<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


●勝利と、敗北と。


「ヴァルス、次こそは決着を付けてやる! 勝負しやがれ!」
 夕食時の盛り場、カウンターに近い席で、三人組の人相の悪い男達に囲まれているヴァルス・ダラディオン。渋い表情は気の所為では無いだろう。
「何処かで見た顔だと思ったら、確か全員、闘技場で見た顔だな。もう決着は付いているだろう?」
「五月蝿い! 俺達は元々三人で一組のチームだ。一人きりで実力が発揮できる物かよ!」
 言い方を変えれば、三人揃って初めて一人前だという情けない言い草にも聞こえるのだが、勝つ為には形振り構ってられないのだろう。
「つまり、三人で俺と戦いたいと言うのか?」
「そうだ!」
「……恥ずかしいと思わんか?」
「やかましい! ともかく、この勝負、受けてもらうぞ!」
 向こうにも羞恥の欠片はあったらしい。顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
「話は聞かせて頂きましたわ」
 突如、喧騒の中に割って入る声。それを聞いたヴァルスは一層渋い顔になる。声の主は天井麻里。こちらも、ヴァルス越えを目指す格闘者である。義侠心も持ち合わせており、ヴァルスに加勢する腹積もりらしい。
「そちらの方々は三人でヴァルス氏と戦いたい。ですが、ヴァルス氏は三対一では戦いたく無い様子。そこで……」
 そこまでで一旦勿体をつける麻里。そして、盛り場の隅に目を移す。そこには、ひっそりと食事をする女性がいた。
「ジュリス、良い所に」
「え、わ、私?」
 いきなり話を振られたのと、元々の内気な性格が災いしたので硬直している長剣使いのジュリス・エアライス。
「わたくしとあっちのジュリスを加えた三対三の戦いを提案します」
「いえ、あの……麻里さん、私は……」
「大丈夫ですわ。貴女の実力はわたくしが知ってます」
 麻里に押し切られる形になったジュリス。だが、麻里の強引な論法に抵抗しようと、男達が抗議の声を上げる。ヴァルスは既に諦めた表情だが。
「ちょっと待て! 俺達はまだ……」
 だが、麻里は皆まで言わせず、声を強くする。
「勿論、あなた方の事情も考慮いたしますわ。勝ち抜き戦ならば、三人で戦えますでしょう?それとも、貴方達は女性に負けるような腕前でヴァルス氏を倒すと?」
「ぐ、ぐぐ、おのれ……」
「言わせておけば……」
 常識的に考えれば、集団戦の方が相手にとって有利だろう。勝ち抜き戦ならば、一対一になる。ならば、集団戦よりは此方に不利は無い。そこまで折り込み済みである。あちらのプライドを刺激している辺りも流石である。ここで引き下がっては男が廃る。
 「もう勝手にしてくれ……」
 とはヴァルスの弁。この、投げ遣りなヴァルスの了承を受け、ヴァルス・美女チーム対ならず者三人組の試合が組まれる事になった。

 試合当日。
「向こうの狙いは俺だ。向こうの一番強い奴は最初か最後かで来る筈だ」
「それではわたくしが先鋒を務めますわ。事の起こりはわたくしですし、三人とも倒せれば実力の証明にもなりますわ」
 言葉の裏はヴァルスに対して向けられている。彼女が本当に実力を認めて欲しいのは、当座の最強の人物である。
「良かろう。やれる所までやってみろ。で、お前はどうする?」
「私は、その……」
「……大丈夫か?」
 ジュリスの態度に心配になるヴァルス。だが、麻里がフォローを入れる。
「心配は要りませんわ。戦いになれば落ち着きますから。尤も、彼女の出番が来れば、ですけど」
「いえ……そんな、買被られても……」
 あくまで勝気な麻里と内気なジュリス。そのスタンスは崩れないらしい。
「では、俺がトリに回ろう。戦闘になれば如何変わるのか興味あるからな。お前もそれで良いか?」
「はい……私は、どうでも……」
「あら?わたくしが負けると言いたいのですか?」
「そうならんように頑張るのだな」

