<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
【Go WEST!】物言わぬ町
■0■
旅人が2人その町に訪れた。
手には二胡。吟遊詩人といったところだろうか。
陽も昇った昼下がり、町が最も活気付く頃。だがその町はまるで、町全体が通夜でもしているかのように静かだった。
そもそも、町に人が見当たらない。
代わりに、町のいたるところに何とも精巧な人型の石が、何も語らず、ただ賑わう町を模していた。
「なんだ、この町は」
一人の旅人が気味悪げに呟いた。
「さっさと水だけ調達して行こうぜ」
もう一人の旅人が答えた。
この町で水を調達しておかなければ、この先の砂漠を越える事は出来ない。2人は井戸を捜した。
広場に井戸を見つけてこれ幸いと桶を投げ入れる。それを引っ張り上げようとした時、突然、1人の小汚い子供がその腕を掴んだ。
鬱陶しそうに蹴飛ばすと、旅人たちは子供の制止も聞かずにさっさと井戸の水を汲み上げ、その場を立ち去った。
そして、路地裏で喉の渇きを潤そうと、今汲んだばかりの水を飲む。
その瞬間、旅人たちも、この町の人と同じように石へと変化してしまったのだった。
★
「あの町には行かないほうがいい。あんたらも石にされちまうよ」
柴桑を出ようとしたところで、そこにいた男にそう声をかけられた。
だが、その先の砂漠を越えるには、寄らないわけにはいかない。
男に礼を言って、柴桑の町を出た。
石にされると言われる南昌の町へ。
■1■
陽はまだ昇ったばかりで大地に照りつけ、人は畑仕事に精を出す時間、夕方まで開店する事のない居酒屋を無理矢理開けさせてウェルゼ・ビュートは大きな樽ジョッキに入った琥珀色の酒を喉の奥へ流し込み、笑顔でプハーッとアルコールくさい息を吐き出した。
この町には他にも朝から開いている店が1件ほどある。旅人や隊商が集う店だ。しかしその店には酒がなかった。そういう事である。
「もう一杯」
「朝っぱらから何考えてるのよ。もう出発しないと向こうに着くのが夜中になるわよ」
向かいの席で呆れ顔のユリアーノ・ミルベーヌが嗜めた。
「うんうん」
傍らで桜・ファーラングが控え目に賛同する。大っぴらに賛同出来ないのにはわけがあった。ウェルゼは部類の酒好きな女王様気質だからだ。触らぬ神になんとやら。
しかしウェルゼは顔をムッとさせはしたものの、運ばれてきた樽ジョッキをあっという間に飲み干すと、
「わかったわよ」
と言って立ちあった。
言い方は投げ遣りであったが顔はさほど不愉快そうではない。
「仕方がないわね」
と隣の椅子にかけてあった外套を取り上げるその表情は、心なしか笑っているようでもある。
そしてウェルゼは店内を見渡した。
無理矢理開店させた店内にはウェルゼとユリアと桜の他にはこの店の主しかいない。
と、突然、入口の扉が開いた。
「へぇ。この店は開いてるんだ」
そう言って一人の若い旅装姿の男が入ってきた。黒髪に赤い瞳。この国の人間ではないのか。
「はぁ、今日だけですが」
天頂まで禿げ上がった頭を撫で付けて店の主は曖昧な愛想笑いを男に向けた。ウェルゼたちが出ていったら、店を閉めるつもりだったのである。
「いい所に来た!」
ウェルゼがびしりと男を指差して言った。
ユリアがその後に続く言葉を慮って盛大な溜息を吐く。
「間の悪い」
桜が傍らでぼそりと呟いた。
まったくもって間が悪いというほかあるまい。どちらにとってかといえば、とりあえずは彼の方か。
「はい、これ」
ウェルゼはにこやかに言って巨大な酒樽を男に担がせた。中にはたっぷり酒が入っている。重さにして男2・3人分くらいはあるだろう。だが、男はそれに押しつぶされるでもなくただ目を丸くした。
「は? 俺はこれから……」
ここで食事をとか、続けたかったに違いない。しかしウェルゼは大上段から遮って言い放った。
「南昌に行くわよ」
言外には、あなたも、とか、その酒樽を持って、とかが付いている。そういう目だ。
