<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


『ミニ部隊の害虫駆除』

 ソーンで最も有名な歓楽街、ベルファ通りの酒場といえば、真っ先に思いつくのは黒山羊亭だろう。
 この美しい踊り子の舞う酒場では、酒と食事の他、様々な依頼を受けることができる。

「腕試しがしたいんだよー! 俺に出来る仕事ねぇの?」
 ダラン・ローデスという少年が、エスメラルダに付き纏っている。
 このところダランは、依頼を求めて頻繁に顔を出すようになった。
 なんでも、覚えた魔術を実戦で使ってみたいんだそうな。
 とはいえ、ダランはお騒がせ少年である。最近なりを潜めていたとはいえ、彼に任せられる仕事などない。
「じゃあいいよ、とりあえず、その依頼書の束の一番上! なんでもいいからそれ受ける!」
 ダランはエスメラルダの持つ依頼書の束から、一番上の紙を引き抜いた。
「あー、以前にも、あなたと同じことを言った子がいたっけ」
 エスメラルダは苦笑しながら、ダランが手にとった依頼書を覗き見る。
「少し離れた集落からの依頼ね。畑を荒らす巨大化した害虫の駆除、か……」
 寧ろ、ダランが畑を荒らしかねないと、エスメラルダは思うのだった。
「目にも留まらないほど素早いらしいわよ。あなたには無理でしょ」
 エスメラルダは依頼書をダランの手から取り返えそうとするが、ダランは放さなかった。
「いや、これ受ける! ほら、ここってあの洞窟に近いだろ。その先では動きが鈍ると思うんだ」
「あの洞窟?」
「うん、ミニ変化の洞窟! 体型が変われば、運動能力は落ちるだろ。けど、魔術の威力は変わんねーし。俺向きの場所だぜっ」
 確かに、動きは鈍るだろうが、肝心の誘い込む手段を考えているのだろうか、この少年は。
 エスメラルダは小さな唸り声を上げる。
「報酬は、その畑のさつまいも『イチョウいも』かー。そんだけ?」
 ダランはやる気満々である。
 その様子に、エスメラルダはため息を一つ、ついた。
「その異常繁殖した害虫のせいで、農作物の被害が深刻なんだって。住民は精神的にも金銭的にも困り果てているそうよ。なにせ、お年寄りばかりの集落だし。『イチョウいも』も今年はこの依頼以外では手に入りそうもないわね」
 イチョウいもは、中身が鮮やかな黄色をした、その集落だけで栽培されているとても貴重な品種である。食味が良く、焼いて食べても美味しいが、お菓子作りにも適している。
「ふーん。それじゃ駆除の後は、集落でぱーっと打上げでもすっか〜」
 打上げ……暴走しかねないとエスメラルダは思うのだった。
「うーん、やっぱり一人では行かせられないな、絶対」
 エスメラルダは、他に希望者がいた場合は、ダランにもこの仕事を紹介すると約束をするのだった。

**********

「でしたら、私もお受けしましょうか」
 悩むエスメラルダにそう言ったのは、自警団に所属しているフィリオ・ラフスハウシェだ。 
 ここ数日のうちに、数人の冒険者等が集落からの依頼を受けると申し出た。
 エスメラルダは仕方なくお騒がせ少年であるダランにも依頼を紹介したのだが、やはり不安を拭えずにいた。時折ため息をついてしまう始末である。
 見かねたフィリオは、自分がダランを抑制すると約束をしたのだった。
「そうね、あなたが行ってくれれば安心ね。街で騒ぎを起している分にはまだしも、今回の派遣先は小さな集落でしょ? 状況を悪化させたら住人達が受ける被害は相当なものになってしまうから」
「わかりました。では、一旦詰所に戻ります」
 確かフィリオが所属する自警団の詰所には、同様の依頼に使われる、食事の匂いを放つ特殊な箱があったはずだ。
 フィリオは詰所に戻り、箱を借りてから集落に向けて出発することにする。

