<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
『愛を込めて』
カムイコタン。
このソーンに生息する大きな陸地ガメ。
その甲羅の上には可愛らしい家。
その家の煙突から煙。
香り。
美味しそうな料理の香り。
その家では誰かが料理をしているよう。
止まっているカムイコタンの傍らで、その男、ディークはテーブルを並べながら大きくため息。
誰かがくすくすと笑う声。
ディークは傍らのカムイコタンを睨んだ。
「何だ?」
「いいや。別に。ただ、正直に言ってやるのも親心だよ」
「何を?」
「料理の味」
カムイコタンが首を引っ込めたのはディークの手にナイフが握られたからだ。
この男、目が笑っていない。
「親ばかな男だね」
「ほかっとけ」
「ほかっとくさ。こっちは被害は喰わないからね」
カムイコタンは今度こそ首を引っ込めた。
ディークは大きくため息を吐き、
椅子に座る。
それから家の煙突を見た。
煙突からは煙があがっている。
もくもくとそれは楽しそうに。
きっと料理を作っているミルカの想いが煙に反映されているのだろう。
今夜も腕によりをかけて料理を作ると言っていた。
ミルカの料理は、美味しい。
―――とは、言えない。
可哀想なのだが………事実だ。
そう、あれはミルカが10歳ぐらいの頃か。
今もだが、当時も十分に背伸びをしていた頃の彼女はある日ふいに料理を習いたいと言い出したのだ。
父親想いのあの娘の事、きっと、酒場で毎日夕食を摂っている父親の健康の事を気遣って、料理を習いたいと言い出したのだ、と容易に想像できた。
それが嬉しかったのは父親としての情と、
そして独りの寂しさを知っていたから。
だからディークはミルカに料理を教えた。
他の誰かに、例えば料理教室などにミルカを通わせても良かったのだが、
しかしミルカが望んだのはディークに料理を習うという事だったのだ。それは母に娘が料理を習い、そうして家の味が伝わっていくように。
ディークの知っている料理など男の味で、大雑把な作り方の料理で、それは娘に親が教えるような料理などではなくて………。
けどそれが、娘に自分の味を伝える、それが親としては嬉しかった。
その嬉しい感情にディークは負けてしまい、
結果、ディークは今を後悔している。
ミルカの料理はある方向にはぐんぐんと腕を上げた。
見た目は、見た目だけはすごく綺麗だった。
その方向性においてはミルカの料理の腕はプロ級になった。
しかしそれは見た目だけの話で、
ミルカの料理には致命的に欠けている物がある。
それが味だった。
彼女の味覚は………
ディークはミルカを不憫に思い、それを決して口にはできないのだが、
――――おかしいと思っている。
いや、ディークもなんとなくはおかしいなー、と思う点は合った。
しかしその一方でミルカの舌は口に入れてはいけない物は、百発百中で当てていたので、
そのせいでディークもいまいち彼女に料理を教えるまでは、ミルカが料理を作るようになるまでは確証がもてなかったのだが、
ミルカが作った料理を食べるようになって、確証が持てた。
ミルカには味覚が欠けている。
彼女は壊滅的な味音痴だったのだ。
今でも忘れられないあの独創的な味の数々。
他のミルカの料理の味を知る者たちは上手にミルカの料理を食す事から逃げている。
いつも犠牲者はディークだ。
だけど父親が娘の作った料理を食べないわけにはいかない。娘が父親の事を想って作った料理ならばなお更の事だ。
口の中に入れただけで脂汗が噴き出すあの舌を突き刺すような刺激。
味が悪い意味でハーモニーを織り成し、味の音楽にあわせて胃が踊る。思わず口から飛び出しそうになるぐらいに。
そんな娘の料理。
けれどもそんな娘にディークは父親として、大人として、哀れみを覚えるのだ。
ミルカは好きでそうなったのではない。そうならざるをえない環境に彼女はいたのだ。
初めてミルカと会った時、まだ幼かった彼女はしかし、既に独りで生きていた。
幼い子どもが生き抜く為には、何でも口に入れて食べられる物は食べるしかなかったのだ。
それしか方法は無かった。
最初は好き嫌いの無い子だと想った。
それを褒めた事さえあった。
忘れるものか、その時のミルカの、どうして自分が褒められているのか、それがわからないといったあの、きょとんとした顔を。
その時にはディークにもその表情の意味がわからなかったが、今ならそれもわかっている。
生き抜くためには何でも口に入れる必要があった。
ただそれだけだったのだから。
毒物に対して耐性が合ったのと、
何でも美味しいと思える心根の素直さが、せめてものそんな境遇に幼い頃から置かれていたミルカにとっては幸いな事であった。
だから、
それで、
ディークはミルカに本当の事を伝える事ができなかった。
持っていたはずの物を、
本来ならちゃんと得られていたはずの物を、
失ってしまう辛さは、ディークも知っているから。
だから、
それで、
彼は伝えられなかった。
それにミルカが誰を想い、誰の為に、料理を作っているのか、それをちゃんと知っているのが父親でもあるのだから。
親とは何時だって無条件で自分の子どもの味方なのだ。
だから、確かに本当の事を伝えるのも親の役目ではあるのだけれども、それでもディークはミルカの作った料理をちゃんと食べてやりたい。
それにミルカは料理を作るのが好きなのだ。
必要にかられて、ミルカを喜ばせたくて、ディークの料理の腕が上がったように、まだこれからミルカの料理の腕だって上がる可能性だって充分にある。
そしてそのための絶対の条件は、ミルカがこのまま料理を作る事を大好きでいること、だから。
だから、ディークはミルカが料理を好きでいられるように、今夜も娘が作った料理を食すのだ。
美味しい鮭の切り身を貰ったの。
だからミルカはそれで料理を作ろうと想った。
大きな大きな鮭の切り身。
それは明らかにミルカのウエスト回りよりも太っちょだった。
だから本当に大きい。
だけどそれを見た時に、素敵な料理が思い浮かんじゃったのだ。
鮭の切り身を分けてもらった市場を出て、山の中でカムイコタンを止めて、ミルカは山菜狩りを行った。
それはメジャーな物からミルカの舌が選んだマイナーだけど美味しい山菜ばかり。
それを大きなフライパンで、
熱して、バターをしいたそのフライパンで軽く鮭の切り身を焼いて、
その切り身を大きなアルミホイルの上に移動させると、切り身の上に山菜やイモ類を乗せて、ミルカ特製の香辛料をかけて、それからミルカお手製の、ミルカの舌を最高にまで高めて味見をしながら作ったマヨネーズをかけて、それでアルミホイルで完全に鮭の切り身を包んで、オーブンで焼いてやるのだ。
鮭のアルミホイル焼き。マヨネーズ風味。
それはすごく美味しく出来上がったはず。
ミルカは満面の笑みで、おとんがセッティングしてくれたテーブルの上に料理を並べた。
「さあ、おとん、食べて♪」
「ああ」
アルミホイルは手袋をはめたミルカの手で綺麗に剥がされて、
中から出てきたマヨネーズで覆われた鮭の切り身が凄く美味しそうで、
ミルカは得意満面の笑みでおとんのお皿にナイフとフォークで切り分けた鮭の切り身を乗せた。
そしてミルカはいつもそうな様におとんが美味しそうに自分の料理を食べてくれるのを見ているのだ。
それがささやかなミルカの幸せ。
こんな優しい風景が、この父娘の日常。
【お終い】
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