<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


扉の向こうのミニドラゴン

□Opening
「うっうっ、聞いてくださいよぅ」
 その日、ウサギのような耳と尻尾を持つラビ・ナ・トットは、泣きながら白山羊亭に現れた。しかし、そんな彼はこれで三度目の来訪で、ルディアは特に気にした様子も無く笑顔を浮かべる。
「こんにちは、今日は、どんな鍵をなくしたの?」
 そう、トットと言えば、鍵の番人で、何度か鍵を探す依頼を受けたのだ。
 しかし、トットは何度も首を横に振り、目を真っ赤にして訴えた。
「違うんです、違うんです、聞いてください、実は……」
 そして、息を沢山吸い込み、一気にまくし立てる。
「ボクは、空中庭園でお茶をしようと思ったんです、紅茶にクッキーも用意しました! そして、庭園への扉を開けたら、開けたら、その先にミニドラゴンの群れが巣くっていたんですよぅ、ミニドラゴンですよ? ボクを見た瞬間、一斉に襲って来ました、怖くてすぐに扉を閉めましたけど、もう空中庭園でお茶ができないと思うと、悲しくて悲しくて」
 そして、ほとほとと泣きはじめた。
 ええと、つまり、とルディアは少しだけ首を傾げて、それから励ますようにトットの肩に手を乗せた。
「そのドラゴンの群れを、追い払えばいいの?」
「ううっ、でも、相手はドラゴンですよ? 確かに、大きさは僕と同じくらいでしたけれど、沢山居て……、空中庭園は空の上にあるところだから、いくらドラゴンでも飛んで来れないと思っていたのに、きっと、空間がゆがんでどこかドラゴンの里とつながったんだ! でもあの庭園が荒らされるのは嫌で、ボクの憩いの場だったのに」
 すでに、自分が何を言っているのか分かっていない感じ。トットは、泣きながら支離滅裂な話を繰り返す。
「……、うーん、群れってどのくらい?」
「ざっと、二十匹は居ました」
「小さくて、他に何か特徴は無い? 火を吐くとか」
「いえ、火は吐いていませんでした、とにかく、突進して来るんです」
 突進ねぇと、ルディアは繰り返した。
「その空間のゆがみって、元に戻るの?」
「はい、普段は安定している場所ですから、多分もうすぐ元に戻ると思います、……あのぅ、何とか、なるんでしょうか?」
「うーん、多分……」
 特に特殊な攻撃をしてこないならば、後は打撃戦かもしれない。
 ルディアは、そう考えながら冒険者を探した。

■03
「と、言うわけなんだけど、どう? 協力してもらえないかな」
「お、お、お願いしますぅ〜」
 白山羊亭では、涙を浮かべた依頼人と、それをなだめるルディアの姿があった。
 世渡・正和は、ルディアの要請に頷き返す。
「ミニドラゴンか、相手にとって不足は無いな」
 正和は、二人を安心させるように、ぐっと拳を握り締めた。
「あの、では、では、何とかしてもらえるんでしょうかぁぁ」
「ああ、俺は世渡正和、よろしくな」
 ぐすぐすと泣きながら見上げるトットに、力強く自己紹介をする。そうしたら、ようやくトットの顔に安堵の表情が浮かんだ。

