<東京怪談ノベル(シングル)>


●修行こそが我が生涯


 ここは、とある街の訓練場。市営の施設ではあるが、指定の料金さえ払えば、街の住民以外、即ち冒険者達にも門戸を広げている。
 今日も、また一人、一際目立つ格好をした客がやってきた。
「オウ、邪魔するぜぇ?」
「……今日はこの街か……。ま、客寄せにはなるか。金は払えるんだろうな?」
「当たり前だっての」
 件の客と、愛想の悪い受付の男との会話。受付も、この客を嫌っている訳ではなく、ある程度打ち解けた男同士の一歩踏み込んだコミニュケーションと言う奴である。
「お前のように、稼いだ金の大半を訓練に費やす輩も珍しいがな。ガイ」
「それが俺の楽しみだからな」
 ガイ、と呼ばれた男が、その分厚い胸を反らせて自慢げに答えた。この男、胸が分厚いだけではない。身の丈2m以上、丸太のような四肢、岩肌のような腰周り。そして、その筋肉を誇示する為、半裸である。靴も履いて居ない。唯、腰にだけ申し訳程度に布を巻きつけてある。彼らのメンタリティでは、その肉体を見せ付ける……基、人前に素肌を晒すのは極当然のことなのである。一見すれば熊や鬼と見紛えそうである。
 彼はこの界隈の町じゃ有名な男である。嫌が応でも眼を引く巨体に加え、半裸。幾ら雑多なメンタリティを内包するソーンとは言え、人が集中する都市で、服を身につけない習慣の人間は数少ないだろう。そして、彼は人目を引くに十分過ぎる筋肉を持っている。つまり、一見のインパクトが抜群と言うわけである。

 ガイが訓練場の奥に入ると、物音と共に幽かに汗やらなにやらの匂いが漂ってくる。
「おお、やってんな?」
 自然と顔が綻んでくるガイ。汗の匂いが好きと言うよりも、汗はあくまで副産物。訓練をしている、と言う証拠がこの汗であり、あえて言うならば、訓練の匂い、と言うわけである。この匂いと音が、彼に訓練に来た、と言う実感をさせる。それが彼の顔を綻ばせていると言うわけだ。
「お、ガイ、来るんだったら手紙寄越せよ」
 ガイに気付いた男の一人が声を掛けてきた。以前、この街で訓練をしたときの顔見知りである。
「悪いな。あんまり先の事は考えてなかったんでな。偶々近かったから寄ったのさ」
「何、ガイが来たって?」
「お、あのでっかい図体は間違いない」
 他の面々もトレーニングの手を中断してガイの元に集まってくる。誰も彼も、訓練場を日頃利用しているだけあって屈強である。ガイは、不思議と、こう言う体育会系と言うかマッチョ系というか、そういう人物と直ぐに仲良くなれる特技がある。筋肉は筋肉を知ると言う奴であろうか。
「悪いンだが、後で誰か俺の訓練に付き合っちゃくンねェか?」
「オゥケィじゃあ!ブラザー!!」
「オウ、ンじゃあ、体暖めたら声掛けッから、頼むわ」
 暑苦しいポージングを決めながら名乗りを上げた男達を頼もしく思うガイ。彼ほどになると、通常のトレーニング、増して、一人で出来るような物では物足りない。そして、パートナーにさえ過酷を強いるような内容になりかねない。彼の噂は、体格だけではなく、訓練内容でも伝わっているのだ。

