<PCクエストノベル(3人)>


スコーピオン・パニック 〜ルナザームの村〜

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【3555 / ロキ・アース / バウンティ・ハンター】
【1800 / シルヴァ / 傭兵】
【3492 / 鬼眼・幻路 / 忍者】

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Overture.


 世界という名の地図の上に、星のように散りばめられた数多の夢。
 人から人へ、時を繋いで託される願いや祈り──決して果てることのない、まだ見ぬ未来へと踏み出す為の道標。
 思いを心に、希望を胸に。
 ひとかけらの勇気を握り締め、人はいつだって夢を追う。追い続ける。

 いつの世も、決して失われることのない戦いの物語。
 何故ならば、人が生きること──それ自体が戦いと言っても過言ではないからだ。
 だからこそ、人は己が信念を刃に変えて、振るい続ける。

 遠い空に描いた夢を、この手に掴み取るために。
 かけがえのない愛する者を、この手で護るために。
 ──地図さえも知らない新たな世界を、この目で確かめるために。


"Scorpion Panic" in the Moonlit Night──


 夜風に揺れる木々の梢が、何かの歌を奏でているようだった。
 広い街道の真ん中を、見慣れた月明かりが淡く照らしている。

 幻路の聖獣装具──鳥の形を成した“浄天丸”が、赤い血を振り撒きながら、その月明かりの下を飛んでいた。
 季節の移ろいと共に少しだけ涼しくなってきた風に乗って、噎せ返るような血の匂いが流れてくる。それは吸血鬼であれば話は別かもしれないが、お世辞にも良いものとは言えない。
 だが、おそらく『彼ら』をおびき寄せるには絶好の餌だ。

 風が止み、雲の流れが止まった。しんと静まり返っていた辺りの空気が、微かなざわめきを孕み始める。
 それは、明らかに人の手によってもたらせるものではなかった。

 息を潜めながら、その瞬間を待つ。
 シルヴァは街道の真ん中に。幻路とロキはその道を挟んで聳える大木の枝の上に。
 木々の葉が擦れる音に混ざり、響いてきた──さざなみの中で石を擦り合わせるようなその音こそが、合図。
 三人は互いに視線を交わし、大きく、頷いた。

シルヴァ:「どうやら、お出でなすったようだな」

 背負った大剣を引き抜きながら、シルヴァは闇の中に目を凝らした。小石を引き摺り、草を踏みながら──撒き散らされた血の匂いに誘われて、巨大なサソリ達が方々からどんどん集まってくる。

幻路:「ふむ、思っていたよりも数が多そうでござるな」
シルヴァ:「何匹いようと関係ねぇ。要は全部ぶっ潰せばいいんだろ?」

 あっと言う間に地面がサソリの甲羅の黒一色で覆われて行く。その数は、ざっと見ても百までは行かないが、数十を優に越えているようだった。
 それらが一斉に鋏をガチガチと打ち鳴らすものだから、響き渡る音はさながら何かの演奏会かと思えるほどけたたましいものになる。
 だが、これでは歌は歌えない。木々の梢の奏でる音には及ばない。

シルヴァ:「……そういや、毒を喰らったらどうすりゃいいんだ?」
ロキ:「それは大丈夫だ。毒消しは貰ってある。……さすがに規格外すぎて効かないかもしれないが」
幻路:「はっはっは、そういう時は気合で抜くでござるよ」

 巨大なサソリ達を前にして、三人の間に流れる空気は些か緊張感に欠けていたかもしれない。

ロキ:「そうだな、出来るだけ毒を喰らわないようにする方向で。手順はさっき話した通り、……行こう」

 ふ、と、小さく息をつき、ロキは愛用の弓矢を構えながら、二人にそう呼びかけた。





 夢と幻想の織り成す世界──聖獣界ソーン。その中心に位置する聖都エルザードより遥か南に位置する、港村ルナザーム。
 小さな村ながら漁業が盛んで、エルザードの食卓にも並ぶほどの美味しい魚が多く水揚げされる、そんな平和な村のすぐ近くに突如として現れた──もしかしたら、ずっと前から棲んでいたのかもしれないが──巨大なサソリを、最初に発見したのはロキだった。
 発見したと言うよりは、襲われたと言った方が正しい。それは、彼がルナザーム村に行く途中にある森の中を歩いていた時のことである。
 その時も今日のような、よく晴れた夜だった。待ち合わせの時間に大幅に遅刻しそうになって気も足も急いていたロキは、正規の街道ではなく道なき道を突っ切ろうとしていた。
 獣道すら出来ていない森の中を駆け抜けようとしたその途中で、木陰から突如として飛び出してきた体長一メートルほどの『それ』と遭遇したのである。
『それ』は、良く見ればサソリなのだが、一目見てサソリと判断するにはあまりにも大きかった。
 闇色よりもおぞましい黒一色。獲物を捕らえたそうに疼く鋏はロキの腕を容易くもぎ取ってしまいそうであったし、長い尻尾の先に翻る──鋏よりも大きな針は、下手をすれば軽く掠っただけでも瞬く間に毒が回りそうなものだった。
 非常にすばしっこい動きながらも、一匹だけならさほど苦戦することなく倒せた。その時、ロキが懸念を抱いたのは、他にもこのサソリがいるのではないかということだった。

