<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
裏微笑
ベルファ通りの屋根の上。刃物を研ぐ音響く夜。
長い白髪の男が刃に映る自分の顔をみつめてニコリと笑った。昔、降りかかってきた事件のときに負った口の傷は笑うと裂ける。もう血も出ない傷口は、何も特徴もなかった青年の第一の特徴となった。
殺った奴らの一部を切り取り身につけ、戦闘の最中に負った傷は残り、昔の面影などとうに失った男は、満足に仕上がった大鎌の刃を見詰め、ふと目線を下げた。
道をふらふらと武装した男が歩いている。
「こんばんは。こんな夜中に物騒……ですよネエ」
耳につけた指のイヤリングが黒く光った。
「またラーギリンが現れたわ。今度は正式に倒せと命令が下ったそうよ……前よりか比べ物にならないくらいの賞金だわ。でも危険よ」
そう断言したエスメラルダの隣でもくもくと荷台から野菜をおろす男、マーランはそんなエスメラルダの様子に頷き、少し遠い目をした。生き残り、弟の八百屋を手伝うようになったが――あいつの名前を聞くたび遣る瀬無い。
「あいつは頭が割れて、もがき苦しんだらしいが……芝居だったらしい……。もうどうやって倒したらいいか……」
「そんなの、作戦があれば大丈夫よ」
「なんだ? エスメラルダには作戦があるのか?」
荷台から野菜を下ろし終わったマーランはエスメラルダの前に座った。
「……私にはないわ。でも、こうして依頼を出しているのだから誰かは受けてくれるかもしれないし、けっこう公に指名手配しているらしいわ。賞金を狙うなら、早めにしないと――」
新しく発布された指名手配書の顔も、笑っていた。
「おっ、良い依頼きてんな」
「あ、リルド! 冗談じゃ済まない相手なのよ。指一本以上とられるかもしれないのよ」
「ハッ…随分とクレイジーな野郎だな……良いね、ゾクゾクするぜ。まあ、これ以上犠牲者を出さない為にもラーギリンと会うだけだ。いってくる」
「ちょっと! ラーギリンが出るのは夜中よ!」
まだ陽は真上にある。
黒山羊亭から出たリルドはまず、時間つぶしのために天使の広場に出た。
相変わらずの盛況ぶりで人が溢れるようにいる。とりあえず、目にとまった出店で昼飯を買った。
「なあ、じいさんよ。ラーギリンって知ってるか?」
お爺さんは下を向いたまま作業していたが、ふいに手をとめてリルドと目を合わせた。
「一昨日もそう聞いて向かっていった野郎が死んだよ。命なんて粗末にするもんじゃない。やめておきなさい」
「俺はこれ以上被害を増やさないためにいくんだぜ?」
「……あきらめそうにない目だな。まあ、教えてやらんとは言わないが……頼まれてくれんか?」
「はあ?」
リルドの目の前に3枚の手紙が差し出された。1、ルディアへ。2、エスメラルダへ。3、 。
「この1とか2ってなんだ? それにこれ、何も書いてねえじゃねえか」
「ああ、その順番通り渡せってことさ。3は、ラーギリンに会ったときにでも開ければいいさ。頼んだぜ」
一瞬。爺さんの目が別人になった気がした。
「あら、リルドさん。お手紙ですか? ありがとうございます」
午後の白山羊亭。手紙を受け取り、中身をパッと見たルディアは短い挨拶をして厨房のほうに戻ろうとした。
「ちょっと待ってくれ。よかったら、手紙の中身を見せてくれないか」
「え? あ、はい。いいですよ」
白地の紙に黒インクでこう書かれていた。
『今夜は出歩かないほうが得策です』
「あのお爺さんがこういうときは本当に出歩かない方がいいんです。リルドさんも気をつけてくださいね」
「あのじいさん、何者だ」
「さあ。何年も前からいる方ですよ」
次に訪れた黒山羊亭でのエスメラルダの反応もそうだった。
「また、同じ内容か」
「依頼を受けてくれるのはありがたいけど、保障も保険もないわよ」
「わかってる、わかってるって」
時は刻々と過ぎる。
エスメラルダから飲み物を受け取って飲み干し、リルドは黒山羊亭を出た。
そしてすぐに剣を抜き、青白い雷を身に纏った。
すでにベルファ通りに血の臭いが漂っていた。
ベルファ通りに人がたむろする。
人々は口々にうかんだ単語を口にする。
「違う」
「あいつではない。違う」
「では、あいつか?」
一匹の蝿が、愛しい雫にキスをした。
「あーぁ、蝿がたかりだしたぞ」
腹を割かれ、腸が溢れ出、顔や服などの特徴もないほど切り刻まれた死体。唯一、確信できるのは狂人の犯行であるということだけ。
「誰が掃除すんだよ、俺はごめんだからな」
「ワタシがしましょうか」
「え?」
振り返るとそこには長い白髪を垂らした男が立っていた。前かがみになってたむろする人々を見ていた。前にも垂れた白髪から覗く真っ赤な瞳がじっと見ていた。
「できんのか? こんなの一片でも残されちゃ、たまんねえんだ、こっちとしては」
「アハハ、大丈夫ですよ。これでもワタシ、掃除が大好きですからネエ……!!」
隠されていた大鎌が振り下ろされた。白髪が赤に染まり、断末魔の叫びなど白髪の男、ラーギリンの狂喜の雄叫びに比べたら蝿が飛びつく音にしか聞こえなかった。
「死ね! 死ね! 苦しんで死ね! 喜んで死ね! アーハハハハハハハハ!!!! 楽しい楽しい楽しい!!!!」