□06
 トットの案内するまま島に渡り、その部屋へたどり着いた。
 依頼を受けた五人、千獣、鬼眼・幻路、世渡・正和、虎王丸、ロキ・アースは、それぞれ軽い挨拶を済ませて扉に囲まれた部屋で対策を話し合う。
「20匹、だったっけ……?」
 千獣が確認するようにトットを見ると、彼は扉から一番離れたところで、びくびくと身を隠していた。千獣の言葉には、ぶんぶんと首を縦に振る。
「んー、斬殺で庭園を血まみれにしちゃあ悪いしな、土にでも還すか」
 虎王丸は、そう言って一つの刀を取り出した。それを、静かに千獣が制する。
「ドラゴンの、里、と、ここが、繋がった、のは……偶然、なん、だよね……? ……じゃあ、あまり……怪我、させたく、ない」
「そうでござるな、トット殿にとってもドラゴンにとっても言わば不慮の事故、ここはできるだけ禍根を残さず里に帰ってもらいたいところでござる」
 千獣の意見に、幻路も賛成した。
「ふぅん、じゃあ、殴って気絶させるか」
 虎王丸は、そんな二人の意見を聞きながら、刀の柄の部分で殴りつける仕草を見せた。
「俺は、突き返して、ドラゴンを元いた空間へと送り帰そうと思う」
 三人の意見を聞きながら、正和も提案する。基本的に、慈悲の心を持って対峙するのだ。庭園で暴れているとは言え、罪無き命を殺める事は無い。
「あのさ、普通に打撃でもいいけど、そう言うのっていきり立つんじゃねぇの?」
 ロキは、皆の意見に頷きながらも、少しだけクッションを置く。幻路は、その言い分ももっともだと、ロキに向きなおした。
「そうでござるな、うむ、何か考えが?」
「うーん、20匹だったよな、そのくらいの群れなら飛び越えられる、飛び越えて……、何か気を引くとか」
 餌になるようなもので、あちら側におびき寄せてはどうかと、ロキは言う。
「それでは、拙者の浄天丸を飛ばそう、最速の燕を餌におびき出すでござる」
 いつの間にか、幻路の肩の上には、燕に変化した浄天丸の姿があった。
「拙者は、どこか茂みにでも隠れて網を張るでござるよ」
 浄天丸を使い、その網へとおびき寄せるのだと、言う。ロキは、それならばと手を打った。
「じゃあ、俺は、追い込みを手伝おうか」
「ふむ、ドラゴンはトット殿の姿を見た瞬間、襲いかかってきたでござるな?」
 それならば、このドアを開けた瞬間にも、襲いかかって来るということか。網を張るのはいいけれど、そこまで辿りつかなければならない。幻路は、他の仲間を代わる代わる見た。
「なら、露払いは任せろ」
 それに大きく答えたのは正和だった。
「……向かって、くるの、を……最、低、限……の、当身、で……気絶、させる」
 本当は、言葉が通じるのなら、自分の世界へ帰って欲しいと伝えたい。けれど、それができないようなら、最低限の力で何とかしよう。千獣も、静かに名乗りを上げる。
「それでよ。帰す巣の場所は分かんねぇんだよな、だったら俺はそれを探す」
 ドラゴンの攻撃をかわしながら、走って探すと、虎王丸は言った。
「あのぅ、それでは皆さん、よろしくお願いします」
 役割の分担が決まったところを見計らって、ようやくトットが扉の鍵を持ち出した。
「必ず、必ず、追い返してくださいね」
 そして、びくびくと、不安そうに皆を見ながら、扉に手をかける。その頭を、ロキが撫でた。
「でもよ、やつらだって好きで来ちまったわけじゃねぇんだろ、そう、追い出す追い出すわめくなよ」
「あう……」
 幻路も指摘していたが、これは、不慮の事故だ。トットは、それが分かったのか、幾分しょんぼりと俯いた。
「いざとなったら、共生しろ、少年」
「へえええぇぇぇぇ、無理、無理ですよぉ、ど、ど、どらごんですよ?!」
 ロキの言葉に、良い様に驚きすくみ上がるトット。
 戦いの前だと言うのに、皆は、その様子を見て笑いあった。

□07
「ブレイクアップッ!!」
 勇ましい掛け声と共に、それは現れたッ!
 説明しよう。世渡・正和は、世界制服を目論む秘密結社の怪人、邪悪なモンスターなどの巨悪、はたまたいじめっ子などの小さな悪まで、ありとあらゆる悪を正義の心と力と技で退治する正義のヒーローなのだッ。そして、彼の変身したこの姿こそ、勧善懲悪ブレイカー。白い金属質の重装甲、外骨格を模したその姿が勇ましいッ。なお蛇足となるが、正義のヒーローは儲からないッ。
 和正……いや、勧善懲悪ブレイカーは、迫り来るミニドラゴンに、その力の全てをかけて戦いぬこうと、身を構えた。
「うん……、行こ、う」
 その隣に立つのは、千獣。彼女の耳には、既にドラゴンの足音が届いていた。更に耳を澄ませば、その荒々しい息使いも聞こえてくる。数にして20余り。まだ扉をくぐってはいない。トットが鍵を開け、少しだけ隙間が開いたのだ。この扉を開けはなった時が、開始の合図だと思う。そして、扉越しに聞こえてくるドラゴンの生きた音が、彼らの勢いと群れている恐ろしさを物語っていた。
「……、準備は良いな、行くぞっ」
 ブレイカーの掛け声に、千獣が静かに頷く。次の瞬間、二人は開かれたドアに向かって駆け出した。
 開かれた扉を越えると、異世界が広がる。
 空の色が濃い。そして、雲が無かった。辺りは、きちんと形を揃えられた木が並び、先まで伸びるのはきちんと整備されているレンガの道だった。
 しかし、二人にその景色を楽しむ時間は無い。彼らが扉を越えた瞬間、ミニドラゴンは群れをなし襲いかかって来たのだ。
 どっどっど、その一団が動くたび、大地が揺れた。叫び声は空気を震撼させたし、大群はまさに荒れ狂う濁流。
 ミニドラゴンの群れが視界に届いたときには、否応無しにその渦へと飲み込まれた。
「はぁ……」
 ブレイカーは、一つ気合を入れて大地を踏みしめる。
 そして、身体に流れる力を全て腕に乗せ、正面から突進してくるドラゴンを一匹突き返した。ぶつかる衝撃を押さえ込み、相手を見る。ドラゴンは綺麗に放物線を描いて吹き飛び、地に伏した。意識を失ったと確信する。しかし、それは始まりの合図に過ぎなかった。仲間がやられるのを見ていたミニドラゴンが、ブレイカーに突進してくる。
 その衝撃に備え、ブレイカーは腰を低く落とした。
「……、ん、ごめん、ね」
 ブレイカーが力で押し戻している傍で、千獣はひらりひらりと舞っていた。
 器用にミニドラゴンの突進をかわし、すれ違う瞬間に当身を食らわす。見境無く躊躇無く突進してくる姿を見て、言葉では通じないのだと分かってしまった。けれど、当身を食らわす一瞬、小さく謝る。
 また、一匹、ドラゴンが走りこんできた。
 それを目の端で捉え、千獣は、身体を半分斜めに向けた。

