<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


生る木の村

聖都エルザードを少し西へ行ったところに小さな村がある。平穏で、冒険者たちにはなんの面白味もないので名前も知られていない。そんな村の教会の裏には、猫の木が立っていた。それは文字通り、猫の生る木のことだった。
毎年春が来ると果実が実るように仔猫が生って、ミャアミャアと鳴く。そのままにしておくと村が野良猫だらけになってしまうので、飼い主を探す必要があった。
「可愛いなあ」
昨日生まれた、いや生ったばかりの黒い仔猫を手の平に載せてジュドー・リュヴァインは数倍も小さな顔に頬ずりをしている。誇張表現ではなく、まったく、生まれたての子猫というのは稚くて食べてしまいたくらいだった。ピンク色のふっくらとした肉球が、つやつやと光っている。
「……」
この可愛さが一匹だけならまだ、エヴァーリーンもさほどに渋い反応ではなかっただろう。だが彼女の眉間に皺を刻ませているのは。
「にゃあ」
「みゃあ」
籐の籠いっぱいに収穫された合計六匹、黒いのを含めると七匹の仔猫たち。いくら拾ってくるにしても、限度があるだろう。
「どうするの」
ここでジュドーが育てるとでも答えようものなら、即座に縁を切るつもりであった。冒険者がこれだけ大量の猫を連れて歩くことはできない。甘い匂いと声につられて魔物が襲ってくるからだ。
「もちろん、飼い主を見つけるんだ」
どうやらジュドーにも、そのあたりの常識はちゃんと備わっているらしい。足りないのはもっと基本的な、冒険者以前の常識のほう。
「だって、放ってはおけないだろう」
「……」
エヴァーリーンは放っておける自信があったが、口には出さなかった。なにしろジュドーの口癖といえば、
「誰かが困っているなら助けるのは当然だろ?」
何度聞かされたことか。ちなみにそれに返すエヴァーリーンの口癖は
「なんの得にもならないのに」
だった。
 エヴァーリーンも、動物は嫌いではない。が、頭の中がこう言っている。猫の生る木よりも、金の生る木はないものか。

 それにしてもこの村は一体、どんな土壌をしているのだろうか。仔猫の貰い手探しに近所を回ってみたのだが、木に生っているのは猫だけではなかった。
「うちでは水晶が生るんですよ」
一匹を引き取ってくれた家の木はまだ若く、幹は腕くらいの太さしかなかったが生い茂る緑の合間にキラリとなにかが光っている。お守り程度にしか役には立たないけれど、と二人は爪くらいの欠片の水晶を一つずつもらった。
「悪いけど、うちじゃ猫は…」
申し訳なさそうに言葉を濁した家からはつんとした匂い。籠の中がにゃあにゃあと騒がしくなる。庭へ回ったエヴァーリーンが見たのはチーズの生る木だった。これでは確かに、猫に食い荒らされてしまう。
「とんでもない村だな」
まったく、どうしてこんな村が冒険者の中で知られていないのか。それは多分、生るもののが皆とてものんきな、どこにでもある日用品ばかりだからなのだろう。わざわざこの村に来てまで、手に入れなければならないというものではない。
 村の中では比較的まともな、茸の生る木の下で昼食を取りながらエヴァーリーンは飼い主探しの切実さを思い知る。これだけ生る木のある村だったら、動物は野放しにできない。
「…ほかに、生き物の生る木っているのはないのかしら」
「ん?」
午前中いっぱい村を回ってきたが、引き取ってもらえたのはまだ三匹。残りの四匹を早く片付けなければ、次の依頼を受けることもできない。
 さっきからジュドーは、食べ物の生る木が生えている庭にこだわって訊ねているようだった。チーズの家で、食べ物の家は駄目だということを学ばなかったのか、いや、もしかすると目的は子猫を引き取ってもらうことよりも
「ごめんなさい」
という言葉と共に差し出される、お土産を期待しているのか。
 仔猫をあやすために細い草を揺らしながら、ジュドーの頭に浮かんだ生き物は牛だった。それも仔牛ではなく雄々しい角を持った成牛。それが一本の木に二頭も三頭もぶらさがっているのである。思わず吹き出してしまったが、エヴァーリーンにはなぜジュドーが笑ったか、わかるまい。
「馬鹿」
いや、どうやらエヴァーリーンは相棒の思考を十二分に知り尽くしているらしく呆れたような顔だった。
「ネズミの生る木があれば、その家には猫が必要だと思わない?」
馬鹿、にもわかるように言わなければジュドーにはわからない。だがそれでもジュドーは数秒ぽかんとしていた。
もっともこれはジュドーに言わせれば、無理矢理飼い主探しに付き合っているだけと思っていたエヴァーリーンが意外にも真面目に、自分に協力してくれようとしていたことに対する驚きであった。
 さらにここでエヴァーリーンとつきあいの長い人ならば大抵、後の報酬が恐いものだと背筋を震わせるのだが、なぜかジュドーはいつまで経ってもその寒気とは無縁だった。

