<東京怪談ノベル(シングル)>
愛する女(ひと)を想ひて
●天使の広場にて
「たまには、こういう賑やかなところに来るのも良いものですね」
最愛の妻の転生者を捜す旅の途中、気分転換にと賑わう天使の広場に向かったシヴァ・サンサーラ。
天使の広場は聖獣界ソーンの中心地で、色々な旅人達が毎日行き来しているので、ら各地の面白い話や貴重な宝の噂が舞い込んでいたり、広場のあちこちで盛んに情報交換が行われている。
気分転換、というのもあるが、妻捜しの手がかりを得られるかもしれないかもと思い、広場にいる人々に情報を得ようとした時、シヴァの腰まである一つ束ねの長い艶のある黒髪が、微風でフワリと揺れる。
ふと、噴水を見ると、縁に腰掛け、美しい音色の竪琴を奏で、声高らかに歌う吟遊詩人がいた。この広場にいつもいるカレン・ヴイオルドだ。
歌の内容は、悠久の時を超えて巡り会った男女の恋物語。
カレンが歌い終えると、盛大な拍手が贈られ、コインが入った小袋を手渡す者もいた。
「どうもありがとう」
立ち上がり、拍手を送り、おひねりをくれた観客達に礼を述べるカレン。
「素晴らしい歌でしたよ」
歌い終え、帰り支度を始めているカレンに拍手するシヴァは、彼女の歌を褒め称える。
「褒めてくれてありがとう、嬉しいよ」
●シヴァの過去
「帰り支度をしているところ申し訳ないのですが……ひとつ、私の願いを聞いていただけないでしょうか?」
「何かな?」
「私のために、一曲歌ってくださいませんか? あなたの歌声を、私の愛していた女性にも聞かせてあげたいのです」
シヴァは、自分の身の上のカレンに話した。
彼は、かつては天界に住まう高位の天使だった。六枚の金色の翼がその証拠だ。
数百年前……病で最愛の女性である妻を失った。
神や天使であれど、病に侵されたり、魔族との戦いで命を落とすことがある。
妻を失った悲しみに暮れていたシヴァは、葬儀に参列していた天使達の話を耳にした。
『地獄で修行を積むと、死期を知る死神になれるという話だ』
『それだけではなく、誰が何に生まれ変われるかもわかるそうだ』
――その話が、本当だとしたら……
それを聞くなり、シヴァは高位の天使の座を捨て、迷うことなく地獄へ。
死神になるには、地獄のひとつである修羅界で修行を積まねばならない。そこは、永久に抗争が絶えぬ世界。
元来、争い事を好まぬシヴァだったが、聖槍『ロンギヌス』を用いた槍術で戦った。
「愛する妻よ……何百年かかっても、私は貴女を……」
何度意識を失いかけても、その思いだけを支えに修行に励んだ。
その百年後、彼は正式に死神になった。
●カレンの歌声
「それが本当の話だとしたら面白いね。あなたの目を見ると、作り話とは思えないよ。どこまで歌えるかわからないけど……私で良ければ、あなたの思いを歌にするよ」
カレンは竪琴を手に取り、ポロン……と音を奏でた。
身体を離れた魂は 運命の輪を廻しだす
悠久の彼方を行き交う魂は姿形は無くとも 愛する者を求める心は失わず
いつか愛する人の元に辿り着き 巡り会えると信じて
行宛も無く彷徨うけれど 私は信じています
再び愛するあなたと会えることを……
待っていて下さい 私を永遠(とわ)に想い続ける愛する人よ
明るい曲を奏でるカレンにしては、珍しいまでの悲しい歌であった。
亡き妻の声を思い出したのか、面影を見たのか、シヴァは涙を流していた。
「あんた、泣いているよ。カレンの歌に感動したのかい?」
広場にいた観客のひとりに指摘され、自分が泣いていることに気づいたシヴァ。
――カレン、あなたの歌声は……あの人に似ています。愛する妻に……
「どうもありがとうございました。これは。私が作ったブレスレットです。報酬の代わりになるかどうかはわかりませんが、受け取ってください」
カレンに手渡したのは、銀細工でできた手首にはまるサイズのブレスレットだった。
「そんな……わざわざこんなものを。私は、歌いたいから歌っただけだよ」
「いえ、それでは私の気がおさまりません。是非、受け取ってください」
シヴァの強引さに根負けしたカレンは、それを受け取ると早速手首にはめた。
「……似合うかな?」
「ええ、似合いますよ」
では、と会釈した後、シヴァは天使の広場を去った。
ありがとうございます、カレン……。
私は…何年、何百年かかっても、必ず妻の転生者を見つけ出して見せます…!
そして、永遠に彼女と共に……。
シヴァが最愛の妻と巡り会えるのは、いつになるだろうか……。
<FIN>
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