<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


不思議な魔法書

 久しぶりに、黒山羊亭に顔を出した青年がいた。
「あら、クルスさん」
 踊り子エスメラルダがにっこり笑顔で出迎える。「今日はなんの実験?」
「いや、実験じゃないよ」
 クルスは苦笑した。研究者の彼だって、年柄年中研究しているわけではない。
 彼は、ぶ厚い本を持っていた。
「研究書?」
 エスメラルダはなおも研究にこだわる。
「違うって」
 笑いながら、クルスは本をぱらぱらとめくって見せた。
 エスメラルダが目を軽く見開く。
 ――どこのページにも、何も書かれていない。
「これはこれから書くタイプの本なんだけどね……」
 ちょっと、魔術師仲間からゆずりうけて、とクルスは言った。
「呪いがかかっちゃって。この本に未来を書くとそれは実現する。ただし1枚のページに2人以上が書かなきゃいけない」
「………? どういうことかしら」
「つまりは複数の人間がこの本に書き込んで、ごっちゃになった『未来』を経験してこなきゃ呪いが解けないんだ」
 エスメラルダは指をあごにあてながら虚空を見た。
「……要するに、そんな勇気のある冒険者をお探しなのね?」
「ご名答」
 クルスはあっさりと手を挙げた。

     **********

●書き込む仲間たち

「よう、久しぶりじゃねぇか」
 とカウンターにいたクルスに声をかけてきたのは、大柄で葉巻をくわえた男、トゥルース・トゥースだった。
「久しぶりなのは構わねぇが、今度はなんでぇ、また妙な本を持ってきやがったなぁ」
 クルスの手にある本を奪い取り、ぺらぺらめくって顔をしかめる。
「よければ参加してくれないかなあ」
 クルスはカウンターに肘をつきながらトゥルースを見上げた。
「ま、お前さんの頼みだ、引き受けねぇわけじゃねぇが、たまにゃあ厄介ごとじゃねぇ理由で来いっての」
 べしっと本で頭を叩かれ、それはすまないね、とクルスが苦笑する。
 そこへ、ぱたぱたとクルスに向かって走ってきた少女がいた。
 長い黒髪に最近大分光が柔らかくなった赤い瞳。呪符を織り込んだ包帯で体をぐるぐる巻きにした、彼女の名は千獣[せんじゅ]。彼女も黒山羊亭の常連である。
「クルス……」
「やあ千獣。偶然だな」
 千獣は普段、クルスが守護する精霊の森に住んでいるが、今日はたまたま出かけていた。それでクルスも1人で出てきたのだが……行き先は同じだったらしい。
 千獣は嬉しそうに目元をほころばせた。
 トゥルースがぼやいた。
「……お前、偶然じゃなくて分かってて来たんじゃないのか?」
「本当に偶然だって。――やあ、アレスディアも」
 千獣に遅れてゆっくり歩み寄ってきた、灰銀色の長い髪の少女に、クルスは声をかける。
「クルス殿と森の外でお会いするのは久しいな」
 アレスディア・ヴォルフリートは微笑んだ。「今日は依頼、と」
「ああ」
「研究も大事ではあるし、そのための依頼に来られるのも良いが……」
 彼女はトゥルースを見やり、肩をすくめて、
「御仁のおっしゃる通り。たまには、誠、息抜きのためだけに来られても良いのではないかな」
 と苦笑した。
 それはまたすまないね、とクルスは二度苦笑するはめになった。
「千獣もアレスディアも参加してくれるかい?」
 とりあえず2人の少女を勧誘してみる。
 アレスディアは興味津々のようだった。
「依頼の品であるその本……ふむ……記された未来が現実になる、と」
「ああ」
「それは近い未来のことでよいのだろうか? 数日先、のような」
 刃が幾重にも重なったような形の槍を抱えたまま、灰銀色の髪の少女はあごに手をかける。
「遠い未来のこととなると……なかなか難しい」
「そうだなあ」
 クルスはぱらぱらと本をめくる。「それはおそらく、書いたこと次第、だろうね」
「ふむ……」
 アレスディアがクルスの手元の本を覗き込む。
 と、
「ねえねえ、さっきから何やってるのさ?」
 黒山羊亭に先ほど入ってきたばかりだった金髪の女性が、くわえ煙草で聞いてきた。
「ん? 珍しい顔だな」
 トゥルースが葉巻を口から離す。女性は快活に笑って、
「私を忘れないでおくれよ。ディーザ・カプリオーレだよ」
「ああ、ディーザ殿か」
 アレスディアが微笑して握手を求めた。それに応えたディーザは、
「で、何の話?」
 と面々を見回す。
 そこへ、また1人声をかけてきた人物がいた。
「ちょっとよいかな」
 がたいのいい、左目に傷のある男。
「ん。よう、幻路じゃねえか」
 トゥルースを筆頭に、
「こちらも久しぶりだ」
「久し、ぶ、り……」
「あんたも久しぶりだね」
 アレスディア、千獣、ディーザが次々と挨拶をする。
「久しぶりでござるな」
 鬼眼幻路[おにめ・げんじ]は、人のいい笑みで挨拶に返すと、
「拙者も先ほどからその話に興味があるのだが、詳しく聞いてもよいかな?」
 クルスはずらーっと自分を囲んだメンバーを見て、
「……こりゃすごい未来になりそうだ」
 とつぶやいた。

