<PCクエストノベル(2人)>


地下での修行


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【冒険者一覧】

【1070 / 虎王丸 (こおうまる) / 火炎剣士】
【2303 / 蒼柳・凪 (そうりゅう・なぎ) / 舞術師】

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石の壁には地下水が浸食し、色など判別もつかない苔が様々な所に生している。足元も地下水で滑る箇所が多い、灯も前には何時射したのだったか…と考え至る事も忘れてしまうほどだった場所を、何時か振りの灯りが照らし出した。

虎王丸:「うわ、すっげえな」

凪:「虎王丸…滑るなよ」

灯の主は二人の少年、虎王丸と蒼柳・凪だ。色黒の少年・虎王丸は、赤い双眸の少年・凪が放った一言に対し、眉間に皺を寄せて抗議をしている。そのまま、一歩足を進めた物だから、その足の下に大量の苔があると走らず力強く踏んだ。

虎王丸:「っうわ!!!!」

ずるっと、案の定虎王丸の片足は思った以上に前へと進む事になった、何とか…こける事は免れる事が出来た所が救いだろうか。その一部始終を見ていた凪は、呆れ返ったように額に手を当てて瞳を伏せた。

凪:「だから、気をつけろって言っただろ」

虎王丸:「るっせ!ちょっと油断しただけだ!」

体勢を持ち直しながら、更に反論してくる虎王丸の意気込みでなのか、虎王丸の持つ松明の炎がゆらり。凪は至って冷静に、虎王丸の向こうを指し示す。

凪:「判ったから、先へ進もう。……やっぱり、試すのか?」

先を促しながらも、凪は少々不安めいた声を出した。虎王丸は、凪の指す方へとずんずん、足を進めている最中で。

虎王丸:「何だよ、やらなきゃ修行にならないだろ?」

凪:「それはそうだけど、何もこんな逃げ道の少ない場所じゃなくても良いんじゃないか?」

どうやら、凪としては【修行】に反対のようで。…だが、それに構わず先を進む虎王丸。全く意見を聞き入れるつもりの無さそうな背中に、凪は小さく息を吐きながらその後ろを銃型の神機に取り付けたライトで照らし、慎重に進む。

虎王丸:「おっ、道は少し広くなったぜ!」

凪:「…本当だ。この先に、何かあるのかもしれないな」

一見、入り口にも見えそうな穴の中に入る。虎王丸は松明を揺らしながら、ゆっくりと腕を動かし穴の中を照らし出す。…どのくらい進んだかは日の光も無いお陰でよく判らないが、どうやら中心部へは近づいたようだ。ここに辿り着くまでの道を考えれば、とても歩きやすい通路が目の前には開かれていた。それでも、相変わらず湿っぽく、苔で滑る足元に苦労しそうだ。虎王丸の背後から覗き込むようにして通路を確認した凪は、松明よりも遠くへと届くライトを通路の先へと当てた。

凪:「…さすがに、まだ何も見えない、か…」

虎王丸:「とにかく、先に行ってみようぜ」

虎王丸が足を進ませれば、一歩進むたびに『ぴちゃ』と水音が通路内に響き反響する。まるで大勢で歩いているような錯覚に陥りそうだった。松明を揺らしながら、壁も床も注意深く見て回る。まだまだ何も無い。

虎王丸:「何にも無いな…っと?!」

詰まらなさそうに呟き、虎王丸は松明を持っていないほうの手で触れた壁。…それがいきなり、ず、ず、ず、と後ろへと後退し始めたのだ。正確には、壁ではなく、壁を構成している大きな石の一つ。

虎王丸:「何だあ?!」

凪:「隠し扉だ、行ってみよう」

凪の言うとおり、石が動きを止めれば更に大きな音を立てて一メートルほどの壁がごっそりと動き、新たな道が現れた。

虎王丸:「俺ってばお手柄ッ!」

凪:「偶然だろ?」

虎王丸:「うるせっ!!」

思わず、ぐっと拳を握る虎王丸に凪は即座に突っ込みを入れながら、虎王丸の肩越しに道を覗く。……やはり、真暗。それでも、進むしかないだろう。照らし出してみれば…通路、と言うよりは部屋に近い構造と成っていた。遠くに一つ、近く、左右に分かれて二つの入り口がある。それと、何に使うのだろうか、良く判らないレバーが、左側の入り口の傍に一つ。

