<PCクエストノベル(2人)>
ひっくり返って男の甲斐性 ―アクアーネ村―
------------------------------------------------------------
【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】
【3457 / ミルカ / 歌姫/吟遊詩人】
【3555 / ロキ・アース / バウンティ・ハンター】
------------------------------------------------------------
快晴の空を白い鳥が舞った。
鳥たちも、綺麗で冷たい水を求めてここにやってくる。
なぜか季節を問わず、水が冷たいまま保たれる土地――
暑い暑い夏。
避暑地と言えばここしかない!
ミルカ:「う〜ん!」
耳に美しい羽を持つミルカが、右手に大事なリラを抱き、バスケットに入ったお弁当を持っている左手で思い切り伸びをした。
ミルカ:「やっぱりここに来て正解だったわね。村に入っただけでこんなに涼しいわよ?」
と彼女が声をかけた先――
ロキ:「そ……うだな。ああ、涼しい……」
一見ただの青年にも見える、弓矢を背負った青年ロキ・アース。
彼の笑顔が多少引きつっていることにミルカは笑いながら、ばしっとロキの背中を叩いた。
ミルカ:「今日は張り切ってゴンドラ漕いでくれるんでしょ? 期待してるからっ」
ロキ:「………」
ミルカ:「こらっ。返事!」
ロキ:「あ? ああ、もちろん!」
ロキは慌てて言った。
彼の視線は、すでにアクアーネ村ほぼ全体に広がっている川に釘付けだった。
ミルカが走っていって、川の水をすくう。
ミルカ:「ねえほら、綺麗な水。お魚さんとかいないのかしら」
ロキ:「どうだろうな、整備されてるだろうから――」
2人とも、この村には初めてくる。観光ガイドに書かれているような知識しかない。
それがますますわくわくするのか、ミルカの笑顔はますます増した。
ミルカ:「素敵……ゴンドラに乗ったら、どんな心地がするのかしら」
ロキ:「ゴ、ゴンドラね……」
ロキは再び引きつった微笑を浮かべた。
ゴンドラ乗り場につくと、漕ぎ方を詳しく教えてもらえる。ロキは熱心にそれを聞いていた。
乗り場のおじさん:「お前さんらは体重差があるからなあ……うまく乗らないとゴンドラがひっくり返るぞ」
ロキ:「………!? じゃあどう乗ればいいんだ?」
乗り場のおじさん:「漕いでるあんたがうまく体重移動するこったな」
ロキ:「………」
ミルカ:「大丈夫よう」
ミルカが青年の背中をぽんと叩いた。
ミルカ:「ロキならできるわよ。うん、絶対!」
ロキ:「その信用はどこから来ているんだ……?」
ロキはあははははと乾いた笑いを浮かべた。
ゴンドラにそっと乗り込む。ミルカを先に、ロキが後に乗って、ゴンドラに取り付けられた櫂を手に取る。
……水が目の前にある。
水路の深さはけっこうあった。
ロキ:「……漕ぎながら失神しないといいけど……」
ミルカ:「自分で言っちゃってどうするの?」
ミルカは明るくロキにつっこんだ。
乗り場のおじさんの言う通りに櫂を動かし始める。
ロキは器用だった。あっという間にゴンドラを好きなように操り始める。
ミルカ:「あ! ねえ、あの樹をよく見たい! 不思議な黄緑の葉よね」
とミルカが言えば、ゴンドラを水路のふちによせてその樹がよく見えるようにしてやる。
ミルカ:「ゴンドラから降りたら葉っぱ取りにこよう」
ロキ:「……何に使うんだ?」