「ほほう、書かれた未来が実現すると。面白い書物でござるなぁ」
 幻路が素直に感心する横で、
「へぇ〜、未来が……ふぅ〜ん、実現するんだぁ……なるほどねぇ〜……」
 ディーザがカウンターの椅子を陣取って、頬杖をついて妙な反応をする。
「……ディーザ、何か不満があるのかい?」
 クルスがこめかみをこすりながら尋ねると、「ああ、いやだなぁ、そんな、別に変なことは書かないよ?」とディーザはにっこにこ。
 余計怪しい、と皆が思った。
「……なんだか信用なさげな視線が痛いんデスけど」
「気のせいだよ」
 クルスがにっこり笑って、「つまり参加してくれるんだね、ありがとう」
 ぎゅ。ディーザの手を握った。
 トゥルースが肘でクルスをつついて、
「おい。お前他の女の手を握ってる場合か」
 と囁く。
「それとこれとは関係ないだろう? 彼女は気にしないよ」
 実際千獣は何も気にしていないように、ちょこんと首をかしげている。
「お・ま・え・は・どこまでも余裕気取りやがって……っ」
 トゥルースが葉巻の端をかじってわらわらと指をうごめかせる。
「ま、まあまあ」
 アレスディアが間に割って入り、「クルス殿、少し質問、よいかな?」
 と話を切り替えた。
「ん。どうぞ」
「単なる興味だが、呪いが解けた後の本はどうなるのだろう?」
 アレスディアは首をかしげた。「今は、記されたことが実現してしまう本だが、解呪後は普通に書き記すことのできる本になるだけなのだろうか?」
「そうだね。まあこれは僕のじゃなくて僕の研究仲間の本だから僕が書くわけじゃないけど。紙がね、特殊な紙で。魔術系の本にしやすいんだよ」
「ああ、なーんだ。お兄さんが何か書くんじゃないんだ」
 ディーザがいつの間にか頼んでいたカクテルを傾けながら「これから書き込むタイプって言ってたから、何に使うのかなーって思ってたんだけど」
「結局魔術書になるのか……まあそれは、魔術研究をしている方々の領域のことで、私のような門外漢が口を出すことではないな」
 アレスディアはうなずいた。
「とりあえず、ふと抱いた興味は以上。では、そろそろ書き記させていただこう」
「ありがとう」
 クルスはふわりと微笑んで、本のページを開いた。
 まずペンを取ったのはアレスディア。
「私は……そうだな……」
 ――『皆が息災であるように、如何なる災いからも皆を護れるように』
「……未来というよりもどちらかというと願いか」
 苦笑するアレスディアの横から、
「拙者も一筆書かせていただいても良いかな?」
 と幻路が口を出す。
「どうぞ、キミもありがとう」
 とクルスが本を差し出そうとしたところで、
「いや、その前にちょっとした疑問なのでござるが、この書物には複数の者が未来を書かねばならぬのでござるな?」
「そうだよ」
「では、複数の者が書いて、時間の流れが大幅に違ったらどうなるのでござろう?」
「んー……」
 クルスが眉をひそめる。幻路は少しばかり困ったような顔をして、
「いや、もし、拙者の老後とか書いてしまって、他の方と歳が合わぬようなことがあったらどうなるのでござろうなぁ、と」
「ああ、そういう問題なら、このソーンならいくらでも解決するだろうね」
 摩訶不思議世界ソーン。寿命など飛んでいってしまっている存在がいくらでもいる。そういうクルスも不老不死なのだから。
 ああなるほど、と幻路は笑って、
「それに、うーむ、まぁ、きっと書物が何とかしてくれるでござる。それに、拙者には歳を取って縁側で日向ぼっこなどという平穏な未来は似合わぬし、想像もできぬ」
 そう言って苦笑した。
「さてさて、前置きが過ぎてしまったでござる。では、書かせていただこう」
 どこからか取り出した筆で、文字がさらさらと記されていく。
 ――『人生、楽あれば苦あり、苦あれば楽あり』
「む。幻路殿、素晴らしき達筆……!」
 アレスディアが拍手した。幻路は照れたのかごほんと咳払いをしてから、
「それでは、どのような苦があり楽があるか、見させていただくでござる」
 と手を合わせるようにして、「どうぞ、次のお方へ」と本を回した。
 トゥルースの前に来た。
 彼は、葉巻の煙をふかしながら、ふとつぶやいた。
「未来が実現するってか……それってよう、他人のこと書いちゃだめなのか?」
「ん? 何か書きたいことがあるのか?」
 クルスがペンをトゥルースに差し出しながら問う。
「あ? なーに、ちょこっとばっかり書いてやりてぇことがあってよ。ああ、この場にいねぇってことはねぇ」
 赤い瞳が、ぎらりと光ってじろっとクルスを見る。
「ちゃーんと2人共ここにいる」
「トゥ、トゥルース?」
 クルスがびびって後ろへ退いたところへ、その手からトゥルースはペンをひったくって、
 ――『手前ぇらいー加減さっさとくっつきやがれっ!!』
 思いっきり書きなぐりの字が書き記された。
「………」
 クルスが無言でその字を見下ろす。
 トゥルースはペンをクルスに返しながらぶつぶつと怒りをこめた声でぼやいた。
「まったくよう、嬢ちゃんはともかく、手前ぇは一丁前の『男』だろう? いつまでもうぶでおぼこなちちくりあいしてんじゃねぇーっての。俺の精神衛生に悪い」
「なんでキミの精神衛生に悪いんだい……」
 クルスはがくっと肩を落とした。
 本は、次にディーザの前に来た。
 ペンを取ったディーザに、鋭い視線がいくつも向けられる。
「ちょ、ちょっと、そこまで疑うー?」
 ディーザは苦笑した。「大丈夫だって、私だって、不幸になるより幸せになる未来の方がいいもん」
 でもねえ、とペンを指でくるくる回して、
「そこはそれ、ほら、変化は人生の薬味っていうじゃない? だからー……」
 ――『人生の天気予報:晴れ時々曇り所により雷雨のち晴れ』
「何が起こるかは書物に任せる」
「拙者と同じだな」
 幻路がうなずく。ディーザはそうだね、と首をかしげて笑って、
「まぁ、多かれ少なかれ、良かれ悪しかれ、人生は一定じゃない。泣いて怒って笑って、人生、してるよね」
「人生論じみてきたなあ」
 クルスが意外そうに面々の顔を見た。
「不老不死なんかやってると、人生論なんて忘れてしまいがちなんだ。参加するのも面白いかもしれないね」
「ん? お前さんも参加するってぇか?」
 トゥルースが葉巻を幻路にすすめて断られながら、クルスの顔を見る。
「まあ、彼女が書くから」
 ちょい、と親指で指すのは千獣。
 彼女はクルスの隣に椅子を持ってきて座りながらも、今集まっている皆の会話の意味がまったく分かってないようで、首をかしげたままだった。
「千獣」
 クルスは本を彼女に向け、ペンを渡しながら優しく言った。
「ここに、好きな未来を書いてごらん」
「み、ら、い……」
 千獣はきょとんとした顔をした。じーっとクルスの顔を見て、何か考えていたが、
「みらい……」
 ……顔を下げて、やっぱりうーんと悩んでいる。
 そして結局クルスを見て、
「何、それ……?」
 周囲の何人かがずっこけかけた。
 クルスは予想していたかのように、苦笑した。
「そうだな……今より先のこと、でいいかな」
「お前そりゃアバウトな」
 トゥルースがごんとクルスの頭を打つが、クルスは「他に言いようがないじゃないか」とじとっとトゥルースを見やる。
「まあなあ……嬢ちゃんどうする」
「……先、の、こと……?」
「そう。未来を書くと、この本が実現してくれるんだ。……まあまともには実現してくれないけれど……」
「う、ん」
 千獣は理解したのかしてないのか分からないまま、ペンを子供のようにぐーで握って書こうとした。
 と、
「待て待て待て待て待てーーーー!」
 と突然割り込んできた新しい声。
 千獣から本とペンを引ったくり、金の瞳をきらきら輝かせながら、
 ――『俺の腹がいっぱいになる。美味しいもの食い放題』
 突然の参加者によってあっという間にそんな文章が記された。
「よーし、期待してるぜ」
 本をクルスに返しながら、ユーアはほくほくした顔で言った。
「……ユーア……いつから聞いてたんだ……」
 クルスが呆然としていると、今度はまた新しい声が言ってきた。
「未来をねえ……じゃあ、大魔王を倒して世界を救う話なんてどうかしら」
 こちらもいつから聞いていたのか、小麦色の肌をした銀髪の女性が、いつの間にかユーアの背後からひょこっと顔を出して言ってくる。
「だ、大魔王を倒して世界を救う……?」
 皆が冷や汗をかく。
「なに言ってんだあんた」
 ユーアが腕組みをして女性――セフィスに言った。
 誰もが、否定してくれるのだと期待した。だが、
「あの本は自分で書かなきゃ意味がねえんだぞ」
「あ、自分で書かないと意味ないの? じゃあ書くわね」
 クルスの手から本とペンをすっと取り上げ、さらさらと書き足す。
 ――『大魔王を倒して世界を救う』
「………………」
 戻ってきた本に、クルスはぽつりとつぶやいた。
「ろくな未来になりそうにないな……」
「よ、よーし嬢ちゃん。お前さんはまともなのを書けよ!」
 トゥルースが千獣の背を押す。
 千獣はまだ悩んでいたようだったが、本とペンを渡され、首をかしげたままますますうーんと悩んだ。
 そして悩みに悩んだ末、
 ――『みんな しあわせ』
「………」
 上にどがつくほど下手な字の列を、しかし読み取ってクルスは千獣の頭を撫でる。
 ――多分彼女の場合、『未来』という概念を持っていないのだろう。生きるか死ぬか、その一瞬一瞬を生きていたから、その先のことなど考えたことがないのだ。
 彼女の書く『みんな』に、彼女自身が含まれているかどうか分からない。
 だから。
「さ、俺も書くかな」
 クルスは最後にペンを取った。
 ページがすっかり埋まっていたので、隙間に小さく。
「……おい、こまい字で書くんじゃねえよ、読めねえじゃねえか」
 のぞきこんだトゥルースが文句を言う。
「読まなくていいよ」
 クルスは笑顔で、「さ、皆行くよ」
 突然、パンッと音。
 本が閉じられて――
 途端に本に書き込んだ皆が全員、一気に眠りの底に落ちた。