**********

 一足先に集落に到着した料理人のヴァイエストと、歌姫のミルカは、住民から状況の説明を受けていた。
 自然の豊かな集落である。
 木の柵に囲まれた集落は、大半が畑だ。……しかし、農作物は無残な姿をさらしていた。
 普段、放牧していたという家畜も、狭い柵の中に入れられている。
 悲しい集落の姿に、ミルカは目を細めた。
 一方、ヴァイエストは淡々と住民に状況を聞く。
「害虫は、夜になると動き出すんです。……はっきりと、見たものはいませんが……小柄な大人くらいの大きさの黒い虫が、這い回り、飛びまわっているようなんです。奴等は雑食で、何でも食べます。農作物も、家畜の餌も」
 そう言ったのは初老の女性だった。
 聞いていたとおり、老人ばかりの集落である。集まった住民達は皆、元気がない。
「この時期に収穫ができないと、冬を越せません……」
 残念だが、収穫はもう無理だろう。
「とにかく、駆除をお願いいたします」
 老人達が深く頭を下げる。
「出来る限りのことはするわ。大丈夫よう。元気だしてね」
 ミルカは微笑みながら、老人達の手を握り、肩を叩いて励ました。
 ヴァイエストもその話を聞き、放置はできないと強く感じるのであった。
 その黒い虫は、ヴァイエスト達料理人にとって、忌むべき虫である。
 素早い、黒い、虫、雑食、夜――。
 ……そう、恐らくゴキブリだ。
 入手困難であるイチョウ芋を求めて依頼を受けたヴァイエストだが、相手がアノ昆虫となると、これは彼等料理人にとって大事である。
 ヤツ等は1匹いたら、その数十倍は付近に生息していると考えていい。
 繁殖率も高いあの虫のことだ、放置しておけば、聖都も被害に遭う可能性がある。
「1夜に現れる数は? 1匹か?」
「いえ、10匹は現れているかと……」
 ヴァイエストの問いに、老人はそう答えた。
 ゴキブリは、群をなすと繁殖率が上がるという。猶予はなさそうだ。

「ダランが自分から依頼を受けるなんて……しかも、集落で盛大に打上げをやるのは、集落を活気付ける狙いがあるんだろ?」
 蒼柳・凪は、道中終始笑顔だった。
 昔のダランでは考えられないことだ。
 自分で稼ぐことの大変さも、少しずつ理解していってほしい。
 凪の言葉に、ダランは照れくさそうに笑っている。肯定も否定もしない。
 活気付ける……というのは、楽しませることだけが目的なわけではない。
 集落で、打上げとパーティーを行なうことで、資金を集落に流そうという目的がある。ダランは多分、そこまで考えている。
 普段は自慢ばかりしているくせに、そういう深い目的までは、口にはしないらしい。
 凪にはそれがなんとなく分かっていたため、とても嬉しかったのだ。
「しっかし、報酬芋だけかよ。あんましやる気出ねー」
 相棒の虎王丸は報酬に不満気だが、ダランを一人で行かせるわけにもいかず、とりあえず同行したといったところだ。 
「あ、ウィノナー!」
 ダランが、集落の前に少女の姿を見つけ、手を振った。
 ウィノナ・ライプニッツだ。
 凪と虎王丸は思わず顔を合わせる。
 彼女とは現在、顔をあわせ辛い状況にある。しかし、ダランは定期的に彼女と会っているようであり、凪と虎王丸も間接的にダランのことで彼女と協力をしている間柄だ。
「ダラン遅いよー!」
 手を振り返す彼女の腕には、銀色の腕輪が嵌められている。
「大丈夫だから」
 ダランが凪と虎王丸にそう言った。
 凪と虎王丸は頷いて、ダランと共にウィノナの元へ駆けた。

