<東京怪談ノベル(シングル)>
斬馬刀と短剣
「お、やっと来たな! まったく、この忙しいときに……」
最近のバイト先である武器屋に着いた途端、虎王丸は老店主に腕をつかまれ、店の奥に引きずりこまれた。
大人しく物置までついて行ったが、開放されるとすかさず文句を言った。
「今日は遅番でいいって話だったじゃねぇか」
「さあね、昨日言ったことなんて忘れたよ」
「この耄碌ジジイ……」
とは言うものの、現役の店主が本当にボケているわけはない。
この老人の頭は『都合の悪いこと』だけ忘れる『都合のいい』健忘症だと重々承知だった。そして、それが挨拶代わりだということも。
この武器屋は白山羊亭に隣接しているためか、なかなかに繁盛している。
普段は老人とその息子夫婦とでなんとか切り盛りしているが、息子夫婦は一週間前から遠方へ仕入れに行っており、人手が足りなくなっていた。
そこに虎王丸が臨時で雇われたのだ。
冒険者である虎王丸は力があるのは勿論、刃物の鑑識眼もなかなかであり、店主に重宝されている。
「で、今日は何をするんだ?」
「今日は配達を頼むよ。エルザード城周辺で十五件ほど」
「十五件か……」
十五件と聞くとさほど大変には聞こえないが、武器を最低十五本運ぶといえばなかなかの体力が必要になる。
老店長のにやけた顔から察するに、短剣のように軽いものではないのだろう。
「裏路地が多いから、今日は背負子で行ってくれ」
手慣れた様子で背負子を装着したところに、厚めの布にくるまれたロングソードやハンドアックスを積み上げていく。
落ちないようにきちんと固定した後、老店主が訊ねてきた。
「重い?」
「いんや、全然」
笑みさえ浮かべて余裕ぶったが、その実かなりの重量になっていた。
こりゃさっさと配達しないと身長縮むかも知れねぇ、などと冗談半分に考えていたら。
巨大な刀が差し出された。
その長さといえば、なんと虎王丸の身長とほぼ同じ。
「何だ、これ」
「おやおや、日本刀を使うお前さんらしくない言葉だね」
「斬馬刀よりも長ぇじゃねぇか! こんなん誰が何に使うんだよ!」
「えぇと……そうそう、立派な体格の女戦士だった。『出来るだけ丈夫に』という注文だったから、竜でも切るんじゃないかね?」
「でかきゃいいってもんじゃねぇだろ!」
「いやぁ、ワシに言われてもね。……ささ、早く行った行った!」
巨大な斬馬刀を両手に握ったまま、虎王丸は武器屋の外に放り出されてしまった。
「このまま抱えて持ってけってのかよ、これ……」
むろん背負うわけにはいかず、思わず嘆く虎王丸であった。
冒険者の姿が目立つアルマ通りを通り、ひとまず天使の広場へ出る。
広場には市民が多く憩っており、何とも平和な空気が流れている。
噴水の周辺に陣取る露店を覗きながら城を目差して歩いていると、後ろで聞き覚えのある声があがった。
「おい、そこの武器商人」
この太い声は、確か……。
振り返ると、予想通りの人物が向こうの通りから歩いてきた。
白と灰の縞模様の毛に覆われた顔に、尖った耳。立派な尻尾はバランスをとるようにゆらゆら揺れている。
デリンジャーだ。
「お? 虎王丸じゃねぇか。何だ、いつの間に武器商人に転職したんだ?」
「武器屋のバイトで配達の途中なんだよ」
「そうか……それじゃあ背中の武器を売ってもらうわけにゃいかねぇな」
残念そうに言うデリンジャーをみて、虎王丸は思わず首をかしげる。
「デリンジャーは【白虎掌・クラッシュクロー】を使ってんだろ? 剣も使うのか?」
「使えるけど趣味じゃねぇなぁ」
じゃあ何で声をかけたんだ? と視線で問う虎王丸に、デリンジャーはヒゲを引っ張りながら深く頷く。
