<Trick and Treat!・PCゲームノベル>


幽明の宴〜たとえ幾万の夜を過ぎても〜

■オープニング

「Trick or treat!」

 どこか遠くから、子供たちのはしゃぐような歓声が聞こえる。
 夜霧の漂う広場の向こうで、魔女や悪魔や狼男、思い思いの扮装に身を包んだ行列が、カボチャをくりぬいて作ったランタンをかざし練り歩く。

 ――そう、今夜はハロウィン。

 一応カトリックの諸聖人を称えるお祭りってことになってるけど、その起源はキリスト教より遙かに古く、古代ケルト人の収穫祭にまで遡る。
 彼らは一年のこの時期、生者と死者の世界を隔てる「門」が開かれ、互いに往来できるようになると信じてた。ちょうどこの国の「お盆」ってとこかな?

 ボクの名は「リデル」。
 何者かだって? まあ、細かいコトはいいじゃない。

 そんなことより、キミは誰か親しい人を亡くした覚えはない?
 しかも、本当に伝えたかった「大切な言葉」を言えなかったまま。
 親兄弟。恋人。友だち。幼なじみ――別に人じゃなくたって構わない。
 さあ、「門」は開かれた。今宵催されるは、幽明の狭間で生者とそれ以外のモノたちの間で繰り広げられる、一夜限りのパーティー。

 ……そういえば、ボクは以前、ある女の子の願いを叶えてあげた。
 その子が昔なくした、お人形の魂と再会させたんだ。
 そんな風に「物」にも生き物同様、魂が宿ることがある。
 そして逆もまた然り――魂の宿った「物」が、先に逝った持ち主を慕い続けることだってあるんだよ。
 むしろ「物」であるがために、彼らの思いの方が一途かもしれないね。

 お菓子をあげよう。
 これはパーティーのチケット。そしてキミ自身を望みのままの姿に変える魔法の薬でもある。
 明日の朝、鶏が刻を告げるまでの間、よければ捜してごらんよ。
 あの言葉を伝えられるかもしれないよ? もう一度会いたかった「誰か」に。
 準備はいいかい? それじゃあ――

「Trick and treat!」

 ◆◆◆

「……おや、こんな街中で行き倒れとは珍しい」
 エル・クロークはふと足を止め、思わず独りごちた。
 ちょっとした所用を済ませ、自分の店へ帰る途中のことである。
 大通りから少し引っ込んだ、薄暗い路地裏の一角に、子供らしき人影が倒れていた。
 近づいてみると、それは見かけ12歳くらいの、まるで旅芸人の奇術師のような服装を着た奇妙な子供だった。
 オレンジ色の髪に、やや血色の悪い色白の肌。尖った耳の形状から見て、もしかしたらエルフの眷属かもしれない。よほど大切な物なのか、手提げ式の小さな小箱をしっかり抱きかかえ、背を丸めたまま目を閉じて横たわっていた。
(エルフの子供? 何で、こんな所に……?)
 とりあえず呼吸と脈を確かめる。息はあるようだ。
 クロークはふと思いつき、懐から透明な液体の入ったガラスの小瓶を取り出した。
 彼が扱う「商品」のひとつ、気付け用のアロマオイルだ。
 小瓶の蓋を開け、子供の鼻先に近づけると、小さな鼻がヒクヒクと動いた。
「うーん……」眠たげな声と共に、くりっとした丸い緑色の瞳が開き、子供はひょっこり上半身を起こした。
 男か女かよく判らないが、綺麗な顔立ちの子供だ。
 もっとも性別不明――という点では、クロークも人のことはいえない。
 細身の長身に黒いコートをまとい、いつも微笑を絶やさない整った容姿は、見ようによっては青年とも、若い女性ともとれる。
 まあ実際にはどちらでもないのだが。
「どうしたんだい、こんな所で。体の具合でも悪いのかい?」
 子供は顔を上げ、不思議そうな顔でクロークを見上げた。
「キミ……誰?」
「エル・クローク。『クローク』と呼んでくれたまえ」
「そう……ときにクロークさん、このへんに森か林はないかなあ?」
「そういわれてもねえ……ここは街中だし。表通りに出れば街路樹くらいはあるけど」
「じゃあ、それでいいや。どっちに行けばいいの?」
 クロークが元来た方向を指さすと、子供はよろよろ立ち上がろうとしたが、またヘナっと地面にへたりこんだ。
「アハっ、ちょっと疲れちゃったみたい……世界の壁を越えるのって、これでなかなか骨が折れるんだよねえ」
(世界の壁……?)
 言ってることはよく判らないが、とにかく見ていられなくなったクロークは子供の手を取り、細身の外見に似合わぬ力でひょいと背中に担ぎ上げた。
「は、恥ずかしいよっ! こんな……」
「まあまあ。遠慮せずに」
 そのまま表通りに引き返し、目に付いた街路樹のそばで子供を降ろしてやる。
「ああ、助かった……そうそう、ボクの名はリデル。このお礼はまた改めて伺うよ、クロークさん」
 そう礼をいうと、子供は街路樹の幹に手を触れるなり、かき消すようにいなくなった。
(木を使って移動した? ……エルフとも違う種族のようだな)
 いずれにせよ、樹木に関係した精霊に間違いないだろうが。
「さて……寄り道になったけど、店に帰るとするか」
 踵を返すと、ちょうどリデルが消失した瞬間を目撃したのか、買い物途中らしい中年女性が目を丸くしている。
 クロークは軽く帽子を取ってにっこりと婦人に会釈し、何事もなかったかのようにその場を立ち去った。
 この程度のことで驚いていたら、とてもソーンの世界で冒険者など務まらない。

