<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


迷惑なライバル、その出会い

「――どうやってトールと出会ったかって?」
 客人たちにお茶を淹れながら、クルスは虚空をみやった。
「……思い出したくないなあ……」
 お茶を淹れたカップをテーブルまで持ってくると、1人1人に配る。
 茶菓子は各々持ってきたもの。さらに、最近お菓子を作るスキルを身につけたらしいクルスの焼きたてパイが。
 テーブルにはミニドラゴンもいて、しゃくしゃくと秋の味覚を食べている。
「だから――ただの偶然だよ。というか……」
 クルスは首をかしげる。「その場にいたのは、確か……」
 歯切れの悪い言い方に客人たちが不審そうな顔をすると、はっとクルスが実験台を振り返った。
「しま……っスライム!」
 いつの間にかそこには『スライム』がいて、うねうねうねりながらクルスの実験途中のビーカーにからみつく。
 そして、ごとんと倒した。
「―――!」
 クルスががたっと音を立てて立ち上がる。「まてスライム、それ以上は――!」
 しかしスライムはどこ吹く風。次のビーカーに近づいて、うねんとうねると――
 ビーカーを押し倒した。
 先に倒したビーカーと、後に倒したビーカーの中身が、実験台の上で、混じり合った。
「………。あー」
 クルスは天井を仰いで、片手で顔を覆う。
「そうか。……そういうことか」
 何のこっちゃと客人たちがきょとんとすると、クルスは「ごめん」と言った。
「もう遅い。ちょっと巻き込まれてくれる?」
 はい?
 と思った時にはすでに遅かった。
 意識がすっと落ちていくような気分に陥り――

 やがて、目の前が真っ暗になった。

 * * * * * * * * * * * * * * * * * *

「うわわわわわ!」
 1人の青年が、逃げ回っている。
 巨大な氷の蛇のようなものが彼を追っていた。
 そこへ通りがかった風一陣――
「……魔術の複合か」
 感心したように呟いて、緑と青の入り混じった髪の青年はすいっと指を虚空に走らせる。
 氷の蛇の動きが止まった。
「後は自分で溶かせ。それだけの腕なら炎の魔法ぐらい使えるだろう」
 青年は眼鏡を押し上げ、それだけ言ってさっさと通り過ぎようとする。
 助けられた青年は――トールは、颯爽としたその姿に一目惚れした。
「すげえ! 俺の魔力をあんな動きだけで抑制するなんて……!」
 眼鏡をかけた青年にしがみつき、「ねえあんた何て名前教えて、教えてくれって、なあ!」
「……うるさいな」
 眼鏡の青年は顔をしかめた。
 トールはえへへと頭をかき、
「実は――……」
 と後ろを指差した。
 眼鏡の青年――もといクルスはぎょっとした。
「他にも、大量にいたりして☆」
 唖然。
 炎の竜巻がのたくり、風によってこちらへ向かってくる。
 冷気をまとった氷像がどがんどがんと――一応飛び跳ねながら、こちらへ向かってくる。
 炎の蛇ももちろんいた。……7つの頭を持って。
 炎と言えば狼もいた。炎狼。
 そんな魔物が、それぞれ何匹も。
 氷の蛇もまだまだいた。
「いやあ。魔物が出てきたら対抗するために魔物で行こうと思って魔物作ってたんだけど」
 作りすぎちゃったじゃん、とトールは爽やかに笑った。
「あんた抑制できる? 俺ってばそっち系全然だめでー」
「反属性をぶつければ済む話だろうが!」
「俺の魔術、複合だから。反属性なくなっちゃってんの」
「………」
 その時。
 気配がしてはっとクルスは振り向いた。
 そこに、ビーカーの薬が混ざり合ってできてしまった時渡りの薬の巻き添えになった、『客人』たちが立っていた。

 * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 そこは精霊の森をバックにした場所だった。
 『客人』たちは、精霊の森側に、到着した。

