<東京怪談ノベル(シングル)>
誰がために輝く
レピア・浮桜は今日も黒山羊亭で踊っていた。
黒山羊亭で踊りを踊っているのは何もエスメラルダという看板踊り子だけではない。
踊りの腕でならレピアも負けてはいないのだ。
と、言うより。
2人に言わせれば、「比べるのがそもそも間違っているのよ」ということになる。
レピアとエスメラルダは良きライバルであり、親友だった。
レピアは水を思わせる踊りを一通り踊り終わり、拍手喝采を浴びた。
観衆に一礼し、踊り子台から降りると、ボーイに飲み物を頼む。さらりと長い青い髪を後ろへ流して、
「あー、いい気持ちだった」
「綺麗だったわよ、レピア」
ずっとカウンター席で見ていたエスメラルダが、ぱちんとレピアと手を打ち合わせて微笑む。
「そう? 新しく異国の踊りの形混ぜてみたんだけど」
「ばっちりだわ。いつものあなたの踊りにうまくマッチしてた。違和感なしよ」
ねえどこで仕入れた踊りよ、とエスメラルダは隣に座ったレピアをいたずらっぽくつつく。
ヒミツよ、とレピアはふふんと片目を閉じて笑う。
やがてボーイが2人に出してくれたカクテルで、2人は乾杯した。
客が踊り子を心待ちにしているのは分かっているが、そうそうずっと踊っていられるものでもない。2人の美しい踊り子が談笑しているのを、羨望のまなざしが貫く。
しかしそんな視線には慣れっこの2人は、ここ最近の話で花を咲かせていた。
「――そうなのよねえ。不思議なことに冒険者が減っているのよ。まあ、その分依頼も減っていてちょうどいいくらいだけど……」
「ふうん? 皆冒険が嫌になったのかしらねえ」
「平和になったんだと、思いたいんだけどね」
「そうもいかないんじゃない? アセシナートとの戦いは激しくなりつつあるって言うし」
「……そうなのよねえ……」
黒山羊亭は冒険者の集まる酒場だ。エスメラルダは主に依頼と冒険者のつなぎ役をしている。それだけに、情報通だし国の情勢にも過敏だ。
「国がそんなだっていうのにねえ……」
ため息をつきつつカクテルを一口飲むエスメラルダの様子が不思議で、「何かあったの?」とレピアは訊いた。
「また困った人がいてね」
エスメラルダは苦笑した。「私の名前のついた船をくれたのよ」
「うわあ、また豪勢ね。どれくらいの大きさの船なの?」
「中型の高級帆船」
「……この間の別荘とどっちが凄いのかしらね」
エスメラルダは、同性のレピアから見ても文句なしの美女だ。長い茶色の髪も滑らかで、黒曜石のように美しい瞳はどこかうるんで男たちを捕らえる。仕種のひとつひとつがとても色っぽいのは、彼女が鍛えた賜物というよりも、天然の素質だろうとレピアは常々思っている。
そして――どこか彼女は影がある。
そんなエスメラルダという黒山羊亭の女主人に、男たちは首ったけになるのだ。
「この間の別荘はまだよかったわ。いらないっていったらすんなり引いてくれたもの」
「今回は手ごわそうなの?」
「まだ応えてないのよ。今日の朝のことだから」
レピアはうなずいた。
「その気がないなら、早いうちに返した方がいいわよ?」
「分かってるわ」
そこまでは世間話だった。そう、2人にとってはよくある話。世間話に等しかったのだ――
■■■ ■■■
レピアは黒山羊亭でしか踊らないわけではない。
自らに課せられた神罰<ギアス>のために、夜しかその身は自由ではないが、あるいは白山羊亭で、気が向けば天使の広場ででも踊る。他にはこの国の王女の別荘でだろうか。
そして久しぶりに黒山羊亭で踊ってみようかと、訪れたある夜。
黒山羊亭が閉まっていた。
どんどんと扉を叩いてみる。返事がない。おかしい。
慌ててベルファ通りを通る人をつかまえて話を聞いてみたが、
「知らないよ。最近ずっと閉まってるんだ」
としか返ってこなかった。
そんな馬鹿な。レピアはきょろきょろと辺りを見渡し、黒山羊亭の常連がいないかと探した。
そして見つけた。――常連ではないが一番情報を知っているはずの、黒山羊亭のボーイ。
「ねえ、ちょっと!」
レピアは彼をひっ捕まえた。「どうして黒山羊亭、閉まってるの? エスメラルダはどうしたの?」
ボーイはびくっとした。レピアの形相を見て慌てて、