凪:「気をつけろよ、ここで何かあったらどうなるか判らない」

虎王丸:「凪は心配しすぎなんだよ!」

あんまり心配しすぎると…なんて、虎王丸の口が、お約束の続き文句を言おうとした時だ。

カチリ

…?

思わず、二人とも首を傾ぐ。…虎王丸の足元には、石が一つ、窪んでいる。虎王丸の踵は丁度、その石を踏みつけるようにしておかれていた。

………

……

異変に気付いたのは、奥の入り口から聞こえる奇妙な音が聞こえて来てからだ。

凪:「アンデッドだ!」

虎王丸:「よっしゃ…!そうこなくちゃ、修行になんねえぜ!」

虎王丸が勢いよく腕を振り上げ、松明を少しはなれた足元へと放り投げた…火は強く、松明の火は消えてはいない。腕を振るう虎王丸の動きに、首の鎖がカシャンカシャンと音を立てた。凪は、虎王丸の後ろでゆるりと腕を振るい、扇をパン!と小気味良い音を立てさせて拡げた。赤の双眸を細め、這うモンスターたちを一瞥しやる。現れた数は…1・2……5体だ。

凪:「俺は援護をしてやるから、どれだけ出来るかやってみろ」

虎王丸:「…おう」

…アンデッドたちの衣擦れや、這いずって来る音、現世に留まる事の苦しみもがく呻き声が、凪の耳の底辺をアンデッドたちの姿同様に這いずって来た。そのあまりの耳障りの悪さに、顔を顰めてしまう。虎王丸は、鎖の力を抑えようと意識を集中させているようで、静かだ。


凪:「!」

アンデッドが直ぐ傍まで迫っている、虎王丸はまだ柔化できない様子。凪は腕を振り、空気を払う。腕でやんわりと裂かれた空気は、アンデッドたちへと向かう。赤と橙、黄色の閃光が散った。アンデッドの一体が、虎王丸の足元に置かれた松明と同じ色をして燃えている。同じように這いつくばっていたアンデッドの一体にも燃え移り、残るは3体。確かに、この程度ならば窮地に陥っても何とか逃げ切る事はできそうだ。


虎王丸:「っしゃあ!行くぜ!!」


虎王丸の威勢の良い声が、アンデッドの呻き声と轟々と燃える音を掻き消し…二対の立っていたアンデッドさえも姿を消した!…と、思えば…アンデッドは奥の壁へと吹き飛ばされた様だ。影の中で蠢く更に濃い影が、凪の目に入った。そして、そのアンデッドを吹き飛ばした原因は、視界にいつの間にか新たに加わっている虎王丸…腕の変化。

凪:「…上手く行ってるのか?」

虎王丸:「一撃じゃあな…集中力が、切れたら」

それ以上は、気を張り詰めている所為で喋れないのか、虎王丸はぐっと言葉を飲み込み押し黙ってしまった。凪は虎王丸の言わんとする事を想定し、同じように喉へ息を詰めた。鎖の抵抗か、強靭な腕に纏われた豪奢な白虎の毛皮がざわりと、風も無いのにざわめいている。それに耐えているのか、虎王丸の目は少し細められた。

凪:「……虎王丸…?」

そう易々とはうまく行かないだろう、そう凪が声をかけようとした矢先だ。壁に叩きつけられぐったりとしたまま動きはしないアンデッドの脇を幾つもの影が通る。奥の入り口から出てきた物だ。俊敏な動きは鼠を連想させた、地の果てまでも続きそうなこの地下墓地、一匹程度居ても可笑しくはない。…だが、通り過ぎる影は一つ出などおさまるはずも無かった。