「は? あんたら、あの町に行くのか?」
男はウェルゼを見て、それからユリアと桜を順に見やった。それは助けを求めるというよりは純粋に驚いている顔だった。
「えぇ。砂漠を越える方法や水を確保する方法は、あの町を経由しなくてもあると思う。でも、これ以上の犠牲者が出るのは……」
言いかけたユリアの言葉を、やっぱりウェルゼは遮った。
「あら、違うわよ」
「え?」
思わずユリアがウェルゼを見やる。そういう理由で南昌に行こうと言いだしたのではなかったのか。
ウェルゼは人差し指を一本立て、ちっちっちっと軽く振ってみせた。
「お宝の予感がするの」
「…………」
だから先刻、彼女は大好きな酒の邪魔をされても必要以上に怒らなかったのである。
酒と宝をこよなく愛す門番。もしかしたら副業はトレジャーハントだったのか。ウェルゼは男の肩をガシッと掴むと有無も言わせず意気揚々と彼を店の外へいざなった。
客がいなくなる事にホッとしたのか店の主が安堵の息を吐く。
ユリアは奇妙なデジャヴュにとらわれながら、樽を担ぐ男の背をぼんやり見つめていた。
「どうしたの?」
桜が怪訝に尋ねる。
「あ、うん。何でもないんだけど……酒樽を片手で軽々と持ち上げてるから」
咄嗟にユリアは曖昧に誤魔化していた。
「そういえば、見かけによらず力もちね」
そうして2人はウェルゼたちを追いかけた。
☆
南昌の町の入口で山本建一はふと足を止めた。
門の向こうには聞いていた通りに今にも動き出しそうな石像がいくつも連なっている。
まるである日突然、何の前触れもなく人は石に変えられた、そんな感じだった。雑談しているかのように向かい合う2体の石像はどちらも笑顔だった。そこには、石にされるというような恐怖の色はない。
建一は門をくぐり、町の目抜き通りらしい大通りを歩き始めた。
広場に井戸がある。
そちらへ歩を進めたとき、誰かに腕を掴まれた。
1人の薄汚れた子供が自分の腕を掴んでいる。髪も梳いていなければ、全身は泥だらけ。どうやら白痴らしい。あぁ…とか、うぅ…とか、奇声を発するだけだ。
だが、それに混じって意味のある単語が混じっているのに気付く。
「いど……だめ……」
舌足らずで聞き取りにくかったが、子供は確かにそう言っていた。井戸の水はだめだと首を横に振って、一生懸命建一を止めようとしている。
「大丈夫ですよ。井戸の水は飲みません」
建一にはクリエイト・ウォーターの魔法がある。この魔法により飲料水を確保する事は容易なのだ。
子どもは続けた。
「あうぅ……あかない…とびら……」
奇声の合間に発せられる言葉に、建一はしゃがみこむと子どもの顔を覗き込んでゆっくりと尋ねた。
「それはどこにあるんですか?」
子どもがはっきりとそちらを指差した。そこには高官か富豪か、いずれ大物と思われる者の邸宅らしい宮殿のように大きな建物が見えた。
「かぎ……すな…なか……」
「ああ、扉を開くのには鍵が必要なんですね。でも鍵は砂の中」
「にんぎょう……まよい……ぎん……しんじつ……」
そう呟いて子どもは不安そうに建一を見返した。
「人形……迷い、銀で真実。大丈夫です。これ以上犠牲者を増やすわけにはいきません」
建一は立ち上がると子どもの頭を優しく撫でてから、その子どもと別れた。
そして砂場を探すように歩き出す。
まずは扉の鍵を見つけ出す必要があるだろう。
■2■
「あら、鍵なんて必要ないわよ」
と、ウェルゼはあっさり言ってのけた。
建一が砂の中に埋まっているとされる鍵を探している途中、ウェルゼたちと出会ったのは彼が白痴の子どもと別れて間もなくの事である。
さほど広い町ではない、という事か、それともこんな町を歩いている人間が彼らぐらいしかいないためか。
建一は事情を話し、手分けして鍵を探しませんかと持ちかけた。
鍵は砂の中。
しかしこの町の西側には砂漠が広がっている。もしそんな砂漠の中だとするなら、鍵を探すなんて途方もない話しだ。