 ダラン達より少し遅れて、女天使姿のフィリオが現地に到着をする。
 今回集落からの依頼を受けた人物はこれで全員だ。
 早速、休憩所の机を取り囲み、作戦会議を始める。
「まず、誘い込む方法だが」
 ヴァイエストが、団子を机の上に置く。
「害虫の好物を丸めたものだ。この団子を持った人物が誘い込めばいいだろう。……やるか?」
「お、おうっ!」
 ヴァイエストは身を乗り出しているダランに、団子を渡す。
「団子1個に、全部寄ってくとは限らねぇしな、俺は煙で追い立てるぜ」
 虎王丸が言う。
「では、私は風で煙と、害虫を誘導しますね」
 詰所から持って来た箱を手に、そう言ったのはフィリオだ。
「あたしは、こっちに来た虫を歌で洞窟まで誘い込もうかしらね」
 心配そうに見守る老人達に微笑みながら、ミルカが言った。
「でも、大丈夫ですか?」
 小柄で痩身の可愛らしい歌姫のミルカを、フィリオが気遣う。 
「魔法の力を込めた歌は得意なの、任せて頂戴。……けれどその虫って、あたしの歌を聴くことが出来るのかしらね。それが心配だわ」
 もし、歌が効かない場合は、ミルカは皆のサポートに回ると約束する。
「続いて、捕らえる罠だが」
 ヴァイエストがぶっきらぼうにトリモチ状の罠を仕掛けることを提案する。
「あ、俺も似たようなことを考えていました。術で仕掛けようかと」
 そう言ったのは凪だ。罠については、凪が担当することになる。
「それじゃ、ボクはダランと一緒に匂いだけじゃなく、もっと興味を惹く方法で害虫を誘い寄せることにするよ」
 言って、ウィノナは魔術書を取り出した。
 役割が決り、準備に取り掛かることにする。 

「しかしさ、これどっかで見たことあるよなー」
 ダランは団子の匂いを嗅ぐ。……やっぱり嗅いだことのある匂いだ。
「ホウ酸団子だろ」
 凪に頼まれた木箱を用意しながら、虎王丸が言った。
「ホウ酸団子って……ゴキブリ退治用の?」
「だから、そうだろ。巨大ゴキブリを退治するんだから」
「……え?」
 虎王丸の言葉に固まったのは、ダランだけではなく……凪もだった。
 そういえば、黒い虫、素早い、飛ぶ、雑食など、ゴキブリに当てはまる言葉を聞いた気がするが。
「ま、まさか……」
 カタン。
 凪が木箱を下ろした。
「ダラン……疲れただろ? 少し休もうか」
「う、うん、すげぇ疲れてる。朝まで眠っちまうかもー、ははははっ」
「だと思ったんだ」
 そう言う二人の顔は青ざめていた。

「凪、ダラン、そろそろ行くぞ!」
 虎王丸が乱暴にドアを開けた。
 そこには、老人達と談笑している凪とダランの姿がある。
「なんだ、元気そうじゃねーか。ほら、行くぞー」
 ぐいっと、ダランの手を引く。
「い、いいいや、俺、今回ここからサポートするから! つーか、見たくもない」
「ああ?」
 こういう時、ダランの尻をたたきそうな凪も、今回は必死に目を逸らしている。
「何やってんの、ダラン。キミが来ないと進まないんだけど」
「ウィノナー。パース!」
 現れたウィノナに、ダランはホウ酸団子を投げる。
「ちゃんとここからサポートすっからよー」
「何言ってんだ、ここからじゃ洞窟、見えさえしねぇだろ」
 虎王丸はダランと、もう一方の手で凪の腕を掴み、ずるずる引きずる。
「あ、あんなの、上流階級の俺達が相手にするような敵じゃねぇーーー! お前等だけでやれーーー!」
 聞いた途端、虎王丸はぽかっとダランの頭を叩く。
「凪はともかく、お前んちは単なる成金だろうが!」
 ウィノナもなんだか腹が立ち、ぺしっとダランの頭をたたきつつ、虎王丸の手からダランを受け取り引っ張った。
「いくよ、お坊ちゃん」
 嫌味をこめて言い、ダランを引きずるのだった。

 各々配置に着く。
 ミルカは、住民に家に入り耳を塞いでいるように言って、村の中心に立った。
 彼女の為に用意された高い台に乗る。ちょっとした舞台のようだ。
 洞窟の方を見る。
 月の光が、うっすらと洞窟を映し出してくれている。
 フィリオと虎王丸が洞窟の前方へ。ウィノナとダランが洞窟の脇についた。
 しばらくして、遠くの方から、がさがさという音が響きだす。
「来ました」
 ミルカに付き添っていた初老の女性が、怯えた表情で言った。
「わかったわ。じゃ、耳を塞いでいてね」
 言って、ミルカは手を組んだ。
 何かが飛びまわる音が聞こえる。だけれど、姿は見えない――。
 ミルカは歌を歌い始める。
 魔法が籠められた歌。
 自然と自身の力を使い織成す旋律が、周囲へと広がってゆく。
 効果は、あるようだ。
 害虫が向きを変える。
 ミルカの瞳に一瞬映ったその姿は……ゴキブリだった。闇の中で不気味に光る黒い色。大きさは、ミルカの体ほどある。
 おおきいな……軽く驚きはしたが、動揺することはなく、ミルカは歌を歌い続ける。
 集落を襲っていた害虫達は、追い出されるように、洞窟の方へと飛んでいく。
 1匹ではない。追い払ってもまた違う方向から現れる。
 長い戦いになりそうだ。
 それでもミルカは穏やかな表情のまま、魔法歌を声で奏で続けた。