ミルカ:「ええとね、料理!」
ミルカの満面の笑みに、ああ、葉を飾りにでもするのかなと思って解決させたロキだったが、ミルカの中では、
ミルカ:「(あの葉をぐつぐつ煮てー、色取ってー、葉の方は刻んで最後にスパイスにするとして。んー、煮る時のダシは何にしよう、やっぱりもずくかな?)」
……さて。
ミルカ:「あ……お魚さん、いる!」
ミルカがゴンドラの下をのぞきこむ。
ゴンドラが横に揺れて、慌ててロキが修正する。
ロキ:「ミルカ。危ない」
ミルカ:「あ、ごめんなさい。でもでもすごーい、それだけ綺麗ってことよね、ここの水。あ、あれは鮎かしら?」
ロキ:「………」
残念ながら、ロキにのぞきこむような度胸はなかった。
ミルカ:「鮎! いいわよねえ、棒に刺して焚き火で焼いて」
ロキ:「ああ……あれはうまいな」
ミルカ:「それから棒を抜いてお腹さばいて、中にどっぷりツナの脂入れて」
ロキ:「……あ?」
ミルカ:「それでそれで、最後にはマヨネーズを中と外に! 外にはメッセージを書くとグーよ!」
ロキ:「………」
すげえ脂まみれじゃねえか、とか思いながら、鮎にマヨネーズ……ちょっと食べてみたいロキだった。
ミルカ:「書く文字列はね、えーと」
ミルカは唇に人差し指を当てて虚空を見ると、
ミルカ:「ロキありがとう、ロキ頑張って、ロキ水に負けるな、ロキおとんにバレたら殴られるかもしれないけどよろしく!」
ロキ:「……おとん……」
ミルカ:「あたしのお父さん」
ロキ:「いや分かるが……まさか黙って来たのか!?」
ミルカ:「だって、男の人と2人でなんて、おとん許してくれないもん」
言ってから、てへ、とミルカは頭に手をやって、
ミルカ:「でもこんな長い文章、1匹の鮎の上には書けないわ。5匹くらい必要よね」
ロキ:「いや問題はそこじゃないから」
ミルカ:「書いたら、ロキ全部食べてね」
ロキ:「そんな文章贈られたくないっつーの!」
ミルカ:「でもここの水路で釣りって許されているのかしら?」
ロキ:「人の話を聞け!」
そんなこんなで2人はゆっくりとゴンドラを堪能する。
少し水気の強い風が、常に吹いていた。けれど蒸し暑いわけではない。涼しいのだから。
鳥たちが集まって、水路の上をぷかぷか浮いている場面にも遭遇した。
ミルカが綺麗な翼の鳥ばかりね、とうっとりする。
いい水で育っているからじゃないか、とロキが言う。
――やがて、太陽が頭上高く昇った。
お昼の時間だ。
ミルカはせっせとバスケットのお弁当を開いた。
中はサンドイッチだった。
ミルカ:「はいロキ、少し休んでお昼にしよう」
ロキは近くの陸に横付けし、くっと体を伸ばす。
ロキ:「ああ、じゃあもらおうかな。……ずいぶんたくさんあるな」
ミルカ:「そりゃあロキはゴンドラ漕ぐし、一杯食べてくれると思って」
ロキ:「心遣いがありがたいよ。じゃあ1つ、いただきます」
ロキは微笑して、サンドイッチを1つ手に取った。そして口に持っていって――
数秒間時間が停止した。
ミルカ:「あら? ロキ? どうしたの?」
ミルカが停止しているロキの目の前で手を振る。
意味もなくばさばさと近くを鳥が通り、意味もなく落ちた緑の葉が彼らの頭上をくるんと回りながら通り過ぎていき、意味もなくゴンドラの下を魚が泳いでいく。
ロキは何とかゆっくり咀嚼――せずに一気に飲み込み、ばっと自分の持っているサンドイッチを見た。
ロキ:「………」
ハムかと思ったらよく分からないきのこ、キャベツかと思ったらよく分からない草、トマトかと思ったらよく分からない――ええと――なんだ?