●本が作り出す結果

「………」
「………」
「………」

 リンゴーン リンゴーン

「………」
「………」
「………」

 リンゴー……ン

「おい……こりゃなんの冗談だ……」
 トゥルースが葉巻をぽろりと口から落として、自分の体を見下ろしている。
「多分……キミのせいだよ」
 クルスは冷静にぽんとトゥルースの肩を叩いた。
 アレスディアが真っ赤になっている。セフィスが、
「あら、意外と着心地いいわねえ」
 とつぶやいている。
 千獣はきょとんと自分の体を見下ろしている。
 幻路はううむとうなって、
「こ、このような服は……拙者には……」
「意外と似合っているよ幻路」
 煙草を揺らしながらディーザが幻路の肩を叩く。
 幻路はディーザを見返し、
「……ディーザ殿も似合うな」
「うっ」
 ディーザはずざっと退き、
「あ……あまり言われたくなかった」
 あーあ、と煙草を口から離し、天を仰いで、
「まさかこの歳で着ることになるとは思わなかった……ウエディングドレス……」
 そう。
 男性は全員白のタキシード。
 女性は全員白のウエディングドレス。
 そして空に鳴り響くはチャペル。
 目の前には、目にまぶしいほど白い、教会があった。
「『さっさとくっつきやがれ』……だからあの本は皆の書いた未来がごちゃまぜになって降ってくるんだってば……」
 クルスがため息をついた。
「くぉらーーーー!」
 怒声が上がった。
 何事かと他のメンバーが怒鳴り声の主を見て――
 うげっ、と退いた。
 そこに、やっぱり他の女性たちと同じウエディングドレスを着た女性――が、いた。
 肩口より少し長い硬質の黒髪をよく梳ったのか、さらさらになっている。きらきらを通り越してぎらぎらと輝く金色の瞳、今は化粧によってまつげがけぶるように美しく、紅を乗せた唇は意外にも形よく。
 早い話が――ドレスのよく似合う、美しい娘だった。
 しかしその正体はと言うと。
「俺の飯! 俺の飯は!」
 彼女はドレスのまま地団太を踏んだ。「こんな服でごまかされねえぞ! それとも食えってか。ああ食ってやる!」
「ゆ、ゆーあ殿……!」
 真剣にドレスを口元へ持って行こうとした彼女に、アレスディアが飛びついた。「き、きっとこの先に食べ物が! ドレスは食べ物ではないぞ! お、お気を確かに……!」
「マジで……か……」
 トゥルースは卒倒するところだった。普段とのギャップがありすぎる。
 性格は……そのまんまだが。
 ディーザが大笑いした。セフィスもくすくす笑っている。
 千獣が、ユーアに近づいて匂いをくんくんと嗅ぎ、
「ユー、ア?」
「ん? あんだよ」
「似合う……」
 千獣は無邪気ににこっと笑う。
 しかしユーアには、千獣の無邪気攻撃は効かなかった。
「んなことはどうでもいい! 俺の飯はまだか!」
 ――その時不意に、快晴だった空が曇り空になった。
「………?」
 新しい煙草を取り出そうとしていたディーザが顔をしかめる。
「やな天気だねえ」
「……キミが書いたんじゃなかったかい? 『晴れ時々曇り』って」
 クルスがディーザを見やる。ディーザは「は!?」と声を上げ、
「あれは『人生の天気予報』だよ!?」
「……書物はどう読み込んだのかなあ……」
 と、クルスが遠い目で言った瞬間。

『ふはははははははは』

 薄暗くなった天気にちょうどいい具合に響く、暗い声がした。

『先ほどから強い食欲を示している者がおる……ふはははははははは』
「俺のことか!」
 ユーアは自分で足を一歩出した。
 ふはははは、と不気味な声はもう一回笑い声を上げた。
 気がつくとユーアの目の前に、婚礼用のケーキが現れていた。
「!」
 ユーアは大喜びで手でわしづかんで食べ始める。
「ユーア殿! 危険だ――というか、せ、せめてフォークかスプーンで」
 アレスディアが止めるのも聞かずユーアは食べ続ける。
 ディーザがその様子を見て、眉をひそめた。
「何か……嫌な予感がするなあ」
「私、も……」
 千獣はユーアの食べているケーキの匂いを嗅ぎ、「この、ケーキ、変……」
「まじか? おい、ユーアそれ以上食べるのをやめろ――」
 トゥルースがユーアの肩を引っ張ろうとする。ユーアはそれを振り払った。
「んめえ! すげえぞこいつ、食っても食っても疲れねえ!」
「疲れ……であるか? 食事に?」
 幻路が首をかしげた。
「僕の研究によるとね」
 クルスが目を閉じて、「ユーアという人は、食事でためたエネルギーを、別の食事を取ることに費やしている世にも珍しいエネルギー循環を行う人なんだ」
「それって研究で分かったことなの?」
 セフィスがクルスをつついた。
「いや。正しくは、見ていれば分かる」
 クルスは重々しく正直に白状した。
 ディーザが曇り空を気にする。
「人生の天気予報……やっぱり当たってる、かも?」
 ――やがて、ユーアがケーキをたいらげた。
 汚い手をそのままにして、
「おい! もっとよこせ! まだ満腹じゃねえ!」
 と彼女は怒鳴った。
「ま、まだ満腹ではないのか……」
 近くで見ていたアレスディアがおそれをなす。
 ふはははははは、と不気味な声がさらに大きく地面を揺らした。
 あたりが暗くなる。
 突然雨が降り出し、雷が落ちる。
 ――『所により雷雨』――
『ではお前たち、私を倒しにくるがいい。この世界は私の世界だ。私を倒せばいくらでもものを食べられよう。私の元へ来ればよい――』
 声が、高笑いの余韻を残して消えていく。
「『大魔王を倒して世界を救う』」
 セフィスがあごに手をやってつぶやいた。「あらあら。私の書いた通りになっちゃったかしら」
「大魔王でも食欲魔人でも何でもいい! 行くぞ倒しに俺1人でも行くぞ!」
 ユーアが飛び出した。
 ひょっとするとユーアに限らず、依存性か興奮剤的な効果のあるケーキだったのかもしれない。
「待たれよユーア殿、情報を集めねばどこにいるのか分からぬ! そ、それから――」
「あん! それからなんだ!」
「手、手を洗った方が……戦いやすいのではないかと思う……」
 アレスディアがべとべとのユーアの手を見ておずおずと進言する。
 ユーアは自分の両手を見下ろした。
「……舐めて綺麗にするなよ」
 トゥルースがぽんとドレス姿の美女の肩を叩き、しみじみとした声をかけた。

