<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Understood


 何時であろうと、他人は他人を理解できないものである。
 だからこそ思想が異なり、想いが異なり、結局のところ差別や争いが起こる。
 それは、多分彼らであろうとなかろうと同じことなのだろう。

「全く酷い話だ。昨日まで一緒だったやつを次の日には忌み嫌えるんだから」

 彼がそんなことをいい、

「仕方がありませんよ…多分、私たちだってあちら側であれば同じことになっていたかもしれませんし」

 彼女がそう返す。

 そう、それは彼らにとって馴染みの光景。もう何度となく繰り返し見続けた、慣れたくなくても慣れてしまった光景。
 寂しい。そう思いつつも、仕方がないとも理解している。それが、今の自分たちなのだから。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「偶にはこういうのもありだな」
 既に天高く太陽が存在を誇示している頃、見るからに屈強という言葉が似合う男が、それを見上げながら呟く。
 季節は冬に差し掛かり、しかしその太陽のおかげでまだ随分と暖かい。ただ、暖かいのには他にも理由があって。
「そうですね。何時も何時も物騒な話ばかりでは気が滅入ります」
 その隣には、擦れ違う人々を振り向かせずにはいられない美しい女性の姿。そんな彼女は小さく笑えば、それだけで心にも熱が入るというもの。
 要するに、二人は恋人同士であって。そして、同じ目的同じ理由をもってその町を練り歩いている。

 二人の目的はといえば、やはり街を散策するからには色々な理由がある。
 息抜き、食事、そしてショッピング。
 その全てが目的であり、しかし一番その中で比重を占めるのは一番最後。
「しかしこう、毎度の事ながら服にかかる金は馬鹿にならんな」
 いかにもうんざりとした声に、女がくすっと小さくまた笑みをこぼす。
「本当に。でもそれも仕方がないですから…」
「全く、酷い話だ」
 その光景を思い浮かべて、思わずため息が漏れる。
「…財布の中も、酷い有様だ」
 肩を竦めた彼のその仕草に、彼女は思わず笑い声を零す。



 あまり平凡であるとは言い切れない彼ら。
 生まれは平凡でも、それから進んだ道のりは小さな頃の彼らでも望まなったほど普通のものではない。
 それは結局、その後の人生にも大きな影を落としている。とはいえ、ただネガティブなだけの彼らでもなかったが。

 唯少し、悩み事があるのは確か。
 それは先ほどの服の話であったり、他にも色々。
 例えば、普通ではない彼らがいれば何か普通ではないことが起こりやすいこととか。

 それはあくまで起こりやすい、というだけ。ただ、何時もその場に居合わせるとなると全くの偶然もそう感じなくなるもの。
 何度となく体験した何か。これからも起きるであろう何か。
「今日くらいは、平和に過ごしたいものだ」
 心からの言葉が漏れる。だがしかし、
「…そうはいかないかも、ですね」
 ため息混じりの声は、何かの激しい音によって打ち消されていた。



 煙が上がっていた。
 そして同時に響く沢山の悲鳴。
 赤々と何かが周囲を照らす。
 現場にいずとも理解できる。あれはすぐに大きくなるものだ。
 そして、数多の命を程なく奪っていくのだろう。



「…全く酷い話だ」
 口癖のように、先ほどと同じ言葉が漏れる。
 ただ、そこに込められた感情は別のもの。
「慈悲のない神でも、せめて服代くらいは同情してくれてもいいようなものだろうに!」
 言うが早いか、二人は手に持ったものも投げて走り出していた。





 空が赤い。上がった炎は既に相当の大きさを持って空を焦がしていた。
 随分と大きな屋敷だ。何故こうなっているのかは分からないが、そんなことはどうでもいい。
 現場は野次馬と被害にあった人々でごった返している。彼はその中の一人の肩を掴んだ。
「一体何があった?」
「分からないよ、いきなり屋敷から火が上がって気付けばこの有様だ!」
 それだけ言い残すと、話しかけた男性は水を汲みに桶を持って何処かへ行ってしまう。
「…寒くなってきましたし、暖を取っているうちに何かに燃え移った…といったところでしょうか?」
「まぁそんなところだろうな。空気が乾燥している、早くしないとここだけでは済まなくなるだろうな」
 それは想定しうる限り最悪の展開だ。そして、それをそのまま看過できるほど彼らも非情ではない。
「手伝うぞ。幸いなことに人手は多い、皆でやれば被害は抑えられるはずだ」
「そうですね」
 頷きあい、走り出そうとしたそのとき。
「いやあぁぁぁぁ!! あの子が、あの子が中にいるのよ!!」
 突然上がった悲鳴に、二人はその足を止めた。

