<東京怪談ノベル(シングル)>


宝ガルタ

「決して一人で入るべからず」
との文字が刻まれた洞窟にも関わらずたった一人での探索をもくろんだ冒険者が二人。待ち合わせをしたわけでもないのに、入り込んだのはたまたまわずかな時間差だった。期せずして忠告は守られたことになるのだが、先に入ったキャビィ・エクゼインも後から来たワグネルもそのことは知らない。
 魔物が掘り荒らしてできたその洞窟の奥には、相当の財宝が眠っているという噂だった。冒険者たるものそれを聞いて黙っていられるかと意気込み乗り込んできたのだが、なにしろ元が魔物の巣穴であるだけに洞窟は入り組んでいる。脈絡もなく穴が突然三叉に分かれたり、途中から深く地底へ潜り込んでいたり。一寸先は闇とばかりにカンテラを遠目に下げつつワグネルは進む。
 景色は実に平坦であった。抉られた岩の形が微妙に違っているくらいで、延々進んでいるとなんだか、同じところばかりぐるぐる回っているような気になってくる。実際今がそう、ワグネルの前に点々と自分で落とした目印の青い石が続いていた。無闇に築かれた秘境は冒険者の勘を狂わせる。
「一体どこだよ、財宝……」
独り言が穴にこだました。自分がどこから来たのか、もうワグネルにはさっぱりである。いざとなったら魔物のようにとにかく上へ掘り進んでいくしかないだろう。
「ん?」
進行方向の先からほのかな明かりと細い影が伸びてきた。誰かがやってくる。相手を確かめようとワグネルはカンテラを高く掲げた。
「…あ、お前!」
「ワグネル!」
鉢合わせしたのは天敵と呼んでも過言ではない女盗賊。思わず、なんでこんなところにいるんだと馬鹿な質問を飛ばしてしまった。
「こんなところを散歩するような物好きがいるわけ?」
案の定、皮肉を返される。これだからキャビィは苦手なのだ。
「悪いけど、お宝はあたしがいただくよ。あんたは迷子にならないうちにさっさと脱出するんだね」
「なにを、俺はなあ…」
既に迷子になっている、という不名誉な事実は伏せておき
「冒険者の名誉にかけてお前みたいな盗賊に先を越されるわけにはいかないんだよ」
「一人で宝も見つけられないのに?」
「お前だって見つからないんだろう」
「……」
痛いところを突かれ、キャビィは口ごもる。悪いのは複雑すぎる洞窟のせいだが、八つ当たりは盗賊の沽券に関わる。
「…あんたが迷ってるのなら助けてやらないでもないんだよ」
「暗いのは恐いからついてきてくださいってはっきり言えよ。一緒に行ってやってもいいんだぜ」
お互いに意地っ張りで、協力しようという言葉は死んでも口にしないのだった。

 大体、洞窟の注意書きに関わらず探索は複数名で行うのが基本だ。得体の知れない場所を歩いていて万が一罠にでもはまった場合、一人では助けを呼べない。そのまま朽ちて、身元不明の白骨化するのが命知らずの末路だった。
 けれどこの二人に常識は通用しない。彼らはどのような罠でも大抵は自力で脱出できる強靭さと強運の持ち主だった。ワグネルのほうが強靭で、キャビィのほうが強運である。
「この向こうが怪しいのよね…」
行き止まりの岩壁を撫でながすキャビィ。絶対になにかある、と盗賊の勘が言っている。それなのに洞窟はどこからも通じていないのだ。
「怪しいなら行くしかないだろ」
道がなければ作るまで、がワグネルである。荷物袋の中から小型の槌を取り出すと、岩壁に向かって振り上げ、力強く振り下ろす。一振り、ニ振り。四度で穴が空き、七度で人の通れるほどの大きさに広がった。
「…あんた、そんなことして洞窟全体が崩れたらどうするつもりだったの?」
「そのときはそのときだろ」
「……」
キャビィには返す言葉が見つからない。だが実際はワグネルも同じで、槌を使いながらこの向こうになにもなかったらどうするんだと考えていたのだった。よくもまあ道がわかったものだ、よくもまあ道を作ったものだ。無理矢理に築いた通路を抜けて、二人は洞窟のさらなる奥へと進んだ。そして。
「おい、あれ見てみろ!」
これまで人ひとり通るのがやっとだった道が、急に広くなった。丸くくりぬかれた空間の真ん中に小さな石版が二山、積み上げられている。
「これが宝?」
キャビィは胡散臭そうに石版を見下ろす。カンテラの灯りが、石版の側に彫られたどこかで見たことのある筆跡を照らし出す。
「…注意書き」
入口で見たのと同じ言葉だった。一応二人とも目を通してはいたのだが、敢えて無視していたのである。
「ここにあるゲームの勝者のみが宝を得られる。ゲームの方法は…」
それはこれまで二人の経験したことない遊戯であったが仕組みはごくごく単純、二種類の石版のうち絵の刻まれた一種類を地面へ均等に広げ、文字の刻まれた一種類は積んだまま手元へ置いておく。
 準備が終わったら文字の刻まれた石版を一枚手に取り、そこに書かれてある言葉を読み上げる。
「旅慣れた 冒険者なら 狼くらい一人で追い払える」
読まれた言葉にふさわしい石版を発見したら、宣言と共に叩き割る。
「はいっ!」
間違えた場合は「お手つき」と見なす。
 要するにカルタであった。

「…これって、一人で読んで一人で取っちゃだめなの?」
「駄目なんじゃねえの」
「……」
決して一人で入るべからず、とはこのためだったのか。キャビィはさらに一枚読み札を手に取る。
「クラーケン 心を通わすことができたなら 水中探索自由自在…」
「はい!」
ワグネルの手刀が石版を真っ二つに叩き割った。が、それは本来取るべき読み札と違う、つまりお手つき。
「…やっぱり駄目なの?」
「な、なら俺が読むから札を貸せよ。どれ、えっと…春の訪れ音楽会、クレモナーラは夜まで歌う…」
「はい…って、あ、あれ?」
間違いなくクレモナーラの石版を割ったつもりだったのに、よく見てみるとそれはハルフ村の風景。これもお手つきである。
 ワグネルとキャビィは交互に読み上げあいながら、石版を割っていった。けれど薄暗いせいで読み上げる石版の文字もうろんであるし、絵のほうも判然とせずお手つきが続く。
「また間違えた、もうあんたは信用ならない!」
「お前もさっき読み間違えただろうが!俺なら一人で…あ」
「踏んだらまた割れるでしょうが!」
口喧嘩の間にも石版は勢いよく減っていく、なにしろ大半をお手つきで割っているから読み札のほうが見る見る余っていくのである。
 結局、ゲームの結果は。
「俺が三枚でお前も三枚、引き分けか」
「でもお手つきはあんたのほうが多かったじゃない。あんたの負け、宝はあたしのもの」
「…いや、勝ちも負けも関係ないみたいだ」
見てみろよとワグネルが、自分の取った札のかけらをキャビィに示す。土塊の中に爪ほどの大きさの、キラリと光る物体があった。
「正しい読み札で正しく石版を割ったときだけ宝石がもらえるみたいだ。俺の取り分もお前の取り分も三粒だ」
これだけ小さいのでは雀の涙程度の価格でしか引き取ってもらえない。せめてすべての札を間違えずに割っていれば。
「…全部まとめて、注意書きにしておいてくれりゃあなあ…」
決して一人で入るべからず。天敵とは入るべからず。目先の勝負に捕われて、絵札をうかつに割るべからず。
 さもなくば、宝は得られない。