<PCシチュエーションノベル(グループ3)>
【王女別荘の攻防】
海沿いの美しい館はソーンが聖獣王の娘、エルファリア王女の別荘。
民衆に開放的であるエルファリアの別荘は常に人々の出入りが絶えず、ソーンの名所としても賑やかな場所であった。
「お止まりなさい! 別荘の中へは入れさせません事よ!」
別荘裏庭へと続く外回りの階段前にて白と黒のワンピースドレス、所謂ゴシックロリータに身を包んだ一人の少女が立ちふさがっていた。
少女、天井麻里の瞳には階段を下りてくる一つの黒影が映し出される。それはゆったりとしたカンフー服(地球…日本ではそう呼ばれていた衣装)を纏った一人の男。若くも見えるが麻里の倍程歳を食っているようにも見えるその男は、麻里の声を耳にし糸の様に細い眼をふと麻里へと向けた。
「ああ…これはこれは。エルファリア王女の侍女の方ですか? わざわざお出迎えを…」
「撤回なさいっ! 侍女などではありませんわ。わたくしは貴方を此処で叩きのめして差し上げる格闘家でしてよ!」
互いの視線が空中でかち合うと、男は緊張感の無い笑顔を一つ作りやんわりと言ったが、麻里は言葉を最後までは言わせない。確かに今、エルファリア王女を警護する身ではあったが自分は彼女の世話係りなどでは断じてなかった。
「これは失礼。まさか貴女の様に可憐なお嬢さんが格闘家などとは夢にも思いませんでしたので」
男は些か驚きを見せていた。それもそうであろう。物の言い様こそ、はっきりと大人びたものであるがその容姿はまだまだ少女。傷など知らぬであろう肌と、叩けば折れでもしそうな程に麻里の手足はしなやかで細い。そんな少女が、胸を張り“格闘家”など言おうと、誰が信じるものだろうか。
「その発言も失言だと、お気づきかしら? ――まあ、良いですわ。貴方の様な優男、わたくしの相手では御座いませんもの。屋敷の中ではミリア達が待機してますけれど…あの方達に出番は御座いませんわ。どこの誰だか知りませんが、かかってらっしゃい!」
わたくしの手柄のためにもね! そう叫んだ麻里はたんっと土を蹴って身軽に男の前へと飛躍する。当然ただ側へ寄っただけではなく石段へ着地した瞬間に横合いからの俊敏な蹴りを見舞う。
が、麻里のブーツは障害物を捕らえる事なく宙を裂いて石段へ戻っていた。
「…っ?」
「本当に“格闘家”と仰るだけはありましたね。小さな身ならではの素早い動きです。素晴らしい」
背後よりのそんな言葉。
はっとして振り返れば、裏庭の中央で手を叩く男がいる。何時の間に移動をしたのか。男の影が動いたのを麻里は確認しては居らず、その事実に唇を軽く噛んだ。
「貴方に評価をされる謂れはなくってよ! それに、当然の事ですわ」
「ははっ当然ですか。では、此方も遠慮なく行きましょう。一般の方に手を出すのは私の戦い論に反しますが、貴女はお強いようですから安心です」
「姫様の命を狙っている時点で、貴方に正義の戦いを口にする権利はありませんわよ!」
道服の男が庭の中央で細い眼を閉じて手と手を合わせた。戦いを始める前の儀式なのか、静かに合掌を終えた男が落としていた視線を持ち上げ、それと同時に大地を蹴ったので麻里もレースの裾を細かく揺らして石段を蹴り庭へと飛び出していた。
男もまた、体術戦法を用いる者だった。
“遠慮なく”と前置いただけはあり、容赦のない攻撃が次から次へと繰り出され麻里は防戦を強いられていた。
「くっ……ウインドスラッシュ!」
男の一撃を腕で弾き返す。それと共に麻里は真空波を生み出して男へと叩き付けた。
「魔法もお使いになるのですか。これは侮れませんね、では…そろそろお終いに致しましょう」
「これくらいは、嗜みですわっ…」
麻里が放った真空波は男の腕を掠り道服を破き庭の外へと消えて行った。
男は今だに細い目元を弛めた表情だったが、麻里は既に肩で息を付いている。このままでは確実にやられる、何か新たな手を打たねば。そう麻里が思う頃には男は既に動きを見せていた。
