<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


巡る想い −火縁


 街外れの湖の畔に、“占いの館”を遣っている洋館が在る。
 館内部の装飾は凡て此処の主の趣味である。決して悪くは無い。品の良い、落ち着いた調度品で纏められているのだが、問題は他に有った。
 其れは、主の蒐集癖。
 整理整頓されているのは人目に附く処だけで、宝物庫とは名ばかりの倉庫や、使われていない小部屋等には既にモノが溢れていた。
 此の状況に、少しばかり危機感を感じた弟子は、と或る天気の良い日に提案する。
「師匠(せんせい)……宝物庫とギャラリの品々、そろそろ如何にかしよう。」
「……ぇー……。」
 師匠と呼ばれたノイルは情けない声で返す。
 弟子であるラルーシャは呆れ気味に溜息を吐いた。
「……解ったよ……。虫干し序でに蚤の市でも開こうか、」
 ――彼の仔達もそろそろ相応しい持ち手が現れたかも知れないし。
 呟いてノイルは立ち上がる。

 ――斯うして、『Gefroren Leer』の蚤の市は開かれた。


     * * *


「おー……何だ、結構デカイんだな湖。」
 意志の強さと若さ故の光を覗かせる黒い瞳が辺りの景色を見廻すと、其れに合わせて一つに括られた瞳と同色の髪が上下に揺れる。
 夏を迎えようとしてる水辺には緑が溢れ、鮮やかな色を見せる花も光を受けて美しく佇んでいたが、此の若い少年の心には響かなかった様だ。
「やっぱ夏は水だよなー、涼しそうだ。」
 虎王丸、其れが此の少年の名だ。
 湖に沿う様に作られた森の中の道をのんびりと歩く。
 風光明媚で散策に適している此の畔に彼が訪れたのは、然しそんな理由では無く。
「お、あっこかな、」
 徐々に森が開けてきて、正面に貫禄の有る洋館が見えてきた。そして其の前庭に広がる芝の上に並べられた、雑多な物達。
 虎王丸は最近街で評判になっている此の洋館で蚤の市が開かれていると聞いて、何か良い武具が出てないかと覗きに来たのだった。序でに云えば、中々雰囲気の良さそうな此処がデートに使えるか如何か、見極める積もりでもあった。



 前庭に並べられたアンティークを眺められる位置に設置されているテーブルセット。日傘が作った影の下に御茶の準備がされていた。
「……御客さんだ、」
 日陰に陣取って微睡んでいた屋敷の主が僅かに身じろぐ。眠そうに細められた眼が少し遠くを捉えた。
 視線の先には、丁度木々を抜けてきた虎王丸の姿があった。
 主――ノイルは、猫の様に伸びをすると微笑んで立ち上がった。



