<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


交響幻想曲 −君と奏でたい幻想曲−





 訪れた黒山羊亭の奥では、ルミナス=メルツの姿を見つけたサクリファイスは、ホールの隅にあるテーブルで、彼と2人向かい合う。
「……正直、今でも情報の整理というか、心の整理というか、きちんとできていないんだけど……」
「仕方がないことだと思います」
 彼の括舌が街に居たころと比べると格段に良くなっている。もしや、あの括舌の悪さは本調子ではなかったためだろうか。
「僕たちの世界と、この世界は根本から大きな違いがあります。それは、争いがないということです」
 ちくん。と、サクリファイスの胸に小さな針が刺さる。
「ルミナス、あなたはコールを“兄さん”と呼んだ。兄さんと呼んでいるのに、改めて問うのもなんだか変な話だけど……彼、コールはあなたの兄なのだろうか?」
 サクリファイスの問いかけにルミナスは小さく頷く。そして、
「僕は母似ですが、兄さんは父に似ています」
 2人の顔を見て、何となく両親の顔まで想像がつく。
 そして、加えて言うならば、二人はまったく同じ銀の髪をしているということ。
「疑ってすまなかったな」
「いえ、この世界では、有石族は珍しいのでしょう」
 全く居ないというわけではないが、取り立てて多いわけでもない。ましてや2人は別の世界からソーンへと流れ着いている存在だ。元が同じ世界かどうかなど分からないのだから、疑うのも当然なのだ。
「それならば、一つ、聞きたい事があるんだ」
 意を決するという言葉が当てはまるような真剣さで、サクリファイスは重い口を開く。
「私は、アクラの力によってコールの過去を少し、体験した」
 それは、走り去る少年と、性格が今と比べるとかなり歪んだコールの物語。
「まだ少年であったあなたが、コールを言い争って彼の元を飛び出したこと。そして、戦いに巻き込まれたこと……そこまでは、見せてもらった。でも、その後は?」
 コールの物語の中では助けることができたけれど、過ぎ去ったあの時の真実は、少年が戦いに巻き込まれ、その消息を絶ったというもの。
「あの戦いの後、あなたはどうしていたのだろう? そして、コールと別れ、今に至るまでは?」
 疑問ばかりが募り、一気に問いかけてはみたものの、ルミナスは神妙な顔つきで、何事かを考えるようにじっとサクリファイスを見つめ返していた。
「そのお話、詳しく教えていただけますか?」
「あぁ」
 自分たちが垣間見たのは、アクラが手を加えた夢と言う名の物語。やはり真実との食い違いがあるのだろう。
 サクリファイスは自分が体験した物語を聞かせる。
「夢では、助けることができたのだ」
 そして後日アクラは言っていた。少年の安否は実際のところ分からないと。
「……ありがとうございました」
 ルミナスは瞳を伏せ、影を背負った面持ちで顔を上げる。
「その少年は、僕ではありません」
「え?」
「兄さんを、“兄ちゃん”と呼んでいたのですよね?」
「あ、あぁ。確か、そう呼んでいた」
 サクリファイスが肯定する。ルミナスは眉根を寄せて切なそうな笑顔を浮かべた。
「その少年は、末の弟だと思います」
「末の…弟?」
「はい」
 ルミナスは頷き、告げる。自分たちは7人兄弟で、コールが長男、自分は次男なのだと。
「ルミナスが、次男?」
「はい」
 見えない。
 どう考えたって彼の姿は自分たちとそう変わらなく見える。
 確かに次男ならば、今と変わらないコールと、少年の年齢差を考え、違うと納得が出来る。
「僕が知らないところで、そんなことが起きていたのですね…」
 サクリファイスが話した過去の話を聞いて、ルミナスの表情がどんどん曇っていく。
 よくよく考えれば、ルミナスが次男であるならば、弟の1人の行方が分からなくなってしまったことを、今知ったのだ。
「ごめんなさい…」
 サクリファイスがあの物語を問うということは、それだけコールや少年のことを気にかけてくれていたということ。だからこそ、無事だったという答えを提示できないことが申し訳なかった。