「その、それが、どこにいるか分からなくて……」
「エスメラルダが?」
「そうです。連絡がつかないんです。一応俺も鍵預かっているので店の中覗いたんですけどいなくて」
「―――!」
他には! とレピアはボーイにつめよった。
「エスメラルダが行きそうなところとか、情報ないの!? 病気でどこかの親切な民家で療養してるとか!」
「な、ないですよ。エスメラルダさんほど目立つ人なら、エルザード城下にいればどこにいようとすぐに分かるじゃないですか!」
「それはそうだけど。でも手がかりくらい」
レピアは鼓動が早くなるのを必死で抑えた。エスメラルダに何があった? 心配で不安で怖くて。
そんなレピアに、ボーイは恐る恐る言ってくる。
「あの……店長の代わりにしばらくレピアさんが踊り子やってくださいませんか? そうすれば黒山羊亭も開くことができますし」
レピアはかっとなった。
「エスメラルダがいないのにどうしてそんなことしなくちゃならないのよ!!!」
「店長も黒山羊亭を閉めたままでいるのは本意じゃないと思うんです、だから何とか店だけでも開けようと――」
「その肝心なエスメラルダがいないのよ!? エスメラルダに何が起こっているかも分からないのよ!? そんな時にのん気に店開けて踊っていろと言うの!?」
「でも店長は黒山羊亭第一の人で――」
「馬鹿! 店なら勝手に開けなさい、踊り子なら他の女を雇えばいいわ! エスメラルダを超えられる踊り子がいるならね!」
「だからあなたに――」
「あたしはエスメラルダの方が大切よ!」
話にならないとばかりに、レピアはボーイに背を向けた。
ボーイの嘆息が聞こえたが、胸はかけらも痛まなかった。
聞き込みを続ける。エスメラルダの姿を見た者はいないか。噂だけでも聞いた者はいないか。
あれだけ目立つ女性なのだ。欠片もその消息が分からないなんてことはないはずだ。
――それともまさか、エスメラルダ自身が変装したり自分の身を隠して?
まさか。まさか。
レピアは聞き込みを続ける。当たり前だが、ベルファ通りの店々はエスメラルダが一番よく目撃される場所である。他の酒場や料理屋、賭場にも行ってみた。賭場は、エスメラルダが賭博をするわけではなく、踊り子として出張することがあるためで。
外に出る時のエスメラルダの服装。割と露出も少なく、ズボンを履けば大分印象が変わる。長い髪だって、形を変えてしまえば別人に見えることもある。
だがエスメラルダにはあの憂いを帯びた黒曜石の瞳がある――
黒山羊亭の常連客を見つけた。早速腕をつかんで振り向かせた。
早口で用件を告げた。
「うん? エスメラルダか。最近はあまり見ないなあ……」
「本当に? どんなに変装してても? 見てないって言い切れる?」
「いやそんなこと言われても……いちいち詳しく見てないぜ」
「じゃ、じゃあ……その、こそこそしてた女性とか、見たことない?」
「そんなもん歓楽街のベルファ通りにゃ大量にいるっつの」
「………」
いつもならエスメラルダの踊る姿をはやしたてる観客のくせになんて薄情なのと、レピアは内心目の前の男をひっぱたきたくて仕方なかった。
しかしこんな男をいちいちひっぱたいていたら時間がもったいない。次の人間へとレピアは身を翻す。
「あ、そこのあなた! あなたも黒山羊亭の常連よね、エスメラルダを見なかった!?」
「あ〜? 見てないよ〜。だってあの店今閉まってるじゃん」
「――エスメラルダが行方不明だから閉まってるのよ! 手がかり知らないかって聞いてるの!」
「行方不明っ!?」
ひっくり返った声が返ってきて、これはだめだとレピアは片手で顔を覆う。
「じゃああなたも情報収集してちょうだい! 何か分かったら私に教えて!」
諦めてその間抜けそうな男に言いつけ、次の人間を探した。
「エスメラルダなあ……」
次の大男は眉を寄せてあごひげを撫でた。「どこかで見たような気はするんだが……」
「本当!? どこ……!?」
「う〜ん……」
がしがしと頭をかきながら、男はしかめ面をする。
「思い出せねえ……」
「お、思い出して……!」
「だめだ、俺今酒入ってるし」
「〜〜〜〜っ」
もう、どうしてこうも頼りにならないやつばかり!