「ちょっと顔を出しただけなのになんでこんなことに巻き込まれているんだ、俺?」
 と金色の瞳をぼんやりと目の前の魔物たちに向けたのは、ユーアだった。
 彼女が精霊の森に来るのは非常に珍しい。だんだん顔が赤くなってきて、それから――一気に表情が一変、
「飼い主ならちゃんとペットの躾くらいしておけってんだ!!」
 トールにしがみつかれているクルスの襟首をつかんで揺さぶった。
 元はと言えばスライムはユーアが作りだし、かつ勝手に森に置いていったのだが、彼女は里親に出した時点ですでにスライムに関する責任は放り出している。
 情け容赦なくがくがくがくがくと散々クルスの首を揺さぶる。ちょっとウサ晴らしをこめて。
「ま、待っ、て、ユーア……」
 千獣が慌てて止めに入った。
「クル、ス……クル、スは悪、く、ない……よ」
「いーや、監督不行き届きだ」
「……でも……」
「いいから一発は殴らせろ」
 とユーアが拳を固めた時――
 ユーアが襟首をつかんでいるクルスが、妙な反応をした。
「ええと……千獣? キミは……ユーア、だったかな」
「………!」
 ユーアの拳が止まる。
 その場には、他にも時渡りの薬の巻き添えになった人々がいた。
 ディーザ・カプリオーレ。
 アレスディア・ヴォルフリート
 ウィノナ・ライプニッツ
 鬼眼幻路。
「アレスディア……と、他の方々はどちら様……?」
 クルスは首をひねる。
 ユーアは目を見張った。
「てんめ、まさか」
「……ああ、そっか」
 ディーザが煙草を吸いながら前髪をかきあげた。困ったように。
「このクルスは『過去の』クルスか」
「じゃあ元のクルスはどこ行ったんだ!」
 千獣が焦って匂いを探る。
 目の前の青年の、千獣を見る目が違う。それだけで不安になった。それだけでそれだけでそれだけで。
「――あ、あっち」
 精霊の森の木々の陰へと走る。
 クルスの襟首を手放すタイミングを逃したユーアをのぞき、他の全員がそれぞれ千獣の鼻を頼りに精霊の森の木の陰を覗き込む。
 ――木に完全に隠れるよう、木を背にし出来る限り体勢を低くしたクルスが、そこにいた。
「や、やあ」
「ちょっと、1人で何隠れてるんだよ!」
 ウィノナが腰に手を当てる。
「いや、キミらはともかく、僕が過去の僕と顔を合わせるのはさすがにまずいから……」
 彼は両手で魔術展開をしている。気配を消しているのかもしれない。
 そんな彼は千獣の視線をふと感じ、彼女の方を優しく見た。
「……心配した?」
 千獣はその瞳を見てすっと心のつかえが取れるのを感じた。
 首を横に振り、
「……あん、まり、戦って、る、とこ、ろ、見ない、で……」
「背後だからどの道見えないよ」
 微笑むクルスたちの様子を見て、うわあとウィノナがそっぽを向いて肩をすくめた。アレスディアも顔を赤くしてよそを向いている。
 ディーザたちなどは恋人たちの逢瀬に大して感慨があるわけでもなく、とっとと『過去』クルスとトールの元へ行き、
「トール、ヘタレだね……」
 心底白けた声で言った。「男の子なら、自分でやったことは自分で始末つけられるようにしなきゃ」
「まったくでござる」
 幻路がうなずいた。
「トール殿……男児たるもの、せめて己の行いにぐらいはきちんと責任をもつでござるよ」
「ひえええ。だって、だって」
「やったらやりっぱなしなどと、一番格好悪いことでござるぞ。生み出された魔物の方とていい迷惑でござるが……」
 アレスディアが近づいてきて、トールを真顔で見た。
「……この者は、その種族の特徴から命を人と同じように捉えられぬと聞いた」
「ああ、そうだったよねえ」
「果たして、本当に、そのような大層な理由からなのだろうか? ただ、責任感が欠けているだけではないのか?」
 むう、と眉間にしわを刻んだアレスディアは、それから息をついた。
 ディーザと幻路もため息をついた。
 3人は同時に言った。
「……仕方ない」
 どがんどがんと巨人がうるさい。わおーんと狼がうるさい。ぼおおおおおと炎を噴き出している蛇がうるさい。
 とりあえず危機状況。よって、戦うしかなし。
「こぉらあ!」
 ユーアの怒鳴り声が上がった。
 見ればトールは、命知らずにもユーアにしがみつこうとしながら「怖いじゃんー」とわめいていた。
「あっ? 俺にしがみ付こうなんて数百年は早いっつーの、蹴られて気絶したくなかったら近寄るんじゃねぇ!」
 言いながらユーアはすでにげしげしとトールを蹴っ飛ばしている。
「仕方ないから目の前にいるこいつらで憂さ晴らししてやる」
 すらっと剣を抜く。目がすわっていた。
 ディーザは過去クルスに声をかけていた。
「クルス、トールを頼むよ」
「え? あ――キミは」
「誰でもいいから。とりあえず存分に抱きつかれてて。案外お似合いかもしれないし」
「……いやあの」
「さて、ふざけるのはこのぐらいにして」
 ふざけている自覚はあるらしい、ディーザは煙草を捨てて地面で踏みにじった。
 ウィノナと千獣が静かに現場に戻ってくる。
 千獣は目の前でのたくっている作り物の獣たちを見て、誰にも聞かれないほどのため息をついた。
 そして過去クルスに向かって、
「……クルスは、クルス、自身、と、トール、を、守る、こと、だけに……専念、してて……」
「千獣……?」
「あと……できれば、こっち、見ないで、いて……」
 今話しかけているのは、クルスであってやはり千獣の想うクルスではない。
 それでも、これからの姿を見られるのは嫌だった。
「勝手に生み出して手に負えないから殺す、あまり気分のいいものではござらぬが……致し方なし」
 幻路があごに手をかけ、「拙者は大物、八岐大蛇ならぬ、七岐大蛇を相手にするでござるかな」
 千獣がばさっとマントを払う。
 ――数が多い。全方位からの攻撃の可能性。組み伏せられれば貪られる。足を止めてはいけない。
 足を止められてはいけない。蹴散らし続ける力と速さ。
 千獣は符を織り込んだ包帯をするすると解く。
「千獣、あんまり無理しなくても」
 ディーザが心配して声をかけてくれるが、今の彼女はたとえ過去であっても確かなクルスと、背後にある精霊の森、そしてそこに隠れている『今』のクルスを救うために本気だった。
 ――四肢に、獣を開放――
 ざうっと音がした。千獣の両手両足が、異形のものへと変化する。
「えうっ!?」
 ウィノナが驚いて一歩飛びのいた。
 千獣はそのまま四つ足になって、大量の魔物の中に突進した。
 真っ先に飛び込んでいってしまった千獣を見ながら、アレスディアは過去クルスに話しかけた。
「すまぬのだが――」
「なんでキミまでいるんだい?」
 クルスは目を白黒させている。アレスディアは苦笑いをして、
「念のために聞くが、倒すしかないのだろうか?……気絶などと言っていられる雰囲気ではなさそうだが、念のため」
「ああ、あの魔物たちか」
 クルスはすぐ近くにある精霊の森を仰ぐ。あごに手をやって、苦しそうに、
「……そうだな、あれも生物だから殺したくないのは分かるんだが……森の前でここまで大量の魔物を発生させてもらうと」
「例えばトール殿の魔力を断ち切るとか……そういうことは?」
「あれ、なんで俺の名前知ってるの」
「――この子トールっていうのか。いや、無理……だな。あの魔物たちはもうこの子の手に負えない」
「この子この子って、ガキ扱いすんなよ! 俺ハタチだよ!」
 クルスの腰にしがみついたまま、トールは怒鳴った。……激しく説得力がない。
「そうか……」
 見やれば、すでに千獣は敵への攻撃を開始している。あれほど嫌う自分の姿を四肢にまで解放して、全力で戦っている。
「ならば私も全力だ」
 『我が命矛として、牙剥く全てを滅する』
 コマンドを唱えると、手にしていたルーンアームがしゅるっとアレスディアにからみついた。
 身軽な黒い装束、手に残ったのは突撃槍『失墜』。
 そしてアレスディアは特攻した。
「千獣殿!」
 と長いつきあいの少女と息を合わせるために名を呼びながら。