 ◆◆◆

(さて……そろそろ店じまいとするか)
 その日最後の客を送り出すと、クロークは店の戸締まりや掃除を済ませ、奥の居室へと引上げた。
 帳簿の整理なども一通り済ませ、その日の仕事を全て終えると、椅子に背を預けてふーっとため息をもらす。
 調香師である彼が扱う商品は、文字通り香り物全般――女性がつける香水からお香、紅茶まで様々だ。
 天然ハーブから抽出したアロマオイルもその一つで、昼間リデルに対して使ったように直接匂いを嗅がせるのはもちろん、肌に塗ってマッサージしたり、お湯に数滴入れてアロマ風呂を楽しんだり、あるいは専用の香炉で焚いてお香のように使ったりと、その利用法も多岐にわたる。
 ラベンダーやカモミールの香りは心に安らぎを。
 逆にユーカリやペパーミントは眠気を払い、頭の働きを活性化させてくれる。
 ハーブにはその一つ一つに独自の効能があり、それらをブレンドすることでさらに効果を高めることが可能だ。
 またクロークの場合、元々のエッセンスに彼独自の調香を加えることで、客にひとときの夢や幻を見せる魔法めいた「香り」をも作り出すことができる。
 その力で傷ついた人の心を癒してやったり、本人も意識せぬ裡に秘めた願望を叶えてやったり――これが、いわば彼の「裏稼業」といってよい。
 この部屋は彼のプライベートルームであると共に、様々なハーブや香料を調合することで更に新しい効能を持つ「香り」を生み出す、いわば実験室も兼ねた場所であった。
「……まだ、寝るには早い時間だな」
 部屋の一角に目を向けると、壁際に設置された大棚にハーブや香料のエッセンス、そしてクローク自らが調香し、店先には出せないような「秘香」の数々が、ガラス瓶に詰めて所狭しと並べられている。
 その中の一本を取りだし、香炉にくべて炊き込める。間もなく、僅かに眠気を誘うような神秘的な香りが部屋中に立ちこめた。
 この「秘香」を自分に対して使うのは久しぶりだ。
 ちょうど今がハロウィン――収穫祭であると同時に、死者の魂が現世へと舞い戻ってくるといわれる季節であることが、心の片隅にあったのかもしれない。
 再び椅子に腰掛け、香のもたらす心地よい気分に身を任せていると、次第に意識が夢うつつとなり、クロークの前に一人の女性の姿が浮かび上がった。
「……魔女殿……」
 懐かしさと崇敬の念に、我知らずその言葉がもれる。
 むろん「彼女」には本当の名前があるのだが、クロークにはそれを軽々しく口にすることなど、到底出来ない。
 彼女がまだ少女の頃に自分を見いだしてから、二人は長い歳月、生活を共にした。
 自分は彼女に対し恋にも似た思慕の念を抱いていたが、これはおそらく片想いに過ぎなかっただろう。身分や種族の違いがどうとかいう問題ではなく、二人は「存在のあり方」それじたいがまるで異なっていたからだ。
「エル」――彼女は自分のことを、いつもそう呼んでくれた。
 だからクロークは今でも、よほど親しい相手を除き、他人にその呼び名を使わせることを許さない。
「魔女殿……あなたはとても強い魔力を持っていたけど、それでも人間の定めである『老い』には抗えなかった……」
 歳と共に老いていく彼女に対し、出会った頃から全く変わらない自分。
 やがて彼女が寿命を迎え、クロークはその死に目に立ち会ったが、昏睡状態の彼女を前に言葉を失い、為す術もなく立ち尽くすのみだった。
「あれから、いったい幾千、いや幾万の夜が過ぎたのでしょうね……僕はあの後あなたの愛した地を離れたけど、今でも我が身は貴方が親しんでくれたこの姿を留めたまま……どうぞ未練がましいとお笑いください」
 ゆらゆらと立ち上る煙に浮かぶ女は、ただ口許に微笑を浮かべつつ、無言でクロークを見つめている。
「……ええ、判っているよ。今そこにいるあなたは、所詮は僕の心が生み出した幻……それでも、時折こうして会わずにはいられない。喪われた人の魂が何処へ行くかは知らないけれど、もし幻でない本物のあなたに、いま一度会えることができれば……」
 ただ一度でいい。あの時伝えられなかった、あの言葉を――。
 表の方から、店の扉をノックする音が響いた。
「誰だろう? こんな時間に」
 不愉快そうに眉をひそめ、クロークは香炉の火を消した。
 規則正しい生活時間を乱されることは彼にとって忌むべきことであり、まして今宵は大切な「魔女殿」の思い出に耽っていたさなかだ。
 たとえ相手が貴族や大富豪であってもやんわり追い返すつもりで、クロークは渋々席を立った。