レピアは元々男性が苦手だ。しかし黒山羊亭の客は8割方男性である。だから苦手意識をこらえて、話しかけているというのに!
今度は女性客も狙ってみた。数少ないがいないわけではない。女性ならではの視点で、エスメラルダを見つけているかもしれない。
「え、エスメラルダさん?」
話しかけた女性は、困った顔をした。
「知らないけど……あの人がお店を離れることってあるの?」
「閉じ込められているわけじゃないんだから……」
レピアはため息をついた。
他の女性に聞いたら、今度は「あなたじゃないの?」とうさんくさそうに見られた。
「あなたがエスメラルダさんの立場を奪おうとして、エスメラルダさんを追い出したんじゃないの?」
そうだったらこんな風に探し求めてるわけないでしょう!
怒鳴りたかったがぐっとこらえ、レピアは身を翻した。
次に情報源となりそうな人物を求め、ベルファ通りを奔走する。
ベルファ通りだけでは到底足りないと、アルマ通りも天使の広場も奔走する。
けれど自分が夜にしか動けないために、情報源が限られたまま。
そんな日々が続き、もうすぐ半月になろうとしていた。
ある日。
「エスメラルダ……どこに行ったの……」
泣きそうな気分でとぼとぼとベルファ通りを歩いていた、その時。
背後からの気配を感じ、レピアは咄嗟に横に避けた。
棍棒が振り下ろされた。レピアは振り返る。数人の男たちがいる。酒の匂いがすごい。かなり酔っているようだ。
レピアはすぐに分かった。黒山羊亭の、特にエスメラルダにご執心な客たち……
「レピア〜」
棍棒を持った男が、ひっく、とふらふらしながら低い声で言った。
「お前〜。お前だろ〜」
「な、何がよ?」
「エスメラルダを〜……ひっく。お前がどうにかした……ひっく、んだろ……ひっく」
「な……っ!」
男たちは棍棒やらパイプやらを一斉に振り下ろしてきた。
レピアは身軽さを最大限に駆使して避け、反撃でキックを放つ。体格こそ負けていても、うまい場所を打てば勝てることを、彼女は経験で知っている。
1人目をまずダウンさせ、素早く他の男の背後へ。その男を背後から蹴り、よろけたその男は仲間にぶつかってもつれあい倒れる。
鉄パイプを避け、ひらりと跳躍してかかと落とし。
――全員をノックアウトさせて、レピアは腰に手を当てて憤慨した。
「あたしのせいだなんて……何て言いがかり」
「だって……よう……」
まだ意識があったらしい、地面に大の字になっている男の1人がつぶやいた。
「エスメラルダがあの朝出かけたのってお前のせいだろうがよ〜……早めに返事しろとか何とか、言ったのお前……だろ〜」
「―――!」
レピアはすぐにその男の傍らに膝をついた。
「今なんて言った? エスメラルダが朝に出かけた……!?」
「出かけたん……だ、よ……、あんたが前に踊りに来た夜の……翌朝……」
それきり、その男は気絶してしまった。
どこへ行った、と訊けなくなってしまった。
どうしよう。酔っ払っているから、気つけしても意味がなさそうだ。でも一番の情報源。
いや。
今、何と言っていた?
『レピアが踊りに来た夜の翌朝』
あの夜、自分はエスメラルダと何を話していた?