 ユーアは氷像に向かって足を踏み込むと、目の前に来るなり炎をまとわせた剣を横薙ぎに振るった。
 太い足が、その一撃だけでがらんと折れる。
 それで一気に崩れるかと思いきや、片足でも氷像は立っていた。
「しつっけーの。さすが作り主が作り主だな」
 ユーアはすかさずもう一度剣を薙ぐ。今度はもう片方の足へ。
 今度はうまくいった。両足を失って、氷像は上半身まるごと地面に倒れた。
「よっし」
 ユーアが次の獲物に向かおうと身を翻そうとしたその時――
 がららら……
 音がした。
 振り向くと、氷像はその太い腕で上半身を起こしていた。
 ユーアは額に青筋を浮かべた。
「だーかーら……」
 今度は渾身の、上段からの振り下ろし――
「しつっこいっつってんだよ!」
 斜めに上半身に切れ目が入って、ずりっとずれる。ユーアは止めに氷像の首を飛ばした。
 そして、
「最初っからこうすりゃよかった……」
 手に炎の術を展開し、氷像を跡形もなく溶かしてやった。
 まあ彼女にしてみれば、剣でぶった切っていた方が憂さ晴らしになると考えただけなのだが。
 ふと気づくと影が落ちてきて、顔を上げると違う氷像の拳が振り下ろされてきていた。
 ユーアはひらっと背後に跳んでかわした。そして着地するなり足に力をこめて前に踏み込み、
「舐めんな!」
 氷像の腕を薙いで斬り落とした。
 そして勢いのまま氷像の懐に入る。
 ずん、と音がした。
 氷像が、一気に消滅した。
「……なんでぇ、心臓一突きで終了か。つまんねえの」
 氷像はあと3体。
「全部まとめて……溶かしてやらあ」
 ユーアは唇をぺろっと舐めて、駆け出した。