ラーギリンは裂けた口を限界まで開いて笑った。
肉が裂ける音がする。肉が潰れる音がする。血が踊る音がする。
転がる肉片の傍により、ラーギリンは腰を下ろした。
「こいつは指。こいつは鼻。あー、こいつの目、綺麗だな〜目にしよう」
指が反射的に動いた。
「ん? あ。ハハハ、痛くて起きたのですね」
ラーギリンの指は、すでに眼球を掴んでいた。悲鳴がベルファ通りに木霊する。
「ふふふ、こうやって見ると違う魅力を感じますよ」
片方の目でラーギリンの手の内に自分の目を見つける。
「……うるさい。黙れ」
両手で目を確認する。溢れ出る血。くぼんだ目。かすれる視界。
「黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れ!!」
「見つけたぜ、ラーギリン。手間かけさせやがって楽しそうにしてんじゃねえよ、俺も交ぜろ」
ベルファの影から強い光がラーギリンに迫った。
「あらあら。これはワタシの獲物ですよ」
「派手にやらかして。俺だけの獲物じゃ無くなっちまうじゃねえか」
「綺麗な青い目をしていますネエ」
「おまえ、俺の話を聞け」
目も止めぬ速さで迫った手を剣で払った。指が2本飛んだ。残った内の1本が皮で繋ぎとめられているだけになっていた。電撃のせいで皮膚が一部溶けている箇所もある。それでも痛がる様子はない。
青白い雷を纏ったリルドの光にラーギリンは片手で目を覆った。指が垂れ下がる。
「抵抗、するのですね。ふふふ、楽しませてくださいよ」
「それはこっちの台詞だ、イカレ野郎!」
リルドに向かって大鎌が振り下ろされた。それをさっと避けたリルドは腹を狙って剣を振った。服をかすめながらラーギリンは宙を舞い、屍の上に立った。潰れる音とともに血はさらに広がっていった。ラーギリンはその血を大鎌で掬い取り、舐めた。違う箇所に打ち込んだはずの剣が鎌とぶつかり合った。
「無駄な動きに見えてそうじゃないってことか」
「何事も楽しくなくてはいけませんからネエ」
剣を振り切り、お互い1歩下がる。リルドは雷を纏いなおして、地を蹴った。
ラーギリンが微かに笑った。
振り下ろされた大鎌を交わしたリルドだったが、足を掴まれ宙から引きずりおろされた。咄嗟に足を掴む手を切った。細くもろい感覚だった。
「じいさん?!」
昼飯を買い、リルドに手紙を渡したお爺さんだった。そのお爺さんが失った右手を押さえながらリルドを見上げた。
「手紙をひらけ。バカヤロウ」
「あら? ワタシが施した洗脳がとけていたのに切られに来たのですか。つくづくお人よしな下僕ですね」
手紙には黒インクでこう書かれていた。
『ラーギリンは人を洗脳する能力がある。注意しろ。手下が襲い掛かってくる』
お爺さんの体が宙に浮き、壁に激突した。大鎌は新たな血を吸い光った。
「情けない。裏切らなければ、ああいう死に方はしなかったのに……クックックッ」
リルドは動かなくなったお爺さんの姿をじっと見た。湧き上がってきた感情は剣をさらに握りしめさせた。
ギリッとラーギリンを睨み付けた。
「やってくれるじゃねえか」
「ふふふ、なにをしてくれるのでしょうかネエ」
目の前をかすめる大鎌にひるむことなく、リルドは狙いを1点に定めた。ラーギリンが大鎌を振る。目の前で血が飛んだ。激痛が突き上げる。それでもリーチが長い分生まれる隙に剣をぶちこんだ。狙うは首。
青白い首から頭がぶっとんだ。焼け焦げる臭いと血飛沫が激しく地面に飛び散った。
電撃によってリルドはラーギリンの首を跳ねたのだ。
うつむく首は左右に揺れながら巻きつく白髪の間から真っ赤な目をリルドに向けていた。
「ワタシは死なない……痛みもないのだよ、餓鬼」
「なら、また向かってくるんだな。殺し合いはいつでも受けてたつぜ」
「いますぐにでも殺してあげたいですよ……。ああ、そのお腹から出る血をもっと見たいです……」
「リルド! リルドー!! やったのね!」
遠くの方からエスメラルダの声がした。とめる手を振りきり、駆け寄ったエスメラルダをリルドは一目見た。
「な、会うだけだっただろ」
狂人が去った朝と広がる赤い海。
大金を手に入れたリルドは怪我のせいでしばらく動けなくなってしまった。
無理やりエスメラルダが休ませていたからなのだが、翌日ベッドからリルドの姿は消えていた。
予断かもしれないが、お爺さんは翌日も何食わぬ顔で店に立って働いていた。
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3544/リルド・ラーケン/男性/19歳/冒険者】
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ライター通信
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こんにちは、こんばんは、はじめまして、田村鈴楼です。
裏微笑にご参加いただき、ありがとう御座いました。
ラーギリンの狂人っぷりをギリギリまで書いてみたのですが、いかがでしたでしょうか?
首だけで動いてしまうのでグロ注意です(事後で申し訳ないですが)
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