<Trick and Treat!・PCゲームノベル>


幽明の宴〜大切な友だち〜

■オープニング

「Trick or treat!」

 どこか遠くから、子供たちのはしゃぐような歓声が聞こえる。
 夜霧の漂う広場の向こうで、魔女や悪魔や狼男、思い思いの扮装に身を包んだ行列が、カボチャをくりぬいて作ったランタンをかざし練り歩く。

 ――そう、今夜はハロウィン。

 一応カトリックの諸聖人を称えるお祭りってことになってるけど、その起源はキリスト教より遙かに古く、古代ケルト人の収穫祭にまで遡る。
 彼らは一年のこの時期、生者と死者の世界を隔てる「門」が開かれ、互いに往来できるようになると信じてた。ちょうどこの国の「お盆」ってとこかな?

 ボクの名は「リデル」。
 何者かだって? まあ、細かいコトはいいじゃない。

 そんなことより、キミは誰か親しい人を亡くした覚えはない?
 しかも、本当に伝えたかった「大切な言葉」を言えなかったまま。
 親兄弟。恋人。友だち。幼なじみ――別に人じゃなくたって構わない。
 さあ、「門」は開かれた。今宵催されるは、幽明の狭間で生者とそれ以外のモノたちの間で繰り広げられる、一夜限りのパーティー。

 もしかしたら、キミが知ってる「誰か」も来てるかもね。

 お菓子をあげよう。
 これはパーティーのチケット。そしてキミ自身を望みのままの姿に変える魔法の薬でもある。
 明日の朝、鶏が刻を告げるまでの間、よければ捜してごらんよ。
 あの言葉を伝えられるかもしれないよ? もう一度会いたかった「誰か」に。
 準備はいいかい? それじゃあ――

