<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
硝子匣の中の姫君
●オープニング
辺境の地にあると言われている塔。
そこには、固く心を閉ざした姫君が眠っているいう言い伝えがある。
ただ、眠っているわけではない。
硝子の匣に閉じ込められているのだ。
何人もの屈強な戦士や剣士が匣を壊そうと試みたが、破壊することはできなかった。
言い伝えから100年。その姫君は、硝子匣に閉じ込められたままである。
「その話、本当なの?」
黒いフードで全身を隠した老人の話を聞いたエスメラルダは、カクテルグラスを拭きながら訊ねた。
「本当の話じゃよ。儂も若い頃、姫君を解放しようと塔に向かったが……破壊することはできなかった」
「硝子匣に囚われた、のかしら? それとも、呪い?」
「さあ……儂にもわからぬ」
二人の話を聞いた冒険者の一人が、その話に興味を持った。
「フフ、この話に興味を持ったようね。囚われの姫君を助ける王子様になってみない?」
悪戯な微笑を浮かべ、老人から塔までの地図を受け取ったエスメラルダに、冒険者はどう答えるだろうか。
●集いし者
エスメラルダの話に乗ったのは、左目に傷跡がある黒い忍装束を身に纏ったがっしりとした体躯の鬼眼・幻路(おにめ・げんじ)と、冒険者として様々な場所に出かけ、はのんびりなマイペース、面倒見良く、頼まれると断りきれないお人よしな中性的外見の青年、フィリオ・ラフスハウシェ (ふぃりお・らふすはうしぇ)。
「その姫君の話ですが、本当なのですか? だとしたら……とても辛い目に遭っているのではないでしょうか?」
「拙者もそう思うでござる。屈強な戦士達が壊せなかった硝子……。拙者には、その硝子が心閉ざしたという姫の心の壁そのものとしか思えないのでござる。無理強いしても、より強固に拙者らを拒むだけではござらぬか?」
幾人もの屈強な戦士達が破壊を試みたが、それは無駄な行為に終わった。
鬼眼の推測が正しいのであれば、まずは姫君のことを調べねばなるまい。
「拙者の考えが正しいのであれば、塔へ行く前に下調べがしたいでござる。ご老人、当時を知ることのできる文献などはござらぬか?」
老人は、図書館にいくつか文献があると教えてくれた。
「文献はあることはあるのじゃが……曖昧な表記が多いものもあるが良いのか?」
「構わないでござる。姫君が心を閉ざした理由、当時の情勢から推察できれば、硝子匣の破壊ができるやもしれぬ。念のため、呪いという方面も合わせて調べるでござる。呪いであれば解呪せねばならぬし、呪いの情報が見当たらなかった場合は、届くかどうかはわからぬでござるが……」
「では、私は姫が心を閉ざした経緯について調べた上で塔へ向かいましょう」
鬼眼は、文献を調べに図書館に向かい、フィリオは、街に同行する知り合いを捜しに行った。
●姫君に関する文献
「膨大な資料があるでござるな……」
大規模な図書館ではないが、文献の量は膨大だ。
鬼眼は、本のタイトルに「姫」がつくすべての文献を手にすると、一冊ずつ読み始めた。
手始めに読み始めたのは『塔の中の姫君の伝承』。
そこには、生まれたばかりの姫が自分よりも美しく成長することを妬んだ妃が、魔女に15歳の誕生日を迎えた夜、永遠の眠りにつく呪いをかけるよう頼んだと記されていた。
その魔女だが、かなりの高齢故、魔力はかなり衰えていた。
呪いをかけることには一応成功したのだが……姫は眠りにつかなかった。
<100年前・姫君に起きた出来事>
「我が娘よ……この私よりも美しく成長しましたね。この国一番の美女は私ひとりで十分! 魔女の呪いで、永遠の眠りにおつきなさい!」
お母様! やめてください! という姫の抵抗虚しく、魔女に眠りの呪いをかけられたが……失敗に終わった。
それに怒り狂った妃は、姫をナイフで殺めようとしたが……
「な……!!」
姫の周囲に、匣状の硝子の結界が張られた。
妃と魔女は破壊を試みたが、どのような方法を用いても壊せないので屈強な戦士達に命令したが、未だに破壊されていない。
今でも、姫は硝子匣の中で永き眠りについている。
「そういうことでござったか。硝子に閉じこもってしまえば、もはや何も失うことはござらぬが、得るものも何もない。今は姫の時代より100年余りが経っておる。当時のそのままを取り戻せることはできぬし、言えぬことででござるが……何かひとつ、必ず取り戻せるがあるはず」
文献を調べ終えた鬼眼は、急いで黒山羊亭に戻り、共に向かう仲間を捜すことに。
●姫君が眠る塔へ
フィリオと黒山羊亭で合流した鬼眼は、早速塔へ向かうことに。
塔までの道のりが示された地図は、黒山羊亭にいた老人に譲ってもらった。
「哀れな姫君を救出しにいくでござる」
「フフ、張り切っていますね。無理なさらないよう、お気をつけて」
二人が塔に向かおうとした時、呪符を織り込んだ包帯を体に巻きつけている少女が二人の前に立ちはだかった。
「……どこ行くの……?」
たどたどしい口調で、二人の行き先を尋ねた。
「千獣(せんじゅ)殿ではないか。お主も、硝子匣に閉じ込められた姫君を助けに参られるのか?」
鬼眼の言葉に、きょとんとした表情をする千獣。
「……そんなの……知らない……。でも……そのお姫様可哀相……。千獣も……一緒に行きたい……いい……?」
「ええ。仲間は一人でも多いほうが心強いですからね」
「フィリオ殿の言うとおりでござる。千獣殿、我らと共に参ろうぞ」
こうして、三人は姫君が眠る塔へと向かった。
塔は、辺境の地のはずれにあった。
「あれが、姫君が眠る塔ですか。100年の歳月が流れているというのに、朽ちた形跡がないようですね」