『早めに返事しろとか何とか』
「――あの、エスメラルダの名前がついてるっていう船の話――」
そうか、出かけるとしたらエスメラルダは例の船をくれた豪商とやらに会いにいったはずだ。
「その豪商、誰――」
その噂なら見つけられるかもしれない。レピアは再び歓楽街を走った。
思った通りだった。エスメラルダに船を贈ったという豪商はすぐに判明した。
そして、
「レピア、さぁああん」
呼ばれて振り向くと、「情報あったら教えて」と言いつけて放り出した情けない男がひいはあ言いながらこちらに走ってきた。
「あの、エス、メ、ラルダ、さん、の」
「分かったから、いったん呼吸整えて」
――待つこと数秒。
「情報、ちょっとだけ」
男は早口に言い出した。
「あのあの、エスメラルダさん、この前レピアさんが黒山羊亭に踊りに来た次の日から帰ってこなくなっちゃったんだってボーイさんが」
――ビンゴだ。
エスメラルダは豪商に会いに行って、そのまま行方不明になったのだ。
レピアは港へ行った。問題の豪商の名を出し、その男が確かにエスメラルダ号という船を持っていることを確認する。
その船なら交易のために出て行ったばかりだと、港の男は言った。
「帰ってくるのは?」
「半月後だな」
豪商に会おうにも、一番話をつけなくてはならない主人自身がその船に乗ってしまったらしい。屋敷に行ってみたが、エスメラルダが捕らえられている様子もなかった。
なら、勝負は船が帰ってくる半月後だ――
悔しいが半月は待つしかない。その間はボーイの言う通り、黒山羊亭を開けて代わりに踊っておくのがいいかと、レピアはボーイを探しに行った。
黒山羊亭の仕組みはあらかた分かっている。依頼や冒険者のことは、エスメラルダがぼやいていた通り、本当に数が減っていたのでなんとかくぐりぬけた。
「こんな時に踊っていられるかと言ったのはあなたじゃないですか」
ボーイはぶつぶつ言ったが、
「一ヶ月近くも閉じていたら黒山羊亭の稼ぎが大分減るでしょ。あたしだってそれくらい分かってるわよ」
エスメラルダが愛する店だからこそ、今は代わりに大切にしようと思った。
――半月後が早く来ることを願いながら。
■■■ ■■■
半月後。
夜の港にやってきたレピアは、大きく『Esmeralda』と書かれた船に乗りこんだ。
昼間の内に、乗組員は全員降りているだろうと判断したのだが、間違っていた。なぜか豪商主人は乗組員とともにまだ船の中にいたのだ。
船内からもれている明るい光。やたらとやかましいのは宴でも開いているせいだろうか。
「はっはっは! あのお方の仰ったとおりだった、今回はおかげで大もうけだ!」
「女神様のご加護ですな!」
「まったく、まったく」
あのお方……? 女神様?
レピアが船内をうかがおうと覗き込むと――
つ、と顔のすぐ横に槍先が現れた。――背後。
「貴様乗組員じゃないな。何者だ、女」
「―――」
レピアは無言でさっと背後の男に向き直り、華麗に足を振り上げてサマーソルトキックを決めた。
がたんっ、と男が船の荷物にぶつかって派手な音を立てる。
「何者だ!」
他の護衛兵が音を聞きつけてやってきた。
「さすが豪商……私兵もたっぷり持ってるわね」
レピアは体質のおかげで、暗い夜に強い。夜目はもちろん利くし、月灯りを利用した戦い方も知っている。
ミラーイメージで敵の動きをかわしながら、戦いやすい甲板を目指す。
交易船ともなれば、敵国とも関わることがある。海賊もいる。こうやって護衛兵をつけているのは当然のことだ。夜になってもまだいたことには驚いたが、レピアは冷静なままで――
ふと。
1人の護衛兵の槍を足でへし折った時、船首が見えた。
船首像が飾られていた。石像が――
レピアの動きが止まった。
「エ……スメ、ラルダ?」
彼女の意識がそれたのをいいことに、一斉に槍が突き出されてくる。はっと振り向き、思い切り跳躍して槍をすべて避けると同時に、船首へと飛び乗った。