 凪を先に向わせた後、住民から提供を受けた大量のカバネーヌに、虎王丸は白焔で火を点ける。
「準備OKだぜ」
 虎王丸の言葉に頷き、フィリオが風を起す。
 煙が周囲に広がり、木々の間、岩の陰から、次々に害虫と思われる黒い物体が現れる。
 続いてフィリオは、詰所から持って来た箱を開ける。箱が放つ強烈な匂いを周囲に飛ばした。
 黒い物体のうち、1匹が、二人の方へ飛んできた。風で対抗し、物体の速度を弱めたフィリオは見た――。羽を広げた黒々とした身体を。
「……」
 一瞬、息を飲んだ。その次の瞬間。
「き……きゃぁぁぁーっ!?」
 女天使姿のフィリオは叫んでいた。
 相手がゴキブリだということは知っていた。巨大化しているということも知っていた。
 しかし、なんだろうこの感情は。
 普段は、目にしても何とも思わないというのに。
 この姿だと、どうも生理的嫌悪感を強く感じるらしく――。
 風に押し巻けず、近付いてくるゴキブリに、フィリオが上げる声も思わず大きくなる。
「なんだ、ゴキブリこえーのかよ」
 そんな、フィリオの様子に、虎王丸の悪戯心が膨らむ。
「そうそう、明日は打上げ件パーティーやるだんってなー! ゴキブリってさ、地域によっては食うらしいぜ。この集落貧乏そうだから、食材になるなー。こりゃ、明日のメインディッシュだな!」
「う、うわあああ、いやぁ……っ」
 フィリオはパニック状態で、ゴキブリを強風で退けている。
「乱暴に扱うなよ、貴重な食材だ」
 笑いながら、虎王丸は剣を抜いた。
「よーし、こいつから料理すっかー! おまえの分だぁ!!」
 ゴキブリに向けて剣を振り上げた虎王丸の顔に、がぽっと何かが被せられる。
「あなたが食われなさーーーーーーいッ!!」
 匂い箱を被ったまま、虎王丸はフィリオが起した風ではるか遠くへと飛ばされたのだった。

「ほらっ」
 ダランは手渡された魔術書を見る。
 丁寧にルビが振ってあった。
「幻影を作り出す魔術だよ。使えそう?」
「うん、多分……」
 ランプで本を照らしながら、ダランは言葉に出して読む。たどたどしいが、本を見ながらならなんとかなりそうだ。
 ウィノナはそっとダランの懐にホウ酸団子を返しながら隣に立ち、本を覗き込みながら、備える。
「あ、来た!」
 そうウィノナが言った次の瞬間に、1匹の害虫は、ダランに突進していた。
「ごふっ」
 倒れたダランの懐から、ホウ酸団子が転げ落ちる。毒と察知したのか、ゴキブリは飛び去っていった。
「あたたたっ、は、早くて何も見えねぇ……」
「魔術、発動するよ」
 ウィノナが呪文を唱え始める。
 ダランも立ち上がり、ウィノナに続く。
 まず、ウィノナが術を発動し、入り口付近にご馳走を浮かび上がらせる。
 続いて、ダランも術を発動し、ウィノナの幻術の隣に、大きなホウ酸団子を浮かび上がらせる。
「やっぱ、ゴキブリっていったら、これだろ」
 なんだか単純な形だが、本人としては満足らしい。
 ミルカそして、フィリオと虎王丸の誘導により、ゴキブリ達がこの付近で飛びまわっている。
 本物のホウ酸団子を入り口に蹴り飛ばすと、ウィノナとダランは洞窟に駆け込んだ。
 ウィノナは精神を集中しながら、聖獣装具銀狼刀を取り出す。
 聖獣に語りかけ、心を通じ合わせる。
 次の瞬間、ウィノナの身体がフェンリルの化身へと変化する。
「ダラ……」
 見れば既にダランの姿はない。
「逃げたなっ」
 飛び込んできた害虫を弾き、奥へと飛ばし、逆送しようとするゴキブリの後ろに回りこむ。フィリオの強力な風の力が届いており、空を飛ぶゴキブリ達の速度は弱まっている。ウィノナはフェンリルの姿で動き回り、害虫を翻弄していく。