「誰か、誰かあの子を助けてあげて!」
 女の声は明らかに常軌を逸している。その様子は尋常ではなく、ただただその事態の重さを告げていた。
「…人は土壇場になるとありえない声を出すものだな」
「冗談を言っている場合じゃありませんよ。…子どもが残っているなら、のんびりはしていられないでしょう」
「その通りだ。こうなると、手伝いなどと暢気なことも言っていられないな」
 そういう二人の顔は、既に仕事のときのそれになっている。
 そして、そんな二人の取る行動は、
「その子の特徴は?」
「ぇ…ぁ、7歳の男の子です。この中に取り残されてるのはあの子だけで多分子ども部屋に…」
「ありがとうございます。助けますから、大丈夫ですよ」
 聞くことだけを聞き、まだ何か言おうとした母親を背中にしてほんの少しの逡巡。
「時間がないな」
「時間は問題ありません。問題があるとすればその子の体力と運だけです。こうしてる間にも運は流れますよ」
「全くだ」
「いきましょうか」

 言うが早いか、二人は今度こそ走り出した。その体を刻一刻と変化させながら。
 異形へと変わる様は、すぐさまそこにいた人々に知れ渡り、そして同様と悲鳴をもたらした。
 なぜなら、二人の姿は人間のそれではなく、明らかに全く違う生物へと変貌していたから。
「…損な役回りだな」
「それでも誰かを救えるなら、安いものでしょう?」
 もはや甲虫か節足動物といった二人は、悲鳴を背にそのまま赤々と燃え盛る屋敷の中へと突入するのだった。



 ◆



 外から見えた光景とは逆に、中は意外にも火が回りきっていなかった。しかしそれも時間の問題だろう。
「そういえば、子ども部屋の位置を聞いていなかったな」 
 燻られ続けた天井が一部爛れ二人へと落ちてくる。それを軽く手で払い、二人は走り出した。
「子ども部屋というのは、大体一階ではなくそれより上…そしてさらに奥、というのが基本じゃありませんか?」
 崩れ落ちた柱が二人の行方を遮る。しかしそれですらも、今の二人には関係ない。
 変化した女には蜘蛛の如き四肢が生えていた。そして、そのうち前二本はさらに蟷螂の鎌のようになっている。
 鋭く変化したそれを振るえば、いとも容易く巨木は断ち切られ、二人の前に道を作る。
「違いない。声などが聞こえないところからすると、気を失っているのかもな」
「使い魔を使います。それで場所は特定可能でしょう」
 女の手が何かを描き、それが一種の魔方陣となって中空へと描き出された。
「いきなさい」
 その中心で何かが生み出され、そして炎の中へと消えていった。
 矢先、また天井が落ちる。手で振り払うには大きすぎるそれを、しかし彼は軽々と受け止め、そして投げ捨てる。

 その姿は、まさに異形…怪人と呼ぶに相応しかった。



「…見つけました。思ったとおり二階奥の部屋で気を失っているようです。ただ、そこへいたる廊下が全て崩れ落ちているようですね。
 …このままでは、子ども部屋も崩落してしまいそうです」
 思った以上に火の回りが速いようだ。しかし、彼らの顔に不安の色はない。
「問題ない。『崩れ落ちる前に下から砕けばいい』だけのことだ。場所は完全に把握しているのだろう?」
「勿論。ではいきましょうか」
 そういう彼らは、階段を登らずにそのまま一階を駆けていくのだった。

「ここか?」
「えぇ、この真上で眠っていますね」
 今は誰も使っていないのだろう、幾分か埃の積もったその部屋。そこで、彼らは天井を見上げていた。
「ふん、時間がないなら」
 男が屈み、そして一気に飛び上がる。
「最短距離をいけばいい」
 あくまで静かに。しかし確かな気合の篭った拳は、軽々とその天井を突き抜けていった。



