<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
『白薔薇募金〜恵まれたい子供達〜』
「あれ? こんなのあったっけ?」
会計を済ませた客が、カウンターの上の箱に目を留めた。箱には白い薔薇のマークが描かれている。
「今日、街の子供達がおいていったんです」
ルディア・カナーズが説明をする。
白山羊亭開店前に、少年少女達が白い箱を持って現れた。
彼らは恵まれない子供達を支援している「白薔薇団」という団体だという。
活動の一環として、募金活動を行なっているそうだ。
白山羊亭にも、募金箱を置かせてほしいとのことだった。
置くだけなら構わないと了承したマスターとルディアだが……。
「目的がちょっと曖昧な気もするんです……」
ルディアは肩をすくめて小さく笑った。
**********
「募金お願いしまーす」
「恵まれない子供達に募金お願いしまーす!」
大通りに、少年達の声が響く。
道行く人々の反応は様々だ。大抵は見ぬふりだ。
避ける人、煩わしそうな目を向ける人……募金を入れていく人はほんの僅かであった。
「なかなか集まらねぇなー」
少年の一人が深いため息をついて、街路樹を背に座り込んだ。
「やっぱさー、手っ取り早く大口の募金獲ろうよ」
少女が近付き、少年の隣に腰掛けた。
他の少年少女達も、活動をやめ、街路樹の側に集まる。
「ほら、あいつん家、孤児院とかに寄付してるっていうじゃん? 恵まれない俺達にも寄付してもらおうぜ」
「あいつってあいつ?」
「そう、あいつ」
「あいつ馬鹿で単純だから、簡単に騙せると思うぜ」
「どうする? いつものように誰かが怪我や病気で倒れたことにする?」
「病気の母親がーって手が一番なんだよな、あいつの場合」
「そうそう、じゃ、誰かの母親が危ないってことにしよう……って、あっ、お疲れ様です!」
街路樹の側で話し合う少年達の側へ、柄の悪い2人組みの青年が寄って来た。
少年達は急いで立ち上がる。
青年が手を差し出す。
「所場代」
「え? 今日の分はリーダーが持っていったはず……」
「知らねぇな。払えねぇってか?」
鋭い目、ドスの利いた声だ。しかし、低く絞り出された声は、周囲には響かない。
少年達は顔をあわせた後、おずおずと募金箱をあけて、金を払った。
「足らねー。明日の分に上乗せだからな」
青年達は、手をひらひらと振りながら去っていった。
空の募金箱を手に、少年達は再び声を張り上げる。
「恵まれない子供達(僕達)に募金お願いしまーす!」
「募金お願いしまーす」
「……何やってんのお前たち」
大通りに戻りかけた少年達の側に、銀髪の青年が歩み寄る。
弓矢を持ったその姿に、少年達は一瞬驚き、後退る。
「それ、募金箱だよな?」
「う、うん」
頷きながら、少年達は青年――ロキ・アースを注意深く見る。
身なりや顔つきから、先ほどの柄の悪い青年達の類いではないと判断すると、少年達は軽い笑みを浮かべた。
「僕たち、恵まれない子供達(自分達)の為の募金活動やってるんです。少しで構わないので(あんまり金もってそうだなー)、募金に協力してくれませんか?(有り金全部おいていけよー!)」
「なるほどー」
ロキは少年達の言葉に頷いてみせる。なんとなく心の声まで聞こえていたが。
「ところで、さっき、病気の母親が……とか言ってたみたいだけれど?」
「えっ?」
少年達は顔を合わせた後、苦笑いしながら、数歩足を引いた。
「そりゃ大変だ。ところで俺は治癒の矢というのを持っていて、それを刺したらどんな病気でも怪我でも一発なんだが、俺に依頼する方が早いと思わないか?」
「結構でーす」
一人がそう言ったのと同時に、少年達は駆け出した。
人の波を縫うようにして、少年達は脇道へ抜け、裏通りへと出た。