硝子匣の結界の影響でしょうか? とフィリオは推測。
「そのようでござるな。一刻も早く、姫君をお救いせねば!」
姫を救う使命感に燃える鬼眼。
木の根が張り巡らされ、蔦が垂れ下がり、視界も足場も悪い山道を歩くこと小一時間。三人は、塔の前にようやく到着した。
「お姫、様、の、悲しい声、聞こえる……。助けてって……」
獣に育てられた千獣は、聴力が常人より優れているようだ。
「捕らわれの哀れな姫君を救い出す王子様になりますか」
「王子か……。そういう柄ではないが、拙者にもなる資格はあるでござろう」
それぞれの思いを胸に、三人は塔の入り口の重いドアを開け、頂上に続く階段を上り始めた。
●それぞれの想い
頂上の部屋の扉は、開いたままだった。
その部屋の中央にあるベッドには、15歳のままの姫が眠りについている。
硝子匣の結界に守られながら。
「闇偵・浄天丸で破壊できるかどうか、試してみるでござる」
鬼眼は闇偵・浄天丸を手にすると、硝子匣に思いっきり叩きつけたが、ひびひとつつけられなかった。
「物理的破壊は駄目でござるか……」
「どうやら、説得しかないようですね」
フィリオの意見に、それしかないと他の二人も同意した。
フィリオは、硝子匣の前にひざまずき、話し始めた。
「始めまして、姫様。私はフィリオと申します。あなたがここにいるという噂を聞き、ここに参りました。正確にどのくらい経っているのかは分かりませんが……怖い思いをされたことでしょう。ここにいるのは、貴女を目覚めさせようとするもの達なのでご安心ください」
一呼吸おき、更に話を続けた。
「ここにこられた方々は、あなたに向かって剣を振りかざす人ばかりだったのですか……。殺されると思い、安心できなかったでしょう。それに……寂しかったでしょう。長い間、ずっと一人で誰とも話が出来なかったのですからね。100年という歳月が流れた今では、貴女が知る人物は誰もいないでしょう……」
時間の流れは残酷である。
人間は歳をとり、天寿を全うし、この世界からいなくなる。
千獣は、硝子匣を触りながら話し始めた。
「……硝子、の、向こう……お姫、様、千獣の声、届く、かな……? ……お姫、様は……閉じ、こめ、られたの……? それとも……何か、辛い、こと……悲しい、こと、とか、あって……それで、閉じ、こもった、のかな……?」
その言葉に、姫の目はピクリと動いたような……気がした。
「自分、から、閉じ、こもった、の、なら……無理に、外へ、出す、ことが……必ず、良い、こと、とは、思わ、ない、けど……でも……閉じ、こもった、まま、だったら……硝子に閉じこもった時、一緒に、抱えた、ものも……ずっと、変わら、ない……」
「千獣殿の言うとおりでござる。呪いをかけられたのであっても、自分で封印を施したのであっても、己の意思次第でここから出ることができるはずでござる!」
「私もそう思います。外の世界は、恐ろしいことばかりではありませんよ。さあ、勇気を出して……」
鬼眼とフィリオも、千獣の後押しをする。
「外の、世界は……今も、悲しい、こと、辛い、こと、変わらず、ある、けど……でも、それだけ、じゃ、ない……お姫、様、笑った、こと、ある……? 硝子の、中じゃ、笑う、こと、できない、けど……外、なら、きっと、もう、一度、笑う、ことが、できる……だから……外、出よう……?」
千獣が手を差し伸べ、姫に触れようとしたその時、硝子匣にひびが入り、少しずつ壊れた。
バリィィィィン!!
硝子匣が破壊されると同時に、三人は姫の元に駆け寄った。
「うぅ……ん……」
うっすらと目を開けた姫の目に映ったのは、二人の青年と一人の少女の姿だった。
「わ、私は……目覚めたのですか……?」
「はい。私たちの呼びかけに応じてくださって、ありがとうございます」
「目覚めたのが何よりでござる」
ひとつ問題なのは、100年も眠り続けた姫の今後だ。
「姫君、宜しければ私が住む街に来ませんか? 街の知り合い達は、皆良い人たちばかりですから、きっとすぐになじめると思います。だから……一緒に来てみませんか? 私の住む街に。私は貴方と色々話がしてみたいです。昔のことも、これから貴方が体験する様々なことも」
「拙者は約束致す。姫君に、素晴らしき笑顔を取り戻すこと」
姫の前にひざまずき、そう誓う鬼眼。
「千獣は……お姫様の幸せを……願ってる……。お幸せにね……」
100年の封印を、二人の王子様と一人の心優しき少女の力を借り、姫君は破った。
その後、姫はフィリオの街で、カルチャーギャップを感じることなく平穏に過ごしているという。
姫君に、幸あらんことを……。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3492/鬼眼・幻路/男性/24歳(実年齢24歳)/忍者】
【3510/フィリオ・ラフスハウシェ/両性/22歳(実年齢22歳)/自警団体所属】
【3087/千獣/女性/17歳(実年齢999歳)/獣使い】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、氷邑 凍矢と申します。
1年振りのソーン依頼にご参加くださり、まことにありがとうございました。
納品が遅れてしまい、まことに申し訳ございませんでした。
救いたいという皆様の思いがひとつになり、姫君は無事目覚めました。
鬼眼様の誓い、フィリオ様の優しさ、千獣様の勇気。
目覚めた姫君は、お三方の心を忘れないことでしょう。
またお会いできることを願い、締め括らせていただきます。
氷邑 凍矢 拝
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