「石化……時間を止める……時間……。もしかして、砂って砂時計の事じゃないかしら?」
連想ゲームのように呟いてユリアが言った時だった。
ウェルゼは、それを肯定するでも否定するでもなかったが、鍵探し自体を否定してみせたのである。
「あら、鍵なんて必要ないわよ」
「鍵が必要ないってどういう事?」
ユリアが眉間に皺を寄せる。
「ドアをぶち破ればいいじゃない」
ウェルゼはどこか勝ち誇ったような顔付きで言ってのけた。開かないならそんな扉、壊せばいい。
「鍵を探しましょう」
付き合っていられない、とでもいう風にユリアは桜と、ウェルゼに酒樽を担がされていた男を促した。
しかし建一がふむと考える風に腕を組んで言った。
「それは一理ありますね」
「えぇ!?」
思わずユリアは目を見開いた。
ユリアが知る中では建一は割りと常識人で穏健派のイメージがあったから、彼女にとって彼のこの発言には顎がはずれそうなくらいのインパクトがあったらしい。
ウェルゼがふふんと勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「ぶちやぶる、はともかく。あの建物は石造りのようですし」
「?」
「もしかしたら鍵を使わずに入れるかもしれません。試してみる価値はあると思います」
★
かくて5人はその建物の前へやってきた。石造りの巨大な建物には、何故か、窓のような類が見当たらない。
唯一の入口の扉は押しても引いてもビクともしなかった。
「それでどうするの?」
「ぶっ壊すわよ」
ウェルゼが両翼の剣の柄に手をかけた。しかしそれを建一が制して扉の横の石造りの壁の前に立つ。
そこに両手を掲げて彼は呪文を唱え始めた。
ウォールホールは石の壁に直径3m、奥行き1mまでの穴を開ける魔法である。効果時間は6分。
ただし、この壁が魔力を帯びていた場合は失敗する。その上、この大陸では魔法の体系が違うせいか、発動しにくい魔法というものがある。勿論、その根源が同じである限り、呼称が変わろうとも、それなりの力は発現させられるが、特に闇・月・金・土属性の魔法が発現しにくい。このウォールホールは土属性の魔法だった。成功率は五分五分といったところか。
果たして建一が詠唱を終えると、その石の壁に直径1mほどの穴が開いた。
「うまく行きましたね。数分で消えてしまいます。皆さん急いで中へ」
建一が促し4人は穴をくぐる。最後に建一がくぐると、穴は閉じられた。
5人は辺りを見渡した。薄暗い廊下がずっと伸びている。少し歩いて、その廊下が迷路のようになっている事が判明した。
通路が3つに枝分かれしている。
「手分けしましょう。テレパシーの魔法を使います。何かあったらそれで」
建一が言って呪文を唱えた。
これで3手に別れても相互に連絡を取る事が出来る。
「では、この通路には僕が」
建一は一番手近にあった、向かって右の扉の前に立った。
「はいはーい! 俺も俺も」
酒樽を担いだ男が建一の後ろに立つ。
「え?」
「だって、魔法使えるし、一番強そうだもん」
男はへらっと笑ってウィンクしてみせた。
やれやれと肩を竦めてユリアが左の扉の前に立つ。
「私は桜とこの通路を行くわ」
自ずとウェルゼが一人真ん中に立つことになったが、ウェルゼは別段不服そうでもない。むしろ一人の方が彼女的には好都合であったろう。万一この先にお宝があった場合は独り占め。他の通路にあった場合は山分け、などという勝手な算段をたてているのだ。
「では」
建一が促し、5人はそれぞれの通路へと入っていった。
★
「それで、向さんはここで何をやってるんです?」
しばらく通路を進んで、ふと建一が後ろに声をかけた。
酒樽を担いだ男―――郭向が、ペロリと舌を出す。
「あら、やっぱりバレてた?」
「バレてるに決まってるじゃないですか」
「まぁ、ちょっとした好奇心?」
とぼけたように向が言う。
「…………」
「それと3つほど腑に落ちない事があるんだよね」
「腑に落ちない事、ですか?」