「うちの次期所長殿が最近頑張ってるからな、褒章として奴の好きな短剣を贈ろうと思ったんだよ」
「そんなら俺のバイト先に行けよ。白山羊亭の近くで、いいモン置いてあるぜ」
「おう、じゃあそっちに行ってみるわ」
軽く手を挙げると、大柄な白虎はアルマ通りへ消えていった。
完全に見えなくなると、虎王丸は歩調を速めた。噴水の近くは水しぶきが上がって涼しかったが、長居すると武器が傷むかもしれない。
背の高い家が立ち並ぶ住宅街は、道に影が落ち、風が涼しかった。見上げると、道を横断して洗濯物が干してある。
道では子供が多く遊んでいたが、虎王丸が抱える斬馬刀を見ると何気なく道を開ける。
冒険者を見慣れた彼らでも、見慣れない巨大な武器は脅威だったのだろう。
商品のことを考えると、ちょこまか動く子どもが寄って来ないのは有難いことなので、虎王丸は気にせず石畳を進む。
「この辺りか?」
届け先を確認するために十字路の手前で止まり、老店主から渡されたメモを取り出す。
……左手の道から数人の気配が近付いてくるのを感じていたが、まさかぶつかってくるとは思わずに。
左から強くぶつかられ、思わず斬馬刀を落としそうになる。
ムッとして顔を上げると、相手は柄の悪い三人連れの男だった。冒険者なのか、剣を佩いている。
「――ッオイ! てめぇ道のど真ん中で突っ立ってんじゃねぇ!」
その中の一人が怒鳴ってきたが、顔が笑っているのを見るとわざとぶつかってきたのだろう。
(クソ野郎め……後ろに二人もいりゃあさぞ心強いだろうなぁ!)
「お前らどこに眼がついてんだ! ど真ん中に立ってるんなら馬鹿でも見えんだろうが!」
「ハハ、生憎と小さい奴は目に入らねぇ。次から足にも目をつけるべきかな!」
確かに、見上げなければいけないほど男の身長は高い。
だが、身長が高いだけだ、とも言えた。
これでよく喧嘩を売る気になると疑問に思うぐらい、頼りなげな体つきなのである。
「あぁ、気配も消してねぇ人間に気付けねぇんだし、そうでもしないと足から鼠に食われるかもなぁ?」
「ンだと!」
男は腰の後ろに差してあった短剣を抜き、虎王丸に向けて構える。
それを見た虎王丸はにやりとして応じようとしたが、そこではっと気がつく。
彼は今、配達途中なのだ。
持っている武器を使うのはまずいし、傷つけるのは言語道断である。
荷物を抱え背負ったままでは動けない。かと言って地面に下ろしても「どうぞ壊してください」というようなものだ。
「――あー、クソ!」
弁償するとしたらかなりの額だろう。巨大斬馬刀はどこからどう見ても注文生産の品だ。鞘に入っているとはいえ、その鞘に傷が入ってもまずい。
突き出された剣の切先を重い足取りで避けたものの、どうするべきか焦っていた。
男が逆手に握った短剣を振り上げたとき、男の背後に巨大な影が現れる。
「いい短剣持ってるじゃねぇかボウズ。けどよ、街中で刃傷沙汰とはいただけねぇなぁ」
影は振り上げられた短剣の柄を難なく掴むと、力を込めて短剣を取り落とさせた。
アルマ通りに向かったはずのデリンジャーだった。
驚いた虎王丸だったが、その前にやるべきことがあった。
男たちは、巨大な獣人の出現で腰が引けている。
素早く背負子と斬馬刀を地面に置くと、疾風の勢いで短剣の男に詰め寄る。
「歯ァくいしばれ!」
そう叫んだものの、くいしばる時間などない速さで長身の男に殴りかかった。
見事、怒りの鉄拳は男の顔にめり込んだ。
鼻血で弧を描きながら倒れこむ男を後ろの男二人が慌てて抱きとめる。
それまで新手のデリンジャーに注意を向けていた二人の男は、仲間を殴り飛ばした虎王丸に報復しようと思ったのだろう。虎王丸に注意を向ける。