「Trick and treat!」

 ◆◆◆

 ミルカがふと目を覚ましたとき、そこは薄暗い森の中だった。
 いや「森」だと思ったのは、最初に目に映ったのが月明かりの差す頭上の夜空を覆う木々の枝であったからにすぎない。
「うーん……?」
 上半身を起こして辺りを見回すと、そこは見たこともない奇妙な場所だった。
 ツタのびっしり絡んだ高い土壁が、数台の馬車が並んで通れるほどの間隔を置いて左右を囲んでいる。
 ツンと鼻をつく土と苔の香り。
 森というより、土壁と樹木でできた巨大な迷路の一角と表現した方が正しいかもしれない。
(ここはどこ? あたし、なんでこんなとこにいるの?)
 まだ霞がかかったような頭を振り、何とか思い出そうと努める。
(そうだ! たしかお夕飯の買い物に行く途中、妙な子どもに呼びとめられて……でも、そのあとどうしたんだっけ?)
 ともあれ、こんな所で座りこんでいても始まらない。
 とりあえず「迷路」の出口を捜そうと立ち上がったとき、命の次に大事な聖獣装具の竪琴がないことに気づいた。
(どういうこと? あたし、ソーンとは別の世界に連れてこられちゃったの?)
 つい考え事に気を取られ、足許の木の根につまずきステンと転ぶ。
「だいじょうぶ?」
 心配そうな声と共に、仄かな灯りが投げかけられた。
 顔を上げると、そこにミルカとほぼ同年配の、金髪碧眼の少女が立っていた。
 質素な木綿のドレスをまとい、カボチャをくりぬいて作った提灯――いわゆるジャック・オー・ランタン――をかざしてこちらをのぞき込んでいる。
「あ、ありがと……」
 少女の手を借りて立ち上がり、服についた泥を払い落とす。
「あなた……ここのひと?」
「うーん、ここの住人っていえば住人かしら? 私のことは、マームって呼んで」
「あ、あたしはミルカ。……はじめまして」
 一通り挨拶を済ませてから、ミルカは改めてマームの顔をしげしげと見やった。
 ふっくら丸顔の、優しげな顔立ちである。なぜだか、初対面という気がしない。
(誰だっけ? 昔の知り合いだったかな?)
 吟遊詩人として養父と共に旅の生活が長かったミルカには、旅先で知り合い親しくなった人々も大勢いる。もっともその殆どが一期一会のつきあいのため、顔と名前を忘れてしまった者がいてもおかしくはない。
「さ、それより急がなくちゃ。ハロウィンのパーティーが始まっちゃうよ?」
「パーティー?」
「そうよ。あなたも、リデルに招待されたんでしょ?」
「リデル……?」
 その名を聞いて、ようやく記憶がある程度はっきりしてきた。
「思い出した! あの変な子供からもらったお菓子を食べたら――こんな場所へ連れてこられちゃったのよう!」
「ウフフ、心配しなくていいわ。リデルはいたずら好きだけど、悪い子じゃないもの。それに彼が招待したってことは、きっとあなた自身がそう望んだからよ」
「???」
 わけが判らないまま、マームに手を引かれて土壁の迷路の中を小走りに進んでいく。
 土地の者だけあってマームの足取りは確かだが、高い土壁に左右を囲まれた迷路の世界はいつ果てるともなく続いている。
 そろそろ息が切れかけてきた頃、急に視界が開け、広い円形の広場に出た。
 とうに日が暮れているにも拘わらず、至る所でかがり火やジャック・オー・ランタンが灯され、広場一帯は昼間のような明るさだった。
 中央には幾つかのテーブルが並び、山のようなお菓子と料理が振る舞われている。
 そしてそこでは老若男女を問わず大勢の人が酒を酌み交わし、料理に舌鼓をうちながら賑やかに談笑していた。
 魔女や吸血鬼や狼男、様々な仮装に身を包み走り回る子供たちもいれば、ミルカが見たこともない奇妙な服装の男女もいる。
 中には仮装ではなく、人かどうかさえ怪しい参加者もいたが。
「この人たち……みんな、ここに住んでるの?」
「どうかしら? 半分くらいは、あなたみたいによその世界から招かれた人たちみたい」
「マームはここのひとなんでしょ?」
「うん。でも、あたしもリデルに頼んで参加させて貰ったんだ。今夜、どうしても会いたい人がいたから……」
「ふうん」
「それより、お腹空いてない? 料理はタダだし、食べなきゃ損よ」
 グウゥ……それを聞いたミルカのお腹が鳴った。
(そういえば、晩ご飯まだだったなあ)
 二人して食卓にかけより、取り皿を持って我先にオードブルを盛る。料理やお菓子は、ソーンの世界で食べているものと大差ないようだ。
 一口頬張り、
「うーん、悪い味じゃないけど……味つけがちょっと薄いわねえ」
 同じテーブルに並べてあったソースや香辛料の瓶を取り上げ、(ミルカ的には)適度な量をドバドバ振りかける。
 それを見たマームの目が一瞬丸くなったが、すぐ口に手を当てぷっと吹き出した。
「あっちにベンチがあるわ。ちょっと休まない?」
 一通り空腹を満たしたあと、マームが会場の一角を指さしていった。ミルカも頷き、木製の古びたベンチに二人並んで腰掛ける。二人はソースやチョコレートで口許がベタベタになった互いの顔を指さし、腹を抱えて笑い合った。
 マームの話によれば、この世界は「世界樹」と呼ばれる神聖な巨木の上に存在しているのだという。
 またハロウィンを始めことあるごとに他の世界との「門」が開くため、結果的に無数に重なって存在する異世界同士を繋ぐ「十字路」のような役割を果たしているとも。
 満腹してすっかり気分がほぐれたミルカは、当初の困惑も忘れて彼女の話に聞き入った。
「――よかったら、あなたのことも聞かせてくれない?」
 一通り話し終えたマームが、今度はミルカに振ってきた。
「ん……あたしはね、ソーンっていう世界で吟遊詩人のお仕事してるの」
 せっかくのお祭りなのに、自慢の竪琴を演奏できないのは惜しかったな――チラリとそう思う。
「ミルカは、元々ソーンの生まれなの?」
「そういうわけでも、ないんだけど……」
 問われるままに、ミルカはぽつぽつと自分の過去を語り始めた。
 元は富豪の家に生まれたが、仕事にかまけて自分を省みない両親に耐えきれず家出したこと。行き倒れになりかけたところを現在の養父に助けられ、その後は彼女が「おとん」と呼ぶ養父と共に吟遊詩人として世界の各地を旅しながら暮らしたこと。
 見かけは天然ボケ娘と思われがちなミルカだが、その実幼少期に苦労しただけあり意外としたたかな一面もある。見ず知らずの誰かに自分の昔話をするなど普段の彼女ならまず考えられないことだが、いま目の前にいる少女は、初対面であるにも拘わらず安心して何でも話せてしまいそうな、ある種の懐かしさと親近感を抱かせてくれる相手だった。
「で、いろいろあって、いまはソーンに落ち着いたんだけど……」
 そこで、ふとミルカは言葉を切った。
「どうしたの?」
「なくして、しまったの……ちょうど1年くらい前、ソーンに来る時に」
「何を?」
「あたしがまだ、本当に小さかった頃にね、おとんに買ってもらった、大事な大事なお人形さん……」
 自分でも意外だった。この話は、今までソーンの友人たちにさえ打ち明けたことがなかったのに。
「あたしたちは街から街へ旅をしていたから、贅沢なんかできなかったはずなのに――その日はとてもたくさんお金がもらえて、歌のお仕事でこんなにお金がもらえたのは初めてで――買ってくれたの。古いものだった。けれど、とても大切だったのに」
「あなたが悪いんじゃないわよ。子供の頃の玩具(おもちゃ)なんて、誰しもそうやっていつの間にかなくしてしまうものじゃない?」
「それはわかってるけど……もし、この手に取り戻すことができたら、どんなにか素敵だろうって思うわ。もう無理だろうなあ、ってことも頭のすみっこではわかっているの。けれど、あきらめきれなくって――」
「もし取り戻せたら……どうするの?」
「……『ありがとう』って、そう伝えることができたなら……けりがつけられるかもしれない。そういう風に思うの」
「人形の命は、短いわ……」
 妙に遠い目をして、マームがいった。
「お金持ちが部屋に飾るような高級品は別として、子供の遊び相手になる玩具の人形なら、もって2、3年……でも仕方ないのよ。それが私たちの役目なんだから」
(私たち……?)
「たとえ短い時間でも、子供たちの愛を一杯貰って……私たちは魂を得ることができる。最後に壊れて捨てられたって、決して恨んだりしないわ。しかもあなたは、10年近くもの間、本当に私を大切にしてくれた……」
「マーム、あなた……!」
 そうだ。なぜ今まで気づかなかったのだろう?
 昔、自分があのお気に入りの人形につけた名前は――。
 マームはミルカに向き直り、にっこりと微笑んだ。
「会えてよかった。私からもお礼が言いたかったから……ミルカ」
 思わず瞳から涙が溢れてくる。
 幼い頃に戻ったかのように泣きじゃくりながら、ミルカは少女の胸に飛び込んでいた。