凪:「なっ!」

虎王丸:「仕方ねえ、兎に角やってやろうじゃん!!」

凪:「兎に角じゃないっ!!危なくなったらさっさと逃げるからな!!」

虎王丸:「判ってら!」

虎王丸に襲い掛かる影、どうやら多くの影は動物のアンデッドのようだ。四足、そうではない物もいる。紅く熟れた舌をべろんと垂らしたまま、緑や紫と毒々しい色を含む涎や体液を垂れ流しながら襲い掛かる。それを躊躇いも無く切り裂くのは、高貴な毛皮を汚す事も厭わない白虎の腕。

虎王丸:「まだ…まだ、行けるッ!!」

凪:「大丈夫なのか?!ヤバかったら早く言えよ!」

ガウン!!!

凪の手元で大きく吼えたのは、先ほどまで煌々と辺りを照らしていた銃型神機。銃口からは硝煙を立ち上らせ、凪の紅い双眸のスコープを頼りに次の的を探す。…其処だ。ガウン!!もう一度大きく吼えれば、アニマルアンデッドが何匹か断末魔を上げて地に伏し土くれと化す。

虎王丸:「っくそ、限がねえ…!…」

びきりと、痛むような感覚が虎王丸の腕から這い登ってくる。ぶんぶんと、その感覚を誤魔化すように首を振るって強く、地面を蹴り上げた。…蹴り上げた脚も、白い毛皮を纏っている。アンデッドの動物達の毛皮などとは似ても似つかないほど神々しい白。白糸がアンデッドの白濁色の双眸に映る。

虎王丸:「一気に蹴散らすッ!!」

凪:「無茶はするなって言ってるだろ!」

遠くで凪が叫んでいるが、お構いなし、と言うよりは制限時間が近づいて来ている事に焦っているのか、虎王丸は腕を振るい群がるアンデッドを散らして行く。

虎王丸:「っと!危ねえ…」

飛び掛るアンデッドに、再度地を蹴り上げて高く舞う。石の壁へと爪を食い込ませ、火花を暗い部屋へと咲かせながら、今度は壁を蹴り上げアンデッドが群がっていた壁際とは反対の壁際へと着地する。すかさず襲い掛かろうとするアンデッドたちへと向け、虎王丸が腕を振り上げる。白い上等の毛並みを靡かせ真白といって良いほどの光の砲弾がアンデッドたちを迎え撃った。そこに、凪の神機が吼える。

ガウン!ガウン!!ガウン!!!

その後も、何発か銃声が響く。硝煙の匂いと血の匂い、アンデッドの所為だろう、腐敗臭が部屋を漂い、凪と虎王丸の鼻先を掠めては空気と共に二人の身体の奥へと入り込んだ。

凪:「ッゴホ!なっ…んて、臭いだ…!」

虎王丸:「鼻が曲がる!…って、あ」

鼻と口元を両手で押さえ、何とか臭いを封じようとしている虎王丸はやっと気付く。

虎王丸:「戻ってるよ…!あー、まだ行けると思ったのに!」

凪:「最初にしては長かったと思……!」

時間としては数分間、以前の記録を考えれば褒められた物だと肩を落とす虎王丸へ声をかけようとするが、それを阻んだのは凪の神機を構えなおす音。虎王丸も、凪の双眸が強く注がれる方向を見据えた。…あの一番奥の入り口。

虎王丸:「…ッ!まだ何か出てくるってのか!!」

影の中で蠢く影、先程のとは又違う。これ以上何を相手にしろと言うのか、虎王丸はわざと思い切り顔を顰めて見せた。…出てくるのは動物と、人間のアンデッド、……そして、キメラのアンデッドも共に歩んでくる。

凪:「…あんなのを相手に、修行する気じゃないだろうな!」

虎王丸:「馬鹿言うな!!」

それも半端な数ではない、数対で終わるかと思われた影の更新は段々と洪水にも似てきた。もうそろそろ、明るみに出てその姿がくっきりと、二人の目の前へと晒される事だろう。…そんな事耐えられる物かとばかりに、二人は走り出した。近く、右側の入り口へ!