「うん。1つは、この町の人間が井戸の水を飲んだ事で石になったわけではないという事」
「…………!!」
言われてみればそうだった。
水を飲んで石になったのなら、飲んでいる姿で固まるはずだし、一斉にという事はない。誰か一人でも石化すれば、みんな水を飲むのをやめるだろう。
だが実際には、町を歩いている途中、小物を売っている途中、人と話している途中、そんな姿ばかりだ。
まるで突然、気付いたら石になっていたような。
「それともう1つ。何故その子供だけが助かったのか?」
「…………」
白痴だから、と答えようとして建一はその言葉を飲み込んだ。魔物が犯人だったとして、白痴の子供なら何も語るまいと思ったとして、そこまではいい。だが、それであの子は1人、どうやって今まで生きながらえてきたのだろうか。井戸の水も飲めないのに。
この町は一体いつから石になってしまったのだろうか。
「後1つは、いろいろヒントをくれて、いろいろ知ってるようなのに、子どもは魔物とは言ってないって事かな。これは腑に落ちないというより、ちょっとした疑問だけど。誰が最初に魔物と言い出したのかなぁ、と思って」
建一はまじまじと向の顔を振り返っていた。魔物が出るというから魔物の仕業だと思ってた。そういえば子どもは、魔物が出るとも、それに気をつけてとも言っていない。言ったのは人形。
向は不思議そうに肩を竦めていた。
■3■
3つの道は特に分岐のないまま、まっすぐに伸びていた。
やがてその先にそれぞれ終着点らしい空間が見える。
「!?」
5人は我が目を疑った。
「ちっ」
とウェルゼが舌打ちする。
「3つの道は繋がっていたのね」
ユリアが言った。
「途中、何かありましたか?」
勿論、何かあればテレパシーでと言っていたし、結局何も交信がなかったという事は何もなかったのだろうが、敢えて建一は尋ねた。しかしユリアも桜も首を振り、ウェルゼは両手の平を天井に向けて、軽く肩を竦めただけだった。
「途中には何もなかったが……」
向が地面に転がった何かを拾い上げる。
「どうやらここは、さっき別れた場所らしいな」
「!?」
その言葉に一同が驚いたように彼を振り返った。彼は拾い上げた赤いビー玉のようなものを掲げている。それ以上の説明はなかったが、彼の言から察するにそれはマーカーとして別れる際にここに残していったものだろう。
「どういう……事?」
「さぁ?」
「…………」
「今度は俺が桜さんとここに残ろう。3人でもう一度その通路を進んでみたらどうだ?」
向はどんと酒樽を置いて、その上に頬杖をつきながら言った。彼の提案にユリアは建一を振り返る。
「そうですね」
建一が頷いた。
「面倒くさいわねぇ」
言いながらウェルゼは真ん中の道の前に立った。
ユリアが左へ、建一が右へ。同時に彼らは道へと入っていった。
そして程なくして3人は道を抜けた。
桜と向のいる場所へ。
「…………」
「やっぱりか」
「子どもの言った“迷い”というのはこの事かしら?」
「恐らく」
「いいわ。こういうまどろっこしい壁は破壊しましょう」
ウェルゼが再び剣の柄に手をかける。
それを建一は慌てて止めに入った。
「やめてください!」
かつての悪夢が彼の脳裏を過ぎっていく。以前、かえらずの森に入るとき、酷い目にあったのだ。あの時のように、彼女が放つ炎はまたここへ戻ってきたら……。
「でも、もう戻る道もなくなってるわ。まさか、このまま出られなくなるなんて事……」
ユリアが呟いた。それならまだ、ウェルゼに壁を破壊させた方がマシな気がしてくる。
「確か、子どもの言葉は“銀で真実”だったよな」
「はい」
向が懐から一本の短刀を取り出した。装飾過多気味の鞘にウェルゼの目が細まる。彼は短刀を抜いた。
「!?」
短刀の刃に映る景色が、今自分たちが見えているものと違って、5人は目を見開いた。
「なるほど、銀は真実を映すというわけか」
向は短刀を鞘に戻してしまう。
それから酒樽を肩に担ぎ上げた。
「さてと。じゃ、後は神獣牌でも使えばいいから」
「え?」