 来訪者は意外にも、見覚えのある子供だった。
「リデル……?」
 クロークは少し驚きながらも、店の鍵を開けて中に入れてやる。
「こんな遅い時間にごめんなさい。昼間のお礼も兼ねて早めに来たかったんだけど、ボクにも『先約』の仕事があったからね」
 最初に会ったときに比べ、すっかり元気になっているようだ。
 もっとも不健康に青白い顔色はそのままだが、これがおそらく地の色なのだろう。
「昼間のことなら、別に礼には及ばないよ。それに、どうしてこの店の場所が判ったんだい?」
「まあ、細かいコトはいいじゃない。それよりこれ、昼間のお礼」
 リデルは店のカウンターへ歩み寄り、手に提げていた例の小箱をそこに置いて、蓋を開けた。
 小箱の中には、クッキー、キャンデー、チョコレート……色とりどりの小さなお菓子がぎっしりと詰まっている。
 それを見たクロークは、思わず吹き出した。
「おかしな子だねえ、君は。倒れるくらい疲れていたなら、先にそれを食べて元気をつければ良かったのに」
「これは、ボクが食べるためのモノじゃないんだよ。このお菓子には、特別な『力』があってねえ……」
(待てよ。お菓子の箱を持ち歩く子供……?)
 クロークはふと思い当たった。
 風の噂に聞いたことがある。ちょうどハロウィンの季節、何処からともなく現れる子供の姿をした精霊。その子から貰ったお菓子を食べると、昔死別した大切な人と一晩だけ再会できる――。
「ひょっとして、君があのリデル? 生きた人間を、死者の国に誘ってくれるとかいう……」
「なーんだ、知ってたの? なら、話が早いや」
(――何てことだ。よりによって、僕の元へ現れるなんて)
 運命の皮肉。半ばおかしく、半ば哀しい気分で、クロークは天井を仰いで笑った。
「どうしたの?」
「悪いけど……そのお菓子は受け取れない」
「甘いモノは嫌い? でも1個くらい――」
「そういう意味じゃ、ないんだよ」
 クロークはリデルの片手を取り、己の胸に押しつける。
 コチ・コチ・コチ……
 リデルの瞳が、驚きに見開かれた。心臓の鼓動の変わりに、ゼンマイが回り、秒針が時を刻む音が彼にも伝わったのだろう。
「判ったかい? 君が樹木の精霊であるように……僕は機械、時計の精霊なのさ。だからそのお菓子は食べたくないんじゃなくて、食べられないんだよ」
「なんだあ」
 がっかりした顔で、リデルが肩を落とした。
 残念なのはクロークも同じだ。せっかく本物の「魔女殿」と再会できる、千載一遇の好機だというのに。
(いや、待てよ……何か方法はないか?)
 カウンターの上のお菓子を見つめ、ふと思いついたクロークは、急いで奥の部屋へ引っ込んだ。間もなく戻ってきたとき、その手には小さな陶製の壺が握られていた。
「なに、それ?」
「香炉だよ。ただしお香じゃなく、アロマオイル専用のね」
 その「壺」は腹の部分に穴が開き、また頭の部分が小さな皿になっている。
「見ていてごらん」
 頭の皿に少量の水を注ぎ、壺の中に立てた蝋燭に火を点ける。しばらく待って、皿の中の水がすっかり温まりお湯となったとき、普通ならアロマオイルを数滴垂らして香りを楽しむのだが――。
 その代わりに、クロークは小箱の中から青いキャンデーを1個つまみ上げ、包み紙を剥がして放り込んだ。
 やがてお湯の熱でキャンデーが溶け、フワリと立ち上る甘ったるい香りを、彼は胸一杯に吸い込んだ。