「っひゃぁっ!?」
 ウィノナは突然のことに思わず飛びあがって悲鳴を上げた。
「怖ぇよ〜」
 幽霊のようにウィノナに抱きついたのはトールである。いつの間にかクルスから離れてこっちへやってきたらしい。
「どこ触ってるんだ、このぉっ!!」
 すぱーん。見事な張り手が決まる。うっとうめいて、トールは地面に倒れた。
「……わざとこういうことする位なら、少しは働きなよ、まったく……」
 それからウィノナは化身変化した。聖獣、フェンリルへと。
 同等の相手と判断し、狼系統の敵を相手に暴れまわってみたものの――相手は火をまとっていたり吹雪を吐いたり。なかなかうまく行かない。
 これぐらいで諦めてたまるか、と熱さと寒さの同居に耐え、ひたすら敵の体を噛み千切ってみたものの、敵の数が多すぎる。
 ふと。
 ウィノナの周辺3匹ほどの狼が消滅した。
「………?」
 ウィノナはとっさに過去クルスを見る。
 ……過去クルスは、ウィノナにフラれてからまたトールにまとわりつかれてこっちを見ていない。ということは――
 ウィノナは化身変化を解いて、森の陰に隠れている本来のクルスの方へ行った。
「クルスさん! さっき魔物を消した魔術の使い方、教えて!」
 と勢いで言った後に、ふとクルスの手元を見て口をつぐんだ。
 薄水色に発色した魔術が小さく、しかし複雑に、刺繍を織り込んだように美しく展開されている。
 綺麗だ。思わず見とれてしまった。
「こ、これが気配隠しの魔術?」
「自己流のね」
「す、すごい……」
 魔術師の卵として思わずごくんと唾を飲み込んだウィノナだったが、
「ええと、魔物を消す魔術――だったかな」
 クルスの言葉で我に返った。
「そ、そう。今のままだとキリがないから、ボクに制御出来るかどうかわからないけど、こいつら全部を相手に使ったら、体がもたないよ!」
 だから、やってみる!!
 ウィノナはぐっと拳を握った。
 クルスは微笑んだ。

 ウィノナは炎の竜巻の前に立った。
「ウィノナ殿、危険だ――」
 アレスディアが言ってくるのも構わず、すっと指先を虚空へ伸ばす。
 ひらっ
 教えてもらった印を虚空に描いた。
 クルスの魔術の基礎は、指先で虚空に印を描くことだ。もちろん描かなくてもいいのだが、描けば対象、そして何の魔術なのかの意思をはっきりさせられる。初心者向けである。
 ウィノナはぐっと待った。竜巻がぐんぐん近づいてきて、じわっと熱がウィノナの額に汗を浮かべる。
 ――失敗した?
 慌てて風に乗ってくる竜巻を回避した。
(……一度目でうまく行くはずないか)
 向き直り、すうっと息を吸い、吐く。
 敵を見定める。集中力、精神力。倒そう、倒そうという余計な念はいらない。ただ『消す』、それだけでいい。
 ひらっと印を描く。
 ――先ほどと違い、印が光った、気がした。
 ふっ
 何かが通り過ぎるような音がして、次の瞬間には竜巻は消え去った。
 ほう、と息をつく。――2度目で成功なんて、ものすごい成果だ。クルスの教え方がよかったに違いない。
 たまたま近くにいたアレスディアが感心した。
「すごいな、ウィノナ殿」
 ウィノナはへへっと笑顔を見せた。
「魔術は実践が大事。わざと大物っぽいのに勝負してみて正解だった」
 自信になるよ――とそう言って。