 とりあえず雨でユーアは手を洗った。雨も役に立つものである。
 しばらくすると、雷が止まり、雨もあがった。
 ようやく情報集めができそうだ。

 残念ながら、私服はどこにあるのか分からなかった。
 そのため、メンバーは結婚式の姿のまま聞き込みするはめになった。
 当然、そこら辺の人々に声をかけるなり、「あら、ご結婚おめでとうございます」と返される。
「ご、けっ、こん……?」
 千獣がちょこんと首をかしげる。
「気にしないで。ほら、千獣も聞き込みだ」
 クルスが千獣の肩を抱いて人をつかまえる。
 少し離れたところでそれを見ていたトゥルースが、「ちっ」と舌打ちしていた。
 幻路の傍には何となくディーザがいたため、彼らもカップルと間違われた。
「ご結婚おめでとうございます……奥様が煙草をお止めになれば、元気なお子様が生まれそうね」
 にこにこ愛想のいい女性にそう言われ、幻路が頭をかき、ディーザが煙草を口から離して、
「……私らそんなに似合いに見えるかなあ」
「拙者にもよく分からん」
「あら、お似合いよ」
 セフィスが2人の背中をとんと押した。「いっそこのまま結婚しちゃえば?」
「冗談ぽいだってば」
 ディーザは渋い顔でセフィスを見やった。
「こらー! この世界の支配者大魔神はどこにいるー!!」
 ものすごい形相で、ウエディングドレス姿のまま近場の青年をつかみあげているのはユーアだ。
「ユ、ユーア殿、落ち着いて……」
 口からあわをふきそうなあわれなその辺の青年1を助けるべく、アレスディアは必死である。
 トゥルースがため息をついて、
「なあにいちゃん」
 近くの青年をつかまえた。「この世界ってのは本当に大魔神に支配されてるのか? ちと教えてくれねえかな」
「あ……え、ええ」
 青年は肩をちぢこめて周囲をきょろきょろ見渡した。
「あん? どうしたよ」
「こ、これが大魔王に聞かれていたら殺されてしまう……っ」
「……そうか」
 それでも悪いんだけどよ、とトゥルースは葉巻を口から離し、真顔で言った。
「俺たちはその大魔神とやらを始末しに行きてえんだ。いる場所、教えてくれねえかな」
「……っ……っ」
「怖いのは分かる。だが、それに見合うだけのものを俺たちは絶対持って帰ってくる」
「―――」
 青年はトゥルースの、迫力ある顔立ちを見つめた。
 トゥルースはにやりと笑った。
「信用できねえか?」
「………」
 青年は、黙って西を指差した。
 トゥルースが西を向く。
 ごつごつした山脈が、続いていた。
「……あの、山脈の、向こう、に」
 小さな声でぼそぼそ言うと、青年はへなへなとその場に座り込んでしまった。
「ありがとよ」
 トゥルースはばん、と強くその青年の肩を叩き、肩越しに振り返って、
「おい連中よ、敵は西だそうだぜ」
「西?」
 幻路が顔を西へ向ける。
「……あの険しい山脈を越えろってわけだ。うん、人生所により雷雨」
 ディーザが面白そうに、唇の端をつりあげた。

 さすが『所により』だけあって――

「てやーーーーー!」
 ユーアだけは、ドレス姿での登山をもろともしなかった。
 もちろん、街でそれなりの登山具を買ってきたのだが。(なぜかブティックはなかった。嫌がらせだろうか)
「ユ、ユーア殿! 本当に1人で戦うおつもりか、もう少しゆっくり……!」
 アレスディアが必死に追いつこうとしている。
「……ユーアはアレスディアに任せるか」
 トゥルースが、とても突き放した発言をした。
 幻路がふと、やっぱりなぜか隣にいるディーザを見て、
「背負ってもよいぞ? 女子1人分くらいは軽い」
「なめんじゃないって。私だってプライドはあんの」
「じゃあ代わりに私を背負ってくださらない?」
 2人の後ろから、セフィスが笑った。
「む。よいぞ、どうぞ背中へ」
「あら本当? じゃ、遠慮なく」
 セフィスは幻路の広い背中にくっつき、「あー楽だわー」と口笛でも吹きそうな声を出す。
 最後尾では千獣が、体力なしのクルスをほどほどに引っ張ってくれていた。

 山脈というより山岳だ。険しすぎる。
 冒険者たちはぎりぎり自力でてっぺんまで登ったが、体力なし魔術師クルスに関しては、結局千獣が彼を乗せて飛んでてっぺんまで連れてきた。
「情けねえなあ……」
 トゥルースが嘆く。
「ほっといてくれよ。森と山は対照なんだから」
 森の守護者は赤くなった顔でふくれた。
「んーでも、飛べるんだったら、その力を利用するのは当然でもあるよね。無駄な体力使っても仕方ないし」
 ディーザが適当な布でぱたぱた自分の顔を扇ぎながら言った。
「私も竜を呼び出せばよかったかしら」
 セフィスがつぶやいた。ディーザは彼女をちらっと見て、
「あんたはずっと幻路の背中にくっついてただけじゃない?」
「あら、しがみつくのも体力いるのよ」
「……あ、そう」
「クルス……大丈、夫?」
 千獣が心配そうに、自分の背に乗せてきた青年の顔をのぞきこむ。
「キミのおかげで平気だよ。それより――」
 クルスはてっぺんより視線を横に向けた。
「大魔王、大魔王、大魔王、食っちまえ!」
 訳の分からないことを口走りながらユーアがすでに下ろうとしている。
「ユーア殿! お願いだから少し休もう――」
「ユーア、お前大魔王まで食うな――」
 アレスディアとトゥルースが仕方なく追いかける。
「……ここは、空が綺麗に見えるところでござるな」
 幻路が上空を見上げながらぽつりとつぶやいた。
「少し、休憩できれば素晴らしい休憩スポットでござるが……」
「時々晴れは私書いてないからねえ……」
 ディーザがうむうむとつぶやく。
「苦あれば楽ありと拙者は書いたはずでござる……」
 幻路は惜しそうに立ち上がった。「ともあれ、ゆくでござるか……」
「そうだね」
 ディーザが重い山登りグッズを装備しなおす。
「くだりは背中を貸して頂かなくてもいいわ。1人でいきます」
 セフィスが微笑む。
「む。そうか」
「僕もくだりは1人で行くよ」
 千獣に向かってそう言ったクルスは、千獣にむうっとにらまれて冷や汗をかいた。
 実は登りの時に落ちかけて、体のあちこちにかすり傷があるのだ。
「クルス、私、が、連れて、く!」
 千獣は乱暴にクルスの手を引いて、背中の獣の翼を開いたのだった。