 館に……否、並べられた品物に近付くにつれ虎王丸はじわじわと圧倒感を覚え始めた。
 何せ、矢鱈と、多い。
 一個人が広げているとは思えない量の有象無象の品が、全くの関連性無く並んでいる。せめて同じ系統の物は揃えれば良いのにと零したくなる程だ。
「すっげぇ……、何か良く解んねぇモンもあるけど。」
 視線の先に有ったのは、謎の置物。恐らく人を模しているのだろう形ではあるが、腕が八本有ったりなんだり。
 ――こんなの飾って愉しいのか、と手を伸ばした処で突然声を掛けられる。
「其れはね、呪術用だから下手に触らない方が良いよ。」
「……ぅおっ、」
 思わず身構えた虎王丸の後ろに立っていたのは、黒に身を包んだヒト。相手はにこりと微笑んだ侭首を傾げた。
「驚かせたのなら御免ねぇ。――いらっしゃい、ようこそ『Gefroren Leer』へ。」
 ゆったりと丁寧に御辞儀をする姿を見つつ、今度は虎王丸が首を傾げた。
「て事は、あんた此処のヒトか、」
「嗚呼、此処の主のノイルと云うよ。どうぞ宜しく。」
 ノイルはそう云うとぐるりと品物を眺め、亦虎王丸へと向き直った。
「本日は一体何を御求めかな、……此だけ有るんだ、御所望の品が有ると良いけれど。」
 其の視線を追う様に虎王丸も会場を見廻す。ちらほらと気に為る品に眼を附けつつ、思い出した様に呟いた。
「あー……武具が何か良いの有るかと思って。けど、こん中から探し出すの苦労しそうだなぁ。」
 面倒そうに頭を掻く虎王丸に、ノイルは笑みを深め、多少芝居掛かった仕草で語り出す。
「此の世は『縁』で出来ている。君が望むなら、此の仔達が望むなら、自然と其れは繋がるよ。直感を大切にすると良い。特に“此処”ではね。」
 曲線で飾られた姿見を撫でつつ、ノイルは続ける。
「とは云え、君にとって害になる仔達も少なからず居るし……案内を附けよう。――ラルゥ、」
 ノイルは館の方へ呼び掛ける。決して叫んだ訳でもなく、到底聞こえそうもない音量であったにも関わらず、ワンテンポ遅れて扉が開いた。
 其の事を不思議に思いつつ、虎王丸は更に現れた人物へ目を向ける。
「如何しました、師匠。」
 銀の髪を揺らしてやって来る其の人は、途中で虎王丸に気が附いた様で軽く会釈をした。
「御客様の御相手を御願い。……此の仔はラルーシャ、私の弟子。案内をさせるから、好きに使って。」
「ラルーシャです、宜しく御願いします。」
 状況を把握したラルーシャが、一歩踏み出して一礼した。
「おう、虎王丸だ。こっちこそ宜しくな。」
 引継が完了した事を確認すると、ノイルは逆に一歩引いた。
「其れでは後は御自由に。……申し訳ないけれど、私は一旦失礼するよ。」
 最後に改めて御辞儀をすると、音も無く屋敷の方へと去っていった。
 其れを見送りつつ、虎王丸が呟く。
「不思議なヒトだな……、」
「まー、変なヒトですからねぇ。さて、如何しましょう、一度ぐるっと見て廻りますか、」
「そうだな、そうするか。……訊きたい事も有るしな。」


     * * *


「そういや、先刻のって如何なってんだ、」
 虎王丸は幾つか目星を附けた山を崩し乍、先程気に為った事を訊いた。
「先刻の、と云うと、」
 ラルーシャが茶請け用の菓子を差し出しつつ首を傾げる。虎王丸は其れを摘んで、付け加えた。
「ほら、御前が呼ばれた時。真逆すっげぇ耳が良いとか、」
「嗚呼……。否、アレは……うーん、テレパシーみたいなモノ、かな。そう云う魔法が設定してあるんだ。」
「ふーん、便利だなぁ。」
 掘り出した小刀の握り具合や刃の反りを確かめる。何度か持ち替えてみるが、首を傾げて次の槍に手を伸ばした。重さを確かめつつ質問を続ける。
「此の屋敷とか結構古そうだけど、何か由来とかあんの、……ぁ、此一寸振ってみて良いか、」
「どうぞ。――由来、なぁ。建物自体は相当古いモノだと聞いてるよ。師匠が此の辺り一帯を含めて、知人から譲り受けたとか何とか云ってたけど……。」
 虎王丸は其の槍で幾つか型を試してみたが、しっくり来なかったのか亦別の刀を取った。が、ラルーシャの言葉を聞いて手を止めた。
「辺り一帯、……て事は、若しかして勝手に入ったりしちゃ駄目なのかッ、」
 デートスポットに最適であっても、私有地で立入禁止では意味が無い。
 少し焦った様な虎王丸の問い掛けに、ラルーシャは首を傾げた。
「え……否、殆ど解放してるから大丈夫だよ。立入禁止の処は、其れこそ結界が張ってあるし。」
 其の答えにほっと胸を撫で下ろし、亦茶菓子を頬張った。
「じゃぁさ、其処の湖で遊べたりするのか、」
 持っていた刀で湖を指す虎王丸に、ラルーシャが少し考える様に顎に手を当てた。
「遊ぶ……か。うん、水深浅い処も有るし……手漕ぎボートも有るから船遊びも出来るかな。」
「本当か、…………悪く無いな。」
 虎王丸はラルーシャの答えに満足そうに頷くと、刀で素振りを始めた。
 然し亦他の武器と同じ様に首を傾げて動きを止める。
「なぁ、此処に有る武具ってさ……何か変な力持ってねぇ、」
 ――なーんか、しっくりこねぇんだよなぁ……。
 今迄眺めた武具を並べ直して、虎王丸は呟く。
「ぁー……師匠の蒐集品ですからねぇ、恐らくは。実際使う物なら確認した方が良いですよね、師匠を、」
「もう居るよー。」
 ラルーシャが振り向いた先には既に微笑むノイルの姿が。
「……ッ、御願いします……。」
 師匠に対して既に諦めている節があるのだろう、ラルーシャは言葉を飲み込んで場を譲った。
「んー……東洋系の方が良いの、」
 ノイルは虎王丸の横に附くと、並べられた武具を一つ一つ確かめ乍訊いた。
「あぁ、何か西の方のは合わなくてな。」
「そう……だろうね。君自体は、火の気が強い、かな。……じゃぁ、此と此は抜いて……。」
 ノイルはじっと虎王丸を眺めた後てきぱきと武具を分けた。
「何だ、そっちのは、」
「水の気が強い仔達。逆に君の力を抑えちゃうから。」
「へぇ、やっぱそう云うの有るんだな。」
 何となくでは感じていた虎王丸だが、説明を聞いて納得した。
「こんな処かな。君と同じ火の気を持った仔達と、火の力を生かす木の気を持った仔達。まぁ其れ其れ加えて能力は有るけど……もう一回振ってみて確かめて御覧。」
 結局残ったのは青龍刀を含めて刀が三本、槍が一本、小手が一つ、小刀が一セット。
「おうっ。」



