<東京怪談ノベル(シングル)>
『垣間見た過去』
魔女の屋敷で暮らすようになって、まだ数日。
毎日のように図書室で学んでいるウィノナ・ライプニッツには、一つ気になる場所があった。
それは図書室の奥。扉を隔てた向こう側にある、魔術書が並べられた場所である。
禁書や魔女特有の魔術に関する書物は魔女クラリスの管理下にあるようだが、その他の一般的な魔術書はこの図書室の奥に眠っているという。
ウィノナは皆が寝静まった深夜、明りを手に部屋を抜け出して図書室に入った。誰もいないことを確認し、奥の部屋へと歩み寄る。
ウィノナが手を翳すと、音も立てず扉は開いた。
その部屋の中にも誰もいない。
ウィノナは一先ず胸を撫で下ろしながら、目的の本を探す。
そして、数ある本の中から、黒表紙の本を選びとる。
勉強の最中、魔術が役に立つかもしれないと以前入り込んだ際に見つけた魔術書――。
その魔術書に記されていた一つの魔術にウィノナは強く惹かれてしまったのだ。
本を捲り、目的のページを探し出す。
「あった。そう、これ……『過去を観る魔術』」
ウィノナ・ライプニッツは孤児である。
物心がついた時には、既に一人だった。
独りで強く生きてきた。
自分は一体何者なのか。そして、誰に、何故捨てられたのか――。
ずっと気になっていた。
だけれど誰にも聞けない。
聞く相手がいない。
誰も自分のことは知らない。
魔術に関してはまだ基礎も満足にこなせないウィノナだが、魔術書を見つけてしまってからは、過去を知りたいと強く思うようになった。
少しは魔術の発動について独自に学んできたつもりだった。
この部屋は特殊な結界でガードされているという。
万が一のことがあっても、部屋より外には影響が出ないはずだ。
魔術書を机に置き、明りを手繰り寄せる。
呪文は特殊な文字で書かれており、このままではウィノナには読むことさえできない。
予め用意してあった辞書を開き、ウィノナは解読を始める。
数時間後、解読を終えたウィノナは、書かれていた呪文を何度も頭の中で反芻した。
失敗をしたら、何が起こるかわからない。
自分が無事でいられるのかさえも。
深呼吸をして、精神を集中させる。
そしてウィノナはついに実行に移すことにした。
長い呪文を正確に読み、記された印を両手で結ぶ。
――途端。
身体の中で、力が膨れ上がり、飛んでいく感覚を覚えた。
身体が冷えてゆく。
正常な状態ではないと直ぐに察知できたが、ウィノナには対処する術はない。
何かが頭の中で音を立てて弾けた。
次の瞬間、ウィノナは強い力により闇の中に引き摺りこまれていた。
**********
自然溢れる村があった。
村の外れの森の中。
小鳥の囀りが聞こえるその場所に、家が建っていた。
豪邸ではないけれど、貧家ではないようだ。5、6部屋はあると思われる。
庭先には、子供の玩具が並んでいた。
優しい匂いのする女性がいた。
ボクを抱き上げて、頬を近づけ、優しく名を呼んだ。
彼女の唇が、ボクの頬に触れた。
手が髪に触れ、1度、2度……ボクの頭を撫でた。
彼女の口から流れるメロディーはボクをとても安心させた。
髪を撫でる大きな手が大好きだ。
自然と瞼が重くなり、ボクは眠りに落ちていった。
無数の紙飛行機が空を舞っていた。飛ばしていたのは、ボクの大切な人だ。振り返った優しい笑顔が大好きだ。
ボクが紙飛行機が欲しくなって、空に向かって手を広げた。
そしたら、真直ぐ飛んでいた紙飛行機が突如向きを変え、全て自分の元に飛んできた。
ボクは嬉しくなって、手を叩いて喜んだんだ。
そして、立ち上がってあの人の元に行こうとしたら、小石に躓いてしまった。
ふわりと身体が浮いて、気がついたら少し離れた場所にいたはずのあの人の腕の中にいた。
ボク達は顔をあわせて笑ったんだ。
走っていた。
ボクではない。ボクを抱いている人が。
ボクは必死にしがみついていた。
強く抱きしめられていて、ボクには何も見えなかった。
「あっ!」
突然の小さな叫び声と共に、ボクは投げ出された。
草むらの中に落ちたボクは、泣きながら這い上がって見たんだ。
大切な人の背に、細い何かが深く刺さっているのを――。
大好きな唇が自分の名を呼んだ。
何かを呟いている。
彼女の手が、自分に伸ばされた。
ボクも必死に這い寄って手を伸ばした。
でも――。
伸ばされた手は、再び繋がることはなく、彼女から放たれた不思議な力が、ボクの身体を覆った。
**********
激しい頭痛に目を覚ます。
身体を起した途端、吐き気を催す。
魔術書を仕舞うと、ウィノナはその部屋から飛び出した。
図書室に転がり込み、大きく息をつく。
目を両手で覆い、唾を何度も飲み込む。壁に身を預け、歯を食いしばる。
今のは何?
夢?
幻?
誰かの過去?
あの人は……誰?
記憶に残った断片的な映像は、魔術が見せた過去なのか、それともだたの夢なのか、ウィノナには判断がつかなかった。
喉を押さえながら、立ち上がる。
ふらつく体を、棚に手をかけて支えながら。
ウィノナは扉を真直ぐに睨んだ。
手が伸びた。
何かを掴もうとするかのように。
掴めなかった何かを求めて。
今はまだ無理だけれど。
ボクは成功させる。
修行を積み、次は必ず――。
●ライターより
ご依頼ありがとうございました。
ウィノナさんは過去を求めることにより、更なる成長を遂げそうですね。そして、過去を知ってまた変わることもあるでしょう。
今後のウィノナさんの物語も楽しみにしております。(川岸満里亜)
|
|