<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


ようこそ、不思議な館【鈴楼】へ!


「あのぉ……すいませんが、自警団の方に依頼があって来たのですが……」
 そういって書類の束をどさっと置いたのは眼鏡をかけた学者だった。
 彼はローウと名乗っただけで依頼の内容を話し始めた。
「数十年前に調査済みとされた、西南へ2日の距離にあるコッペオー村にある鈴楼というダンジョンが変化したというのだがね、こちらとしても調査団を送ってみたのだが、どうもモンスターがいたり、遊ばされたりで、ボロボロくたくたになって調査団が帰ってくるものだから、これは自警団の方々にお願いせねばいけないと我々は考えてだねって、ちょっとキミ?! 聞いているのかね」
 数時間永遠淡々と語られる同じような内容をまとめた紙をある少年に渡した。
 フィリオ・ラフスハウシェ。人間。
 フィリオは調査内容を聞いて紙を受け取ると、準備をし、さっそくエルザードから旅立った。
 2日間の短い旅だ。何事もなく、通りすがりの行商に挨拶をしたりするだけの戦闘もない、平和な旅路だった。
 コッペオー村にたどり着いたフィリオは最初に疑問に思った。簡素な村だと聞いていたのに、冒険者がたむろし、住人と思われるウインダーが露店を出して冒険者をもてなしていた。
「ちょっと、いいですか?」
 入り口付近で冒険者を先導していた少年に声をかけた。緑色の髪の少年、ムゥーマは振り返り、愛想のいい表情で答えた。
「はい!」
「今日はコッペオー村のお祭りか何かの催しがあるのですか?」
「僕たちもよくわからないんです……なぜか冒険者の方々がどっと押し寄せてきて、楼に入っていくから僕たちはただ、嬉しくてその雰囲気を盛り上げようとしているだけです。ただ……」
「ただ?」
「楼から出てきた人はみんな、とても疲れているんです。死人は出ていないので、きっと大変なことにはなってないと思うのですが……」
「そうですか。大丈夫ですよ、僕はその謎を調査するために来たんです」
「本当ですか?! わあわあわあ! 早く早く、こっちです、こっちー!!」
 フィリオの袖を無理やりひっぱって、ムゥーマは村のシンボル、鈴楼の前にフィリオを案内した。
「ここが鈴楼です」
 閉じられていた扉を開き、手と目でフィリオを促した。
 一歩踏み込んだフィリオの姿を確認して、ムゥーマはフィリオの背を押した。
「怪我しちゃったり、道に迷ったら管理人さんを呼んでくださいね〜! ごゆっくりー!」
「あっ! ちょっと!」
 閉められた扉はどんなに押しても引いても開く気配がまったくなかった。
 洋館のような廊下がフィリオの後ろには伸びていた。


 ポチッ

「これはいったい……」
 数十分前。鈴楼に押し込まれたフィリオは目的を果たすため、とりあえずは廊下をまっすぐ進むことにした。他の扉も窓もない廊下には、丁寧に磨かれた装飾品が飾られていた。中でも黄金の甲冑は盗難にあうのではないだろうかと心配になったが、よく見ると偽物であった。
「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ」
 突然、横から声がした。振り返るが、そこにはワニの人形が台の上に置いてあるだけで、誰もいない。
「そこの赤いボタンを押してください、押してください」
 ポチッ
「ようこそ、遊戯の間へ! 現在開催されている遊戯は“はちゃめちゃ運動会2”です。1は諸事情により中止になってしまって、1は永遠に行なわれる事は無いのでご了承ください。それでは、準備はいいですか?! 答えは聞きません」
 パカッ
 真下の床が抜けて、まっ逆さま。
 フィリオは落ちていった。


 中央にスポットライトが集まる。民族衣装のような服を着て、オルガンを背負った男が観客の注目を受ける。
「今日も待ちに待った、はちゃめちゃ運動会2の時間です。司会は管理人が勤めさせていただきます。とりあえずクロとお呼びください。さあ、今日のゲストは自警団のフィリオ・ラフスハウシェさんです! フィリオさん、どうぞ前へ」
 パッとスポットライトに照らされる。フィリオの頭は現状を理解していなくても、足は前へ進んでいく。
「こんにちは、フィリオさん、頑張って下さいね」
 クロはフィリオと目を合わして握手するとフィリオを横に立たせ、
「さあ、もう1人のゲストはフィリオさんと一時違いの美人天使。この子目当てのお客様で埋められていると言っても過言ではないこの方。フィリアさんです!」
 パッとスポットライトが当てられ、フィリアはゆったりとお辞儀をし、舞台にあがった。
 どっと声援を送られる。
「はいは〜い、静かにしてくださいね。今日はフィリオさん、フィリアさんが挑戦します。今日こそ怪我人が出ないことをともに祈りましょう!」
 思い思いの叫び声が2人を包み込んだ。
 2人はその声はたしかに耳に届いてはいたが、それよりも強い思いに縛られお互い目を合わせたまま現状把握に戸惑った。
 一瞬、現実に戻ったフィリオはクロに質問した。
「……怪我人は…毎回出るのですか……いったい何をするのですか」
「なに、体を動かすゲームですよ。大丈夫です、こう見ても医療免許持っていますから」
 こっそり言ったクロの声にフィリオ、フィリアの顔が少しひきつった。
「それでは開始します! フィリオさん、フィリアさんが無事に終えられるよう、皆様ご声援のほどよろしくお願い致します」
 フィリオ、フィリアは互いに向き合ったまま唖然としていたが、それとは真逆の声援と拍手が広々とした空間に木霊していった。


