<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『悲恋草の呪い』

 ソーン中心通りにある、白山羊亭。
 料理が美味しいことで知られる評判の酒場である。
 この酒場では、様々な依頼を受けることができる。

「ルディアさん大変です、大変なんです!」
 少年が号泣しながら酒場に飛び込んできた。
「ど、どうしたの、リッケ君。何が大変なの?」
 目と鼻の下が真っ赤に腫れあがっている。相当泣いたようだ。
「大変なんですッ」
 リッケはがしっとルディアの両肩を掴んだ。
「僕がッ!」
 鼻水のついた手で掴まないで欲しいと、不謹慎ながらルディアは思ってしまった。
「……で、どう大変なの?」
「悲しくないのに、涙が止まらないんですー。わーーーーん」
 十分悲しそうである。
 事情はこうであった。
 リッケ少年は小遣い稼ぎに、薬草を採りに出かけたらしい。
 その際、道に迷って辿りついた先で、桃色のとても可愛らしい花を見つけたのだという。
 しかし、その花の隣には、毒々しい色の花が咲いており、その影響で可愛らしい花の美しさは半減していた。
 見かねたリッケは毒々しい色の花を引き抜き、別の場所に植え替えようとした。
 その時。
 赤黒いその花が悲鳴を上げたのだ。
 途端、リッケは胸が締め付けられる感覚を受け、彼の眼から大粒の涙が零れ落ちた。
 花を放り、リッケはそのまま無我夢中で駆けって、どうにか街に戻ってきたのだという。
 しかし、涙が止まらない。
「うーん。病院には行ったの?」
「行きました〜。でも、病気ではないみたいなんです。ルディアさん、水ください。このままじゃ僕、脱水症で死んでしまいますー」
 言って、更に激しく泣く。
「それ、悲恋草の呪いじゃねぇの?」
 客の一人が言った。
「悲恋草?」
「ああ、なんでも、2つの花を引き裂くと、呪われるって話だぜ。その程度ならマシなんじゃねーか?」
 その言葉を聞いて、リッケ少年は更に更に激しく泣き出した。
「ああーん、きっとそうだぁぁぁ。どーしよぉーー」
「泣かないの!」
 ぽんぽんとルディアはリッケの頭を叩いた。
「場所わかる? 急いで戻って、植えてあげないとね」
「うわあああーん、一人じゃ無理ですー。近付いたら、もっと呪われちゃいますー! 誰か一緒に来てくださぁぁぁーい」
 酒場中に響き渡る泣き声に、一人の女性が二人の元に近付いてきた。
「ほら、泣いてちゃダメよ」
 身をかがめて、リッケと顔を合わせる。涙と鼻水で濡れた彼に、女性――チユ・オルセンは微笑んで見せる。
「お姉さんも、一緒に行ってあげるから」
「うん、ありがとぉぉぉぉぉー」
 言いながら、リッケは更に激しく泣くのだった。
 苦笑しながら、チユはルディアを見た。ルディアは肩をすくめてみせる。
「元々泣き虫なんですよ、彼。今日は仕事代わってもらって、私も行きます」
「そうね。悲鳴を上げるらしいから、耳栓は持っていこっか」
 チユは、少しでも情報を得ようと、酒場の客達に悲恋草について聞いて回ることにする。

**********

 辺りは次第に暗くなっていく。
 ランプを手に、3人は細い道を急いでいた。
 酒場で得た情報によると、悲恋草は大抵毒々しい色の花のみ、咲くらしい。
 稀に短い期間だけ、桃色の美しい花も咲くとか。
 毒々しい花は、美しい花に外敵を近づけないため、あのような色と毒を持っているとの噂だ。
「こっちの山道に入ればいいの?」
「多分……。迷って辿りついたのでよくわかりませーん。わーーーーん」
 リッケは相変わらず泣いている。
 チユとルディアは顔を合わせて苦笑しながら、山道へと進んだ。
 先頭はルディア、その後にリッケが続き、時折リッケを撫でながらチユが最後に続いた。
「いい? 行った道を思い出すんじゃなくて、帰りに通った道を思い出して。そうすれば、その場所にたどり着けるから」
 チユの言葉に頷きながら、リッケは辺りを見回す。
「えーん、怖いですーーーー」
 周囲の木々が風で音を立てる度に、リッケは震えるのだった。
「そんなに子供じゃないんだから、しっかりしなさい!」
 ルディアがビシッと言うと、その声にも怯え、泣き出す始末だ。
「そういえば、薬草は採れたの?」
 チユが聞いた。
「採れました。売ってお金にしましたけれど、治療費に消えましたー」
 そして泣く。
「それじゃ、ついでに少し薬草採って帰ろうか」
「わーん、暗いからとにかく早く帰りたいですぅー」
 話題を変えても、全て恐怖と悲しみに変わってしまうようだ。
 呪いのせいだろうか。
「ぎゃああっ、草が揺れましたーーーっ」
 単に臆病なだけな気もする……。

