<PCクエストノベル(2人)>
笑顔忘れし友のために
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【 冒険者一覧 】
【 整理番号 / PC名 / 性別
/ 種族 / 年齢 / クラス 】
【 2377 / 松浪・静四郎 / 男
/ 魔瞳族 / 25 / 放浪の癒し手 】
【 3434 / 松浪・心語 / 男
/ 戦飼族 / 12 / 傭兵 】
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●それはかつて修道院であって【0】
聖都エルザードから見て、その遺跡はかなり南方に位置する。そこは、かつて修道院であった。だがしかし、今では蔦が絡み瓦礫と化してしまっている。そうなるに至るまで、どのような出来事があったのかはよく分からない。けれども、かつての住人たちがこの地を放棄するような何らかの事情があったであろうことは想像に難くない。
そんな遺跡の中央に位置する庭では、綺麗な水が滾々と湧き続けている。はっきりとは分からないが、恐らく修道院として使われていた頃から湧いていたのやもしれない。
さて……その湧き水であるが、人々の間ではこのように言われている。曰く、触れることで富と幸福をもたらす、と。これが本当なら、何とも素晴らしい水ではないか。
だが、話には何事も続きがある。その後にはこのように続くのだ。しかし悪しき心で近寄れば、護神である半狼半人『コーサの落とし子』の大鎌にかかり、生命を落とすことになると……。
このように生命の危険を伴う場所であるけれども、湧き水を求めてやってくる者は少なからず居る。人々はこの地を次のように呼んだ――コーサ・コーサの遺跡と。
●まずは支度を整えし【1】
コーサ・コーサの遺跡に近い街(とは言ってもエルザードよりはかなり近いものの、それでもまだ遺跡まで多少の距離はあるのだが)エバクトにある1軒の家で、1人の青い髪の女性……いや、女性と見紛う容姿を持つ青年が旅装を整えていた。
静四郎:「さて、支度はこれでよかったでしょうか……」
ぼそりとつぶやきながら、その青年――松浪静四郎は部屋の中をぐるりと見回した。中に居るのは静四郎だけではない。静四郎のその様子を注意深く見つめている銀髪で小麦色の肌を持つ小柄な少女が1人……いや、こちらも静四郎同様にそのように見える少年だ。
静四郎:「と、これを忘れてはいけませんね」
荷物の陰に隠れていた小瓶を取り上げ、静四郎はそれを懐へ仕舞った。今回の目的のためには、肝心のこの小瓶を忘れてはどうにもならない。
心語:「……本当に行く気なのか?」
見た目とは裏腹に野太い声を発した少年――松浪心語は睨むように静四郎を見つめた。
静四郎:「ええ。もちろん」
微笑みを向ける静四郎。けれども、そこに少し寂しさが混じっていたように見えたのは気のせいだったろうか?