 村の人に尋ねると、ネズミの生る木はあるという。その近くには二軒の家があり、どちらも毎年ネズミの被害に悩まされているというのだ。
「二匹ずつ引き取ってもらえれば片づくわね」
残っている四匹のうち一匹は、さっきからジュドーが可愛がっていたあの黒猫だった。漆黒の毛皮が柔らかく滑らかで、これまでの家でも何度となく抱き上げられては迷われているのだが、ジュドーが念でも送っているのだろうか籠に戻ってくる。七匹の頃よりもやや広くなった籠の中で仔猫たちはもぞもぞと動き回り、動きながらそのまま眠り込んだりしている。
「お前たちともお別れだな」
とうとうジュドーも観念したらしいし、エヴァーリーンといえば一刻も早く籠を空にしてしまいたいという顔だった。
「あそこね」
小高い丘の上に木が一本、それを中心に挟むようにして赤い屋根の家と黄色い屋根の家。上っていくには腰まである深い草を分けて進んでいかなければならなかった。
「にゃ」
「にゃあ」
近づくにつれ仔猫たちが騒ぎ出したのは、ネズミの木のせいか。猫の生る木と同様、ネズミの生る木も春が実りの季節なのかもしれない。
「あ!」
仔猫たちが草に溺れないよう頭の上に籠を掲げていたジュドーが叫んだ。興奮した子猫の一匹が籠から飛び出して、茂みの中に落っこちてしまったのだ。
「どうしようエヴァ、見つからない!」
「あ、ちょっと…」
落ちた仔猫を探すため膝をついたジュドー。籠は邪魔だと脇に置いたのだがそれがまずかった、残りの子猫たちまでが籠をよじ登って脱走してしまう。
 足元の見えない茂みの中で、どこからか仔猫の鳴き声が聞こえる。その声を頼りに手探りをしてみるのだが、ふわふわとしたあどけない毛皮はなかなか触れてこない。歩き回る勇気はなかった、視界がすっきりするようにとジュドーが一帯の草を刀で刈ろうとしたが、問答無用でエヴァーリーンの拳骨が落ちた。
「田舎の草刈りでは、鎌を振っててうっかり人の腕を切る事故が多いそうよ」
「……」
勘の鈍いジュドーにもさすがに、エヴァーリーンの言いたいことはわかった。仔猫は地道に、慎重に探すしかない。

「いたぞ」
「こっちにも一匹」
おっかなびっくり水をかくような手つきでどうにか発見したのは三匹。残りの一匹が見つからない。それも、あの黒猫。万が一を考えながらジュドーはさっきから、一歩進むたびに自分のブーツ裏を確認している。
「これ…は、ネズミか」
仔猫だと思って掴んだのは栗色の仔ネズミ。そのまま逃がすわけにはいかないので麻袋の中に放り込む。そうやって捕まえたのがもう十匹近くになる。
「どうしよう、エヴァ」
「せめて鳴いてくれればわかるんだけど」
騒いでいるのは籠の三匹ばかりである。膝をついて探すのに段々と疲れてきた。関節が、少し痛い。休憩のつもりでエヴァーリーンは立ち上がった。
「…あら?」
伸ばした体になんとなくだが違和感がある。なんだろうか。
「ジュドー」
「なんだ?」
こんなことを頼むのは癪だが、仕方ない。
「私、どこか変わったところはないかしら」
「んー…回って、みて」
言われるがままにその場で回れ右をし、もう一度回る。もう一度後ろを向いてと言われるがままに従う。ジュドーは顎に手を当て目を細め、見慣れた相棒を睨みつけていたが突然電流の走ったような表情を浮かべ、手を叩いた。
「あ!」
三匹の入った籠を小脇に抱えた間抜けな姿で指さしたのは、エヴァーリーンの背中。
「いた!」
黒い仔猫がまるで、塀にしがみつく忍者のようにエヴァーリーンに張りついていた。黒い服に黒い仔猫だったので、一見わからなかったのだ。手の平に載るほどの大きさなので、体重もほとんどない。エヴァーリーンがわからなかったのも無理はない、いや、エヴァーリーンでなければ気づきもしなかっただろう。

 ようやく揃った四匹を連れて、二人は二軒の家を回った。仔猫たちのおかげで捕まったんだと、嘘は言っていない、麻袋に入ったネズミを見せるとどちらの家も喜んで二匹ずつ引き取ってくれた。あの黒猫は、赤い屋根の家にもらわれていった。
「これでやっと、身軽になったわね」
「文字通りってやつだな」
ジュドーには珍しい洒落である。唇をきゅっと結んだエヴァーリーンは、それをわざとというくらいに完璧に無視した。しかしジュドーはめげない。
「みんな優しそうな人にもらわれて、よかったな」
「そうね」
「やっぱり生き物は、優しい人に飼ってもらうのが一ば…」
言葉が終わらないうちに、エヴァーリーンの手がジュドーの頬をつねり上げていた。うるさいのはこの口か、という仕草。だがジュドーが一人で喋っているのはいつものことなのに、どうして今日は手が出たのだろう。
「……」
意地の悪い人間は、生き物を飼ってはいけないということか。どこかでそんなことを考えたのかもしれない。
 あの黒猫一匹だけなら。言いかけた言葉をエヴァーリーンは飲み込む。背中に手をやると、仔猫のしがみついていた温もりがまだ残っているような気がした。