「……?」
 少年が目を覚ますと、自分の体が地面についていないことに気がついた。
「目覚めましたか?」
「煙を吸ったか。まぁ大事はないようだが」
 そして自分を抱える二人を見て、
「ぁ、ありが…」
 一瞬言葉を失った。
「…まぁ仕方がないか」
「…もう心配ありませんから。安心してくださいね」
 その様子は、子どもが浮かべると流石の二人にも応えるらしい。今までとは違う苦笑を浮かべて、二人は少年を抱えて屋敷を飛び出した。





 屋敷を飛び出した怪人の姿に悲鳴が上がる。勿論その手に抱えられた少年を目にしたことによる歓声も少なからず上がっていたが。
 しかし彼らも慣れているのか、そんなことは歯牙にもかけず、そのまま女性の前へと歩みだす。
 しっかりと抱えられた少年は、多少の傷などはあれど大事に及んでいないことは明白。
 少年を下ろせば、母と子はしっかりと抱き合い、その無事を喜び合うのだった。

 二人は満足気な笑みを漏らす。
 別にいいのだ、恐れられることなど。今目の前にある光景が、それ以上のものをもたらしてくれるから。

 二人はもう一度だけ軽く笑い、いつの間にか手に持っていた布を自分たちの体に巻きつける。どうやら、屋敷から脱出する際に燃えていない毛布などを手に取っていたらしい。
「これならもう怖くないだろう?」
 まだ警戒を解かない周囲へおどけるように言えば、二人の体が元通りの人間のものに戻っていく。
「服は戻りませんけどね」
 結局のところ、それが問題だったが。

 しかし、やはり周囲の目は畏怖のそれだった。
 それも予想してのことか、二人は気にせずに歩き出す。すると、まるでモーゼのように人並みが分かれていく。
「…まぁ分かってはいたが。この街からはもう出ないといけないな」
 そして浮かぶ苦笑。何時ものことながら、慣れてはいても心にくるのだろう。
 そんな彼の手に、ふと温かみが増す。それは、隣を歩く彼女。
「次の街で服を買い足しておかないといけませんね」
「…あぁ、そうだな。今日買った分はまたすぐに駄目になるだろうし」
 優しい笑みには優しい笑みを。彼女がいるから、彼はまた笑うことが出来る。
 彼女がいれば、この先も多分大丈夫だろう。そんなことを考えて。

「あの」
 不意に、少年らしい甲高い声が響く。
 振り向けば、そこには助けた少年が立っていた。
「…どうした?」
「えと…助けてくれてありがとう」
 そして下がる頭。いきなりのことに、二人は思わず顔を向かい合わせる。
「ボク、最初は怖いとか思っちゃったけど…怖くなかったよ。いい人たちだってすぐにわかったから」
 少年の顔には満面の笑顔。その響きに、何も含んだところはない。
「よかったらだけど、おじさんたちの名前おしえてくれないかな?
 ボク、絶対忘れないから」
 思わず男ががっくりと項垂れた。何故なら、
「おいおい…おじさんは酷いな。俺はまだこう見えても24だぞ?
 お兄さんといえお兄さんと」
「あ、ごめんなさい」
 彼は割と本気で言っているようで。それまで恐怖から声を出していなかった周囲の人々でさえ、思わず笑い出していた。

「まぁいいか…俺は黒滝真…真だ」
「私はキリカです。またいつか会いましょう…その時は、今日みたいなことになっていないようにしてくださいね」
 二人の笑みに、少年もまた笑みを返す。満足気に頷き、真とキリカは今度こそ歩き出し、その歩みを止めることはなかった。
「うん、絶対! またこの街にきてね、ボクは――」
 その声が聞こえたのか、聞こえなかったのか。真は振り向かずに、ただ一度手を振って去っていった。





「さぁて、服の調達だな」
「どうせなら、お礼に服をもらったほうがよかったかもしれませんね」
「俺とお前じゃ色々とサイズが合わないだろうよ」
「それもそうですね」
「それに、またここにくるなら正装の一つや二つはほしい」
「情けない風貌じゃ流石に困りますよね」

 そして笑い声。理解してくれる人がいるから、笑っていられる。
 二人の旅は、まだまだ続く。





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