「……暑いな」
「暑いじゃねえかこら」
「暑いでござるなあ……」
「これは想定外だったかも」
「うーん。暑いわねえ」
「……ちょっと、暑、い……?」
「大分暑いよ」
「こらーーーてめえら根性なってねえぞーーー!」
 ユーアの怒鳴り声で、暑さにうなっていたメンバーははっと我に返った。
「いやしかし、ユーア殿……その、そのまま下に行ったら危険では」
 アレスディアが下るのをやめて、もっともっと下にいるユーアを見下ろす。
 本当にウエディングドレスでどうしてそこまでやれるのか、というほどの速度でユーアは下っていた。ちなみにドレスは魔法の生地ででも作ってあるのか、ちっとも破れていない。
 とにかく他のメンバーが懸念していることは……
 山岳地帯のてっぺんからでは見えないほど下ってきたところに突然現れた、ぐつぐつと煮え立つマグマの湖にユーアが落ちるのではないかということだった。
「こーゆーところの隅っこに入り口があるってのがお約束じゃねえか……っ」
 ユーアはぎりぎりまでマグマに近づき、お腹減ったよ根性でマグマ湖の周囲をぐるぐる回った。
 そして、
「ほらみろーーー!」
 歓喜の怒鳴り声が聞こえて、何かと思えばユーアの居場所――ちょっと他のメンバーの位置からでは見にくかったが――は、洞窟になっているようだった。
 ユーアは早速そこへ入り込んでいく。
「あ、ユ、ユーア殿!」
「待てこら、ユーアーー!」
 どちらかというと横向きに移動した方が近そうだったので全員で横向きに移動。
 飛んでいる千獣(とそれにくっついている約1名)が一番早く洞窟にたどりつく。
「千獣ー! どんな様子だー!」
 トゥルースが怒鳴るような声で尋ねる。
 千獣は洞窟をきょろきょろ見渡して、
「えっと……洞、窟?」
「……案外広くて、マグマの熱さでじめじめしていないし苔むしてもいない。でもかなり暑いよ、覚悟しないと」
 クルスが代弁した。
 その言葉に、残る誰もが「あそこにたどりつきたくない」と思った。
「一本道だ。ユーアの足音が遠くなっていくよ――」
 クルスが口に手を当てて残りのメンバーに報告する。
 それを聞いて、慌てて横向き移動を素早くする、かにのような集団がひとつ……

「ほ、本当に……暑い!」
 火薬に慣れているはずのディーザが音を上げる。
 次々と洞窟に下りてきた彼らは、その暑さにふらふらになった。
「とりあえず水の供給をね」
 クルスが道具袋から白く小さな丸薬を取り出す。そして他のメンバーの水筒に落としていった。
 すると――
「……むう? 水筒の中身がほどほどに冷たいでござるぞ」
「へえ、さすが魔術師さんねえ」
 幻路が不思議そうな声をあげ、セフィスがおいしそうに水を飲む。
 マグマの近くなど歩いてきたから、とっくに水筒の中身も熱くなっているかと思っていたのだ。
 千獣が水筒を両手で抱えて水を飲み、
「クルス……」
「ん?」
「おい、しい……」
「ありがとう」
 にっこり笑いあう2人。
 そして次の瞬間にはクルスの脳天に拳が落ち、
「さあてユーアを追うかね!」
 トゥルースが額に青筋を立てながら大声を上げた。洞窟に反響して、ぐわんぐわんと皆の耳に響いた。
 広い一本道。クルスの言ったとおりだ。その道を、6人はかけていく。
「参ったわねえ」
 走りながらつぶやいたセフィスに、
「どうなさった」
 幻路が尋ねる。
「ええ。この広さじゃ竜は呼べないわと思って」
「セフィス殿は竜騎士でござるか」
「そうよ」
 今では珍しい職種よね――とセフィスは苦笑した。
 幻路は少し考えて、
「『忍』はこのソーンでは珍しいのでござるかな」
 とつぶやいた。
「あ……」
 千獣が獣の翼で低空飛行をしながら言った。「ユーア、の、匂い、近い……」
 ともあれ。タキシードとウエディングドレスの一行はようやくその部屋へ――突然広くなったその部屋へ、たどりついたのだ。
 マグマの熱気がここまで届かないのか――それ以外の理由か、暑さがなくなった。過ごすのに心地いい気温。
 そして、出会った。
 ――中央にこれでもかという金銀財宝の細工物で飾った玉座を作り、そこに悠然と腰をかけて、虹色の扇を扇ぎながら座っていた――黒いマントの人間に。
「ユーア殿は……!?」
 アレスディアは青くなった。部屋の片隅に、天井が崩れたと思われる山高の積もり岩があるのを見て。
 黒マントは『先ほどの女の仲間か』とあごをそらして言った。
「あやつは真っ先に私の財宝に手をかけたのでな。潰しておいたわ』
 確かに天井が崩れたと思われる近くは、財宝の山の前だ。
「あー……ユーアらしいな……」
 トゥルースが葉巻をくわえながらつぶやく。
 ユーアという女性は、食料と宝に弱い。
「ユーア殿……せめて私たちがたどりついてから……」
 アレスディアがため息をついた。
「一緒、に、たから、さがせ、たのに、ね?」
 千獣がとりあえず2足歩行になりながらちょこんと首をかしげた。
「ユーア殿は、どこまで行ってもユーア殿でござるな……」
 幻路が呆れたような顔で目を閉じる。
「あのさあ」
 ディーザがいつの間にかくわえていた煙草を揺らしながら、言った。
「私彼女とはあまり一緒に仕事しないんだけど……皆そんなにのんびりしてていいの?」
『まったくだな』
 黒マントの男が、ディーザに同意して、ふんと鼻を鳴らした。
『余裕をかましているつもりで動揺を隠してでもいるつもりか?』
「と、いうかだな」
 トゥルースがぽきぽき手を鳴らしながら、「お前さんは、人を見る目がないな」
『なんだと……?』
 黒マントが眉をひそめる。
「あと10秒くらいか。9、8、7、6」
 5、4、3、2、1、0!
「うおらーーーーー!!!」
 岩にうずもれていたウエディングドレス姿の美女、復活。
 そして、
「お宝お宝〜〜〜〜〜!」
 と財宝に飛びつく。
 黒マントは呆気にとられた表情になった。
「あら、大魔王さんが間抜けな顔」
 セフィスがつっこむ。
「そなたが大魔王か」
 アレスディアがルーンアームの先端を黒マントに向けた。
 黒魔王はごほんと咳払いをし、突然哄笑した。
『そうだ、私だ! 大魔王とは私のことだ! わーーーはははははは!』
「ねえひとつしつもーん」
 ディーザがのん気に手を挙げた。「こういう時いつも気になるんですけどー」
『なんだ』
「大魔王さんって本名なに?」
 刹那、心地よかった部屋が瞬間冷凍された。
『…………だ、大魔王だ』
 ごほんとまた咳払いをして、黒マントが答える。
「それ答えになってないよー」
 ディーザが追い討ちをかけると――
 黒マントは、ぷちんとキレた。
『うるさいわっ! 私は大魔王だと言ったら大魔王なんだっ! それ以外の何者でもないわーーーー!』
「あら、ひょっとして」
 セフィスが頬に手を当てた。「生まれた時から『大魔王』っていう名前だったっていうオチ?」
「うわ、マジで? よく出生届け出せたね。あれ? ソーンだからいらないのかな?」
 異界から来たディーザがうーんと腕を組んで悩む。
「となると……私的分析だと、名前でグレて本物の大魔王になってやるーって変な方向にエネルギー使って、何故か本当になっちゃったって感じ?」
『黙れーーーーーー!!!!』
 大魔王の声が部屋の中で反響してメンバーの脳髄にまで届いた。
「あ、あまり彼を刺激しないでくれないかな……皆……」
 体力のないクルスがへろへろになりながら懇願する。
「何にせよ、倒さねばならん。倒さねば街の人々が怯えたままでござる」
 幻路が忍刀を抜き放った。
「クルス……隅っこ、に、いて……」
「千獣……情けないけどそうするよ……」
「手前ぇは本気で情けねぇんだよっ!」
 トゥルースがクルスの尻を蹴っ飛ばした。それから、
「ユーア! こいつを倒せば多分またケーキ食べ放題だぞ!」
「!!! 本当か!!!」
 ユーアの金色の目がきらんと光り、視線が財宝から黒マントへと移る。
「なら……俺の食欲のために消えろ!」
 彼女は剣を抜き放った。「全力で行くぜ!」
「私も今回は全力でいかせてもらおう」
 アレスディアはルーンアームを構え、
 ――『我が命矛として、牙剥く全てを滅する』!
 コマンドとともに、ルーンアームの幾重にも重なった刃がしゅるしゅるとほどけていく。やがて一本の漆黒の突撃槍へ。
 彼女はウエディングドレスから、黒装束へと変わった。
「おや、ちょっと羨ましい」
 ディーザが煙草を揺らしながらにやりと笑い――
 どこに収納していたのか分からない、中型銃器を取り出した。
「私も仕方ありません。これで」
 急に真顔になって、セフィスがこれまたどこに収納していたのか分からないランスを取り出す。
 千獣は右腕に巻かれた包帯をほどいた。
 一瞬のうちに右腕が膨れ上がる。獣の手へと。
 徒手空拳のトゥルースはぼきりと手を鳴らした。
「さあ……楽しいパーティの始まりだぜ!」