 ◆◆◆

 湿った土と苔の臭い。高い土壁と樹木に囲まれた、薄暗い迷路の森。
 冴えた月の光の下、「彼女」はクロークを待つかのように佇んでいた。
 彼の思い出の中にある、最も若く美しかった頃の姿で。
 クロークは帽子を取り、深く頭を垂れて彼女の足許に跪いた。
「お許しを……この姿ではきっとあなたを困らせてしまうだろうし、あなたの大切な人にも怒られてしまうかもしれないね。けれど、ごめん……どうしても、これだけは、伝えたくて」
 永い歳月の間、あれほど再会を願い、想い続けた相手――だが、皮肉なことにクロークは、ゼンマイの切れた時計のごとく顔を上げることができなかった。
 まるで見上げれば、その輝きで目が眩んでしまうかのような気がして。
「僕に気づいてくれて、僕を見つけ出してくれてありがとう……あなたを、心より、愛していました」
 頭を垂れたままのクロークの頬に、たおやかな両手が、そっとふれる感触。
 顔を上げずとも、「彼女」が穏やかに微笑んでいる気配が伝わる。
「いずれ、僕も必ずあなたのお側に戻ります。かような我が身ゆえ、どれだけ先のことになるかは判らないけれど――たとえ、あと幾万の夜を過ごそうとも」

 ◆◆◆

 我に返ったとき、クロークは灯の消えた暗い店内に立っていた。
 既に「彼女」も、リデルの姿もない。
 時計の精である彼には、現実には瞬刻の時間も経っていないことが判っていた。
 ただし、カウンターの上に置かれた香炉と、部屋の中に漂う甘い残り香が、今の出来事が決して夢ではないことを物語っている。
 ふと足許を見ると、キャンデーの青い包み紙が一枚、落ちていた。
 クロークは口許に微笑を浮かべてそれを拾い上げると、丁寧に折りたたんで胸ポケットに仕舞った。

〈了〉

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
(PC)
3570/エル・クローク(える・くろーく)/無性性/18歳(実年齢182歳)/異界職(調香師)

(公式NPC)
―/リデル(りでる)/無性/12歳くらいに見える/観察者

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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エル・クロークさん、はじめまして。ライターの対馬正治です。今回のご参加、誠にありがとうございました。
今回の執筆にあたり、最大の難問は「(設定上)食事のとれないクロークさんにどうやってお菓子を食べてもらうか?」の一点に尽きました。で、解決策はご覧のとおり……調香師である以上、少なくとも嗅覚はあるだろうということで。なおゲームノベル規約上の理由により、邂逅時のセリフを若干修正させて頂きました。何卒ご了承ください。
ではご縁がありましたら、またよろしくお願いします!