 フィリオは自警団に所属しているだけあって、素早い動きや重いものを持ち上げる力に優れている。
 フィリアはその容姿からは想像できないほどの能力高さが随所に現れていた。
 手に細工された大きな手袋をはめ、フィリアは観客が見守る中、壁にむかって一直線に走った。その勢いのままトランポリンを使って高く高く宙を舞う。そして、手袋を壁にくっつけた。
「なんと……最高記録です! これは前代未聞の記録です! 天井に手袋をくっつけるゲストが現れるとは今日はいつもと違う事件が起きそうです!」
 無事に着地したフィリアは観客に向かって手を振った。
「凄いですね。私でもあんなに高くは飛べませんでした」
「そんなことないですよ。ちょっとずるして羽根を動かしただけです」
 苦笑いしながら、天使フィリアは次のアトラクションが準備されていく様子を見ていた。これはどうやら、挑戦させられるアトラクションである一定ラインの記録を出せばクリアらしい。
「さあ、次はこのボクシングクラブを使ってのモンスターを叩いてください。叩いたら叩くだけ得点が入ります。それでは、よーい」
 爆発音とともに煙が上がり、第2のアトラクションが開始した。
「げほっげほっ。火薬の量を誤りました」
 フィリオ、フィリア両者一歩の遅れず、息のあったコンビネーションで次々にモンスターを叩いていく。
「フィリオさんって私とそっくりのような気がします」
 少しも疲れた様子のないフィリアは微笑みながらフィリオに言った。
「私もです。はじめてお会いした時、びっくりしてしまいまして、ちゃんと自己紹介ができていませんでしたよね。フィリオ・ラフスハウシェです」
 高い位置に現れたモンスターをジャンプし体をひねりながら殴り、
「フィリアです。フィリ……」
「終了ですー! これまた驚きの得点が出ました。現在、総合得点が歴代3本の指に必ず入る……」
 フィリオは喜ぶフィリアの横顔を見ていた。
 青い髪の少女、天使、身のこなし……
「どうかしましたか?」
「い、いえ。なんでもありません。少し、疲れたのかもしれません」
「無理なさらないで下さいね」
 フィリアはフィリオに明るく微笑みかけた。
 本物の天使の微笑み。観客からはフィリオに嫉妬する声が密かに響いていた。