「いや、ルミナスが謝ることじゃないさ。私が勝手に勘違いしていただけだから」
 事実、あの時コールの物語の中でも、彼は少年を弟としか告げていなかったため、何人兄弟かも知る由もなかったのだから、誤解して当たり前の状況。サクリファイスには何の非もない。
「僕が予想しうる範囲でいいのでしたら、お答えできますので、お話しましょうか?」
「お願いする」
 それは、コールのように、世界から消えた人々の話。切欠は分からないが、何かしらその身に起きた時、別の世界へと迷い込む現象。
 そんな未曾有の問題に躍起になっている隙をついて、あの街が現れたこと。だが、ルミナスは逆に、街に捕われるということが無ければ、この世界へ流れ着いていなかったかもしれないのだ。
「……あなたがこの世界に来たのは、あの街に捕われていたが故の不可抗力だったにしても」
 そして、人形が告げていた言葉と、街を、別の世界へ送って送るつもりだと、彼が言っていた言葉。即ち、
「時空を開き、世界を渡る方法があるのなら……あなたは、これからどうするのだ?」
 この聖獣界ソーンに留まらずとも、いろいろな世界へと旅することができる能力を持ったルミナス。ならば、
「元の世界へ、帰るのか……?」
 もし、帰るのならば、記憶をなくし、以前の自分を失ってしまったコールを、彼は連れて行くのだろうか。それとも―――
「僕はもう元の世界には帰りません…いえ、帰れません」
 ルミナスはそれだけ口にして、いったん言葉を止める。
「帰る場所が、ないのです」
 滅びの道を歩む世界を見捨てるのは忍びないが、争いが始まり、あの街がやってきた時に、ルミナスやルツーセが住んでいた場所は崩壊してしまった。
「……すまない」
「いえ」
 帰る場所がないという事実がどれだけ悲しいか、サクリファイスにも分からない気持ちではない。
「この世界は、とても、幸せです」
 そう言って穏やかな笑顔を浮かべたルミナスの顔に、逆にサクリファイスが何かを堪えるように眉根を寄せた。
 コールの夢の物語の中でさえ、あんなにも大量の兵士に襲われたことを思い返せば、あの世界の人の心がどれだけ荒廃しているかが窺い知れる。
「もし、帰れたのなら、コールはどうしていた……?」
 サクリファイスの問いかけに、彼は一拍置いて、言う。
「多分…、この世界へ置いていったと思います」
 目覚めて直ぐの時は、コールの記憶が無いことなんて知らなかったから、自分も動揺とあまりの嬉しさに“兄さん”と口にしてしまった。
 けれど、もし、あの時、コールの記憶が失われていることを知っていたら、他人のフリをしていただろう。
 そんな、置いていくという言葉に、サクリファイスも如何してと聞けなかった。何時か過去と向かわなくてはいけない時が来たとしても、それで何かが救われるなら良いが、そうでないのなら、あんな悲しみに溢れた世界に戻すなんて、したくない。
 結局のところ、コールの傷跡である少年の安否は知ることはできなかった。だが、それ以上に得られたことも多い。
「ありがとう」
 サクリファイスは軽くルミナスに頭を下げる。
「僕でお力になれたのなら幸いです」
 ただ結果として、少年が生きているという言葉が聞けただけでいい。
 サクリファイスは見送るルミナスに手を振り、黒山羊亭を後にした。














☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 交響幻想曲 −君と奏でたい幻想曲−にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 ゲームノベルを先にご発注いただきましたが、時間軸的に黒山羊亭を先に納品させていただいた方が話のまとまりがよく、納品が前後いたします事ご了承ください。
 またまた新事実という感じなんですが、NPCの人間関係を知りたい人と、どうでもいい人とその塩梅が微妙な感じでして、どこまで出すかを思いあぐねている状態です。
 サクリファイス様がもしこの先も興味を持っていただけるのでしたら、こちらは幾らでも答えさせていただきます。
 それではまた、サクリファイス様に出会えることを祈って……