<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


ピカレスク  −路地裏の紅−


******


■序章


暗い 暗い 牢屋の中

赤いドレスを着た 婦人が

そのドレスには 不似合いな

安っぽい椅子に 腰を掛け

今か 今か

と 来るべき時を

静かに 静かに 待っている





野次馬は未だに、婦人が連れて行かれた建物の前から退かず、漣を打つようにざわざわと話し込んでいた。其の中、少し輪から外れた所に、ぼんやりと視線を遠くへ、まるで建物の中を見ているような目をしている少女が居た。

「……」

人々の話に加わる事も無く、その場から立ち去るでもなく、ただただ、奇妙な文字が書かれた包帯を風に舞わせて立っているだけだった。……やがて、兵が現れ野次馬達に解散するよう命じた。渋々、と言った風に野次馬達は霧散した。毒吐いて帰るものも見受けられた。それを聞き苦しそうに、頭を振る黒い軍服の軍人は、未だに立ち去らない少女を見つけて近寄った。軍人の黒く長い耳が揺れる。

「お前、そこで何をしているのだ?早く家へ帰りなさい」

「………ねぇ」

少女は遠くへと視線を向けたままで、軍人には視線もくれてやらない。其の様子に、兎の顔の眉間には皺がぴきりと入ったが、話しかけられれば軍人は足を留めた。

「……あの、人は…どう、なった、…の…?」

少女は小さな口を動かして、先ほど建物の中へと消えた婦人の事を軍人へと問いかけた。軍人は、やはり野次馬の一人か…と、頭を振るう。しかし、情報を提示する事は厭わないようで、腕を組んで赤い眸を建物へと向けた。

「フン、あの極悪人ならば、今裁判の準備中だろう。…まあ、極刑は免れないだろうがな」

「きょっ、けい……?」

「死刑だ、当たり前だろう?今まで何人殺されたか…知っているはずだ」

「……」

千獣は目を伏せた。
軍人は言葉を続ける、髭が風に揺らされた。

「お前はあの女と一体どのような関係だ、関係が無いのなら、関わらない方が良い」

左目のボルトが夕陽の赤をきらと反射した。獣の顔でも判るほど険しい顔つきで、千獣へと忠告を告げる。千獣は目線を伏せたままだ、相変わらず、包帯と艶やかな黒の髪は風に遊ばれている。

「…人が、人を…殺める」

「そうだ」

「人の……群れの…中、で、それは…罪」

「ああ」

「罪、には…罰、があり…それが……人、と言う、群れの中、で…生きる、為の……ルール……」

「…よく判っているな」



「でも」


やっと、千獣は視線を上げた。軍人と同じ紅の目で。深紅の眼差しに映る軍人は、少し肩を揺らした。千獣の視線は、何か突き刺さるような鋭利さを感じ取ったからなのか。千獣はゆっくりと、瞬きをする。

「それが、ルール……なら…あの、人に、……どんな、罰、が、下って、も……私、からは……何も、言え、ない」

「…」



「でも」


軍人は黙って彼女の言葉を聞いている、聞くしかなかった。彼女の声は静かに真摯に、沁みこんで来る様に耳に伝い、まるで身体が麻痺したように動くことが出来ない。【でも】と言う接続詞に、まるで恐怖を覚えたように軍人は耳に背ける様な動きを示したが、千獣の言葉は蜘蛛の糸のように伸び、絡め取り、軍人の意識をはっきりとさせて来る。

「でも……、あの、人が……あの人、だけ…が…罰を、受ける……?」

「あ、当たり前だ!あいつは殺人犯だ、アイツ以外に誰を罰しろと言う?!」

思わず、はっきりしてきた意識と、奥底に思い出したように浮かびだした物を必死に沈めようと、軍人は声を荒げた。そんな軍人の声にも臆する事無く、千獣は淡々と、自分の意思を軍人へ告げる。

「わから、ない…けど、それで、本当に…いいと、思って…る?…あの、人だけが、罰を……受ける、事」

軍人は黙り込んでしまった。眉間に深い皺を刻んだまま、ぴしりとまるで呪術を喰らったかのように動かない。

「あの、人……最初、から……楽しみ、で、人を、殺す、人、じゃ、なかった、気が、する……」

「……お前は、何度かあの女と会ったのかね」

こくり、頷いた千獣の黒髪が上下に揺れた。軍人は顔を更に顰めて額に手を当てている。二人の間を沈黙が駆け抜け、その後強い風が沈黙の後を追うように吹いた。千獣は少しばかり乱れた黒髪を撫で付けるようにして直す。

