<Trick and Treat!・PCゲームノベル>


     Trick and Trace!?

 太陽の支配する時間が終わりに近づき、日々生まれては死んでいく『今日』という命の最後の火となって、夕日が赤い寂光を投げかけている。そんな中、人足もひいた暮れなずむ街の市場を、身なりの良い青年が一人歩いていた。赤い髪は夕暮れの色を吸ったかのようにいっそう鮮やかに輝き、対してその髪が時折隠す銀色の瞳は、研ぎ澄ました剣のように冷ややかな光を放っている。黒い衣服をまとったその姿はさながら吸血鬼のごとく、『蝙蝠の城』と呼ばれる屋敷の主に相応しいものだった。
 青年の名はレイジュ・ウィナード。背に蝙蝠の翼を持つウインダー(有翼人)の貴人である。城主ともなれば買い物の一つや二つ、使用人に命じれば済むことではあるのだが、今日は諸事情で主自身が街に出向いていた。
 燃えつきかけた太陽の儚い日差しは、日光に弱いレイジュの身体をさいなむこともなく、用事も滞りなく片付いていく。
 何もかもが平穏無事に済むと思われた――そんな穏やかな空気に包まれる黄昏色の街が突然、その姿を変えた。
 赤かった空は夜のように暗く、のしかかるような闇の幕となって頭上に広がり、見知った建物も消え失せて土と草木の匂いが辺りに漂う。
 レイジュは気付くと、太くがっしりとした木の根でできた迷路に迷い込んでいた。道は曲がりくねり、いくつもの枝道が伸びていて見通しが利かず、自分がどこから来たのかも判らない。
 だが、本来暗闇の中でも方角を正確に知ることのできるレイジュである、これは迷い込んだというよりも転移したと考えた方が良さそうだった。
 蝙蝠に等しく闇に有利な感覚を備えたウインダーの青年は、慌てるでもなく冷静に状況を判断し、周囲を窺う――と、ふいにどこからか子供の泣き声があがった。姿は見えないが、音量からして遠くはなさそうである。ここで立ち止まっていても仕方ない、そう考えてレイジュは子供の声のする方へと足早に歩き出した。

     †††††

 「ぼくのお菓子をジャックが持っていっちゃったんだ。」
 「ジャック?」
 泣き声の主を見つけ、声をかけたレイジュは、『リデル』と名乗ったその子供の言葉に柳眉を上げた。
 「友達か?」
 「違うよ! ジャックはいたずら者なんだ。他に怖い魔女とかうるさい幽霊とか、たくさん仲間がいておっかないんだよ。」
 リデルはそう言って、もともと良くない顔色をいっそう青くし、レイジュのことをすがるようにして見上げる。そして、服の裾をしっかと掴んで叫んだ。
 「ぼくのお菓子を取り返すのを手伝ってよ、お姉さん!」
 『お姉さん』という言葉に先ほどとは違う意味で眉を上げたレイジュは、それを訂正しようとしてリデルを見下ろし――自分の姿が普段と違っていることに気が付いた。細くたおやかな手足、自分のものよりも華奢な指、背にあるのは漆黒の翼ではなく白鳥の白い羽……それに何より、緩やかな胸の曲線の上に流れている長く美しい髪は、間違いなくレイジュの姉のものだった。
 「何を驚いているの……ああ、キミも普段の姿と違うんだね。」
 思わぬ出来事に驚嘆しているレイジュにリデルはそう言って、急に明るい口調になる。
 「ここではみんな、なりたいと思っている姿に変わるんだよ。元の姿に戻りたいと思うなら、ぼくのお菓子を取り戻すのを手伝って。取られたお菓子の中にキミを元に戻す飴もあるから。」
 そんなリデルの言葉に、レイジュはさらに驚きを重ねた――というのも、彼は自分が姉のようになりたいと思っていたことなど、自覚したことがなかったからである。深層意識に、何でも器用にこなす多才な姉への羨望の気持ちがあるのだろうか。そのことは納得できるような、それでいて認めたくないような不思議な感覚を伴った――が、
 「お姉さん、手伝ってくれないの……?」
 というリデルのまたしても泣きそうな顔に、思考を一時中断せざるを得なかった。
 姉の姿になったレイジュは自分と同じ赤い髪をかき上げ、
 「驚いていても仕方がない。元の姿に戻る為にも、飴を取り返さないとな。」
 そう言ってリデルの小さな手を握る。
 ――次の瞬間、レイジュは純白の翼を広げて黒々とした空に舞い上がっていた。
 「空を飛べるなんて、ずるい!」
 眼下に広がる迷路を見ながら叫ぶリデルの言葉を聞き流し、レイジュは人影がないかと目を凝らす。だが、ジャックとやらを探すのなら空からの方が手っ取り早いだろうと思ったものの、視界が普段よりずっと悪いことに気付き、改めて今は姉の身体なのだと思い知った。レイジュの姉は鳥目であるため、夜はほとんど物を判別できない。血を分けた姉弟でありながらこうも違うものなのかと、レイジュは少なからず衝撃を受けた。姉の目を通して見る夜の世界は果てしなく暗く、恐ろしげに映る。
 しかし、幸いなことに迷路を作っている根がぼんやりと発光しているのか地上は明るく、まったく何も見えないわけではなかった。よく観察してみると、迷路は地面に生えた樹の上に造られているようで、その規模といったら到底視界に収めきれるものではない。こんな広い場所からジャックとやらを探すのは骨が折れそうだった。
 「ジャックというのは、どんな格好をしているんだ?」
 握った手の先にぶら下がっているリデルに視線を移してレイジュが尋ねると、青白い顔を赤くしながら子供らしい賑やかな言葉が返ってきた。
 「ジャックといったら『ジャック・オ・ランタン』だよ! カボチャの頭をしている子供なんだ。ああ、仲間と合流しちゃったらどうしよう……でも、その前にぼく、落ちそう!」
 「落としたりしないから、心配するな。」
 言いながら子供の姿を求めて再び迷路の方へ視線を向けたレイジュは、その視界に本来の自分の背にあるものとよく似た黒い翼を捉え、小さく息を呑んだ。
 「……ここにもウインダーがいるのか?」
 「ウインダーって?」
 レイジュの問いに、恐怖を忘れたのか不思議そうな顔でリデルが訊き返す。が、それには答えず、レイジュは空いている方の手で黒い翼の見えた地点を指差した。リデルはそれを目で追い――あ、と叫ぶ。
 「あれはジャックの仲間の吸血鬼だよ。女の人に弱くて、紳士ぶってるけど、敵にまわすと怖いんだ。どうせ見つけるならジャックを見つけてよ。」
 「仲間なら居場所を知っているかもしれない。行くぞ。」
 レイジュはそっけなく言うと翼をはためかせ、リデルの悲鳴の尾を引きながら、元の自分に似た姿を持つ黒い翼の下へと引き寄せられるように向かった。