石像。エスメラルダにそっくりの石像。
まるで生きているかのようにそっくりな石像。
「ま……まさか、まさか……っ」
くるっとレピアは体の向きを変えた。槍を持った護衛兵たちに向けて。
「この船の持ち主はどこ……」
低く尋ねる。
「教える義理はない!」
槍が振り回された。レピアはその槍の柄に手をついて逆立ちし、男の背後に回ると飛び蹴りで首の後ろを打った。
からんと落ちそうになった槍を取り、他の槍たちをかんかんかんかんと弾き返し、彼らに隙を作っては足を引っかけ、倒れるのと同時にかかと落とし。
それを繰り返している内に、
船内の扉がばんっと開いた。
「――うるさいぞお前たち! 賊ごときにいつまでかかって――!」
脂ぎった豪商の主人。レピアの姿を見て目を丸くする。
「なんだと? 女1人?」
「女1人で悪かったわね……!」
レピアは主人の目の前で、護衛兵たちをすべて叩きのめした。
そして、手にしていた槍を豪商に突きつけた。
「あの船首像はなに! エスメラルダをどうしたの!」
主人は鼻先にある鋭い槍先にぶるぶると震え、
「わ……私はあのお方の仰ることを信じただけだ! 黒山羊亭のエスメラルダという踊り子は幸運の女神で、彼女自身を船首像にすれば幸運が訪れると言われて――」
「そそのかされたってわけね。……誰に?」
「し、知らん。あのお方の詳しいことは分からん。ただ、あのお方の仰ることが間違ったことはなかったから――」
妄信的だ。こんなやつの言うことでは、どんな人間がそそのかしたと薄情しても信じられない。
「あの船首像は……確かにエスメラルダなのね」
主人は槍先が怖くてうなずくこともできず、ただ目だけで示してくる。
「エスメラルダは返してもらうわ。いいわね」
レピアは槍を引いた。主人は腰がぬけたようにへなへなとその場に崩れ落ちた。
船首に戻ったレピアは、
「ごめんエスメラルダ、少し痛いかもしれないけど我慢して……」
槍を使って、強引に船首像をはずした。
そしてそれを大切に抱えると、船から飛び降りた。
■■■ ■■■
この国の王女の別荘には不思議なお風呂がある。石化した人間を元に戻すことのできる風呂だ。
王女の許可をもらい、レピアはエスメラルダ像をその風呂にそっと入れて、丁寧に洗った。
やがて、徐々にエスメラルダの石化が解けていく。
白磁のような肌が、滑らかな茶色の髪が、整った面立ちが、憂いを帯びた黒曜石の瞳が戻ってくる。
エスメラルダは自分が豪商に船を返しに行って以来、自分が一体どうなったのかまったく覚えていなかった。レピアから一部始終を聞き、
「船首像ねえ」
くすっと苦笑気味に笑った。
「1ヶ月も雨晒しで海風に当たり続けたら、肌や髪が傷むわね」
冗談っぽく自分の腕や髪の匂いを嗅ぐような仕種をする。それさえも色っぽい。
「穢れはそれこそ隅々まで丁寧に綺麗に洗ったから大丈夫だと思うけど」
エスメラルダの二の腕辺りをすいっと指で撫で、レピアは含みのある言い方で言うと、こちらも色っぽく流し目を送った。
「ふふっ。レピアは意地悪ねえ」
「何よ。親友なら当然でしょう?」
「親友?……それだけ?」
「ふふっ」
美しい2人は風呂の中で、手をからみ合わせて笑った。
そして黒山羊亭に、再び美しき踊り子が戻ってくる。
女主人の帰還に、客は喜んだ。
「ここしばらくエスメラルダの代わりをしていたんだけど……」
レピアは客たちの喜びように、微苦笑した。
「やっぱり、エスメラルダじゃなきゃだめみたい」
エスメラルダはボーイから詳しい話を聞き、レピアに向かって大輪の華のような笑顔を向けた。
「ありがとうレピア。この店を護ってくれて……」
――それはあなたが大切だから。
ねえ? エスメラルダ。忘れないでね?
今宵はエスメラルダのための夜……
レピアの踊りは、大切な友のために輝く――
<了>
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