 凪はため息をつきながら、洞窟の出口で待っていた。既に、凪がすべき準備は整っている。
 しかし、これから戦闘だというのに、背の低い自分が、更に小さくなってしまっているこの状況も好ましくないし、これから訪れるであろう敵の姿を想像すると、どうにも気が進まない。
「おくれてすまん!」
 異臭を放ちながら3頭身姿の虎王丸が木箱を抱えて現れる。
「なに、このにおい……」
「あ、ああ、ゴキブリよせ。しみ付いちまったか」
 虎王丸は自分の服の臭いをかぐ。
 凪は思わず距離を取った。その様子に、虎王丸はにやりと笑った。
「へへ、凪にもつけてやろうかー」
 面白がって近付いてくる虎王丸の前で、凪は舞術の姿勢をとり、睨みつける。
 それ以上近付いたら、“明日の余興はお前の裸踊りだ”……といわんばかりの表情で。
「くるぞ」
 ヴァイエストの声に、二人は我に我に返る。
 虎王丸は急いで凪が指示する場所に木箱を配置する。3人はそれぞれ木箱の上に立つ。
 凪は皆が木箱に乗ったのを確認すると、舞い始めた。
 洞窟の出口付近の床には「呪紋」を描いてある。
 その呪紋は、大地の精霊力の流れを放出させる蛇口の役割を果たす。
 つまり、地の術が強化された状態で、凪は舞術を踊っている。
「なーぎー、みんなーーーー!」
 ちっこくなったダランが駆けてくる。
 凪達の姿を見たダランは、地の異変に気付かない。
「バカ、きづけよ!」
 虎王丸が跳んだ。駆け込んできたダランの足を思い切り払う。
「ぶべっ」
 ダランは前に転び、顔を思い切り打ち付ける。
「って……なにすんだよ!」
「お前はゴキブリかッ! あしもとを見ろ!」
 虎王丸に言われて、ダランが床を見ると……床が奇妙にうねっている。泥のような状態だ。
 あのまま突き進んでいたら、面白いことに……いや、凪の術は失敗に終わっていただろう。
「お前、あっちまで飛べるか?」
「む、むり……」
 凪達の方を指して言った虎王丸の言葉に、ダランは首を横に振った。
「なら、おれらはここでおうせんするしかねぇな」
 そう言い、虎王丸は剣を抜いた。
「凪のじゅつは、はってくるヤツはしとめられるが、飛んでくるヤツはつかまらえられねぇ。お前、ねんどう得意だって言ってたよな? 飛んできたやつを、押さえつけろ」
「う、うん」
 そうは言ったが……。実際、1匹目が現れた段階で、ダランは飛び上がり、虎王丸に抱きついてきた。
「ぎゃーーーー。うわーーーー。ぎょえええええーー」
 ミニ化してもやはりゴキブリはゴキブリだった。確かに速度は落ちているが、先ほどと違い、見えてしまう分驚いてしまうようだ。
「ったく、せわのやけるヤツだ」
 そう言いながら、虎王丸はダランの左手を乱暴に引っ張り、ダランの目の前に赤い指輪を持ってくる。
「ねんどうで、てきを押しつぶせ」
 その言葉に、ダランは静かに頷いた。
 すっと手を伸ばし、目に映る範囲全てに圧力を加える。
 ダランが嵌めている赤い指輪――それは、見たものを僅かな時間催眠状態にし、魔術以外の行動や感情を遮断する効果がある。
「あらよっと!」
 虎王丸は軽やかに跳び、身動きの取れなくなったゴキブリの背に剣を突き刺した。
「こおら、ダラン!」
 怒鳴りながら駆けつけたのは、ウィノナだ。既に人の姿に戻っている。フェンリルの姿で噛み付くことには流石に抵抗があり、ナイフで戦いながらの登場だ。
「いや別に、にげたわけじゃなくて、おれはこっちのやくめがあったような気がして」
 正気に戻り、ダランは言い訳を始める。
「ああ、いいから続けて!」
 言い放ち、ウィノナはダランが動きを鈍らせたゴキブリを貫いてゆく。