辛子マヨネーズかと思ったら代わりに山椒オリーブオイルが使われ(多分彼女の手作りだろう)、はみでた赤い色はどう考えても唐辛子だ。
ロキ:「あの、な、ミルカ」
ミルカ:「なあに?」
ロキ:「これ……ミルカの手作り、だな?」
ミルカ:「そうよ。自信作!」
ロキ:「自分で試食してみたか?」
ミルカ:「うん。すごく美味しかったから、ロキにもおすすめよ!」
ロキ:「他の誰かには食わせなかったか?」
ミルカ:「うーんと、おとんに朝食って偽って食べさせてあげたら、『いつもよりさらに美味しい』って」
ロキ:「………」
知らなかった。
彼女が壊滅的な味音痴だったなんて。
彼女の父親の方は分からない。娘と同じく味音痴なのだろうか。それとも娘可愛さに嘘をついて、耐えて食べているのだろうか。そうだとしたらロキは彼を今すぐ抱きしめにいきたい。
しかーし、ここはロキも男だ。
別に恋人でも何でもないとは言え、女の子が朝から台所に立って作ってくれた料理だ。食べぬわけにはいかない。
ロキはまず、修行僧のように無心になって、手にある1つ目のサンドイッチを食べきった。
口の中で辛さとすっぱさと脂っこさの三重奏が回っている。
ミルカ:「美味しい?」
無邪気な目で訊かれて、ロキは詰まった。どうしよう、なんと答えるべきか。
しかしミルカの金の瞳の輝きはまぶしすぎて。
ロキ:「お――美味しい、よ」
何とか笑顔を使いながら、2つ目のサンドイッチを手にした。そして無心になってむしゃむしゃと食べた。
ミルカ:「もう。もっと味わってよう」
ミルカがぷっと膨れた頃には、ロキは目を回して失神しそうだった。
なんだこの、歯が割れそうなほどに硬い物体は? ぼりぃぼりぃと咀嚼するたびに音がする。飲み込むと、まさしく石を飲み込んだような味がした。
おまけにその石と同時にぬるぬるの何かが口の中を支配する。これはオイルやマヨネーズの類じゃなく……まるでもずくを食べているような……しかしもずくほどまともじゃない。
その両方を何とかのみこんで、死にそうになりながらロキは、「これ……中身なんだ?」と訊いた。
ミルカ:「そうなのよ聞いてよ! この間泉のほとりにね、あった石! 綺麗にきらきら虹色に輝いてたし柔らかかったし、それについてる苔もちょっとつまんでみたら美味しかったから!」
どう? 最新作。訊かれてロキは力なく答えた。
ロキ:「石は……試食しなかったんだな、あんた……」
ミルカ:「いやあねえ。人は誰しも、最後には石だって食べて生き延びるのよ」
ロキ:「何故今ここでそんなサバイバル……」
ミルカ:「ほら、次はこれ食べてみて!」
無邪気に3つ目を手渡され、拒絶することもできずロキは食べ続ける。
ミルカ:「今のがね、何かよく分からないけど川で泳いでた魚が美味しそうだったから捕まえて刻んでひつまぶしみたいに白いご飯にまぜてみたの。やっぱり足りないなあと思ってスパイスにはガーリックよ!」
ミルカ:「それはね、あたしの好きな薬草刻んでもんでお漬物にしたものを挟んだの。パンに汁がほどよく染みていい味出してるでしょ?」
ミルカ:「それはずばりとんこつ! 骨をがーんとはさんでみたわ。頑張って噛んでね」
ミルカ:「こっちは逆にかつれつ……とんこつのおダシにつけたピーナッツと一緒に、挟んであるドライアイスが溶けないうちに食べてね」
ミルカ:「それはね、エビを薄焼き卵で包んで、それを並べて、上からとろとろとろって練乳かけて、最後にコショウと山椒をかけたの。甘さと辛さは同居すると美味しいわよね」
ミルカ:「そっちはとんそく。形が残ってる方がワイルドだと思ってそのまま。ええと、周りの小魚、名前は知らないんだけど美味しいからこぼさずに一緒に食べてあげてね。え、これ魚じゃなくて虫?」