□10
「あったぞー、こっちだ!」
 一帯に、虎王丸の声が響く。
 彼は、ドラゴン達の巣、つまりは空間がつながってしまったところを探していた。気絶させたり、捕まえたドラゴンは帰してやらなければいけない。
 虎王丸の声を辿り、それぞれがドラゴンを引き連れて集合した。
「どうやら、罪無き命を亡くさずに済んだらしいな」
「う……ん、よかった、ね」
 千獣と正和は、気絶させたドラゴンを抱えている。それを一匹ずつ空間の向こう側へ逃がしていった。
「おーい、こっちも手伝ってくれー」
「むぅ、意外と重いでござるなぁ」
 ロキと幻路はドラゴンを網で捕まえていた。
 ただ、完全に気絶させたりしなかったので、ドラゴン達が暴れている。大変、持ちにくそうだ。分かったよと、虎王丸が二人に加わって、次々と空間の向こう側へドラゴンを放した。
「あ、この、こ、……ねぇ、トット……傷薬、とか、ない……?」
 さて、突然一匹のドラゴンを抱え、千獣が、ふ、と、手を止めた。
 名前を呼ばれて、一同の後ろでびくびくと様子を見ていたトットが跳ね上がる。
「え、あ、薬草ですか?」
 突然の事に、酷く驚き、何の事かと首を傾げた。
「ああ、薬草で眠らせて丸焼きにするんだ、白山羊亭で?」
 あんまし美味しくなさそうだけどー、と、虎王丸が冗談めかして笑う。
 すると、千獣は、ゆっくりと首を横に振った。そして、ちょっとむっとした表情で、言い返す。
「違、う、よ、……、怪我、した、ドラゴン……手当て、して、帰し、たい……」
「あ、はいはい、では、これをお使いください」
 あー、悪りぃと頭を掻く虎王丸の隣から、トットは合点がいったと頷いた。
 最後のドラゴンを向こう側に帰すと、丁度空間のゆがみも消えていった。

□Ending
「それでは皆さん、本当にありがとうございました」
 広場の真ん中で、トットの明るい声が響いた。いつの間に用意したのか、厚手のビニールシートの上には、上品な紅茶のセットやクッキーが並べられていた。彼なりの、お礼もあったのだろう。
「ところで、泡の出る美味しい飲み物は無いのか?」
 変身を解いた正和がちょっとだけ残念そうに、紅茶を眺めていた。仕事のあとのビールは美味い。そういう事なのだが、残念ながら今は昼で、あまりそれは似合わないのかもしれない。
「で、も、……、美味しいよ」
 その隣では、ふうと熱い紅茶に息を吹きかけながら、千獣がクッキーを一口食べたところ。
「ふむ、こんなところでのお茶と言うのも、良いものでござるなぁ」
「でしょう? これも皆さんのおかげです! 本当に本当にありがとうございました」
 幻路も優雅にお茶を堪能していた。
「ところでさぁ、お前の能力でプライベートビーチみてえな素敵な所に自由に行けるようになれないのかよ」
 夏も近いんだし、と、虎王丸がトットの肩をがっしりと掴む。
「へ? ビーチですか?!」
「エルザードからすぐに海にまで行けるようになれば、すげえ儲かると思うぜ?」
 戸惑いを見せるトットに、更に追い込みをかける虎王丸。
 決して、自分が女の子を連れ込もうなんて、顔に出してはいませんよ。本当ですよ。
「でもよ、あの空間のゆがみ、もう二度と無いと言いきれるのか?」
 ロキは、わざと意地悪な風を装って、トットをつつく。
「やっぱ、共生を目指したらどうだ?」
「あわわわわ、そ、そ、そんなの無理ですよぉぉぉ」
 トットの慌てようがおかしい。
 平和な広場に、笑い声がこだました。
<End>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女 / 17 / 異界職】
【3492 / 鬼眼・幻路 / 男 / 24 / 異界職】
【3022 / 世渡・正和 / 男 / 25 / 異界職】
【1070 / 虎王丸 / 男 / 16 / 火炎剣士】
【3555 / ロキ・アース / 男 / 24 / 異界職】

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■         ライター通信          
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 この度は、ミニドラゴンの追い出し依頼にご参加いただきましてありがとうございました、ライターのかぎです。厳しい戦闘よりも、少し明るい雰囲気に仕上がりました。いかがでしたでしょう?
 ■部分は個別描写、□部分は集合描写(2PC様以上登場シーン)になります。

■世渡・正和様
 こんにちは、はじめまして、はじめてのご参加ありがとうございます。正義のヒーロー! いいですね! 思わず書きながら拳を握り締めてしまいました。変身後は人称をブレイカーにさせていただきましたがよろしかったでしょうか。何か不都合がありましたら、こそっとお知らせください。楽しんでいただけたら幸いです。
 それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。