 ディーザは敵の中を駆け抜けていた。
「ついてきてくれれば、炎と氷がぶつかりあってくれるかもしれないからね――」
 持つ銃は小銃。
 入り乱れての混戦、流れ弾が怖いから、マシンガンは使わない。
 ……弾代かかるし。
 遠距離攻撃が可能な彼女は、狼たちを相手にするのに最適だった。見事なガンさばきで狼の眉間を貫いていく。
 ふと気づけば、自分の後ろを氷の蛇がついてきていた。
 にっと笑みをつくり、ディーザは炎の蛇に向かって走る。
「ほーら、こっちおいでー」
 からかうように言いながら、また銃で威嚇してちゃんとついてくるようにしながら、計算ずくの動きで蛇と蛇を――
 真正面から衝突させた。
 衝突の瞬間には、ディーザは横に跳んでいた。
 しゅおおおおぉぉぉぉ……
 炎と冷気が煙となって空に立ち昇る。
 ディーザははっとして、とっさに銃を放った。2発。
 顔面を互いに焼かれながら――
 蛇はこちらを向こうとしていた。
 そこにディーザの弾が撃ち込まれ、ようやく動きが止まる。どさっと、2匹は地面に倒れ伏した。
「ちゃんと倒れた……かな?」
 不安になりもう1度弾を撃ち込むと、今度こそ本当に、蛇たちはしゅううとその体を消滅させた。
「……生命力たっぷり。しつっこいね。さすがトールの子……」
 ディーザは呆れ半分でつぶやいた。

 アレスディアは相当数いる敵に囲まれぬよう、動き回って狙いを定めた。
 どの敵を倒すのが効率がいい?
 『失墜』のリーチのおかげで、敵が炎に巻かれていても胴体まで攻撃できる。
 ――やはり狼か。しかし量が多い。一番弱そうな敵でもある。
 本当は氷像を炎系の敵とぶつけたかったが、ユーアが倒してしまっている。
 そうか、大蛇か。
「幻路殿も大蛇狙いだと仰っていたが……」
 その大蛇も1体きりではない。アレスディアは大蛇を狙うことに決め、1体の大蛇にまとわりつく。
 炎が熱い。しかしそんなことは言っていられない。
「はっ!」
 跳躍し、首を突き刺す。
 首は幸い、胴体ほど炎に包まれていないので、攻撃しやすかった。
 正確にのどを突き、大蛇はその首をぐたっと地面に落とす。

 ――討たねば護れぬなら、討つ。

「私は、盾でもあるが、矛でもある」

 アレスディアは次の首を狙った。たっ、と地面を蹴って『失墜』を突き出す――
 しかし首は動いているのだ。かすめて攻撃を失敗させてしまい、アレスディアはしまったとすぐに地面に降り立とうとした。
 だが、首たちが一斉にアレスディアを狙ってくる。アレスディアはくっと『失墜』を振り回す。全部を避けきれるか?
 その時。
 首の動きが止まった。
 振り向くと、ウィノナがいた。
「やった、複数同時に動きとめることできた」
 ほっとした声。「アレスディアさん、大丈夫?」
「あ、ああ……」
 アレスディアは驚いた顔をして、「それもクルス殿から?」
 ウィノナはうなずいた。
「あははっ。実はさっきからずっとやってて失敗し続けてたんだけど……ほんと、実践だと精神力マックスだからコツ一気につかめちゃいますよね」
 と少し苦笑しながら。
 アレスディアは微笑し、それから表情を引き締めた。
「助けられてばかりではいられぬ――」
 『失墜』に自分の気合を乗せて――
「はあっ!」
 連続攻撃で、動きが止まっている首すべてを地面に落とした。そして自分の装束が多少焼けるのを覚悟で首の上に乗り、炎が薄い首の根元をすぐさま突いた。
 熱い。
 しかし逃げるわけにはいかない。
 額に浮かぶ汗をそのままに、アレスディアはもう1歩踏み込み、胴体に『失墜』を突き刺した。
 胴体が暴れた。バランスを崩さぬように注意して、さらに2度、3度。
 大蛇の体が痙攣した。
 啼くための口はもうない。
 そして足元が突然ふっと消えた。
 慌てて地面に着地すると、大蛇は消滅していた。
「倒すと消滅するのか……」
「魔術で作られていますから」
 とウィノナが神妙な声で言った。