 木箱は紋の描かれていない場所に配置してあり、ヴァイエストは木箱の上からの攻撃となった。武器として、長い鉄串を利用することにする。全ての者の手を掻い潜り、洞窟の外へと飛び出してきた勢いのあるゴキブリに、鋭い一撃を放ち、串刺しにする。
 更にそのヴァイエストの手さえも逃れたゴキブリがいた。羽を広げ大空へと飛び出したゴキブリを、閃光が貫く。凪の銃型神機による攻撃だった。
「全て、やきはらえ」
 ヴァイエストは皆に、そう指示を出す。
 死体から卵が孵化する可能性もある。故に全て消滅させる必要があるのだ。
 凪の術により、罠にかかった巨大ゴキブリは十数匹。かなりの数だ。ミニ化した姿とはいえ、あまり見たくはなく、つい目を逸らしてしまう。仲間がゴキブリと一緒に罠にかかっていないことを確認すると、凪は地の状態を元に戻した。
「いっくぜぇー!」
 虎王丸が白焔を起す。
「火炎だーん!」
 同時に、ダランも炎の魔法を発動していた。
 地に埋まったゴキブリの身体が炎に包まれていく。

「出口の様子が見れなくて残念ねえ」
「いいえ、見えなくてよかったです」
 ミルカとフィリオは、後始末をしていた。
 付近にゴキブリの気配がなくなると、ミルカは住民達にそのことを告げ、その後、敵もいないのに風をごうごうと放ち続けるフィリオと合流をした。
 フィリオを落ち着かせて、すごい有様となっていた集落周辺を片付けているのである。
「みんなの小さくなった姿も見たかったわ。ゴキブリも洞窟の先では可愛らしい姿だったかもしれないわよ?」
「見たくない、見たくない、見たくないですーっ」
 想像するだけで、鳥肌が立つ。……途端。
「ひっ、きゃあああーーー」
 ゴキブリの死体を見つけ、フィリオは駆けていってしまった。それは、フィリオ自身が風で岩に叩きつけたゴキブリだった。
 ミルカは小さく笑いながら、死体に火をつけた。
「うわあ、ぱちぱちとよく燃えるのねえ」
 ミルカにしても、決して気持ちのいい作業ではなかった。
 しかし、その巨大化したゴキブリが燃える様は、とても新鮮であった。

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 集落へ戻ったヴァイエストは、真っ先に報酬のイチョウ芋を受け取った。
 一人2本だけであり、ヴァイエストは1本を持ち帰り、もう1本を明日のパーティーに出すことにする。
 さて、何を作ろうか。やはり甘味だろう。
 そう思いつつ、仕込みの為、調理場へと消えた。

 それぞれ報酬を受け取り、今晩は集落で休むことにする。
 戦闘や長時間歌を歌ったため、疲れて皆ぐっすりと眠った。
 ……しかし、ダランと凪、そしてフィリオは酷く魘されていたという。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
【2303 / 蒼柳・凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師】
【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
【3457 / ミルカ / 女性 / 17歳 / 歌姫/吟遊詩人】
【3139 / ヴァイエスト / 男性 / 24歳 / 料理人(バトルコック)】
【NPC / ダラン・ローデス / 男性 / 14歳 / 駆け出し魔術師】

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸です。楽しいプレイングの数々、ありがとうございました!
作戦も、ゴキの苦手度も、とてもバランスがよかったです(笑)。
打上げには、ゴキ料理が出たりはしませんので、さくっと忘れて楽しんでいただきたいですー。
後日納品予定の関連ゲームノベル『秋のミニ化パーティー』及び、陵かなめイラストレーターが募集される聖獣界冒険紀行ピンナップもご覧(ご参加)いただければ幸いです。