「結局、其れ……かな、」
 虎王丸が暫く悩んだ末、最後に手に取った小柄を見てノイルが問うた。
「一番手に馴染む気がすんだよな。……其れに短い奴も有った方が便利かと思ってよ。」
 そう云いつつ、鞘から出し入れしつつ感触を確かめる。鞘に附けられた臙脂の飾り紐がゆらゆらと揺れた。
 其の姿にノイルは微笑み、言葉を紡いだ。
「其の仔の名前は『風灼(かざやき)』……少し旧い時代に創られたのを鍛え直したんだ。名前から解るように火属性。“風をも灼き尽くす”程の荒々しさが隠れてる。屹度、小柄とは思えない程の威力を発揮して呉れるよ。」
 丸で自分の子供を見守る様な眼で小柄を眺めるノイルに、虎王丸は何かを察して笑い掛けた。
「解った、大事にするぜ。」
「うん、そうして上げて。此が君の縁なのだから。」
 虎王丸は風灼を仕舞って、懐を漁る。
「で、此幾らだ、」
「嗚呼、御代、かぁ…………うーん、良いや。」
「え、要らないって事か、」
 要らないんなら遠慮無く貰うぞ、と意気込む虎王丸にノイルは笑い掛ける。
「うん、其の仔も新しい主が出来て良かったし……そうだな、強いて云えば、」
 ――デートに来た時は、是非恋人さんが見たいなぁ。
 にっこりと、人の悪い笑みを浮かべて。
「なっ、」
「ふふふ、愉しみだなぁ。」
 くるくると笑顔で廻るノイルに、虎王丸は面倒なのに眼を附けられた……と軽い恐怖を覚えた。



 ――タダより安いモノは…………、





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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[ 1070:虎王丸 / 男性 / 16歳(実年齢16歳)/ 火炎剣士 ]

[ NPC:ノイル / 無性 / 不明 / 占術師 ]
[ NPC:ラルーシャ / 男性 / 29歳 / 咒法剣士 ]

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■         ライター通信          ■
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今日和、初めまして徒野です。
此の度は『巡る想い』に御参加頂き誠に有難う御座いました。
真逆窓開け再開して直ぐ御依頼頂けるとは思わなかったので大変嬉しかったです。

微妙にずれた館の住人と絡んで下さって有難う御座いました。
こんな作品ですが、一欠片でも御気に召して頂ける事を祈りつつ。

――其れでは、亦御眼に掛かれます様に。御機嫌よう。