「…お前が、あの女を連れてきたのだったか?」

もう一度、千獣が頷いた。風は吹かず、どこかで微かな鳥の声が聞こえる。軍人の問いかけに、千獣は眸を上げた。

「私に、言う、必要が、ない、と、いった、その…理由……」

「理由?何の」

「人を、殺す」

千獣の言葉に軍人は哂った、肩を竦めて首を振る。長い耳が揺れ、すぐにぴんと立ち上がった。

「あの女に、理由などあったとは思えん」

「…全てに、理由は、ある……偶然でも、気まぐれでも……違う」

千獣は首を振りながら軍人の言葉を否定した、紅い瞳は強い光が篭っている。それは夕暮れの強い輝きを持っている太陽の所為だけではない様だ。だが、千獣は直ぐに瞳を伏せた、何事か考えている様子で。

「…原因、結局……教えて、くれ、なかった、な……いつか、会えた、ら……教えて、くれる、かな…」

小さく小さく呟いた。その呟きを漏らす事の出来ないのは、兎の頭を持つ軍人の哀しい性だろう。耳をピクリと動かして、先ほどとは違った雰囲気で首を振った。

「二度と会う事は無い、…本来、漏らしてはいけない事だが…お前に入っておくべき事らしい。……あの女、捕まった時から既に…絞首刑が決まっている」

言い難い、なんて微塵も含んでいなく、寧ろ何も含まない事務的な声で千獣へと告げた。千獣も伏せたままの瞳をゆっくりと閉じて、また、ゆっくりと開いただけだった。静かに時間が流れる、段々と暗くなる、家々に灯りが灯り始める、家路につく母子の声、空を悠々と飛ぶ烏と蝙蝠………………

・・・・・

・・・

「そう」

千獣は返事を返した。そう、人間の群れの中のルールだから、自分がとやかく言う言葉などは無い。そういったのは千獣だ、確かに、何も言わなかった。

「…言わずに、あの…人は、逃げるんだ…」

応えは返されない。目の前にいるのは赤いドレスを着た婦人ではなく、黒い軍服を纏った軍人だ。逃げる、と言う表現があっているのかどうか、軍人には判らず耳と髭を風にそよがせるだけだった。

「…明日、広場の掲示板を見ておけ、あの女の公開処刑の日時が書いてあるだろうよ」

「……」

「そんなに聞きたいのなら、絞首刑台に立ったあの女に直接言う事だ」

何があろうと保障はせんがな、軍人は静かに付け加えた。
千獣は、依然瞳を伏せたまま、軍人の言葉に今度は返答をしなかった。
軍人には、彼女が何を考えているのかは計り知れなかった。誰にも知る事は出来ないのじゃないだろうかと思えるほど、紅い眸は影に隠れていたから。…それは恐らく、強い光からの逆光の所為だろう。



千獣の視線が不意に上げられた、軍人もその視線を追った。その視線は真直ぐ建物へと…。彼女…、婦人は、もう人間ではなくなってしまったのだろうか。千獣は視線を下げる、じっと、毛むくじゃらの己の手を眺めた。彼女、どうなってしまうのだろう。

冬の近い所為か、夜の足も速い。急速に、千獣たちを夜の天蓋が包み込んで行く。北風が、ひゅ、とか細い鳴き声を上げて渦を巻き消えた。



後日、号外の一面に再び赤の婦人の姿が現れた…と思ったのだが、現れたのは文字だけだった。

【連続殺人犯逃亡、次の獲物は誰か?】



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【 整理番号3087/ PC名 千獣/ 女性/ 17歳(実年齢999歳)/ 異界職】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□


■千獣 様
この度はシナリオを発注いただき真に有難う御座います!ライターのひだりのです。
今回は後日談、と言う事で結構台詞が多めになってしまいました…!如何でしょうか。
心配と言うよりは、漠然とした謎がはっきりしなくて残念。みたいな感じになりました。
前のお話で話した内容も少し織り交ぜつつ、楽しく書かさせて頂きました!

これからも精進して行きますので、何卒機会がありましたら宜しくお願いいたします!

ひだりの