「くっそー」
叫ぶ少年の元に仲間達が集まってくる。
「時間足んねーってのに、邪魔が入ったー」
「やっぱ、あいつん家行こうぜ」
「そうしよー。最初から、そうすればよかったんだよ」
少年達は、そう決めると歩き出そうとする。途端、足を踏み出そうとした先に、一本の矢が突き刺さる。
「あー、すまんすまん。人通りのないところで訓練しようと思ったんだが、お前たちもこの通りに来てるとはなぁ」
矢を取りに来たのは、先ほどの青年、ロキである。
「さーて、もう一発。訓練、訓練っと。今日はこっち方面の天気は下り坂〜。晴れ時々弓矢に注意ー」
再び駆け出そうとする少年達の元に、矢を放つ放つ。
「ぎゃっ」
「きゃあっ」
「うわっ」
少年達は小さな叫び声を上げながら、物陰に隠れるのだった。
そのまま少年達は、じっとロキを睨んでいる。……諦める気はないようだ。
まあ彼等にも、切羽詰まった事情があるのは知っているが。
「ちょっと、こっち来て」
少年達に近付こうとしたロキの腕が、突如強く引かれた。
その隙に、少年達は一斉に飛び出し、勢い良く走り去ってしまう。
「うわっと、参ったな……」
ロキは少年達が金を巻き上げようとしている人物を知らない。見失ってしまっては、彼等を止めることは出来ないだろう。
大きくため息をつきながら、今も腕を掴んでいる人物を見る。
自分と同じ色の髪をした、彼等と同じ年頃の女の子だ。一度、会ったことがある。
「あの子達が向おうとしてた場所なら、ボク検討つくから」
にっこり笑った少女の名は、ウィノナ・ライプニッツ。
「行かせてみたい気もするんだ。今回は」
どうやら彼女も彼等の企みを聞いていたようだ。
ロキはウィノナと共に、彼等の行き先に先回りすることにする。
ベルファ通りから少し離れた所にある高級住宅街。
「ここだよ」
中でも一際広い敷地を有した家の前で、ウィノナは止まった。
「一応、あっちに隠れてて」
ウィノナの指示通り、ロキは街路樹の陰に身を潜めた。矢は番えておく。
1分も経たないうちに、先ほどの少年達が現れる。
「ホントに来たんだ。キミ達、またロクでもないことやってるんだね」
そう言ったウィノナは半ば呆れ顔だった。
「お前こそなんだよ」
少年達は、ウィノナの前にずらりと並ぶ。ウィノナ一人相手なら、勝てると踏んだのだろう。
彼等の手の中の募金箱を一瞥して、ウィノナは言う。
「そんなにお金欲しいならボクが働き口紹介しようか?」
「うるせぇな、ここが俺等の職場なんだよ。どけよ」
少年が、ウィノナの肩を乱暴に突き飛ばす。
「なら、無理強いはしないけど、一つキミ達に忠告。今のダランは色々なことがあって以前よりマシになってるし、母親に関してはかなり思い入れ強いから、下手なことすると、キミ達多分ただじゃすまなくなるよ? せめて、もう少し頭を働かせるんだね」
ウィノナは軽く笑みを浮かべながら、身を退き、ロキの元へと走る。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ、多分。ホントにヤバくなったら、助けるってことで」
ロキににっこり笑って見せ、ウィノナはダランが現れるのを待った。
じきに、回りに警戒しつつ、少年達が金髪の少年を連れてあらわれる。その少年がダラン・ローデスという名の彼らのカモだとウィノナはロキに説明をした。
現れたダランの様子は普通だった。普通にへらへら笑っている。ウィノナは少し拍子抜けした……。
「でさ、俺のかーちゃんの薬代が1Gくらいかかってさ。困ってるんだよ」
「そうそう、マルクのお母さん、身体弱いから。マルクには小さい妹もいるのに」
「ダランー、なんとかしてあげてよ」
そい言う少年達の言葉に
「いいよ、薬代、俺が払ってやるー!」