静四郎:「……行かなくてはならないのですよ、どうしても」
心語:「噂は聞いてるんだろ?」
心語は再度静四郎に問いかけた。無論、遺跡についての噂のことだ。
心語:「守護者の……」
静四郎:「一応、ですね」
心語:「一応かよ」
呆れ顔になり、ゆっくりと頭を振る心語。何とも頼りない返事を聞いたものだと思っているのだろう。
静四郎:「詳しい情報はここで集めようと思ったんですよ。道筋とともに」
心語:「……ったく」
心語が小さな溜息を吐いた。
心語:「そんな調子じゃ、とうてい1人じゃ行かせられないな。俺も同行するからな。いいな?」
有無を言わさぬといった様子で心語は静四郎に言い放った。お坊ちゃん育ちで頼りなく見える兄・静四郎を1人で遺跡に向かわせることに、弟の心語としては不安を抱いてしまうのだ。
静四郎:「同行は別に構いませんが……」
拒否はしないが、どうも静四郎の歯切れが悪い。だが拒否されても心語は無理矢理ついてゆくつもりだったので、正直静四郎の返事はどうでもよい。
心語:「じゃ、決定な」
心語はぶっきらぼうにそう言うと、傍らに立てかけてあった身長ほどもある愛剣『まほら』を引き寄せた。そして自らも身支度を始めるのだった。
●件の地へ【2】
旅支度を終えた2人は、街でコーサ・コーサの遺跡についての詳しい情報と道筋について聞き込んだ。酒場や物知りの老人、旅の冒険者にといった具合に。遺跡へ向かう者たちが立ち寄るからか、有益と思われる情報が得やすかった。
静四郎:「『コーサの落とし子』と呼ばれているんですか……守護者は」
聞き込んだ情報を、自分の中で整理する静四郎。そんな守護者は半狼半人、すなわちワーウルフであると言われている。それもただのワーウルフではない。智に長け、武を誇り、さらには冒険者の心を見抜くのだとも噂されている。
心語:「……危険だって聞いてたろ」
もちろん守護者についてのことだ。『コーサ・コーサの遺跡には危険な守護者が居る』というのは、遠く離れた街でも知られている内容であるゆえに。
静四郎:「それでもわたくしは行かなくては……」
『危険』の具体的内容を知っても、静四郎の決意は揺らがぬようだ。よほど重要な目的があるに違いない。
心語:「…………」
静四郎の固い決意は心語にも伝わっていた。ゆえに、心語はそれ以上は何も言わなかった。あるいは言えなかった……のかもしれない。
そして2人は街を出て、コーサ・コーサの遺跡へと向かう。道中2度ほど獣の襲撃はあったが、心語が難なく追い払い、怪我を負うことなく目的の遺跡へ到達することが出来た。
心語:「俺が先に中を調べてくる」
着いて早々に、心語はそう静四郎へ言い放った。
心語:「……安全を確認するまで中に入るなよ」
心語が釘を刺すと、静四郎は静かにこくんと頷いた。守護者以外に何か居ないとも限らない。そんな場所に兄を放り込む訳にはゆかなかった。
そして入口に静四郎を残し、遺跡内部へ潜入する心語。ざっと見た所、絡んでいる蔦や瓦礫などの状態からして、少なくとも1ヶ月以上は誰も中へ足を踏み入れていないと思われた。
心語:(妙に静かだ……)
物音を立てぬように心語は移動する。聞こえるのは自らが立てている僅かな音くらい。その他には特に物音は聞こえない。本当に、守護者がここに居るのかと思えるくらいに。
遺跡の中を注意深く見て回る心語。獣やモンスターといった姿は見当たらない。それどころか、守護者の姿さえも。しかし……。
心語:「…………」
不意に立ち止まり、心語は無言でぐるりと周囲を見回した。
心語:(……見られてるのか……?)
気配や姿こそ見えぬが、どうも視線を感じるのだ。ひょっとしてこれは守護者の視線であるのだろうか。
しかしながら、攻撃を仕掛けてくる感じはない。ただこちらの様子を窺っている……そんな所か。
やがて心語は『目に見える』危険はないと判断し、入口で待つ静四郎の元へと戻った。
心語:「入っても大丈夫だ」
言葉少なに、そうとだけ伝える心語。
静四郎:「そうですか」
静四郎もまた、言葉少なに返す。そして遺跡の中へ入ろうと歩き出した静四郎の後に、心語もついてゆこうとしたのだが――。
静四郎:「申し訳ありませんが、外で待っていてもらえますか?」
ぴたっと立ち止まった静四郎の口から、そんな言葉が心語に向かって投げられた。
心語:「え」
静四郎:「それともう1つ」