 全身黒ずくめで、レイジュ同様漆黒の翼をその背に持つ吸血鬼は、レイジュとリデルが空から突然目の前に舞い降りてもどこか平然としていた。いや、正確にはレイジュの姿に釘付けになっていただけなのだが。
 自分が吸血鬼の眼中に入っていないことには気付かず、レイジュの背後に隠れたリデルは、こっそりと敵に目を向けて、
 「あれは……!」
 と小声で叫んだ。吸血鬼の手にはジャックが奪っていった菓子がいくつか乗っていたのである。その中には、レイジュを元の姿に戻すことのできる魔法の飴も混ざっていた。
 「あの飴、ジャックがぼくから取ったやつだよ。ジャックの奴、仲間に配ったんだ。」
 レイジュの服の裾を引き、背伸びをしてそう耳打ちする。この言葉にレイジュも吸血鬼の手元へと目をやり、好都合だ、と呟いた。
 「わたしと魔女の他に、いまいましい大地の呪縛に捕われていない者がいるとはね。あなたはわたしの同類かな? それとも、白い翼を持つのは天使だったか。」
 二人の密談に構わず、吸血鬼がレイジュに向かって微笑みながら問いかける。その表情には、今のレイジュが女性の姿であるからというだけでなく、同じように翼を持つ者としてレイジュ自身が感じているような、かすかな親近感が見て取れた。
 レイジュは、身体的に今の状態で戦うことは不利だと判断し、できることなら穏便にリデルの菓子を取り戻すべきだと考えていたが、今の姿を最大限に生かせば、逆に現状は有利であるとも思えた――つまり、女性に弱いという吸血鬼の性格を利用するのである。幸い、向こうも興味を持っているようだから希望はあるだろう、そう考え、レイジュは正面から頼んでみることにした。
 「同類ではないと思うが……力がなくなれば地面に降り立つのは同じかもしれない。空腹で飛べなくなったんだ。……良ければその手の中の物をくれないか?」
 さりげない口調で言って、レイジュは吸血鬼の持っている菓子を指差した。
 「これを?」
 「そうだ。できれば全部くれ。」
 「……。」
 口上は悪くはなかったはずだが、何故か相手はあまり乗り気ではなさそうな顔をした。その表情は怪訝そうだともいえる。
 これを見かねたリデルがレイジュの手を取って驚くべき速さで吸血鬼から遠ざかり、懇願口調で叫んだ。
 「ちょっと! そんなぶっきらぼうに話しちゃだめだよ。キミ、ほんとは男の人だね? 全然女の人らしくないよ! 不自然! あの吸血鬼、変な顔してたじゃない。絶対怪しまれたよ。せっかくそんな綺麗な女の人の姿なんだから、もっとかわいくおねだりしてよ。」
 必死にそう訴えるリデルの言葉にレイジュは一瞬息を詰まらせる。同性に言い寄らなければならないのかと思うと気が滅入るが、しかし、飴を取り戻さなければ元の姿には戻れない。レイジュは小さく息をつくと覚悟を決め、不承不承ながら、判ったというように頷いてみせた。
 そんなレイジュに背後から吸血鬼が困ったような口調で声をかけてくる。
 「これはもともとわたしの物ではなくてね。友人にもらった物を簡単にあげてしまうわけにはいかないよ。」
 吸血鬼はそう言って小さく肩をすくめた。
 意を決したレイジュは長い髪をひるがえし、距離を詰めると、「そこを何とか。」と相手の耳元で囁く。
 「見捨てないで……ね? 今にも倒れそうなの。」
 艶っぽく言い、かすかに目をみはった吸血鬼に身を寄せると、レイジュは上目遣いに相手の顔を見た。そこには、長い牙をのぞかせた端正な微笑が浮かんでいる。
 「もう一押し!」
 と小声でリデルが叫んだ。
 レイジュは服の襟元を緩め、その白い首から肩口までをあらわにして吸血鬼の腕に手をかけると、
 「あなたには血が必要でしょう? わたしには、これが必要なの。」
 と甘えるように囁いて、相手の腕ごと菓子を目の高さまで持ち上げる。
 吸血鬼の男は自分の手の上にある菓子とレイジュを何度か交互に見たが、やがて小さく声をたてて笑うと空いている方の腕でレイジュの手を取り、甲に軽く口付けた。そしてその手を、菓子を持っている自分の手に重ね、ひっくり返す。その瞬間、レイジュの手の平に菓子がこぼれ落ちた。
 「仲間を助けるためなら、ひとにあげてしまってもジャックも怒るまい。」
 吸血鬼はそう言っていたずらっぽく笑う。レイジュも完璧に作り上げた笑顔を見せ、リデルを手招きで呼び寄せると、菓子を返してやった。次いで、自分も飴玉を吸血鬼の目の前で口に含む。それを見ていた吸血鬼の男は、今度は自分の番だとばかりにレイジュの首筋に口を近づけ――ふと、その細い首から続く肩の幅が広がったことに気付き、動きを止めた。そして、恐る恐るといった様子で顔を離し、改めてレイジュを見やる。
 「お前、もしや……。」
 「僕は男だが。」
 銀色の瞳よりも冷ややかな声でレイジュがそう答えた次の瞬間、吸血鬼の表情は凍りついた。それと同時に、レイジュを取り巻く周囲の風景が歪む。
 「キミの勝ちだよ、本当はお兄さんだったお姉さん。お菓子を取り戻してくれてありがとう。魔法の時間は終わり、もうすぐ夜だから気を付けてね。」
 元の青年の姿に戻ったレイジュに、リデルがにこやかにそんな言葉をかける。レイジュは手際よく襟元を直してかすかに微笑むと、
 「僕は夜を恐れない。」
 と答え、夜の闇より深く黒い自分の翼を広げた。そして、命を吹き返し、赤みを取り戻した本来いるべき世界の空へと舞い上がる。風を切り、いまいましい大地の呪縛を切って空を駆けた後、中空で止まって眼下を見ると、そこにはもう見慣れた街の風景があるばかりで、あの目もくらむような広大な迷路はどこにも見当たらなかった。どうやら無事に抜け出せたらしい。
 レイジュはもう一度翼をはためかせ、残りの買い物は次にしようと決めて姉の待つ城の方へと視線を向けた。そして、吸血鬼が最後に見せた滑稽な表情を思い出しながら、勝手に姉の姿で遊んでしまったことを心の中で詫びる。それから、たとえ姉の見る夜の世界が恐ろしく、暗く沈んでいても、傍には自分がいるのだと呟いた。
 レイジュ・ウィナードは『蝙蝠の城』の主、蝙蝠は闇の中でも目標を見失わず、時にハロウィンのいたずら者たちさえ打ち負かすほど、夜に祝福されている。そんな者が傍にいれば、誰も夜の闇を恐れることはないだろう。