 ふいに周囲の灯が消え、ミルカは一人暗闇の中に立ちつくしていた。
「マーム……!?」
 慌てて辺りを見回すと、暗闇の一角が宙に浮いたジャック・オー・ランタンに照らされ、その下に見覚えのある子供が立っていた。
「……リデル……」
「どう? 願いは叶ったかい?」
 リデルは手に提げた小箱から、小さなクッキーを取り出した。
「残念だけど、そろそろ時間だ。キミは、元いた世界に戻らなくちゃいけない」
「マームは……どうなるの?」
「あの子も願いが叶って、ここから旅立っていったよ。次はどこの世界で、どんな姿に生まれ変わるのか――それはボクにも判らないけど」
「彼女、『魂が得られた』っていってたわ。こんどは人間になれるのよね?」
「さあ? でも案外、キミらの世界に転生してたりしてね。キミの身近な人として」
「だといいんだけど……ううん、きっとそうよ!」
 ミルカは元気よく頷き、リデルから受け取ったお菓子を口に放り込んだ。

 ◆◆◆

再び我に返ったとき、ミルカは夕暮れの迫る市場の雑踏の中に立ちつくしていた。
 街中でリデルに呼び止められてから、現実には殆ど時間は経っていなかったようだ。
 手には元通り竪琴もある。
(……夢?)
 それでもいいと思った。
 最後にマームと抱き合ったときの、あの温もりは今もこの胸に残っているのだから。
 ミルカは竪琴を取り上げると、つま弾きながら黄昏の空に向かって静かに歌い始める。
 どこかの世界で生きているはずの、大切な友だちへ捧げる感謝の歌を――。

〈了〉

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
(PC)
3457/ミルカ(みるか)/女性/17歳/歌姫・吟遊詩人

(公式NPC)
リデル(りでる)/無性/12歳くらいに見える/観察者

(その他NPC)
マーム(まーむ)/女性/17歳(外見)/???

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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はじめまして! 対馬正治です。今回のご依頼、誠にありがとうございました。
「今はもういない、大切な誰か」は人間とは限りませんよね。
ペット関連の依頼は来るかも……と予想していましたが、さすがに「人形」とは意表を衝かれました。しかしながらミルカさんのプレイングは非常に感動的で、お人形への想いを語るセリフはほぼそのまま使わせて頂きました。
なお「ソーンへ来たのは(人形をなくしたのは)1年ほど前」とのことから、PCの年齢変更はなしとしました。その他の描写についてはPC設定を参考に執筆しましたが、もしお気に召さない点がございましたら、リテイクの方お気軽にお申し付け下さい。
では、ご縁がありましたら、またよろしくお願いします!