「浄天丸」
 幻路は聖獣装具浄天丸を、鳥の形に変えた。
「これを持って大蛇の上にいくでござるよ」
 持たせたのは――大量の火薬。
 浄天丸はばっと飛び立った。
 7つの首を持った大蛇が、頭上に来た浄天丸に気づき追い回す。浄天丸はその飛行能力を生かして逃げ回る。
 そして――、ちょうど大蛇の中心に来たところで、火薬を落とした。
「……火薬でもって火を制す。火薬の中には衝撃波をおこさせることもできるのでござる」
 幻路は確かめるように口にしていた。「衝撃波で体を包む炎を吹き飛ばし、かつ、本体そのものへのダメージも狙うでござる」
 狙い通り、炎の大蛇を包んでいた火が爆風で飛び散った。そして残ったのはただれた皮膚。
 後は――
「少し危険になるでござるが」
 浄天丸が一度戻ってくる。さらに火器の中に鉄片や小石を混ぜたものを持たせ、空へ飛ばした。
「あれを――口の中へ」
 ディーザなら言っただろう。「恐ろしいことするね」と。
 それは銃口に小石をつめたり、銃弾を撃ち込んだりするのと同じ効果だ。
 浄天丸は大蛇の首の1つが上を向き、わずかに口を開くのを狙って火薬を落とす。
 首が爆発した。狙ったとおりの結果だった。
「うむ。これを繰り返して――」
 その時。
 獣の腕を振り回して、大蛇の体を引き裂いた人物がいた。
 千獣――

「産み、出された、命……産み、出された、のに、砕、かれる、命……全部、背負う……犠牲、から、逃げ、ない……」

 動きを止めず狙いを定められないよう物凄いスピードで駆けながら、一方でぶつかるのを幸いに獣の爪で薙ぎ払う。主に狼たちが千獣によって屠られていった。
 見られることを、恐れては、いけない。
 生命を屠ることに、迷っていては、いけない。
 ほんの迷いが自分の――いや、自分はいい。自分が護りたい者の危険につながる、それは絶対に避けなければならないことだったから。

 氷の蛇をユーアが切り刻むような勢いで始末していた。
 ディーザは銃を的確に必要な相手に撃ち込んでいた。
 アレスディアは大蛇を相手に。
 ウィノナはところどころで敵を消したり、動きを止めたり。
 幻路は1体目の大蛇を千獣に始末されたので、2体目に移っている。
 千獣は駆け回る。獣の爪を振り回しながら。炎に体当たりされても構わず。狼に噛み付かれても構わず。
 屠る。屠る。屠る。
「千獣殿! もういい――」
 やがてアレスディアの声が聞こえた時、辺りは静かになっていた。
「………」
 ディーザが駆け寄ってくる。肩を抱いてくれる。
「……クルスの代わりね」
 その言葉に力が抜けて、千獣の四肢が元に戻った。
 近づいてきたアレスディアが、慌てて千獣の体に包帯を巻きなおす。
「怪我をされているでござるな」
 幻路が痛ましそうに千獣を見た。
 千獣は虚ろに、
「皆……無事……?」
「ああ、無事だよ」
「……森は? クルスは……」
「無事。大丈夫」
 ディーザが強く肩を抱く。
 千獣はうつむいた。