「俺は確かめたい事があるんで、ここで失礼するよ。残りは人形の謎、任せた」
「ちょ……待って、どうして神獣牌の事……」
驚いてユリアが向に問いかけたが、彼は何も答えず、ウェルゼの酒樽を担いだまま、4人の前からふっと姿を消した。
「一体彼、何者だったの?」
どこかで聞いたことのあるような声だと、ユリアは思うのだが、どうしても思い出せない。
建一がわずかに首を傾げてそんな彼女を促した。
「我々は先に進みましょう」
★
彼の言う通り、神獣牌の裏面の鏡は真実を映し出した。
確かに指で触れ感じることの出来る壁なのに、その壁に向かって力いっぱい体当たりをすると、まるで突然そこにドアあって、中から内側へ開かれたかのように、何の手ごたえもなくすり抜ける事ができた。おかげで勢いあまって地面に転がる。
そんな事を何度か繰り返して4人はそこに辿りついた。
広いホールのような部屋に横たわるそれは見上げるほど巨大だ。蛇のような尾、竜のような巨体、獅子のような頭、鷲のような鉤爪のついた翼……これが魔物、か。
その獅子のような頭部に3つある目がぎょろりと4人を見据えた。
『即座に立ち去れ』
脳裏に直接響く声。
ウェルゼが両翼の剣の柄を握った。
建一が身構える。
ユリアがヒップホルダーからマグナムを抜いて駆け出した。
「桜さんはさがってて!」
ウェルゼが跳躍と同時に剣を抜いた。その剣に炎が宿る。空を薙いだだけで炎は魔物めがけて焼き尽くさんと襲い掛かった―――と思った刹那、炎はウェルゼを襲っていた。
「!?」
彼女の両翼の炎が、魔物が跳ね返したと思しき剣の炎を焼き払う。
「まさか……」
ユリアは呟いて引鉄をひいた。
その弾が自分の頬をかすめた瞬間、ユリアは後方に退きながら叫んでいた。
「魔法もだめ!!」
その制止と建一の魔法の詠唱が終わったのは、ほぼ同時だったか。だが、ぎりぎりで建一が踏みとどまる。
「“迷い”、だわ」
ユリアが言った。
「“迷い”、ですか?」
怪訝に建一は首を傾げたが、ハッとしたように魔物を振り返っていた。
「なるほど、そういう事でしたか」
ならばこちらの攻撃は何一つ効かないだろう。そこにあると思っていた道を、何度通り抜けても元の場所へ返される。それと同じ仕組み。
ならば、これは幻影。
神獣牌を目の前の魔物にかかげる。果たしてそこに、魔物は映らなかった。
魔物が凶暴な鉤爪で襲い掛かる。それを、建一もユリアもかわさなかった。
鉤爪は彼らを引き裂くように振り切られたが、彼らのどちらも傷ひとつついてはいなかった。
鏡に魔物の代わりに映っているものに気づく。
「あれは……?」
「人形?」
「お宝!?」
そこに映っていたのは石で出来た小さな人形。それが杖のようなものを持っている。杖の柄のところに大きな赤い宝石がはめこまれていた。
ウェルゼが意気揚々とそれを取りに行く。
建一とユリアは顔を見合わせた。
「人形って、これの事かしら」
「おそらく」
しかしあの人形をどうすればいいのかわからない。
「その子どもにもう一度聞いてみたらどうかしら。また、何かヒントを貰えるかもしれないわ」
「そうですね」
人形からどうしても赤い石が取り外せずにいるウェルゼは人形の所有権を主張したが、とにもかくにも、それを宥めすかすようにしてユリアと建一と桜は、白痴の子どものいる広場へと戻ることにした。
■4■
井戸のすぐ傍に子どもが座っている。
近づくと子どもは建一らに気付いて立ち上がり彼らの元へ駆け出した。
ユリアが人形を取り出す。
すると子どもは突然足を止めた。かと思うとそのままぱったりとうつ伏せに倒れてしまう。
「大丈夫!?」
思わず人形を取り落とし、いや、取り落としたというよりは人形がすり抜けたというべきか、ユリアは子どもに駆け寄った。
その体を抱き起こそうした手が愕然と止まる。
子どもの体が乾いた砂のようになり風に崩れた。
「ありがとうございました」
その声にハッとして振り返る。