 最初の相手は、三人の中でもっとも屈強そうな男。得物はフレイルである。
「最初に出てきたのはテメェか?まァ良い。テメェも痛い目に遭わせてやりたかったしなァ」
「弱い犬程良く吼えると言いますわね?」
「何だと! この女郎!」
 以下、男の貧困な罵り言葉ボキャブラリーの在庫大処分が行われるが、麻里には殆ど通じなかった。
 当然、と言わんばかりに圧勝する麻里。
 わざとフレイルの間合いギリギリに入り、大振りの一撃を誘う。フレイルのような武器は丁度良い間合いで使ってこそ最大の威力を発揮する。
 だが、当然大振りの攻撃はあっさり回避される。当らなければ、と言う奴である。更に大振りの隙を突いて背後を取り、膝裏を蹴り倒し、落ちてきた顎を上段に蹴り抜く。激しく頭蓋が揺さぶられ、昏倒する男。
「こうなりたくなければさっさと棄権した方が身のためですわよ!」
 ズビシッと残った男達に指を突きつける麻里。麻里には確かに大口を叩くだけの実力はある。ヴァルスもその事は知っている。が、歴戦の勘が、ヴァルスに不安感を告げていた。
「さっきの奴は俺達の中で一番弱いんだよ! いい気になってンじゃねェ!」
 そう言って麻里の前に現れる二番手の男。長身、細身で得物も槍。針のような男だ。だが、腕周りだけは別人のような筋肉で、腕前はハッタリでは無いらしい。が。
 相性が悪かった。繰り出される突きを避けると同時に、戻す槍に併せて懐にもぐりこみ、鳩尾に肘を埋め込む。悶絶する男。誰が見ても続行は出来なかろう。槍とは相手の間合いの外から攻撃する為の物。集団戦法で足並みを揃えて突撃をかますならまだしも、武芸者として槍を使うなら、内に入られた時の対策を講じておくべきだったのだが、男はそれを怠っていたらしい。
「貴方も先程までのように片付けて差し上げますわ!」
「フン……」
 麻里の挑発を鼻で受け流す男。それを見たヴァルスは、思わず呟いた。
「拙い」
「?」
 首を傾げるジュリスに、次の句を繋ぐヴァルス。
「慢心してやがる。奴はそれほど甘い相手じゃない」
 男は均整の取れた体付きをしており、標準よりやや短めの剣を二振り構えていた。
「行きますわよ!」
 先ほどまでの二連勝で勢い付いて『しまって』いた麻里は先制攻撃を掛ける。急速に間合いを詰め、反転。上段の後ろ回し蹴りである。だが、その重い蹴りは、剣の腹を盾代わりに使った男に難なく受け止められ、そのまま更に間合いを詰めてきた男は、麻里の鳩尾にもう一方の剣の柄を叩き込んだ。先程の麻里と全く同じ戦法である。
 麻里の呼吸が詰まる。意識が遠くなる。そして、後頭部に衝撃を受けたような気がしたのを最後に、麻里の意識は暗闇に沈んで行った。
「麻里さん!」
 倒れた麻里に駆け寄るジュリス。目の前には馬鹿にしたように佇む男。
「俺は天井を医務室に連れて行く。奴は結構やる。気をつけろ」
「了解したわ」
 急にはっきりした返事が聞こえた。ヴァルスがはっと見れば、底冷えのする冷たい光を目に湛えた、一人の長剣使いであるジュリスが其処にいた。ひゅうっと気を吐くヴァルス。

「参る!」
 愛用の長剣で激しく斬りかかるジュリス。反撃する隙を与えず、一気に押し切る作戦に出たらしい。相手は受けに回り、防戦する一方、ではなかった。
 流石に終始攻め続けるなんて真似は出来ない。攻撃の合間の息継ぎや、剣が弾かれリズムが乱れた瞬間を狙って、巧に反撃を繰り出す男。しかも、その防御の技術は並ではない。一撃たりとも、その体にはジュリスの剣は届いていなかった。
 攻められる方は無傷。対して攻めている方のジュリスが疲れ、傷ついていると言う奇妙な構図であった。
 男の武器は双剣、それも軽い短めの物である。殺傷力こそ長剣には劣る物の、相手の攻撃を阻む為には十分。つまり、男は守りに重きを置いた武装であり、防御から返し技に転じる戦法を得意としていた。
「くっ、確かに手強い……」
 焦りの色が見え始めるジュリス。そして、尚激しく攻めようとする。それが向こうの戦法であるにも関わらず。
「自分から藪に突っ込むから怪我をするんだ。落ち着け!」
 医務室から帰ってきたヴァルスが叫んだ。あまりの音量に、頭に上っていた血が降りた。
 藪とは相手の事。確かに、今までは自分が攻めて返り討ちに遭った。ならば、向こうから攻めさせるとどうなるだろうか?
 一旦離れ、呼吸を整えるジュリス。付かず、離れずで互いを牽制する。大きく踏み込むジュリス。当然、迎え撃とうとする相手。だが、ジュリスの攻撃は無かった。
「迂闊!」
 そう、誘いだったのだ。そして、見事に隙を晒した男に向かって、ジュリスは剣を薙いだ。言葉無く倒れる男。冷たい中に哀れみを含んだ瞳で、立ち去るジュリス。コロシアムには腕の良い治療師がいる。男も死ぬ事は多分あるまい。

「良くやったな。始めは俺が出なきゃならんかと思ってたんだが」
「それより、麻里さんは?」
 ジュリスを褒めるヴァルス。だが、すっかり元の内気な彼女に戻ったジュリスは、そんな事より、仲間の心配をした。
「ダメージだけなら問題ない。意識も戻ってる。だが、あれだけ見事にやられたんだ。暫くは顔を合わせん方が良いだろうな」
「そう……ですか……」
 うろたえるジュリスに、心配ないさ、と苦笑するヴァルスであった。今は、何も言えない。彼女が、自分で乗り越えるまで。
 一方、麻里。ベッドに寝かされ、今日の敗北を噛み締めていた。
「油断、か……」
 呟く麻里。意識が戻った時、ヴァルスに言われた一言が胸に突き刺さった。
「慢心は隙を生み、己の目を曇らせる。次に俺に挑むなら、その甘さは消して来い」
 思い出し、涙が出て来た。悔し涙だ。油断して、負けた。その事も無い事も無いが、それをヴァルスに指摘、いや刺摘されたからだ。言っている事は正しい。だから、より深く突き刺さる。
 今は、泣く。涙と一緒に甘さを流して。涙の出た分、悔しさで埋めて。勝利の重みを理解した者、敗北の悔しさを乗り越えた者だけが、先に進めるのだから。
「わたくしは、もう負けませんわ……」


 了