戸惑いの表情を浮かべた心語に、静四郎はさらに言った。
静四郎:「わたくしに何があっても、手を出さないでください。……いいですね?」
いつもと変わらぬ微笑みを心語に向ける静四郎。けれども、『いいですね?』と言った語気は普段よりも強く感じられた。
心語:「……分かった」
静四郎:「では……行ってきます」
心語の返事を聞いてから、静四郎は再び歩き出した。
そして静四郎の姿が遺跡の中へ消え、背中が見えなくなった頃、心語がぼそっとつぶやいた。
心語:「そう言われたって……ここでぼうっと待ってる訳にもゆかないだろ……」
動き出す心語。約束通り、中には入らない。しかし、外から中を見るなとは言われていない。静四郎の行く場所は分かっている――庭だ。ならば、庭の見える場所を探すのみだ。
もちろん、静四郎に何かあれば守ることが出来るよう、しっかりと見張るために……。
●水を欲せしは誰がため【3】
静四郎は静まり返った遺跡の中を、庭に向かってまっすぐに進んでいた。寄り道しないのだから、静四郎は難なく庭へと到着する。
瓦礫に覆われているのは庭も例外ではない。しかし、そんな瓦礫の隙間から確かに水が湧き出ていた。綺麗な水が滾々と。
静四郎:「……あれですね」
水の湧き出る場所を確認し、静四郎がそちらへ向けて足を踏み出そうとした時だ。低い声が庭に響き渡ったのは。
???:「水を欲する者よ。汝は何者なり」
誰何する声だ。静四郎は辺りを見回した。が、人影は全く見当たらない。
???:「答えよ。汝は何者なり」
再度誰何の声。静四郎はすぅ……と息を吸ってから自らの名を名乗った。
静四郎:「わたくしの名は松浪静四郎。決してやましい気持ちを抱いてこの地を訪れたのではありません」
ややあって、水の湧き出ている場所の手前に、大柄な狼男がパッと姿を現した。その手には、漆黒の大鎌を握り締めていた。これが守護者……『コーサの落とし子』なのだろう。
ワーウルフ:「そのように申した者は、過去に数え切れぬほど居た。だが、そう申して邪な考えを持っていた者もほぼ同じ数だけ居た。汝がそれら愚かなる者どもと異ならんとは限らぬ。さて、いかにして証明するのだ?」
静四郎:「わたくしは、自らのために水を欲しているのではありません」
ワーウルフ:「ほう……。ならば、汝は何のために水を欲する?」
静四郎:「わたくしの、友のためです」
静四郎はきっぱりと答えた。
静四郎:「わたくしは、その友に世話になっています。しかしながら彼は、ある理由から長らく笑顔を忘れているのです」
ワーウルフ:「汝は、友の笑顔を取り戻したいというのか?」
静四郎:「そんなおこがましいことは申しません。ただ……世話になっている恩返しに、彼にささやかでも希望を持たせたいのです。ゆえに、わたくしが欲するのは彼のための水を1滴。それで十分なのです」
ワーウルフ:「…………」
守護者はじーっと静四郎を見つめた。長いような短いような時間が経ち、守護者は再び口を開いた。
ワーウルフ:「……汝に水を汲ませる訳にはゆかぬ」
守護者がそう言った瞬間、静四郎に落胆の色が浮かびかけた。が、守護者の言葉にはまだ続きがあった。
ワーウルフ:「だがしかし、瓦礫に付着した水滴にまでどうこうする権限は我にはない。汝、早々にこの地から立ち去るがよい……」
守護者の姿がすぅ……っと消えてゆく。残されたのは静四郎1人だけである。
静四郎:(ということは……?)
守護者の言葉を改めて考える静四郎。湧き出る水はただ地中から出てくる訳ではない。出てきた際の勢いで、周囲に水しぶきを飛ばすのだ。必要とするのが1滴ならば、それを使えと守護者は遠回しに静四郎へ伝えていたのであった。
静四郎は水滴のついた瓦礫を拾うと、懐から小瓶を取り出してその中へ水を1滴滑り込ませた。これで無事目的達成である。静四郎には水は必要でないのだから、わざわざ湧き出る水に触れる必要もない。
その光景を外からばれぬよう見守っていた心語も、ほっと胸を撫で下ろした。心語もまた水がもたらすという富や幸福に興味はなく、わざわざまた中へ入って触れる気はなかった。
かくして2人は遺跡を後にして、街へと戻ってゆくのだった――。
【笑顔忘れし友のために おしまい】
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