「――どうぞご安心を。命までは奪いませんよ」
一瞬で麻里と男の距離が縮まる。耳元でそんな小さな声がしてぞっとした。
直線に突き出される男の手刀が顔を目掛けて叩き込まれたが、麻里は素早い動きで避けている。いや、わざと男が逸らしたのかもしれないが、麻里の髪を掠めた男の指先が黒いアリスリボンの結び紐を引き裂いてリボンを宙へと躍らせていた。
そして残る男の片手が少女の細い首を叩き、続いて容赦の無い膝打ちが麻里の腹部を襲った。
「…かっ…は…っ」
舞ったリボンが静かに土に落ちるのと同時に、麻里も静かに崩れ落ちた。
息はあるが崩れた少女に意識は既になかった。
静まり返った別荘の中、ロビーの警護にあたっていたジュリスはガラスの割れ砕ける音を耳にした。
「何者ですか!」
音を聞いた瞬間に、ジュリスは長い黒髪を揺らし音の方へと振り返る。その短い間に彼女の武器たる長剣は抜き放たれていた。
「名乗るほどでは御座いません。強いて言うなれば、エルファリア王女の命を頂く者と」
ロビーの大きなガラス窓が割れ、その窓枠に一人の男が読めぬ笑顔で佇んでいた。
「……裏庭に居た娘(こ)は…どうしたの」
「ああ、彼女。良い脚捌きではありましたよ」
男の言葉に含まれた不穏な色に、ジュリスは咄嗟に窓へと走り下方の裏庭を見下ろした。そこには力なく倒れる黒衣の少女。
そんな麻里の姿を見つけたジュリスは、赤い瞳を大きく見開いていた。
「なんってこと…なんってことをしたのっ!」
「挑まれたので応じたまでです」
叫んだジュリスはそのまま男へと斬りかかるが、描かれた銀線は男の影を裂いただけだ。
「彼女の命までは奪ってはいませんよ。それにしても、この国のお嬢さん達は積極的だ」
静かな音を立てて道服の男がテーブルの上に着地した。麻里の命は無事と言うそれに安堵をしたが、それと同時に男の言葉にジュリスは表情を歪める。“この国”と態々表現して見せた意図が気になった。
「戦いが好きなわけではないわ…」
ジュリスは静かに呼吸をした。戦いを好んでいるわけではない。必要だから戦うのだ、と心の中で自分へと告げた。
「あなた、如何してエルファリア王女の命を狙うのっ?!」
愛剣の柄を握りなおしたジュリスは、マントを靡かせ剣を突き出す。テーブル上の男はそれを軽く跳ねただけで避け、小さく肩を竦めた。
「何故と…。仕事だからとしか言い様が」
「じゃあ、問い方を返るわ。……――誰の差し金で、此処に来ているの」
一撃を避けられたジュリスは、動きを止めずに自らもテーブルへと飛び上がっていた。それと同時に真下より男を切り上げ、それに怯みを見せた男の隙を突きテーブルから弾き落す。そしてテーブルの上から男の鼻先に向かって素早く剣を突きつけた。
「…それはお答出来かねますね」
「――アセシナート公国」
「やれやれ…勘の鋭い方はこれだから」
冷たく輝く剣を突きつけられた男は、それでも動じず溜息まで付いてみせた。
「やっぱり、そうなのね…。どうしてそんなことを」
「お喋りはお終いです。別にいいでしょう、誰が何の為に私を動かしているかなんて事は。どうせ後々わかる事です」
時間が惜しいのだ、と言った男は突きつけられた剣を臆しもせずに片手で払いのけた。その男を追いかけテーブルから降りたジュリスだったが、次の一撃を繰り出す前に男は壁に飾られた装飾用の剣を片手にしていた。
ガキンッと金属と金属がぶつかり合う騒音が室内を満たす。ジュリスの薙ぎ払いを男が装飾剣で受け止めたのだ。
「たぁっ!!」
それから幾度と剣をぶつけ合い、ジュリスは気合を込めた一撃で男を終に壁際へと追い詰めた。
しかし…
「ぇ…?」
このまま押し返し再び斬りかかろうとしたジュリスであったが、目の前が霞んだ気がして視界を閉ざして頭を数度降る。そして再び彼女が視界を開いた時、ジュリスは大きく息を飲んだ。
「これは…」
受け止める剣の数が増えていた。厳密には男の姿が五つに増えていた。