ロキはぶっ倒れた。
ミルカは大慌てで、
ミルカ:「はいロキ! あなたが欲しいって言ってた果物。マンゴー!」
ミルカはマンゴーを切り分けたものを、ロキの顔に振りかけた。
ロキ:「そ、そんな食わせ方が、あるか……」
ロキは息もたえだえにつっこんだ。
とりあえず反省したミルカは、マンゴーをひとつひとつロキの口に入れていく。
……まともだ。ものすごくまともだ。ああなんて天国なんだろう。
ロキは涙を流す。ミルカは仰天して、
ミルカ:「このマンゴー美味しくなかった!? じゃあやっぱりあたしのサンドイッチで――」
ロキ:「いや、待て! 違う! 逆……じゃなかった、とにかく違うから! マンゴー美味いから!」
危うく新しいサンドイッチを口に入れられかけて、ロキ必死に抵抗。
ロキ:「は、腹はな、もう減ってないからさ。後はミルカが食べろよ」
ミルカ:「うーん、そうね」
ミルカは残っているサンドイッチを口にして、ほくほくとした表情を浮かべる。美味しそうな顔だ。
ロキ:「……そのサンドイッチの中身は?」
ミルカ:「カナブンの唐揚げ。ロキも食べる?」
ロキ:「……いや、いい……」
ロキは櫂に手をかけて、ゴンドラを流し始めた。
何だか異様に力を吸い取られたような気もしたが、ロキは漕ぎ手の仕事をしっかり果たすつもりだった。
横をまるで並んで飛ぶかのように鳥が飛んでいく。水路から、やがて青い空へ戻っていくのか。
ロキ:「清々しいな……」
ミルカ:「そうね。ここの水の気配……水の音……とっても和むわ」
ミルカは食事を終え、ゆらゆらとゴンドラに揺られていた。目を閉じて、一体何を聞いているのだろうか。
水の音。櫂が水を捕らえる音。水の動きが少し乱れる音。そしてまた正常に戻る音。
途中で他のゴンドラともすれちがった。皆、知り合いでもないのに何となく笑顔を交わして挨拶する。
ミルカ:「ねえロキは、女の子とデートするのは初めて?」
ミルカがいたずらっぽく訊いてくる。
ロキ:「あいにくと、相手がいなかったからな」
ロキは苦笑する。
ミルカ:「じゃああたしが初めて?」
ロキ:「そうなるな」
ミルカ:「じゃあ、思いっきりいい記念にしなきゃね!」
ミルカの料理のおかげで充分立派な思い出になったが、とロキは思いながら、ミルカを微笑ましく見つめる。
ミルカはずっと大事に抱いていたリラを取り出した。
ミルカ:「歌、歌うわ。聴いていてね?」
ロキ:「それは楽しみだ。かわいい歌姫のご登場だな?」
ミルカ:「もう、からかわないでよう」
ミルカはぽんとロキの腕を叩いてから、やがてその白い指をそっとリラの弦に当てた。
――リラは、膝に置いてつまびくのが通常だ。その音は少し小さい。
けれど歌や語りに重きを置く吟遊詩人や歌姫には、その音の大きさがちょうどいいのだ。
ミルカは高らかに歌いだした。
清涼な声だった。
この村を思っての即興だったのだろうか。歌はアクアーネの村の歌……
美しきアクアーネ
その清々しさ 凛々しさに
人々は惹かれてやってくる
その甘い優しさに 風吹く場所に
鳥も 魚も 皆 種族を超えて
美しきアクアーネ
その心地よさ その豊かな自然に
人々は癒されて帰っていく
そのとろけるような風のいたずらに
誰もが 心を溶かされて
美しきアクアーネ
さあ この村で踊ろう
さあ この村で歌おう
人も 鳥も 魚も 虫も
植物も
みんなみんな 心をひとつにして……
ロキがゴンドラを止めて聞き入っていると、いつの間にか人が集まってきていた。
陸の者、ゴンドラの者。
人間だけじゃなく、鳥や虫までも集まってきていた。
――これは本物の歌姫だ、とロキは思う。
言葉通じぬ相手にまで、心を通じさせることができる。
無邪気にリラをつまびくミルカ。