 山道に入ってからは、ほぼ一本道であり、目的の場所にはそう時間がかからず到着できた。
 川の側の、静かな場所だ。
 街の喧騒は全く聞こえない。
 虫の音が心地よい……のだが、それさえも怖いらしく、リッケは泣きながら、二人にしがみついている。
「ええっと、お花はどこ?」
 言いながら、チユは用心の為、耳栓をする。
「あそこですー」
 リッケはルディアを盾にするように、彼女の後ろに隠れながら、小高くなっている場所を指した。
 日が落ちてしまったため、色までは見えないが、一輪の花が咲いているのがわかる。
「抜いてしまった花の方は? 自分で探さないと!」
 チユが、リッケの肩をぽんぽんと叩く。
 リッケは涙を拭いながら、周りを見回して、川を指した。
 3人は近付き、ランプの光を当てた。
 ――川の中に、その花はあった。
 例えるのなら、蛾、だろうか。
 模様は鮮やかさを通り越した、気味の悪い斑だ。
 見るからに毒がありそうだ。
 よくこんな花、引き抜いたなーと、チユとルディアは思うが、顔を合わせて小さく頷きあっただけで、言葉には出さなかった。
「わーん、わーーーーん、うわーーーーーん」
 リッケが川を見た途端、号泣する。
「川の中に捨てられたから、水の呪いにかかったとか?」
 言いながら、チユは身をかがめて、その花を手に取った。
 花弁や茎に損傷がある。
 このままでは枯れてしまう。
 花を見るチユとルディアが、哀れみの表情を浮かべた。
「わーん、わーーーん、わーーーーーん」
 泣き続けるリッケにではなく花に対して、だ。
「いくわよ、リッケ君!」
 バンと背を叩いて、ルディアは悲恋草の元に向った。
 チユはリッケの肩に手を置いて、彼を導く。
 片割れの花は、とても美しかった。
 息を飲むほど可愛らしい。
 可憐な蝶のようだ。
 ランプを更に近づける。
 ランプの光に照らされたその姿は、妖精のようでもあった。
 チユは怯えるリッケに捨てられていた花を渡した。
 戸惑いつつ、リッケは、可憐な花の隣に、捨てた花を添えた。
 呪う力を生きる力に変えてくれと願いながら。
「この花達の幸せって何かな?」
 対照的な2輪の花を見ながら、チユが言った。
「同じ姿になること、かな?」
 ルディアが言う。
「ひくっ、ひくっ。わかりませんーっ」
 リッケは相変わらず泣いている。
「同じ姿、か……」
「もしくは、人と同じだったり?」
 ルディアの言葉に、チユは思いをめぐらす。
 愛する人と、同じである必要はない。
 支えあっていたい。
 側にいてほしい。
 共に生きていたい。
 人だったら、きっとそう。
 行方不明の大切な人を想いながら、チユは悲恋草にそっと手を伸ばした。
 優しく、2つの花を包み込む。

**********

「うわーん、ありがとうございますぅー」
 帰り道でも、リッケは泣いていた。
 ルディアの解説によると、これは嬉し涙らしい。
 チユは苦笑しながら、花の咲いていた方向を見る。
 静かな山の中。だけれど、人が作った道の先。
「今度、あの花を見つけたら、人が触れてしまわないよう、看板を立ててあげてね。まだあの辺りに生えていそうだし」
 リッケにそう言う。
「わーん、もうあそこには近付きませーん」
 リッケは震えながら、二人の腕を握った。
 でも、自分が見つけたのなら……人も動物も入り込まない場所に、植え替えてあげよう。
 そう思いながら、チユは微笑んだ。

 その手には、スペルカードが握られている。
 中には、2輪の花がある。
 花は、もう泣かない。
 優しい心に抱かれて。
 新たな場所で、共に生きる道を与えられ――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3317 / チユ・オルセン / 女性 / 23歳 / 超常魔導師】
【NPC / ルディア・カナーズ / 女性 / 18歳 / ウェイトレス】
リッケ少年(13歳)

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。
情けないリッケ少年ですが、チユさんのご協力により、呪いは解けたようです。
2輪の花も、きっと幸せになれると思います。
ご参加ありがとうございました。