人形が見る見る大きくなったかと思うと色彩を帯び、瞬く間に人に変わった。それは白痴の子どもに似た女性だった。ただ、綺麗に髪を結い上げた人形そのままに、髪は結い上げられていたし、服も汚れてはいない。
呆気にとられて見守る中、彼女は杖を振るった。
刹那、町が呪縛から解かれたように活気付いた。人々の石化が解け、再び動きだしたのだ。
「どういう事、ですか」
呆然と建一が尋ねる。彼女はわずかに目を伏せて話し始めた。
彼女の名は杏という。仙女であった。赤い石のはまった杖は彼女の宝貝だ。
事の起こりはこの町に住む国王から遣わされた藩屏が開いた盛大な祭りに、ちょっとした手違いで呼ばれそこなった仙女――石磯娘々が怒ってこの町の者達を石に変えてしまったところから話しは始まる。
「私は、たまたま隣町へ出かけていて難を逃れた者に頼まれ、石化を解きに来たのですが、お恥ずかしながら、あのような体たらくに……」
杏は、石磯娘々の妖術を解こうとやってきたところを、うっかり謀られ井戸の水で石の人形に返られたのだった。
だが、石磯娘々はその後さっさとこの町を出てしまい、彼女は何とか砂人形に自分の半身を埋め込むことに成功した。そして、自分の封印を解いてくれる者を待っていたのである。何人かはそれに応じで試みてくれた。しかし最後のあの魔物の幻影に阻まれ皆、逃げ出してしまったのである。
恐らくは、だから魔物の仕業という噂が広まってしまったのだろう。そしてそれは更にこの町から人を遠ざけたに違いない。
白痴の子どもの正体は砂人形。なるほどそれで、“白痴の子ども”は一人で井戸の水も飲まずに生きながらえることが出来たというわけである。半身であるがゆえに白痴に見えたのか。あるいは砂人形を喋らせるには託せる魔力がギリギリだったのか。
いずれにせよ建一は納得がいったように頷いて、それからふと思い出した。
「そういえば、旅装の男を見ませんでしたか? 細身の、髪が黒くて目が赤い……」
「酒樽を担いでいた方ですか?」
杏が尋ねる。
「えぇ」
と頷いた建一の傍らでウェルゼの眉尻がピクリと反応した。
「あの方でしたら、西へ向かわれました。もう大丈夫と言いおかれて」
杏が笑みを返す。
「西へ? 酒樽は?」
ウェルゼが尋ねた。
「持っていかれましたよ?」
杏が答える。
ウェルゼは肩を震わせた。
「あ……思い出したわ! あの声、隠密機動隊の郭向」
ユリアがハッとしたように西を振り返った。
「ウェルゼ……さん?」
恐る恐る建一が声をかける。
「……あたしの……」
ワナワナと震えるウェルゼのそれは、肩から全身へと広がって、やがて。
茜色に染まる西の空に向かって彼女は大声で怒声を放っていた。
「あたしの酒返せーーーーーーーーーーー!!!」
■大団円■
■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃登┃場┃人┃物┃紹┃介┃
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【整理番号/PC名/性別/(外見)年齢/種族/職業】
【3188/ユリアーノ・ミルベーヌ/女/18/人間/賞金稼ぎ】
【0929/山本建一/男/19/人間/アトランティス帰り(天界、芸能)】
【0509/ウェルゼ・ビュート/女/24/魔利人(まりと)/門番】
【NPC0046/シオウ<桜>ファーラング/男/16/ハーフエルフ/シーフ】
【NPC0544/郭・向/男/28/隠密機動隊 隊員】
■━┳━┳━┳━┳━┳━┓
┃ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ありがとうございました、斎藤晃です。
楽しんでいただけていれば幸いです。
ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。
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