 ユーアが剣を横薙ぎに振るう。
 黒マントは飛びあがって避けた。マントの端っこだけが、剣によって引き裂かれる。
 大魔王は空中にいる間に、右手に持っていた虹色の扇を大きく扇いだ。
 突風が吹き荒れた。皆がとっさに構えを取って踏みとどまる。
 風が吹き続ける。
「く……これじゃ銃は撃てないね」
 弾道が歪んじまう。ディーザは舌打ちする。
 ばさばさばさばさと音がした。
 見やると、部屋の隅っこに避難していたクルスが持っている本が、風でくしゃくしゃになりかけていた。
「まったく。本なんか読んで、おにーさんは気楽だねえ」
 と気を抜いた瞬間、
 大魔王がもう一度扇を扇いだ。
 さらに強力な突風が部屋の空気に悲鳴を上げさせる。
 ディーザはバランスを崩して近くの壁に叩きつけられた。
 そのディーザに向かって、大魔王が左手をかざす。
 左手の指は八本あった。その八本が――突然細長く伸び――
「―――っ! っあっ――」
 ディーザの肩を襲う。
 だが、刺さることはない。彼女はサイボーグだ。
 とっさに八本の指をわしづかもうとしたディーザだったが、その一瞬前に指は引っ込められてしまった。
 そして八本の指はもう一度伸び、あちこちへ分散して、その場に留まるのがやっとの6人の腕を容赦なく刺し貫く。
 幻路やユーアは、利き手の二の腕を貫かれたが、
「ふ――ん――」
「これぐらいで――得物を落とさないのが――本物の戦士……!」
 それを聞いた大魔王は、
『ほう』
 と面白そうに眉を上げた。
 そして2人に向かって、残り2本の指を伸ばし、肩を貫いた。
「………っ!!!」
 2人が声にならない絶叫を上げる。しかしそれでも、2人は剣や刀を握り締めて離さなかった。
『面白い』
 大魔王の興味が2人にいったらしい、他の4人の腕から指が抜ける。
 風が止んだ。さらにユーアたちを刺し貫こうと、伸びた指を――
 背の翼で素早く飛んだ千獣が引き裂いた。
 大魔王は獣の少女をちらりと見やる。
 立ち直るのに必死のアレスディアたちは目を疑った。千獣が引き裂いたはずの指4本があっという間に復活して伸び、千獣の体を4本で貫いた。
「千獣……!!!」
 地面に転がり落ちた千獣に、トゥルースの大声が飛ぶ。
「手前ぇ、大魔王ーーーーーーー!」
 ライオンの雄たけびが部屋を満たす。
 大魔王が一瞬、動きを止める。
 その一瞬に、
「はあああああ!」
「やあああああ!」
 ランスを手にしたアレスディアとセフィスが大魔王に突撃した。
 しかし、手ごたえはなし。
『ふ。どこを狙っている?』
 声がまったく違う方向から聞こえた。
 アレスディアとセフィスは振り向き、目を見開いた。2人の真後ろに――大魔王はいた。
 扇が扇がれる。背中からまともに風を受け、2人の娘はまともに前へつっぷす。
 その2人の背中の上に、黒マントは足を下ろした。
「くっ……!」
 アレスディアが屈辱で唇を噛む。隣でセフィスも同じような表情をしていた。
 と、
 ガガガガガガガガ!!
 爆音とともに背中にかかる重力がふっと消えた。
「ちっ。やっぱり小さな弾じゃだめだね」
 立ち上がったディーザが発射させたばかりの銃器をかなぐり捨てる。
『ふふふ。大した痛みにもならぬわ』
 大魔王は空中を浮遊しながら、笑っていた。どうやらディーザの弾丸が命中して――大して効果がなかったらしい。
 しかし大魔王は、不意に視線を違う方向へ向けた。
 ユーアと幻路は、二の腕と肩に刺さったままだった大魔王の指先を自ら抜いていた。やはり、手にした武器は手放さない。
 そして千獣が、無傷で立ち上がっていた。
 千獣は――その体の中に飼う獣たちの力によって、自己治癒力が高いのだ。
『ふ……はははは』
 大魔王は心底おかしそうに笑い、そしてくるりと方向転換すると、壁際にいるディーザに向かって扇を――2回連続で扇いだ。
 突風ではなく、炎が噴出した。
 ディーザがからがら逃げると、炎の蛇は壁に当たった。
 その当たった部分がじゅうじゅうと溶ける。
「ま、まさか……」
 立ち上がりながら、アレスディアがぞっとしたように言った。
「まさかですね。あのマグマの湖を作り出したのは……」
 セフィスがうなずく。
「手前ぇってか、大魔王」
 トゥルースがちっと舌打ちする。
 はははははは、と大魔王は高笑いした。
『私は大魔王だ。あれくらいのこと当たり前ではあるまいか?』
「知らねえよ!」
 トゥルースがおおおおおお! と雄たけびをあげながら突進する。
 硬い拳が当たったかと思えば、大魔王は再び瞬間移動で違う場所にいた。
 しかし、瞬間移動した先の背後に――
「はっ!」
 待機していた幻路が刀を振り下ろす。
 ざく、と音がした。びりびりと黒いマントが裂かれていく。背中に、忍刀が食い込む。
『……ちい』
 大魔王はひゅんと向きを変え、足蹴りで幻路の首を打った。
「く――」
 首も充分な急所だ。幻路の動きが止まる。
 大魔王は幻路の目の前で扇を1回扇いだ。突風に、幻路はなすすべもなく飛ばされ壁に叩きつけられた。
 大魔王は自分の背中に手を触れる。そして手についてきたべとべとしたものを見下ろし、
『……ふん』
 と何事もなかったかのように戦士たちと向き直る。
「突風に炎に空中浮遊に瞬間移動。徒手空拳も当然できる、と……」
 ディーザが頬につ……と汗をたらしながらも唇の端をあげた。「さすが、大魔王様ってとこかな?」
「だが、こちらは7人もいる――」
 アレスディアが突撃槍の先端を大魔王に向けて、声高に宣言した。「そなたの思い通りにはならぬ!」
 大魔王は馬鹿にしたような顔をして、
『人間はよく群れる。群れたからと言って、強くはまったくならない阿呆な存在だ』
「残念ながら」
 セフィスがすっとランスを上げて、アレスディアに並びながら囁やくように言った。
「私たちは寄せ集めながら……ただの群れではありません。気のあった精鋭と言って頂きましょう」
 一緒に険しい登山をしてきて、仲間としての団結力は養ってきた。
 こんなところで、バラバラになるほどやわな絆ではない。否、バラバラになるほど、彼ら冒険者は愚かではない。
「ったりめーだ」
 ユーアが、大魔王の前にたちふさがった。
「俺様が食欲と物欲のために動くように……こいつらも大切なモン持って動いてやがるからな。息は合うんだよ、知っとけ」
 大魔王が――
 にたあと唇を笑ませる――
『ならば、それを証明して見せろ!』
 四方八方に8本の指が飛ぶ。
 しかし2度目の愚を犯す者はいない。全員それを己の得物で跳ね返した。
 1本だけ余っている指が、背後からユーアを狙う。しかし、
 ――如何なる災いからも皆を護れるように――
「させん!」
 アレスディアが槍で8本目を突き刺した。
 指は自らちぎれて逃げた。
「……やはり、皆を護るのは至難の業だ」
 アレスディアはつぶやく。その青い瞳に強い信念を持って。
「だが、私は諦めぬ……!」
 切られてもすぐに復活する指たちが、うねうねとうごめく。それを避けて大魔王に近づくのは至難の業だ。
「だから……っ」
 ディーザが背中から、大型銃器を取り出した。
「私の出番なんだよ……!」
 それはマシンガンだった。見るなり、仲間たちはさっとその場を避けた。大魔王までの道を開けた。
 機械を見る機会は少ないのか、大魔王は余裕をかましたまま、指を広げて悠然と浮遊している。
 ディーザはマシンガンの狙いを定めて、にやりと笑った。