「さて、最後のアトラクションになってしまいました。最後のアトラクションはこれです!」
 広々と舞台の上にちょこんと置かれたホッケー台。
 今まで大規模なセットだっただけに拍子抜けしそうなくらい小さい。
「あはは、前のゲストの方々が派手に壊されましてね。予算なんてあってないようなものですし、あれは私の家から持ってきたものです。まあ……シンプルなものもたまにはいいでしょう! それではスタート!」
 2対2の対戦。相手は案山子。どこからどうみても藁で出来た案山子。
「カッカカ、シシッカリ、ガンバリマス〜〜」
 1回戦。
 案山子1から放たれた玉はすぐさまフィリオによって打ち返された。がしかし、
「あ、あれ……」
 打ち返す道具がこげている。
 実際の案山子のようにゆったりする気配もない速さが2人に打ち込まれ続ける。
 3回戦4回線となってくると、観客でもわかる変化が訪れた。
 相手は所詮案山子なのだ。
「フィリオさん!」
 案山子が打ち返した玉をフィリオはフィリアの合図で打ち返した。見事相手のポケットに入り込んだ。
「ナッナナ、ナゼダーー」
 案山子は足元が固定され、あまり左右に動き回ると抜けて倒れてしまうおそれがあるために案山子はあまり動いていなかったのだ。
「勝者フィリオ、フィリア! おめでとうございます。全戦全勝とは、この運動会はじまって以来、成したゲストがいなかったため、対応に困ってしまうくらいです。これはどうでしょうか、観客の方々も一帯となって勝者の2人を祝おうではありませんか!」
 司会の呼びかけに観客は叫び声をもって答えた。フィリオ、フィリアの謙遜や照れは声にかきけされ、ぞくぞくと観客は観客席から舞台へあがっていった。
 一瞬にして雰囲気が変わった。
「この運動会2のフィナーレを飾る、イベント! 皆様、ちゃんと用意はできましたか?」
「オー!!」
 人々の手には大小様々な刃物が握られていた。
「皆様一緒に体を動かしましょう〜!」
 観客が答える前に、フィリオはフィリアの手を握り、扉に向かって走り出した。ノブを握るが内側にも外側にも開かない。フィリオは抜刀し、扉を切った。そしてとにかく走った。
「何がなんだかわかりません、なにか知っていませんか?」
「この楼全体に特殊な魔法がかかっていることしか……」
「逃がすなー! 俺らの真の目的を忘れるな!」
 眼帯をした男が叫び逃げる2人を短剣で指した。
「どうやら、この楼にたくさんお客さんが来たのは体力を削らせて弱ったゲストを追いかけることのようですね」
「……」
「フィリアさん?」
 俯いていたフィリアははっと気づき首を振った。
「い、いいえ、なんでもありません。あ、あの……手を……」
「あっ、す、すいません……」
 お互い頬を染める。しかし、後ろから衣服を染めそうなほど物騒な人たちが諦めず追いかけている。
「この楼……階段もなければ、窓も扉もありませんね」
「そうですね……いったい、どうすれば……」
 不意にフィリオは楼まで案内してくれた少年の言葉を思い出した。
「……道に迷ったら管理人を呼べ……」
「ここに管理人さんがいるのですか?」
「実際に会ったわけではありませんが、ここに来る前に出会った少年が言っていたんです」
 フィリオは呼吸を整え、叫んだ。
「管理人さーん! 道に迷いましたー!」
 廊下に響くフィリオの声。突き当たりにぶつかって曲がっても、曲がっても、何も変化がない。
「……あはは、嘘を、教えられたんですね」
「何も試さないより良いですよ、ありがとうございます」
「そ、そんな、お礼なんて私がしたいくらいです、ありがとうございます」
 一瞬、体がふわりと浮かんだ気がした。前触れのない違和感に驚いたが、フィリオの目はフィリアと合ったまま動かない。
「一度会ってみたいなって思っていた方にお会いできて嬉しかったんです。あの運動会は予想外ですが……。とても楽しかったです。ありがとうございました。お体に気をつけて」
 フィリアはフィリオの体を突き飛ばした。
「フィリアさん?! ……あれ」
 草が揺れている。天井が青い。ウインダーがいる。
「ここは……」
 扉が閉ざされた建物が後ろにある。
「すいません! フィリオ・ラフスハウシェさんを知りませんか?」
 突然下から声がして、一歩後ろに引き下がる。鈴楼までフィリオを案内した少年だ。
「フィリオは私ですが、どうかしたのですか?」
「そうなんですか?! よかった、みつかって。自警団って名乗る人が2日前に来たり、他にもそういう関係の人たちが来たりして、この楼を調べてたの。そしたら盗賊団が住み着いてるってことがわかったり、管理人が入れ替わってたり、フィリオさんが中に入ったままでてこないことがわかったり大変だったの! でも、もう大丈夫なんだね!」
 とても安心した面持ちで少年は村の中心へ歩き出した。フィリオは呆然としながらも、はっと思い出して少年の肩を叩いた。
「フィリアという女の子がいたんだ。その子はまだ楼の中にいます」
 少年は振り返り、フィリオの説明する容姿を聞き、考えて答えを言った。
「うーん、僕は楼に人を案内したり、村の入り口辺りで露店や畑をやってたりするけど……そんな人、見たことも聞いたこともないよ」
 遠くの方で自警団の仲間が一時消息をたった仲間のもとへ駆け出していた。
 フィリオは、もう一度楼の方を振り返る。
『この楼全体に特殊な魔法がかかっていることしか……』
「ありがとうございました」

 白い羽が空を舞う。



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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3510/フィリオ・ラフスハウシェ/男性/22歳/自警団体所属】

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         ライター通信          
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 はじめまして、ライターの田村鈴楼です。
 納品が遅くなってしまい申し訳御座いませんでした。
 いかがでしたでしょうか?
 不思議な楼全開で書かせていただきました。
 まさにフィリアさんが言った『特殊な魔法』です。あまり実際の楼は広くないのですし、色々と……。

 それでは、フィリオさんとフィリアさんがまた出会えることを祈りながら、失礼します。