やがてミルカの歌が終わった時、あたりは賞賛の拍手に包まれた。
その頬をかすめて鳥が飛んでいく。1枚の羽根を置いていく。
ミルカ:「わあっ。鳥さんからも褒められちゃった」
ロキ:「ああ。……綺麗な歌声だったよ」
観衆:「そうだぞ嬢ちゃんー! 見事だったよー!」
観衆:「これ、チップの代わりにもらっとくれー!」
周りの観衆から、次々とゴンドラに何かが投げ込まれてくる。
――食べ物だ。おにぎりからじゃがバタまで。魚も投げ込まれてくる。
ミルカ:「あ――鮎だ!」
ミルカは目を輝かせた。いそいそとバスケットの中に放り込む。
ロキ:「食べ物は今のうちに食べた方がいいな。……歌って疲れたろう、ミルカも食べろ」
ミルカ:「あ、うん、そうするわ」
観衆:「2人仲良くな――!」
ロキは黙り込み、ミルカはくすくすと笑う。
ミルカ:「ねえあたしたち、カップルに見えるかしら?」
ロキ:「そりゃまあ、男と女2人きりじゃなあ」
ロキは苦笑気味に、ミルカはくすくすと、2人で揃って笑った。
投げ込まれた食料は、とりあえず魚以外全部食べてしまい、ゴンドラを流して流して、ようやく降り場に着いた。
ミルカ:「もう終わりかあ。早かったわあ」
ミルカはリラと魚の入ったバスケットを手に、にこにこしながら先にゴンドラを降りようとする。
ロキはふう、とため息をついた。よかった、無事にここまで来られた……もう水を恐怖することはない。
――と気を抜いたのが運のツキ――
つるん
――ばっしゃん!!!
ロキは見事に水路に落っこちた。
ロキ:「………!………!………!」
ミルカ:「ロキ?」
振り向いたミルカの服を思わずつかんでしまって、ミルカまで引きずられ水路にじゃぽんと沈んだ。
ロキが水を怖がる理由はここにある。
何しろ彼は。
アレなのだ。アレと言ったらアレ。アレアレアレアレ。
ミルカは水中で引っ張られ続ける自分の服をむりやりロキの手からはずし、ロキを助けるより先に自分の大切なリラと魚の入ったバスケットを水中の中で探した。
ばしゃばしゃとロキがあまりに暴れるので水が激しく揺れる。泳げるミルカはいったん顔を水面上に出してからまた潜る。
リラとお魚。ミルカの頭にはそれしかなかった。暴れている男は二の次三の次だ。
そしてようやく探し物を見つけ、腕にしっかり抱くと、1人勝手に陸に上がった。
ミルカ:「ローキー。そのままじゃ沈んじゃうわよう」
ロキ:「………!………!………!」
ミルカ:「んもう。ローキー。すぐに上がってこないと、この鮎で作った料理食べさせてあげないから」
ロキ:「………!………!………!」
ミルカ:「ローキー」
助ける様子がまったくないミルカと、もがき続けるロキを見るにみかねて、ゴンドラ降り場のおじさんが助けに入った。
降り場のおじさん:「今助ける……うおっ!?」
ロキ、おじさんまで引きずりこんで溺れさす。水中でしっかり服をつかまれてしまったおじさん、逃げ場なし。
何だ何だと村人が集まってきて、ようやくロキと降り場のおじさんは救助された。ちなみに、魚を取るための網を使われた。
ミルカ:「もー。情けないわねえ」
ミルカはロキの脱いだ上着をぎゅっとしぼる。水がどばどばどばっとあふれ出た。
ロキはがくがく震えながら、
ロキ:「み、みず……みず……みず……」
ミルカ:「もう大丈夫よ? ほら、アンダーシャツも脱いで」
ミルカは無理やりロキのアンダーシャツを脱がしてぎゅっぎゅっとしぼった。
それからぱんっと空気に打ち付ける。
まるで新妻が洗濯しているようだった。
……はくしょん! とロキがくしゃみをした。
ロキが落ち着くまで小一時間。
ロキ:「すまなかった……」
うなだれるロキの前で、ミルカは笑顔で、