 ―――

 ウエディングドレス姿の娘が、マシンガンをぶっ放す。
 大魔王は目を見開いて瞬間移動をしようとしたが、一瞬遅かった。
 何発もの弾丸が大魔王に食い込んだ。その瞬間こそが大きな隙だった。
 ユーアの剣が大魔王の右手を狙う。右手がもげ、扇が床に落ちた。
 ランス2本は、大魔王の心臓を同時に貫いた。
 トゥルースの拳は、大魔王の顔面を渾身の力で殴っていた。
 背後から大魔王の首を刀で刺し貫いていたのは、幻路。
 そして千獣の大きな獣爪が――
 大魔王を縦に引き裂いた。

 やった……!
 誰もがそう思った。
 しかし――

 顔がつぶれ右手をなくし、体は引き裂かれ急所はいくつも貫かれた状態でも、大魔王は浮遊し、くしゃくしゃになった顔でひっひっひと笑った。
『俺に死はない。俺に死はない。残念だったな畜生ども』
「なっ……」
『だが遊びはそろそろしまいにしよう。――見るがいい畜生ども』
 言われて、7人ははっと気づいた。大魔王の、まだ健在だった左手の指の1本が長く伸び――
 その指の先端、爪が狙っているのは、ずっと部屋の隅っこで本を読んでいた青年の、首。
 クルスは突然の死を眼前にして、冷静に指を見ている。
 大魔王はひっひっひとげびた笑いを浮かべた。
『さあ、あののん気なクズを死なせたくなければここから去れ。ここから、何もせずに去るがいい』
「クルス……!」
 千獣が飛び出そうとする。しかし大魔王の言葉は続く。
『少しでもこの指に何かしようとすれば、即座にあの首は貫く。だが……そうだな』
 ひゅん。大魔王はクルスの傍まで瞬間移動した。
『近い方がよいだろう。何度も指をちぎられるのも面白くないのでな。ひっひ……さあ、何もせずに去るがいい』
「クルス……!」
 千獣がそれ以上近づけずに立ち往生する。
「クルス手前ぇ! どこまでも役立たずで終わる気か!!!」
 トゥルースが顔を真っ赤にして怒鳴った。
「おやおや、あのおにいちゃんは連れてこない方がよかったかもね」
 ディーザが困った顔になる。
「俺のケーキーーー!」
 ユーアがじたばたと暴れた。
 クルスは片眉をあげた。
 そして、7人に向かって、軽く手を挙げた。
「……? なんだ、クルス殿……?」
 アレスディアが一歩足を前に出す。
 クルスが――目を軽く閉じて――

『天の理、地の理。大地の神においてはこの理に適わぬ者をすべからくからめ落とすべし』

 それは素早い詠唱だった。
 途端に、大魔王はどすんと地面に突っ伏した。
 クルスの首に向けていた指まで地面にくっつき、動けなくなる。
『な、なんだ、と……か、体が』

『かの者の命はどこにあるか? 不完全な命ここにありて、かの者に捧ぐ』

 再びの詠唱。瞬間、大魔王の体から黒い煙が噴き出した。
『ああああああああ!』
 大魔王の悲鳴が響く。
 やがて黒い煙が晴れた時、大魔王は地面に這いつくばったまま、はあ、はあと息を荒らげていた。
「はい、終了」
 クルスがぱたんと本を閉じて、「こいつの不死はなくなった。まああと一撃くらいでお亡くなりになってくださるんじゃないかと――」
 言い終わる前に。
 ざ・しゅっ
 千獣の獣の手が、大魔王を思い切り引き裂いていた。

「クルス……!」
 千獣がぎゅっとクルスに抱きつく。
「なんでぇ、お前」
 トゥルースが呆れた顔で歩いてきて、「最初のは……空中浮遊と瞬間移動封じだろ? 2度目は不死落としだろ? んなもんできるなら最初からやれや」
「あのね。僕は魔術師と言ってもこういうのは専門外なんだ」
 千獣の背をぽんぽん叩きながら、クルスはため息をつく。「専門の魔術師みたいに当たり前に使えないんだよ。だから時間をかけてゾーンを作って、発動させる準備をして――」
「自分に近づいてくるのを待っていらしたのだな」
 アレスディアがほっとした顔で黒装束を解く。「よかった。心臓が止まるかと思った」
「無事終わったのね」
 戦闘モードから解けたセフィスが、軽い口調になって、ふうと息を吐いた。
「にいちゃんもやるねえ」
 口笛を吹きながら、ディーザが千獣に抱きつかれたままのクルスを見る。
「ふむ。なかなかの人生の『苦』でござったな」
 幻路が、忍刀をしまい、利き腕の傷を手で押さえながら言う。
「あ、幻路殿」
 アレスディアが慌てて、「傷の手当てをいたそう」と幻路に言った。
「ああいや拙者は構わぬ。それよりユーア殿の方を――」
「飯ーーーーー!!!」
 同じく利き腕に2箇所傷を持っているはずのユーアは……元気一杯飛び跳ねていた。
 アレスディアは冷静におごそかに。
「お二方とも……しっかりと、手当てを受けて頂く」
 静かな怒りのオーラに、さすがの幻路とユーアもびくっとして、おとなしく治療を受けたとか何とか。

