢんまりした、木の小屋のような家の玄関口にそっと立った。
この数日、迷っていたのだった。
あの雑貨屋の主人に言われたとおり、今この家の家主はいないのかも知れない。
だが、予定が早まって戻っている可能性も十分にあった。
それなのに、静四郎は、自分の心を計りかねて、この家に来るのをためらっていた。
あの日。
まるでガラスを割るような、そんな甲高い音が、不意に眠りを破ったのだ。
眠っていた静四郎は、家人と共に、その音の源の裏庭へと走った。
そこには。
そこには、心語が全身を朱に染めて立っていた。
右手には薪割り用の手斧を握りしめ、らんらんと光る瞳で、倒れる男たちを見下ろしていた。
「どうしたのですか?!いったい何があったのです?!」
裸足のまま、裏庭に走り降りた静四郎に、心語はぽつりと言った。
「…ここに入ろうとした賊だ」
この時に気付けばよかったのだ。
心語の肩が、ほんの少し震えていたことに。
だが、気が遠くなるような濃い血の匂いと、闇夜に浮かび上がる真紅の色に、静四郎は気が動転してしまっていた。
「捕らえれば済むものを…なぜ殺してしまったのですか?!」
心語の背中がビクッと揺れた。
それからゆっくりと見上げられたその瞳には、言い表しようのない光がたたえられていた。
数秒、そうやって静四郎を見つめた後、心語は無言でその場を立ち去った。
何度、静四郎が呼びとめても、もう彼はその呼び声に答えてはくれなかった。
あくる日。
心語は、二度と使わないと誓ったはずの愛剣を持って、どこかへ消えうせた。
家人の誰も、それに気付かなかったという。
静四郎は、心語を失ったのだった。
だから、静四郎はこの世界へ来た。
心語を探すためだけに。
そして、心からの謝罪をするためだけに。
静四郎は意を決して、ドアを数回ノックした。
沈黙。
首を傾げ、再度ノックする。
また、沈黙。
そこで、彼はドアのノブに片手をかけ、そっと右へ回してみた。
しかし、鍵がかかっていて、びくともしない。
完全な、留守だった。
静四郎は、ふう、と息を吐いた。
それから、もう一度、その家を見上げ、ドアを背に玄関口に座り込む。
「何日でも、待ちますよ…」
それで購われる罪ならば。
静四郎は膝を引き寄せ、そっとその青い目を閉じた。
サク、サク…
砂を踏む音がする。
静四郎は、夢の中でその音を聞いた。
サク、サク、サク。
だんだん、その音が近付いて来る。
それと同時に、彼の意識も少しずつ鮮明になって来ていた。
かかえた膝から顔を起こし、真正面に太陽を背負った、小さな小さな人影を見つめる。
相手は、はっとして立ち止まった。
だから。
静四郎は、にっこりと微笑んだのだ。
「…お帰りなさい」
〜END〜
お久しぶりです。
またまたご無沙汰ライターの藤沢麗です。
いつもご依頼、ありがとうございます。
松浪心語さんのルクエンド探索のインターバル、
静四郎さんの視点で書かせていただきました。
今後のルクエンド探索には、
静四郎さんもいっしょにいらっしゃるのでしょうか?
その前に、いっしょに住まれるのでしょうかね?(^-^)
それではまた近い未来にお会いできましたら、
またどうぞよろしくお願いいたします。
このたびはご依頼、誠にありがとうございました!
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