が、虎王丸から立ち上る怒りのオーラに気付いたのだろうか。
――脱兎のごとく逃げ出した。
「腰抜けが! ンな体たらくで喧嘩売るんじゃねぇ!」
まだ怒りが収まらない様子ながら、虎王丸は背負子を苦労して背負いなおし、斬馬刀を抱える。
そして、隣で尻尾を揺らす男の存在を思い出した。
「デリンジャー、何でここにいるんだよ?」
「教えてもらった店に行ったらな、こっちに短剣の蒐集家がいるって紹介してもらったんだ」
「いや、それよりも。遠回りしてきたお前が、何で俺とほとんど変わらない時間でここに着いたんだ?」
その疑問に、デリンジャーはぴっと天を指差して答える。
「運動がてら、近道したからな」
要約すると、家々の屋根を伝ってきた、ということか。
その巨体でよく屋根が壊れなかったなと半ば呆れながらも、虎王丸は一応礼を言った。
少々渋面だったのは、へなちょこ相手に苦戦していた自分への苛立ちか。
「何にせよ、助かったぜ」
「いいってことよ。……で、お前さんはどっち行くんだ?」
問われ、店主から渡されたメモを確認する。
「ここをまっすぐ」
「お、じゃあ俺と同じだな。途中まで一緒に行こうや」
そのまま二人は住宅街を抜け、下流貴族が住まう地域に出た。
先ほどより道幅が広くなり、庭を備えた屋敷が並んでいる。
それまで互いの近況を話していたが、デリンジャーはふと思い立ったように話を変えた。
「ところで、その巨大な刀はどんな奴が使うんだ?」
「それが……」
答えようとした虎王丸だが、そこで改めてデリンジャーを見上げる。
文句なしの長身に素晴らしい筋肉。
どこからどう見ても立派な戦士であるデリンジャーがこの斬馬刀を使えば、実に栄えるだろうと思ったのだ。
「企業秘密ってんなら、無理言ってすまんな」
「いや、そういうわけじゃねぇ。デリンジャーがこれを使えば似合うだろうにと思っただけだ」
「そりゃ嬉しいが、重い武器で動きが愚鈍になるのは趣味じゃねぇなぁ」
「そう言うと思ったぜ。……なんでも、これの注文主は女戦士らしい」
デリンジャーの金目が驚きに見開かれる。
「……よほど巨体なんだな」
そう言うにとどめたのは、さすが年長者というところか。
そのうち虎王丸は目的の屋敷に到着したので、デリンジャーに別れを告げようとした。
だが驚いたことに、デリンジャーが紹介された蒐集家というのも同じ屋敷にいるらしい。
(短剣マニアで斬馬刀使い? ……どんな女なんだ、一体)
そんな疑問を抱きつつも、門を入って扉をノックした。
「はい、少々お待ちください〜」
少々間延びした声は、裏庭の方から帰ってきた。
花の手入れでもしていたのだろうと思って待っていたら、家の影から出てきたのは作業着を着て斧を持った長身の女性だった。それも、戦士のような体格だ。
虎王丸とデリンジャーはその女性から木の香りを感じた。服には木屑がついているし、薪割りでもしていたのだろうか。
そして、二人は同じ結論にたどり着く。
つまり、『もしや、この斬馬刀は薪割り用なのか?』という結論に。
「あ! 斬馬刀が出来たんですね〜!」
「……さ、サインを……」
「はいはい〜」
さらさらと書かれたのは、流麗な女文字。
その紙を懐にしまうと、虎王丸はさっさとお暇しようとした。
どうも、この女性を見ていると頭が痛くなりそうだったのだ。逞しい体つきなのに、声や喋り方はのんびりとしていて、字は美しい。しかし、斬馬刀で薪割りをしかねない突飛さを兼ね備えている。
踵を返した虎王丸の襟首をむんずと掴んだのはデリンジャーだった。身を屈めて虎王丸に耳打ちする。
「もちっと付き合えよ、な?」
「俺はバイト中なんだ!」