 村からもそう遠くない場所だ。人が襲われないとも限らない。
 例えば、一匹いたら三十匹ということも、あるかもしれない。

 もしそうだった場合、とても一人では手に負えないと判断したロキは、既知の二人に声をかけ、そうして今回、巨大サソリの討伐に乗り出したという訳である。





 そして、三人は、ロキが最初のサソリに襲われた、その場所に近い街道の上にいた。
 ロキが事前に知人の魔術師に依頼して入手した血──正確には、人間の血の成分に近いものを、幻路の聖獣装具である“浄天丸”に持たせて、鳥に変化させ、サソリを呼ぶために空から撒かせたのだ。
 おびき出すまでの作戦は、一応、成功である。サソリ達が現れるまで、さほど時間はかからなかった。
 血の匂いに似たそれを辿り、サソリ達は群れを成してやって来た。そしてまず目に付く所にいたシルヴァを、そのまま標的と定めたようだった。長い尻尾が曲がり、体の上の前方に伸ばされる。
 鋭い毒針の群れが、一斉にシルヴァへと向いた。

シルヴァ:「欲情でもしてくれてんのかねぇ……これが全部美人の姉ちゃんだったらさぞかしいい眺めなんだろうけど、なぁ」

 その割にシルヴァの表情はとてもうんざりとしたものだった。さすがに、夥しいとも言える数のサソリの群れをそのまま美女に置き換えることは、想像の中でも出来なかったようである。

幻路:「ははは、まさに……『はあれむ』というやつでござるなあ。──シルヴァ殿、投げるでござるよ!」

 朗らかに笑うも一瞬、幻路は睨むようにサソリの群れを見やると、木の上から勢い良く投げ網を広げた。もちろん、ただの網ではなく、火薬や爆薬が絡ませてある代物だ。サソリ達に触れた途端に、仕掛けられたそれらの爆ぜる音が景気良く響き渡り、不意をつかれたサソリ達が一斉に混乱に陥るのが見て取れた。
 幻路はそれを確かめると素早い身のこなしで音も立てずに木から飛び降り、忍刀で直にサソリと対峙する。
 サソリの装甲には少々心許ないような気もするが、彼にとってはこの一振りはどんな太刀よりも力を持つものなのだ。

シルヴァ:「相変わらず派手だねぇ──っと!」

 出鼻を挫かれる形となったサソリ達へと、シルヴァの力任せの一撃が容赦なく叩き込まれる。元より竜の血を持つシルヴァの持つ力は、硬い甲羅に覆われたサソリの体を容易く粉砕していく。

幻路:「シルヴァ殿、心の臓を狙うでござる!」
シルヴァ:「まとめて叩き潰しちまえば一緒だろ?」

 的確に心臓の辺りを狙う幻路とは対照的に、シルヴァの戦法は力任せに叩き潰すやり方だ。
 そして、樹上からロキが放つ矢は的確にサソリ達の尾や足の関節を貫いていた。動きが止まった一瞬の隙を逃さず、幻路とシルヴァが止めを刺す。
 サソリはと言えば、大きさだけが規格外であるだけで、その他はごく普通のサソリであるようだった。
 ただ、ひたすらに数が多い。倒しても倒しても何とかして一矢報いようと立ち向かってくるサソリの群れは、いつしかその数を倍以上に増やしていた。

シルヴァ:「……ったく、魚を食う訳でもあるまいし、どこから湧いて出てきやがったんだ、コイツらは! ──っと!?」

 前方の一匹を叩き潰し、勢いに任せてシルヴァが叫んだその隙を狙ったかのように、シルヴァの背後から飢えたサソリが襲い掛かってきた。気配と殺気を感じてシルヴァは咄嗟に振り向いたが、それよりも速くサソリの鋏が迫る。

ロキ:「シルヴァ!」

 ロキが放った矢は、今まさにシルヴァを掴み取ろうとしたサソリの鋏を寸分違わず貫いて、地面に縫い止めた。その隙を逃す筈もなく、振り向き様に叩き込まれる大剣が、サソリを真っ二つに打ち砕く。

シルヴァ:「悪ぃな、ロキ、──助かった!」
ロキ:「まだ残ってる。気をつけろ」

 落ち着き払った声音で告げると、ロキは眼下に動く黒い影に向け弓矢を構える。
 無数にも見えたサソリ達も、無限ではない。ロキの矢が尽きるか、サソリ達が一匹残らず倒れるか、それくらいの戦いではあったけれど──
 残りのサソリ達を一掃しても尚、夜明けまでには時間があった。


Finale.


 そして、後には大量のサソリがそれこそ山になって残っていた。
 サソリの山を改めて見やり、最初に溜め息をついたのはシルヴァだった。

シルヴァ:「……ところでこのサソリ共、どうすんだ?」

 ロキもまた、心なしか渋い顔をする。今は夜だからある程度は暗闇が誤魔化してくれているが、夜が明けたら一気に惨状と化すのは目に見えていた。

ロキ:「……さすがに、このままにしておく訳には行かないよな……焼いて食べるか?」
シルヴァ:「こんなに大量に食えねえよ……ってかこれ食えるのか? 見た目からして不味そうだぞ。酒のツマミにもなりゃしないんじゃねえの?」
幻路:「サソリは食っても食われるな、ということでござろうか──はははは!」

 動かなくなったサソリを足で突付きながら渋い顔をする二人の側で、幻路はさも楽しそうな笑い声を響かせていた。

 かくして、巨大サソリの大群との密やかな戦いは人知れず幕を開け、幕を下ろすこととなった。
 倒したサソリをその後どのように片付けたかについてはご想像にお任せと言ったところであるが──夜が明ける頃には、森の街道はいつも通りの静けさを取り戻していたことだけは、間違いなかった。

 そして、ルナザーム名物の魚料理を心行くまで楽しんでから、三人はエルザードへの帰途につくことになる。
 酒の肴にぴったりな干物と、──ささやかな冒険譚を、手土産にして。