<東京怪談ノベル(シングル)>
Heat Potential !
「――ぐぅっ」
無意識に俺の口から漏れる声は、もはや言葉などとはいえない音だった。
体中どこもかしこもズキズキと悲鳴を上げ、視界はフラリと揺れる。気を張っていないとそのまま真っ暗闇に放り出されそうな気さえして、思わず「クソッタレ」と口にした。
悔し紛れに強く噛む唇さえもどこか弱々しく、こんなにもむなしい。
思い通りに動かない身体に、次第に心を棘を持つ。
――意気揚々と冒険に出かけたつもりだった。
そうしてなんとか目的は果たしたものの、気がつけば瀕死の重症、動くのにも一苦労。
っていうか、こんなはずじゃなかったんだけどよ!
何でこんな間抜けなことになってんだよ、ちくしょう!!
そうやって叫びたいのに、それ以上言葉にならない、この歯がゆさ。
いっそ、倒れてしまえば楽になんのか?
倒れて、目をつぶって――それで起きたら、実は冗談でしたー、なんて事が、意外とあるのかもしんねぇ。
ぐるぐる回る視界に、もう、そうしてしまえ! と。俺は意識を手放そうと、一気に身体を弛緩させた。
ギリギリのところで緊張を保っていた俺の身体は、その瞬間にグンっと前のめりになる。四本の腕が申し訳程度に、地面への直撃を避けるように前に飛び出し、それから、ドサリと鈍い音と共に身体が落ちた。
「……は、こんなとこ、で……倒れちまう、なんざ……」
情けねぇにも限度ってもんがあるだろうよ、俺。
こんな深い森で、いつ霧が出てもおかしくないこんな場所で。
指先を僅かに動かす。
森の中、手入れなんてされていない伸び放題の草が絡まる。
土の匂いが近い。
そうやって冷たい地面に顔をくっつけていると、なんだかこれは夢なんじゃないか、なんて気もしてくる。
冒険に出たことも、夢だったのかも。
いやいや、もしかしたらもっと前から?
俺が――シグルマという男が、産まれ、そうして生きている。
それも、唯の夢で――誰かの、夢で。
俺はこのまま、消えちまうのかもしんねぇ。
そうして、ゆるゆると瞼を落とし始めた、まさにその時だった。
『――』
どこか、落ち着いた声が聴こえる。
いや、聴こえたような気がした。正確には、それは声ではなかったのかもしれない。低く呻るような、それだったのかもしれない。
「……!?」
ゆったりとした動作で声のした方に視線を向けた。
目に入るのは、鋭い爪。白の剛毛。そうして、牙。
「ホワイト……タイガー……?」
それは、紛れもなく俺自身の守護聖獣――!!
やつは、雄々しくもゆったりとした足取りで俺のそばまでやってくる。
茂みを分け、辺りの動物達を散らし、しっかりとした力強い歩みは、やがてちょうど俺の眼前で止まった。
「……お前、助けてくれるのか……?」
このまま俺をその背に乗せてどこか民家にでも、連れて行って……。
『――……』
「……」
連れて行って、くれないのか、おい?
『……動けぬのか』
いや、見て分かるだろうが。
『――情けない。助けを求めようなど』
……つーか、なんでそんな、溜息でもつかれるような雰囲気まとって言われなけりゃなんねぇんだ?
『動けぬのなら、そのままそこで息絶えるがよい。そんな情けない男は、知らん』
情けないって、何なんだ、大体!?!?
守護聖獣は、尻尾をパタ、と振ると、まるで俺を見下すように一瞥して、再び森の中へと消えていく。
待て。待てよ、コラ。
お前、なんだ。俺を馬鹿にするために出てきたってのか?
情けないって言うためだけに出てきたのかよ、わざわざココまで?
「……」
消えていった後姿に、僅か呆然とした時間があったが、それはやがて、フツフツと湧き上がるものに変わっていく。
「……誰が……」
低く呟いた俺の声は、思ったよりも静かな森に響いた。
「このやろう、誰が……」
ぐっと四本の腕に力を入れる。歯を噛み締める。
重い身体を起こすように、腕立て伏せの要領で身体を浮かせ、ゆっくりと起き上がっていく。
無理やりに身体を起こしたせいで、腕は小刻みに震える。
だけど、そんなものに構ってなどいられない。
「このやろう! 誰がてめーの助けを借りるか! う、お、おおおおおおおお!!!!」
獣の咆哮に近いものをあげながら、俺は一気に立ち上がった!
さっきまでふらついていた足で、ぐっと土を踏みしめ、勝利したときのように腕を大きく上げる。
「俺だってやりゃあ出来るんだよ、見てやがれ!!」
いまだどこで見ているか分からない守護聖獣の、あの人を馬鹿にしたように見えた姿を思い出し、怒りと共に言葉を吐き出した。
その怒りに背を押されるように、俺はどんどんと森の中を歩いていく。
――バカにしやがって!
情けないだと?
情けない、男、だと?
脳に直接語りかけるように聞こえてきたあの声を思い出し、また、怒りがよみがえる。
「誰が情けねぇっていうんだ!」
そうやって守護聖獣に対する怒りを延々反芻しながら、深い森を歩いていたら――俺は、いつのまにやら民家のある場所までたどり着いていたらしい。
眼前に見えてきた家に、思わず呆然としてしまう。
……まさか、あいつ。
わざと、俺を怒らせて?
自分で立ち上がって民家にたどり着けるような体力が残っていたのにも驚いたが、それよりも、あのタイミングで現れた守護聖獣が、どういうつもりであんな態度を取ったのかが、妙に気になった。
それでも――それでも、今は。
俺は拳を軽く作る。
トン、と民家の扉をノックする。
とりあえずの怪我の処置と寝床の提供をお願いしようと、ただ俺は、やがて出てくるだろう住人を、その場で静かに待っていた。
- 了 -
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