 ウォーミングアップを終えたガイは、先ほど募った面子を呼び集める。
「ンじゃ、先ずは『筋肉の門』から始めるか」
「オゥケィじゃあ!!」
 筋肉の門、股割りの姿勢の人を、二人掛かりで担ぎ上げる柔軟体操である。恰も、門のように見えることから、筋肉の門と呼ばれる。だが、ガイの場合は更に、上からもう一人加重を加える人物が居るため、主に股関節へ掛る負担が大きい。その為、支え手にも相当な筋力とバランス感覚が要求される。
「ぐ……が、がが……」
 顔を真っ赤にして堪えるガイ。体の硬い者ならばとっくに気絶して居るだろう。柔かい者でもかなり厳しい姿勢である。そして、その苦痛を和らげるには、背筋で突っ張って耐えるしかない。只管耐え続けるガイ。やがて、支え手の膝が笑い始める。
「此処まで!」
 ガイの合図で、一斉にその場で崩れる4人。幾ら二人掛かりとはいえ、並外れた巨体を誇るガイ+1名の体重を支えるのだから、相当の負担である。にも拘らず、ガイの訓練に付き合ってくれると言うのだから、彼らもやはり、鍛錬と筋肉を愛する同志なのであろう。
「次は………『木牛』だな」
「は?」
 確かに、木牛、と聞いてもあまり聞きなれないだろう。土木作業場などに置いてある、一輪、若しくは三輪の手押し車の事を木牛と呼ぶ。この場合も、一人が足を持ち、持たれた者は腕の力だけで進んで行く、手押し車、と呼ばれる運動と基本は同じである。相違点は、荷物、即ち、人をその背に乗せる、と言う事。コレをこなせる人物はそうそう居ないであろう。
「ンじゃあ……行くぜ!」
 フンフンと鼻息荒く、猪の如く突き進むガイ。下半身も暴れる為、押さえ手が二人に増えている。これ等のメニューを消化すると、もう四肢に力が入らなくなってくる。

「ゼェ……ゼェ……これからが‥‥本番だな?」
 息を整える間もなく、次の訓練に移行しようとするガイ。体を過酷な状況に追い込もうとしているのか、嫌が応にも力めないこの疲労具合を利用しようとしているのかはたまた両方なのか違うのか……それを知るのは本人しか居ない。
「アニキィィ……もう、限界じゃあぁ〜……」
 流石に根を上げる者も出始める。
「そう言うな‥‥次で最後にするから……な?」
「………」
 心から慕っているガイに、縋るような苦笑を浮かべられてしかも拝み倒されては、断れもしない。渋々承知をする。
「最後は無論、戦闘訓練だ。来い!」
 男達は、訓練場に置いてある闘技用の棒を構える。
 両の拳をガシンと突き合わせて気合を練るガイ。周りの男達も、目の前の相手の力量に畏れと歓喜が入り混じり、思わず武者震いをする。
「アニキ……行くっスよ!」
「応!」
 最も年若い男が、棒を上段から振り下ろす。ガイは半身軸をずらし、男の鳩尾にズシンと拳を沈める。
「次!」
「ケェェェェイィ!」
 比較的年配の男が滅茶苦茶な軌道で棒を振り回す。ガイは斜め下から掬い上げて来た所を大腿筋で受け、右腕を水平に薙いだ。宙で一回転し、顔から沈み込む男。
「次ィ!」
「突いたぁ!」
「甘いわ!」
 最後の男は身を屈め、矢の様に突進してきた。それを、全身の気を集中した腹筋で耐え、すかさず上段蹴りを見舞う。全てが終るまで、僅か一分足らず。
「やっぱ、実戦の感覚ってのは張り詰めてねェとな……お前達、大丈夫か?」
 喝と共に、男達に気を注入し、傷を癒すガイ。気の力を極めれば、このような芸当も可能となる。尤も、男性に対しては、痛みも共に再現させてしまうため、二回同じ痛みを味わう事になるのだが。
「流石はアニキなんじゃぁ!」
 ……この、痛みを伴った癒しを好む、風変わりな男も居るようではある。

 深夜、街の酒場で、潰れるまで騒いで飲みまくった男たちが居たのはまぁ、余談である。

 了


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 此度は発注ありがとうございます。九十九陽炎と申します。
 今回は体育会系なノリで書かせて頂きましたが如何でしたでしょうか?
 宜しければ、今後の為にも、感想など頂けたら、と思います。