 過去クルスがトールの襟首をつかんで近づいてくると、
「――迷惑かけたね。すまない」
 千獣がふいっと目をそらした。
 やっぱり過去のクルスは彼女の想う彼とは違って、怖い。
「ええと……よかったら僕の森に招待するけれど……」
「っつーか俺たち帰れんのかよ」
 ユーアがぼやく。
「帰るのかい?」
 クルスが目をしばたく。
「申し訳ないが私たちの保護者があちらにいるので。相談させてからにしてほしい」
 アレスディアが説明した。精霊の森を指差しながら。
「僕の森に……?」
 訝しそうにクルスは言うが、構わず彼らは現在のクルスの元へと行った。

「そうなんだよな……この時、森に妙な気配を感じて、危険があるかと心配だったんだ」
 クルスは気配を消す魔術をまだ展開したままつぶやいていた。
「おい! 俺たち帰れるのかよ!」
 ユーアががしがしとクルスがもたれている木を蹴飛ばす。
「やめてくれ! 森の木なんだから――帰れるよ。僕の記憶の中に、キミたちがあの状況で助けに来てくれた記憶がちゃんと残ってる」
「じゃあ、大丈夫だね」
 ウィノナは相変わらずクルスの手元の魔術に見とれながら言った。
「おーい!」
 トールの大声が聞こえる――
「俺んち大金持ちだからさ、いつでも飯食いにくるじゃん!」
「………」
「……どうしたものかなあのぬけさく君は」
 ディーザが眉間に指を当てた。
 そして次の瞬間――

 世界が暗転した。

 * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 戻ってきた。
 あたたかい、小屋の中に。
 ぽかぽかと、飲み物からはまだ湯気がたっている。作りたてのパイもまだ熱々だ。
 なぜか時渡りに巻き込まれていなかったのか――いたのに誰にも気づかれなかったのか、ルゥが変わらず秋の味覚を食べていた。
 ウィノナは戸口にいた。
「ええと……こんにちはー、クルスさん。森を燃やそうとした変な男から、手紙預かってきたよー!」
 彼女は単にトールから手紙、ならぬ果たし状を持ってきたところだった。
 その時の台詞をもう一度言ってから、ウィノナはむうと眉間にしわを刻む。
「変な巻き込まれ方……」
「すまなかった。……キミも休憩していくかい?」
「まだ郵便配達の途中で――」
「詫びに俺に大量に食わせろ!」
 ウィノナのさらに背後に、ユーアがいた。彼女は自分で森に置いていった虫さされの薬――もといスライムをちょっと見に来てみただけだった。
「ああ、ユーア。分かった、作れるだけ作るから」
 クルスは苦笑する。
 おいしそうなパイの匂いに、
「……やっぱりあたしももらっていこうかな……」
 ウィノナがそそくさと小屋の中に入ってきた。
 アレスディアとディーザと幻路が笑って迎える。
 それまで椅子に座っていた千獣が突然立ち上がり、ぎゅっとクルスの腕に抱きついた。
「どうした?」
「………」
 私、やっ、ちゃっ、た……
 か細い声で紡がれた言葉に、クルスは微笑し。
「皆でトールにしっかり『命』を教えてやらないとね」
 千獣の髪を梳きながら、笑った。
「ねえ、果たし状の内容はー?」
 パイをつつきながらディーザが言う。
「ああ、ええと」
 ウィノナから受け取り、開いてみると、

『本日午後6時、精霊の森の外にて待つ。今回の俺の武器は炎の大蛇! ていうかまた作れちゃったから消しに来て』

「………」
「……言い聞かせるのに何年かかるかな……」
 さすがのクルスも遠い目になった。

 迷惑なライバルは絶好調。
 この先も邪魔をしてくること大請け合い……


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2542/ユーア/女/18歳(実年齢21歳)/旅人】
【2919/アレスディア・ヴォルフリート/女/18歳/ルーンアームナイト】
【3087/千獣/女/17歳(実年齢999歳)/獣使い】
【3368/ウィノナ・ライプニッツ/女/14歳/郵便屋】
【3482/ディーザ・カプリオーレ/女/20歳/銃士】
【3492/鬼眼・幻路/男/24歳/忍者】

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■         ライター通信          ■
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鬼眼幻路様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回ほぼアクションのみの話ですが、幻路さんは本当に浄天丸の利用の仕方がお上手で……
大蛇のとどめを別の方に取られてしまいましたが;幻路さんの頭脳戦はすごいと思います。
本当にご参加ありがとうございました。また次のお話でお会いできますよう。