「いいじゃねぇか、後で俺も手伝うからよ。それとも何か? この女性が怖いか?」
「……」
そう言われては引き下がれないのが虎王丸である。
良く言えば漢らしい気概を持った、悪く言えば単純な少年である。
黙りこんだ虎王丸を離すと、デリンジャーは女性に向き直った。
「アルマ通りにある武器屋店主の紹介で、短剣をお売りいただけないかと伺いました」
「では中へどうぞ。主人を呼んできますので〜」
どうやらその女性は使用人だったらしい。
下級とはいえ貴族の家なのだから使用人がいて然るべきだが、どうも、この女性を雇う主人というのが想像できない。
二人は未知の密林にでも踏み込むような心持ちで扉をくぐり、導かれるまま書斎らしき部屋に通される。
そこには、短剣専門の武器屋かと錯覚するような光景が広がっていた。
壁という壁に短剣が飾られている。その中に本棚や机が配置されているのだが、素晴らしく浮いている。
カツカツという女性らしい靴音が二階から降りてきた。
「よくお越しくださいました。お好きな短剣をお選びくださいましね」
どうやら女主人らしい。
女性らしくくびれた体躯に、萌黄色のドレスをまとっている。柔らかそうな栗色の巻き毛によく合っていた。美しい女性だ。
だが、虎王丸とデリンジャーはその身長に絶句する。
先ほどの使用人は虎王丸より頭半分高かったが、その女主人は一つ分は高かったのだ。
その身長がなければ十二分に虎王丸の好みだったのだが、さすがに、はるか下に自分を見下ろすような女性と並んで歩きたいとは思えない。
「あら、斬馬刀が届いたのね」
「はい、これで賊の心配もありませんよ〜」
「……賊?」
思わず訊ねるデリンジャーに、使用人は律儀に答えた。
「はい。主人が短剣の蒐集家ですから、武器目当ての賊が何度か入ったんです〜。その度に私が追い払いましたけど、そもそも入られなければいい話ですからね〜。そこで、威嚇用に斬馬刀を拵えてもらったのですよ〜。衛兵がいると分かれば、賊もそうそう手出しはしないと思いましてね〜」
「威嚇ってことは、実際には使わねぇのか」
幾らかほっとした様子で虎王丸が言う。
ここまで武器を運んでくる道中で、何度その斬馬刀を捨てたいと思ったことか。あまりにも長大で、邪魔以外の何物でもなかったのだ。
そう実感していたので、斬馬刀を愛用する女性がいると思い、それなりにヘコんでいたのだ。
「威嚇用ではありますけど、何かあったときは実際に使いますよ〜。そうでなければ説得力がありませんし、せっかく丈夫に作ってもらいましたし〜」
今度こそ虎王丸は床にめり込みそうになった。
巨大な斬馬刀を獲物に捕り物をしようという女性に、短剣を蒐集する貴族の美女。
ここは一体どこの異世界だと思った。
「アルマ通りにある武器屋のご店主には、よくお世話になっております。よい短剣があると教えてくださいますの。短剣って素晴らしいですわ、私のようなか弱い女でも簡単に振り回せますから……うふふ」
女主人の声が、妙に遠くに聞こえた。
■ライター通信■
こんにちは、糀谷みそです。
またもや大遅刻で申し訳ありません……。
今回はデリンジャーとのお話をご希望してくださり、ありがとうございます。
虎王丸さんはパワーヒッターですが、重い武器だと背後の相棒を守れそうにないかなぁ、なんて思いながら斬馬刀の話を書きました。
……一方では、破壊力抜群の武器を喜んで振り回しそうなイメージも……うーん。
ご意見、ご感想がありましたら、ぜひともお寄せください。
少しでもお楽しみいただけることを願って。
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