<東京怪談ノベル(シングル)>


●尚武〜高みを目指して〜


 とある山の洞窟前、向き合う二人の男。お互い、相当恵まれた体躯に、鍛え上げられた筋肉の鎧を纏っている。一方は青年。もう一方はその青年を老けさせた、と言った具合。二人はゆっくりと構え、闘気を充溢させる。そして、闘気が乗りきったところで、青年が叫ぶ。
「行くぜ、師匠!」
「来い!」
 叫びと共に、青年は上段蹴りを、師匠と呼ばれた男に放つ。師匠はその上がった足をくぐりぬけ、青年の背後を取る。青年は、足が地に着いた瞬間に裏拳を師匠に放つ。手の甲に、手応えを感じた瞬間……。

 視界が、一回転した。

「ぐ……」
「まだまだ未熟だな、ガイ」
「手応えはあったんだけどなぁ……」
 ガイ、と呼ばれた青年のぼやきに、師匠は黙って自分の腕を指差す。そこには、ガイの拳の痕が赤く残っていた。つまり、師匠はガイの裏拳までを読み切っており、その裏拳を防御し、そのまま腕を取って投げたのだ。
「もう一手だ! 次こそ一本取る!」
「良かろう」
 師匠がニィ、と口元を吊り上げる。目の前の、このめげない青年が気に入っているらしい。


 
 ガイがこの師匠と出逢ったのは、数日前、やはりこの山である。
 修行の為、山に篭る事にしたガイ。野営する場合、飲み水の確保は急務である。持ち前のサバイバル能力をフル動員し、小川を見つける。そして、その男はそこにいた。
 川の中央で仁王立ちになっている男。恰も、褐色の岩が鎮座しているかのような威圧感を伴う堂々たる体躯。やがて、男は無造作に腕を川の中に差し込んだ。瞬間、宙を魚影が舞う。鮮やかな手並みに見惚れるガイ。そして、更に男の一足一動を観察すると、直感する。この男、相当デキる、と……。
 男のほうも、気配を隠すでもなくガイに長時間見つめられて気づかない筈が無い。魚を獲る手を休め、ガイに向かって声を掛ける。
「此処に何をしにきたのかは知らんが、手が空いているなら火を熾しておいてくれ」
 大方、山に迷い込んだ旅人とでも思ったのだろうか、ガイを確認しないまま、そう言い放つ男。初対面の、いや、まだ対面もして居ないわけだが、そんな相手に対し、不躾にも程があるが、それでも何と無くやってやろうという気にさせる。そんな口調だった。何と無くの共感を覚えるガイ。
 丁度ガイが火を熾し終わった時、男は両腕に一抱えほど魚を抱きこんで戻ってきた。無論、既に串も刺している。
「悪いな、手を掛けさせた礼だ。好きなだけ喰ってくれ」
 男はそう言うなり、ガイの方を碌に見もしないで、また何処かに行ってしまった。
 全く持って身勝手ではあるが、それでも食料を分けてくれているのだから好意ではあるのだろう。ともかく、言われるままに焼き魚を平らげていくガイ。
「待たせた。まあ、呑め」
 再び帰ってきた男。今度は巨大な瓶を二つ。そして、一つをガイの方に置き、もう一方を抱え込んで、ガイに正対する。そこで、漸く男はガイの全身像を認識したらしい。
「中々いい体をしているじゃないか。かなり鍛えていると見た」
 瓶ごとの酒を飲み、頭から魚を喰らい、豪快に振舞う男。それに習うようにガイも大酒を飲む。
「アンタも相当なモンだ。腕の方も大したクチなんだろう?」
「フン、試してみるか? 負けたら……解ってるな?」
 男は手頃な岩を引き寄せ、その片端に右肘を乗せる。そして、左手で瓶を叩いて見せた。つまり、腕相撲で負けたら一気と言う訳だ。ニヤリと笑うガイ。
「アンタこそ、呑みすぎて倒れんなよ?」
 勝負に応じるガイ。男の反対側に座り、用意を取る。そして、ガイが左手で岩を叩いた瞬間、勝負は始まった。
「ぐ…ぬぬ……」
「う……おぉぉ……」
 渾身の力を右腕に込め、呻きを上げる二人。両者の顔が、血管が切れるんじゃないかと言うところまで真っ赤になった辺りで、突如岩が割れた。バランスを失い、倒れる二人。
「痛み分け、か」
「仕方ねェな……ま、良い勝負だったぜ」
 結局、腕相撲は握手に変わり、左手で大酒を呷る二人。
「第二回戦でもするか?尤も、酔いが回ってなければ、だがな」
「気にすんな、量の内じゃねェよ」
 獰猛に笑いあう二人。かなり似た者同士のようだ。
「フン、ならば付いて来い」

 男に誘われて着いた先は冒頭の洞窟前。
「此処は俺が寝食している洞だ。この辺りは開けているから、競うには丁度良いだろう」
「おう、ここなら思う存分暴れられそうだ……。それじゃ、始めるか」
「来い!」
 じりじりと間合いを詰める両者。お互いの拳の間合いまで詰まった瞬間、場は急速に動き始めた。ガイは踏み込んで掌底を放つ。それを男は半歩ずれて避け、すかさずガイの踏み込み足目掛けローキックを放つ。流石に避けられず、バランスを崩すガイ。すかさず男はガイの顔面を掴み、そのまま地面に叩きつけようとする。
 だが、ガイもやられっぱなしではない。顔に掛けられた腕を掴むと、ブリッジの要領で男を跳ね飛ばす。軽く前転して起き上がる男。その間にガイも体勢を立て直す。
「守ってたら押し込まれる、攻め切れ!」
 思わず思考が声に出るガイ。目の前の相手は強い。防戦に回っていたらそのまま押し切られるだろう。ガイは焦っていた。そして、それが攻撃にも現れる。手数は増えたが、荒く、単調になる。男はその単調になった攻撃を尽く捌き、ガイの大振りの一撃を掻い潜って……

 消えた。

「なっ?!」
 再びガイが男を視界に捉えた時、視界は上下逆さまだった。そして、背中からしたたかに打ち付けられるガイ。男は、ガイの大振りの攻撃にタイミングを合わせ、下からかち上げたのである。



「ぐ……」
「勝負あったな?」
 これ以上無いと言う位鮮やかに倒されたガイ。だが、出てきた言葉は意外なもの。
「スゲエ! 頼む、俺を弟子にしてくれ!」
 思い立ったら直ぐ行動、と言わんばかりに頼み込むガイ。男は少々困った顔をした。
「俺は教えた事が無いからどうすれば良いか解らん! 俺から学びたいなら組み手の中から盗み取れ!」
 弟子が弟子なら師匠も師匠である。その場の勢いに任せたように、この師弟関係は成立したのである。
 そして、ガイと師匠はこの洞で早寝早起き喰ったら組み手、の生活をするのであった。ガイがこの師匠の元を去るとすれば、師匠が飽きるか、ガイが全てを学び終えるかどちらかであるが、それはまだ少し先の話になりそうである。

 
 了


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 今回もご指名ありがとうございます。
 ガイと意気投合と言う事で、かなり豪快な師匠を書かせて頂きました。
 豪快な人物は書いていて楽しいので今回も楽しみながら仕事させて頂きました。
 それでは、気に入っていただけましたらまたよろしくお願いいたします(礼)