ミルカ:「いいのよう。だってロキが超ド級カナヅチなことは知ってるんだもの」
傷をえぐるようなことを言った。
ロキがううっとうめくのをよそに、
ミルカ:「ねえ、最初に見た樹のところに行かない? あたしが葉っぱ取りたいって言った樹!」
ロキ:「あ? ああ……」
ミルカは元気よく歩き出す。ロキはその後をついていった。
その樹は、大きかった。
ロキが両手を回しても、届かないくらいに幹が太く――背も高い。
その足元にたくさんの落ち葉があって、ミルカは喜んでその綺麗な黄緑色の葉を集める。
ロキ:「おい、ミルカ」
ミルカ:「なあに?」
ロキ:「ここ……絶景だぞ」
ロキは樹を背にして村の方を眺めていた。
ミルカが同じようにすると――確かに、水路がすべて見渡せ、鳥が身を浸している場所も見え、村の上を鳥たちがはばたくのも見え、村中の立派な木々も見え。
夕暮れの人家が灯す灯りも見え。
ぽっ、ぽっ、と光が増えていく。
ミルカ:「………」
ミルカはほうと両手に息を吹きかけた。
ミルカ:「ちょっと冷えちゃった」
ロキ:「悪かったな。大丈夫か?」
ロキは――
繊細なミルカの手を、握った。
ミルカが驚き、それからふふっと笑う。
ミルカ:「ロキの手も冷たいわよ?」
ロキ:「……そりゃそうなんだが……」
ミルカ:「……ありがとう。ふふ、何かこの間もやったわよね、これって」
ロキ:「そう言えばそうだったかな」
ミルカ:「ん。でもいいわ。今回はこのままで……」
ミルカはロキの手を握り返す。
夕焼けに2人の横顔が照らされた。
まぶしくて目を細めると、人家の灯りがにじんで見えて。
それは美しい光景で。
美しきアクアーネ
にじんだ灯り 人の心を揺さぶって
帰りたくないと思わせる
人も 鳥も 魚も 虫も 何もかも
美しきアクアーネ
ああ あなたこそ美しいと
声が聞こえる 声が聞こえる
優しい村 アクアーネ……
ミルカが何気なく小さな声で歌った歌は、きっと村中に広がって。
否――
ロキしか聴いてなくてもいいのかもしれない。今日1日を共にした、友。
この歌の真の意味が分かるのは、彼だけなのだから――
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ミルカ:「ローキ!」
エルザード城下町へ戻ってきて数日。ミルカがいつものごとく小屋のハンモックで寝ていたロキの元へ走りこんできた。
ミルカ:「あ、また寝てる! 駄目よ起きなきゃ。もうお昼よ?」
ロキ:「ああ……分かってる……って、どうしたんだその手荷物」
ミルカ:「うんとね、出来上がったからぜひロキに食べてほしいと思って」
ロキ:「………?」
ロキはミルカの荷物が何やら異臭を放っているのに気づいていた。何かが、腐っているような――
ミルカは構わずロキの小屋に1つだけあるテーブルに荷物を広げている。
ロキはぎょっとした。
――アルミホイルに包まれた5つほどのそれを開いて行くと、明らかに腐った魚――鮎が現れた。
ミルカ:「アクアーネ行った時に村でもらったじゃない? 溺れて水でふやけちゃって、すぐに腐っちゃったけどそれはそれで美味しいと思って」
ロキ:「………」
ミルカ:「予定通り、ツナの脂と、マヨネーズ。で、文字も書いてきて――わあ、よかった文字つぶれてない!」
ミルカは文字が並ぶとおりにロキに5匹の鮎を見せる。
文面は、
『ロキおとんに見つかっちゃったからとりあえず頑張ってねミルカ』
ロキ:「見つか……っ!?」
とんとん。
小屋を、誰かがノックする。
殺気を感じて、ロキは思わず弓矢を手にする。
とんとん。
ミルカ:「あれ? おとんかしら。はーい!」
ミルカが玄関へ出て行く――
その後のことは……ご想像にお任せ。
ご愁傷様です。
―FIN―
|
|