<東京怪談ノベル(シングル)>


●鉱山ナイスガイ


 稼ぎ場所ということで有名な鉱山。そこでガイは暑苦しい男たちに囲まれて働いていた。
 周囲は男たちの肌から吹き出した汗で、妙な熱気と臭気に包まれている。女性ならば顔をしかめるであるその状況を、男たちはむしろ楽しんでいるようであった。
 ガイも、その中の一人である。
「よう、ガイ、相変わらず暑苦しいな」
「おまえもな!」
 ガイは指を突き立てて、声をかけてくれた男に満面の笑みを返した。
「暑苦しいばかりか、面白いな、その、なんだ」
「なんだ?」
 ガイは怪訝な表情を聞いて問い返す。鉱山の労働者は視線をあちこちにさ迷わせて呟くように言った。
「上半身裸なのは、まだいい。だが裸足だとけがをするぞ」
「何だ、そんなことか!」
 ガイは豪快に笑う。相手の背中を何度も強く叩きながら背後に回りこむと、首から手を回して、相手の顔を覗きこんだ。
「俺の足の裏は世界一よ! 岩なんぞに負けんわ!」
「そういうことを言っているわけじゃなくてだな、尖っている石があったらどうする?」
「踏み潰す」
「けがしないのか?」
「俺の足の裏は世界一だ!」
 わかった、わかった、と男は言うと、ガイから離れた。ガイが顔を上げると、周囲の視線が集っていることに気付く。
 鉱山の労働者たちが面白がってガイたちの会話を聞いていたのだ。
「何だ、またガイの裸足の話か」
「おまえ、新人だろう、ガイの半裸裸足は有名だぜ!」
 昔から鉱山で働いているものたちが、大声で笑う。ガイもつられて豪快に笑い声を上げた。
「おうよ、俺の足の裏は有名よ!」
 ガイは腕の筋肉こぶを見せ付けるようにして周囲を見渡す。
「ガイ、それは足の裏じゃなくて、腕の筋肉だ」
「俺は足の裏だけではなく、腕の筋肉も世界一よ!」
「そりゃ違いねえ!」
 労働者たちがガイを囲んで軽快な笑い声を上げる。ガイはその奔放な性格さゆえ、鉱山の労働者たちから好かれているのだ。
「ガイ!」
 そんな中、呼ぶ声がある。ガイは笑い声を止め、声のしたほうを振り向いた。
「あんたの力を借りたいんだが、いいかい」
「どうしたんだ、何があった! もちろん、言わなくても構わないぜ。何があっても俺はおまえを助けてやるからな」
「とりあえず話を聞いてくれ」
 そう告げて男はガイをある場所へと連れて行く。指差したそこはまだ誰の手も触れられていない場所であった。
「あん? ここがどうしたんだ」
「さっき、俺も試したんだが、固すぎて掘ることができないんだ。尋常じゃないっていうことで、俺はあんたを呼んだんだよ。あんたならできると思って」
 普段から労働者たちに信頼されているガイだから頼まれることである。気がつけば、騒ぎを聞きつけたほかの労働者たちがガイたちのところに集まってきた。
 ガイは試しにつるはしを手に取り、力強く振り上げて。
「ガーイ、ガーイ!」
「ガイ! 頑張れ!」
「ガイ、行け、そこだ!」
 ガイコールが沸く中、思い切り叩き落すようにして振り下ろした。
 鈍い音がする。ガイの懇親の一撃ですら掘ることができないのだ。
 労働者たちの失望したような声音が一斉に漏れる。ガイが後ろを振り向く。つるはしを投げ捨てると、拳を天に高く振り上げた。
「安心しろよ! 確かにこいつは手ごわい相手だが、俺にできないことはねえ!」
「だが、あんたのつるはしでも無理だったじゃないか」
「つるはしだから無理なのさ!」
 ガイの言葉に労働者たちは互いに顔を見合わせて首をすくめた。意味がわかっていない彼らをざっと見渡し、不敵な笑みを浮かべる。
「みんな、俺を信じてくれ、今までだって俺は何だって解決してきたじゃないか!」
 労働者たちは一斉に頷く。ガイはこれまで鉱山で働いている間、労働者たちの悩みをいくつも解決してきたのだ。
「俺の、脚が、全てを砕く!」
 ガイが足を滑らせると、土が削れた。労働者たちは感嘆を漏らす。
 ガイは跳躍する。青空に舞うガイの姿は、まるで獰猛な肉食鳥のようであった。
「全力、絶対、一撃ぃぃ!!!!」
 勢いの良いガイの掛け声とともに問題の場所へと叩き込まれた脚は硬い場所を粉々に粉砕した。跡形もない。
「すげえ、ガイ!」
「あんたならやってくれると思っていた!」
 再びガイコールが沸く中、ガイは見事な着地の姿勢で地面に降り立つと、満面の笑みを浮かべた。


 その後、ガイが人手不足だということで仕事をやめないでくれと泣いて頼まれてしまったため、当初の予定よりもっと男たちの熱気に囲まれて働くことになった。
 当然、その分、賃金も多くもらえる。
 ほくほく顔で契約終了したガイは鉱山をあとにする。振り向けば、ガイが鉱山をたつと聞いて必死で引き止めた仲間たちの顔が思い浮かぶ。
「すまねえ、みんな。だが、俺は新しいものを見てみたいんだよ」
 ガイは力強く手を振って、鉱山の仲間たちに別れを告げた。