     了




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3370 / レイジュ・ウィナード / 男性 / 20歳(実年齢20歳) / 異界職【蝙蝠の騎士】】

公式NPC:リデル

クリエーターNPC:吸血鬼

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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はじめまして、レイジュ・ウィナード様。
この度はハロウィンシナリオにご参加下さり、ありがとうございました。
お姉様も含め大変魅力的なキャラクターでいらっしゃるので、それだけにとてもドキドキしながら書かせていただきました。
特に艶な場面を書くのは初めてということもあって、ドキドキは倍増です。
この感覚は、きっとお姉様に密かに詫びるレイジュ・ウィナード様ご自身の心境に近いものがあろうかと思います。
そういう意味でも共感が持て、またお姉様への愛情や抱えてらっしゃる苦悩にも前向きでいらっしゃることにも大変心惹かれました。
素敵な方にお会いできてNPC共々とても嬉しく思っております。
吸血鬼も、お相手がこのような魅力的な方であったのなら文句もありますまい。
……もっとも、リデルから仕返しはされたようでありますが。

 ――未だ凍りついたままの吸血鬼に、リデルはとどめをさしていた。
 ――「今回のことをバラされたくなかったら、ジャックにボクの残りのお菓子を返すよう言ってね。
 ―― あの怖い魔女やおしゃべりな幽霊がこの醜態を知ったら、キミはおしまいだよ?」

ありがとうございました。