「刃物の相手は実は苦手でして。一対複数で申し訳御座いません」
五つの男のどれかが喋った様だ。増えた男に混乱を見せたジュリスの剣を、五つの剣が弾き返してそこからは激しい乱戦が始まった。
弾き返せば横合いから別の剣、それを避ければ更に新たな剣筋が襲いくる。それを必死になり交わし、隙があれば男へ切りつけたがジュリスの斬撃はまるで霧を切るかのように男を切りつける事は出来なかった。
「…幻? でも、私には攻撃を仕掛けてこれるのにっ…どうして…」
自分は触れられないのか。そう、思った間際に耳元で一つの声がした。
「それは触れる必要が無いからですよ。貴女もここでお終いです」
嘲笑うかの様なその声。得体の知れぬ何かが背筋を駆け抜け、それでもジュリスは剣を振るったがその剣は男を捕らえる事はなかった。
四つの影がジュリスを取り囲む。ザクっと音がすれば、まるで鏡写しの様に揃えられた動きで四つの剣が四方からジュリスの胸を付き立てていた。
「ぅ…ぁ…!!」
胸を押さえジュリスが片膝を落とす。視界が霞むが、剣を捨て歩き出した男に向かって手を伸ばすのは、その先に護らねばならぬ者達が居たからであろう。
「どうぞご安心を。幻術はあくまでも“幻”です。命までは奪えません」
そんな言葉は剣士には聞こえていなかった。
ジュリスの手が宙を掴むと、彼女もまたその場に静かに倒れていた。
ジュリスさん、麻里さん…どうか無事で。ミリア・ガードナーは胸の奥で小さく呟いた。
別荘の住人部屋にミリアはエルファリアと共に身を潜めていた。
「ああ…大丈夫でしょうか。私のために、皆さんが…」
「心配なさらないで、エルファリア様。お二人ともわたくしに負けないくらい強いのですから、大丈夫ですわ」
ベッドの淵に腰をかけ、祈るように囁くソーンの王女をミリアはそうして何度も勇気付ける。
本当は自分も二人が心配でたまらなかったが、今はエルファリアにその不安を見せるわけにはいけなかった。
年上である王女を再びミリアが勇気付けた時、部屋の扉を何者かがノックをした。
「…姫様、お下がりくださいませ」
エルファリアを庇いミリアが前へと出る。扉の鍵は閉められていて、返事もせず開ける事もしなければ時期に扉はバンと大きな音を立てて跳ね開けられていた。
「此方に御出ででしたか、エルファリア様。お会いしたく御座いました」
扉を跳ね開けたのは少々だが傷跡の見られる道服の男。エルファリアを見つけると男は優雅に一礼をして見せていた。
「良く言いますわ! こんな非道な形で逢おうなんて、頭がどうかしていましてよ! それに…こうして此処にやってこられたと言う事は、麻里さんにジュリスさん。お二人を倒されたと言う事…許しませんわ!」
言うや否や、ミリアは男に向かい走り出した。
ミリアも麻里と同じくして格闘術をその身に秘める少女である。一気に間合いを詰めるミリアはそのまま細く長い片脚を力強く繰り出した。
「――まったく、勝気なお嬢さんが多い。いい加減、私も疲れてきましたよ」
肩を竦めた男はミリアの攻撃に動きを見せなかった。
捕らえた! とミリアは思ったが蹴り出した片足が男の顔の真横でピタリと動きを止めていた。白いブーツの足首ががっちりと男の手で押さえられていたのだ。
「っ、…離しなさい!」
「では、仰せのままに」
動けずに何度ももがき、離せと声を上げると男はすんなり承諾をし、ミリアの足首を掴んだままその手を大きく振り切った。
「――っ!!!」
エルファリアの声にならない悲鳴が上がった。
放られる様に飛ばされたミリアは、部屋のドレッサーへと身体を強く打ちつける。並べられていた香水瓶が衝撃と共に床に叩きつけられ、むせる様な花の香りが室内を充満した。
「っっ…このくらい、どうって事…っ!」
くらくらとする頭を抑え立ち上がりかけたミリアであったが、その途中でふっと呼吸が止まった。