ダランはあっさり胸を叩いて言ったのだった。
「オイッ」
ウィノナは思わず一人突っ込みを入れる。
「……どうする? 追い払おうか?」
ロキが矢を少年達の方へと向ける。
「ううん、もう少し様子を見よう」
「実は、うちのねーちゃんが怪我してさー」
「うちもうちも、父ちゃんが失踪しちゃって」
次々に、少年達がダランに金を要求していく。
そうかそうかとダランはうんうん頷いている。
「……やっぱり、追い払うべきだよなぁ」
ロキはぎりぎりと弓矢を引いた。
「もうちょっと……」
ウィノナがロキの腕を掴んで止める。
「私のうちなんか、この間料理の最中フライパンから火が出てさー」
「うちなんか、この間の地震で揺れたんだぜ」
「私のうちは、この間の大雨で濡れちゃって」
「私の猫がー」
少年達の要求はエスカレートする。
「よぉぉぉぉーし、全部まとめて俺が面倒みてやるーーーー」
ダランは踏ん反り返った。
「おいコラーッ!」
ウィノナは思わず飛び出す。
ダラン・ローデス……以前より、魔術は上手く使えるようになったが、中身は阿呆のままのようである。もう少し頭を働かせるべきなには、寧ろダランの方だ。
「なんだまだいたのかよ」
少年達は、ウィノナを睨みつける。しかし、その先に矢を向けるロキの姿を見つけると、少年達は表情を一変させる。
「じゃ、じゃあダラン、また今度取りにくるから、用意しててくれよー」
「私達、大通りで募金活動してるの。届けにくてくれてもいいからねっ! てゆーか来てね!」
そういい残しながら、少年達は一斉に逃げていった。
「なんで追い払わないだよ。以前、散々な目に遭ったのに!」
ウィノナの言葉に、ダランはふて腐れた。
「だってさー、皆困ってるみたいだったし」
「あんなの嘘に決まってんじゃん!」
「嘘かどうかなんて、わかんないし」
「いや、一目瞭然だってば!」
そう言ってみても、本人が分からないのだからどうすることもできず……。ウィノナは深いため息をつく。
自己中心的なくせに、お人好しというか……。
「だって、金払っても俺、痛くないし。どういう理由にしろ、あいつらも嬉しいだろ?」
そして金銭感覚が全くない。
「そうやって、自分も他人もダメにしていると、そのうち取り返しのつかないことになるよ」
「そうかな……。でも、嘘だと気付いたとしても、どう言ったらいいのかわかんねーよ。払ってやんなきゃ、あいつら怒るだろ?」
「追い払うだけの力、今のキミにはあると思うけど?」
「そりゃ、今の俺に出来ないことはないけどさ! ……と言いたいところだけど、明日のことはわかんないから」
ダランは軽く目を伏せた。
彼は確かに今、魔術が使える。
だけれど、ずっとこのまま魔術が使えるかはわからない身体なのだ。
「……それは、大丈夫だよ。そのために、今、キミは頑張ってるんだろ!」
ボクもいるし。
そう言うとダランは笑みを浮かべて、頭の裏で手を組んだ。
「わかった。今度は追い帰す」
ウィノナも笑みを浮かべながらも……思うのだった。
そのつもりでも、多分また、押し切られてしまうんだろうなーと。
**********
ロキは、散っていた少年達を追ったのだが、その日は活動を断念したらしく、再び少年達が集まることはなかった。
――翌日、彼等は同じ場所で募金活動を行なっていた。
活動は数時間に及ぶ。休憩でも彼等は水しか飲まず、募金箱からお金を出すことはない。
本当にお金に困ってそうだ。
夕方。
彼等の元に、青年達が近付く。
柄の悪い青年が2人。2方向から少年達を挟む。
薄い笑いを浮かべながら、一人が少年達に手を差し出した。
その瞬間、どこからか飛んできた矢が、青年の頬を翳め、背後の木に突き刺さった。
「何の真似だ?」
青年がドスの篭った声で、少年達を睨んだ。