虎王丸:「っずわあ!!!」

ガシャン!

最初にしたのは、何かが滑った音だが間髪入れずに入ったドスン!と何かが地に着く音の間に…、違和感のある金属音。凪が眉を顰めて、滑りこけた虎王丸の手を握って立たせながら、辺りを見回す。…まるで間違い探しだ、ライトで辺りを探る。ずんずんとゆっくりと向かってくるアンデッドの行進。左の出口、異常なし。右の出口、なんとも無い。………???

凪:「お前…一緒にレバーも引いたな?!」

虎王丸:「れ・ばー?知るか…ぃって、それより、何かすっげえ硬いのに腕ぶつけた…!」

見てみろよ!とばかりに【何か】に打ち上げ、赤くなった腕を見せ付ける虎王丸に、コレが原因だとばかりに凪が指した物。レバー。

虎王丸:「…え?マジで?俺?」

打ち上げた硬い物の正体を、ようやっと把握した虎王丸は幾分、信じられない…と言う風に目を何度も大きく見開いたり瞬いて見せている。…凪は額に手を当て、溜息に似た息を小さく外へと追い出した。

凪:「気をつけろよな、もうさっさと行くぞ!このままだとアンデッドがく…」

ガシャン!ガシャンがしゃんガシャンがしゃんガシャン………

遅れて幾つもの金属音が部屋に鳴り響く。そして、高まるアンデッドたちの呻き声。…恐る恐る、と言った風に二人はアンデッドたちが迫り来る方向を見据えた。


虎王丸:「マジで?」

凪:「…」

柵に阻まれ腕を必死に此方へと伸ばしているが、届かないアンデッドたちの姿。何度も体当たりをしている者もいるが、どうやら柵は壊れてくれるほど優しい相手ではないようだ。…何時の間にか降りてきた柵には、模様のような…文字のような、読み取れない物が巻きつくように青く光り記されている。

虎王丸:「助かった…!俺って、本当に運良いな!」

凪:「……全くだよ」

虎王丸:「何だよその声!ほら、さっさと次の部屋に行こうぜ!」

凪:「まだ行くのか?!」

虎王丸:「だって、まだ凪の武器見つけてねえだろ」

凪:「……それと、生活費の足しに成る物も見つけてないな」

虎王丸:「決まり!な!」

決め手、そう思えるほど爽やかな笑顔、背後ではこれでもかと言うほどのアンデッドたちが同化してしまうんじゃないか、と言うほどひしめき合っている。その対比に、凪は何も言えず、小さく頷くしか出来なかった。


地下墓地の奥底で響くのは銃声、逞しいだろう虎の咆哮、そして二人の少年の叫び声…と、賑やかな事この上ない。



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薄い木漏れ日が地面に踊る。蔦の合間を駆け抜け、太陽の光線が二つの影を照らし出した。一方は足取りが重く、また一方は正反対のように元気が良い。

凪:「結局…何にも見つけられなかった、な…」

生活費…、かくりと肩を落とす凪の横で満足そうなのは虎王丸。幾分傷だらけだが、大きな傷は無い様子で、戻ってくる最中に拾った木の枝を振り回している。

虎王丸:「やーっ、良い修行に成ったな!また行こうぜ!」

凪:「ッ馬鹿言うなっ!!アンデッドの群れ以降、限定獣化も数十秒と持たせなかっただろ!」

虎王丸:「だからさー、それの修行にまた来るんだろ?」

凪:「ッ!!!!!!」

また行こうな!な!…と、強く念を押されるように虎王丸の声が凪の耳に入ってくる。…凪はまたも、頭が痛いと言う風に額を擦るしかできなかった。

秋も深まり晩秋の中、赤の葉が敷き詰められた山道を渡り宿へと着いた頃には、二人を照らす太陽も、山裾へと沈み床に就く準備をし始めていた。