「私は王女に用向きがあります。申し訳御座いませんが貴女には口を閉じて頂きますよ…」
ギリギリと男の手により首が締め上げられる。息の上がった身体は、酸素を欲してミリアは締め付けてくる男の手を両手で掻き毟った。
「一瞬ですから、どうか怯えずに」
言った男が残った片手を持ち上げている。何をしてくるのか、何が一瞬なのか。薄れ出す意識では考える余裕はなかった。
「ミリアさんっ!! 逃げて下さいっ!」
遠くでそんな声が聞こえ、何か鈍い音がしたかと思うと、締め上げていた力が消えすっと気管へ空気が戻ってきた。
「ごほっ、げほっ……」
再び崩れ落ちたミリアは、不器用に何度か息を吸い込むと再び立ち上がった。
それからエルファリアを探せば、彼女は細身の木製ポールスタンドを両手で握り締めて近づく男から逃げていた。
ここで自分が倒れればエルファリアの命、強いてはソーンの平和すら奪いかねない。そんな事を思うと、自然と力が沸きあがって来る。
「あなたの相手はっ、わたくしでしてよ! ……これは、ジュリスさんと麻里さんの仇です! しっかりと受け止めなさい!」
立ち上がったミリアは男へ向かい強烈な飛び蹴りを見舞った。
白いスカートが空気を孕んで大きく広がるがそんな事を気にしている場面ではない。防御した男の片腕を、ブーツで力強く踏み蹴りミリアは床へと着地する。
「こちらは、エルファリア様を怖がらせた罰ですわ!」
羽の様に静かに着地をしてみせたミリアは舞う様にして男の脇腹へと二発目を打ち込み、そこで体制を崩した男に止めの一撃を振舞った。
「これが、…最後ですわ! ――はァッ!」
最後の一撃は強く捻りを籠めた回し蹴りで、無防備となった男の背目掛けて叩き込まれる。可憐な少女の一撃とは思えぬ力を持ったその蹴りは、男を床へ叩き伏せ意識を奪うには十分であった。
「はぁっ…っは……、命までは…奪いませんわ。あなたは、…正式な場で裁かれるべきでしてよ」
力を失った道服の男を見下ろし、ミリアは一つそう呟いていた。
道服の男は漸く騒ぎを聞きつけた城の者達に連行されて行った。
相変わらず男は口を割らぬ様子であったが、ジュリスの話しに寄ればアセシナート公国より送り込まれた暗殺者では無いかと言う事だった。そして幻術を使う術士でもあるらしい。
麻里の首には一撃で意識を奪った手刀の痕があり、そこから暗殺拳法の使い手であろうと言う事もわかって来た。
「皆様、本当に有難う御座いました。私、どうして感謝をしたら良いものか…。感謝しつくしきれませんわ」
意識を失っていた麻里とジュリスを、エルファリアの魔法水が癒して今は二人とも元気なものである。
ミリアが思うに、この二人の命を奪わずに意識だけを飛ばしたあの男はやはり相当の使い手だったのかもしれない。
「どうってことございませんわ。偶にはミリアにもいい所を譲って差し上げなければ、と思いまして倒れる様な真似をしただけの事ですわよ」
決して負けたわけではないのだと麻里は言ってふいっと表情を逸らす。
「面白い事を仰いますわ、麻里さんも。お気に入りのリボンまで駄目にされましたのに」
「う、煩いですわ!」
二人の少女を見やりながら、ジュリスはふと目元を弛めた。
「……何にしても皆、無事で良かったわ」
こんな会話が始まれば、もう普段の彼女達である。
「ええ、本当に。やっぱり、三人揃ってこそですものね」
ジュリスの呟きにミリアは小さく笑って頷いていた。
END.
■ライターより
この度はご指名有難う御座いました。神楽月と申します。
大変お待たせしてしましましたが、美(少)女三人のアクションノベルをお届けいたします。
少年漫画ノリ、との事でしたので楽しませて頂きつつアクション風を心がけて書かせて頂きました。
お気に召していただけましたら幸いです。
それでは、またご縁が御座いましたらどうぞ宜しくお願いいたします。
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