 洞窟から出てみると――
 マグマの湖が、なくなっていた。
 代わりにあったのは、平たい地面と、一体どこから吹き降りてくるのか分からない摩訶不思議な心地よい風と、そして。
「ケーーーーキーーーー!!!」
 山のように用意されていたケーキに、ユーアが飛びついていく。
 彼女は大魔王の財宝も大量にちょろまかしてきていた。その上、食べても食べても飽きず疲れずなくならないケーキ。
 ユーアがそれに夢中になっている間、ふっと空気が変わり、見やると、
 教会が、いつの間にかそこにあった。
 チャペルと白い鳩が、役目を果たすべく待っている。
 トゥルースが、がしっとクルスの肩を抱き、
「なあ……俺の書いた『さっさとくっつきやがれ』はいつ叶えられるんだ?」
「この書物は叶うとは限らな――」
「うるせえ! 男なら行け!」
 トゥルースがクルスの尻を蹴飛ばす。
「タキシードが汚れるってば……」
 クルスはぶつぶつ言いながら、ユーアのケーキをちょっとだけつまんでいた千獣の元へ行き、
「千獣」
 呼んで、彼女が振り向くなり――彼女を抱き上げた。
「クルス……?」
 千獣がびっくりしたように目を丸くして、落ちないようにとっさにクルスの首にしがみつく。
 クルスは千獣を抱えたまま、チャペルの下に来た。
「タキシードとウエディングドレス、か……」
「クル、ス?」
 千獣が不思議そうな声を出す。
 クルスは彼女をそっと下ろした。すると、タキシードの右ポケットに違和感を感じた。
 さぐってみると――出てきたのは。
 細い指に合いそうなプラチナリング――
 刻み込まれた言葉は、
 ――「forever Love」――
「わー……用意のいいこと……はは……」
 クルスは乾いた笑いをこぼした。
「………?」
 千獣がクルスの手元をのぞきこもうとする。
 ここに来て、んん? とユーアとトゥルース以外の面々も2人がチャペルの下にいることに気づいた。
「なになに、結婚式?」
 トゥルースが満足そうに腕を組んでいる。
 クルスは千獣の左手を取った。
 そしてその薬指に、プラチナリングをはめた。
 ひざまずき、リングのある指に口付けをすると、立ち上がって彼女の耳元で何かを囁く。

 ―――

 千獣の頬がほんのりピンク色になった。クルスはそんな千獣の額にキスをした。
 リンゴーン リンゴーン
 チャペルが鳴り出す。ともに、白い鳩がばさばさっと飛び立った。
 トゥルースが「よしよし」と満足そうにうなずく。アレスディアとディーザとセフィス、それに幻路が祝福の拍手を送る。
「なーんだ、本当にそういう仲だったんだね」
 ディーザが笑った。「これが夢の中でも、いい記念じゃない?」
 リンゴーン
 チャペルの音は確かに。
 全員の耳に届いて……。
 千獣の手に、ぽんと花束が現れた。
 驚く千獣に、「それは花嫁が持つブーケだ。心配ないよ」とクルスが説明する。
 よく分かっていなさそうな千獣に、笑ってみせて、
「さ、あっちで僕たちを祝福してくれた友達に向かってブーケを投げてみせて」
 千獣は言われる通りに、ブーケを放り投げた。
「あ!」
「あ……っ」
「むうっ!?」
「私のー!」
「俺がもらってもしゃーねえ……」
 とか色々言いながらわいわいとブーケが誰かの手に届くのを待っていた面々は――
 しゅばっ
 と誰かが通り過ぎて行ったことに気づかなかった。
「………?」
 気がつけば、誰の手にもブーケはない。
「落としたか?」
 下を見てもない。チャペルの下では千獣がきょとんとし、クルスが引きつって集団とは違う方向を見ている。その視線を追うと――
「ふっ……」
 例によって手をべたべたにしているユーアが、ブーケを手に満足そうに胸を張った。
「ブーケも俺のもんだ!」
「ちょっと待てユーア! お前に必要あるのか!?」
「何を言う。俺ってば最近見合い写真まで撮ったぞ」
「まじでかーーーー!」
「さーお前らもこのケーキ食え! うまいぞ飽きないぞいい感じだぞ幸せだぞー!」
 周りが笑い声で包まれた。
 新郎新婦もチャペルの下から引きずり下ろされ、そうしたら突然クルスの手の中にケーキ入刀用のナイフが現れ、
「ほらほら結婚初の共同作業!」
 とか言われて、首をかしげるばかりの千獣をうまく誘導し、ケーキ入刀の真似事をし……
 鳩が空中をくるくる回っている。
 心地よい風が吹き降りてくる。
「人生苦あれば楽あり」
 幻路が顔をほころばせ、
「所により雷雨、のち晴れ!」
 ディーザがうん、と伸びをした。
「もー食えねー!」
 ユーアの歓喜の声が聞こえた。それはきっと、夢の声……
 そうこれは、夢の声……

 ――みんな しあわせ――

 千獣のつたない字が、空にうっすらと浮かんで消えた。

●夢が覚める前に

「も〜……食えね……むにゃ」
「ご結婚……おめでとう……お二方……も……」
「いい天……気……」
 それぞれに寝言を言っている8人を、エスメラルダはくすくすと笑いながら見ていた。
 8人はエスメラルダによってかけられた毛布を着たまま、すーすーと寝ている。
 寝言はさまざまに変わった。暑いとか痛いとかお宝ーだとか。
「誰が結婚したのかしらね……」
 エスメラルダは依頼人である森の守護者を見やる。もちろん彼も寝ているのだが。
「こんな小さな字で書かなくてもいいのにねえ……」
 書物の中にクルスが小さく書いた字。
『千獣が幸せでありますように』
「………」
 エスメラルダはその小さな文字を指でなぞって、微笑ましそうにふふっと笑った。
 もう夜明けも近い。本の効果はいつまでだろうか。
 でも、今は皆の表情がとても柔らかくて。
 エスメラルダは思う。もう少し、もう少し長くこの本の効果が続きますように。
 たとえすべてが夢でも。
 この本の効果が続きますように。
 そして目を覚ました彼らの顔が、
 清々しいものでありますように――……


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1731/セフィス/女/18歳/竜騎士】
【2542/ユーア/女/18歳(実年齢21歳)/旅人】
【2919/アレスディア・ヴォルフリート/女/18歳/ルーンアームナイト】
【3087/千獣/女/17歳(実年齢999歳)/獣使い】
【3255/トゥルース・トゥース/男/38歳(実年齢999歳)/伝道師兼闇狩人】
【3482/ディーザ・カプリオーレ/女/20歳/銃士】
【3492/鬼眼・幻路/男/24歳/忍者】

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■         ライター通信          ■
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トゥルース・トゥース様
こんにちは、大変お久しぶりです、笠城夢斗です。
今回は依頼にご参加くださりありがとうございました。
今回のコスプレはタキシードです。いかがでしたでしょうか(?
トゥルースさんを書くのはとても楽しいので嬉しかったです。
よろしければまたお会いできますよう……