「お、おおおれ達じゃありません」
言い終わるやいなや、また矢が青年の肩を掠める。
「誰だ」
青年達が一斉に、一方に顔を向ける。
人の姿は見えない。しかし、樹の陰から鏃が覗いている。
にっこり微笑みながら出てきたのはロキである。
「実はこいつらの一時的保護者。心配ない、それは治癒の矢だから。当たってもすぐ治るぞ」
言いながら、再び弓矢を構える。
「あ?」
睨む男達に微笑み続けながら、矢先を近い男の胸へと向ける。
「とゆーわけで、当てていい?」
「ふざけ……」
男の声が終わらないうちに、ロキが放った矢が、男のわきの下を通り抜けた。
「ああ、動かないでくれる? 心臓付近に当たるといい感じなんだが……」
「このっ!」
「きゃっ」
狙われてない方の青年が少女を抱え、盾にしながら跳びかかる。寸前、ロキは矢先を変え地を蹴った青年の足を射抜いた。瞬時に矢を番え、もう一方の青年に向ける。
「やっぱり心臓に当てるべきだな」
笑みを冷たく変え、ロキは真直ぐ青年の心臓に矢を向けた。
「くっ」
青年は回りの少年達を突き飛ばすように、走り去る。
足を射抜かれた青年も、建物の陰へと消えていた。
追いはせず、ロキは構えを解くと、投げ出された少女を起こし、突き飛ばされた少年達に手を伸ばした。
「あーゆーのは大人子供遠慮なしなんだから。こんなこと、お前さんら向いてねえと思うし、もうやめろや?」
「じゃあ、どうすればいいんだよ」
「金がないと、なんも出来ないし」
「お兄さんが養ってくれる? あたし、お兄さんとなら付き合ってもいいなー」
言い寄ってくる少女までいる。
「お前はどういう仕事してんのさ。俺達を雇ってくれよ」
「いやあ……」
ロキは苦笑する。
賞金稼ぎです! そしてあまりやる気はありません! ……とはとても言えない。
「それじゃ、それじゃさ、こういうのはどう〜?」
少女はちゃっかりロキの腕に自分の腕を絡ませている。
「あたし達が、彼を雇うってのは」
「……え?」
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「ロキ? 何してんの?」
通りかかったウィノナが、不思議そうに訊ねた。
アルマ通り、白山羊亭近くに白薔薇マークの箱を手にした青年がいる。その隣には少女達の姿がある。
「恵まれたい子供達への募金活動〜♪」
「じゃなくて、恵まれない子供達への募金活動だ」
少女達の言葉を言い直し、ロキはウィノナに決まり悪そうに微笑んでみせる。
「ふーん……ま、頑張ってね」
ぽん、とロキの肩を叩いて、ウィノナは行ってしまう。
「俺もそろそろ……」
帰ろうにも、両腕を少女達につかまれている。
「ちゃんと募金活動して、施設に寄付すればいいんでしょ。そして謝礼もらえばさ」
「ロキが護衛してくれれば、無料で寄付活動できるしー」
確かに、護衛、監視していれば、彼等は真っ当な活動をするんだろうが……。
こう両手をつかまれていては、ロキ自身は何もできない。自身の生活費を稼ぐことも。
しかも、ロキへの報酬は『私達と手を繋ぐ権利』なんだそうな。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3555 / ロキ・アース / 男性 / 24歳 / 異界職】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸です。
ノベルの後半部分は個別描写になっております。
ロキさんは、この後しばらくの間子供達に振り回されてそうです〜。
ご参加ありがとうございます。
またお目に留まりましたら、どうぞよろしくお願いいたします。
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