<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


りんごをちょうだい



「りんごをちょうだい」
 アルマ通りの真ん中で、ルディアは白いワンピースを着た少女に林檎を“手渡された”
 目の前に現れた胸ほどまでしか背丈がない幼い少女。吸い込まれそうなほど澄んだ大きな黒い目。だが、それは右目のことで、左目の瞳は灰色で今にも色素が無くなりそうだった。
 意味がわからない言動と行動にルディアは混乱していた。
「え? あ、ちょっと待って!」
 少女はニコッと笑ってすぐに人ごみに紛れてしまい、追いかけたが見失ってしまった。
 ルディアは手にかごと林檎を持ったまま、立ち往生した。
 どうすればいいかわからないが、白山羊亭のお客さんのなかに誰かその少女を知っている人やこういう事をされた人がいるかもしれない。
 そう思って白山羊亭に帰ったルディアはさっそく人に話しかけていった。

「……?」
「どうした、ルディア?」
 不意に窓の外が気になった。
「なんでもないです、きっときのせいです」
 黒いワンピースを着た同じ顔の少女が通りを通った気がした。
 真っ赤に熟れた林檎が微かに動いた。
「ルディアはなんでその子を探したいの?」
 そう聞かれたルディアははっきり答えた。
「貰った林檎と持っている林檎を合わせるとちょうどアップルパイができるんです。その子も一緒に食べれたらなあ……なんて思っているんです。だから――」
「おい! 治療できる奴はいるか?! 店の前で人が倒れていたんだ!!」
 扉が大きく開かれ、ルディアと歳が同じくらいの少女が運び込まれた。
 顔色は青白く、体温が非常に低い。外傷はなく、衣服に乱れもない。
 とりあえず、ルディアはあるだけの薬箱やビンを抱えた。
 混乱する人ごみの中を掻き分け、少女に近づいたとき、ルディアは抱えていたものを落としそうになった。
 少女は右手にひとかじりした林檎を持っていた。
 真っ赤に熟れた林檎だった。


□■■


 少女の傍に座ったルディアは改めて少女を見た。
 林檎をくれた少女でも、さきほど見かけた黒いワンピースの少女でもない。強いていうならば、その子らのお姉さんというくらいの年齢の少女だった。
 ルディアは少女の顔に近づき、自分の頬で息を確認した。息はしている。林檎が喉に詰まっているのではなさそうだ。
 顔色と体温の低下の原因はなんだ?
 そう考えた瞬間。少女は激しく咳き込んだ。
 口元が赤く汚れた。
「ルディアさん! このワンドで治るかも知れない!」
 人ごみの間からリカバリーワンドを持った褐色の少女と銀髪で純白のワッピースを着た少女が現れた。
 褐色少女の名前はアルメリア・マリティア。森の民と呼ばれる魔法の力を持った長命種の娘である。
 アルメリアは少女の手をとり、リカバリーワンドを握らせ呪文を唱えた。
 その間に、銀髪の少女はその経過を見ながら必要になりそうなスペルカードを用意した。
 少女の名前は鏡・亜理守(かがみ・ありす)。鏡の動器精霊であり超常魔導師でもある亜理守はアルメリアの治療が終わると、スペルカードを発動させ、ビタミン剤の点滴を出した。
 左腕に針の痛みが走る。
 少女の目元がピクッと動いた。
「点滴が終わったら、温かいベッドで寝かせてあげてください」
 亜理守はルディア以外の従業員に伝えた。
「そのカード便利ね。どんな仕掛けになってるか、気になるな〜」
 亜理守の隣でアルメリアは手元にあるスペルカードを覗いていた。
「これは、スペルカードと呼ばれているカードです。あなたにも点滴を打ちましょうか?」
「あ、い、いや……私は元気だからいいよ! それより、ルディアさん。何か知っているでしょ? 顔に書いてあるよ」
 話を逸らしたアルメリアはルディアを見つめる。
 ルディアは顔を強張らせ、俯いた。
「……こちらに来てください」
 少女が持っていた林檎を拾い、ルディアは二人を空き部屋に案内した。


■□■


 アルマ通りで出会った少女のこと。手渡された林檎のこと。気になった黒いワンピースの少女のこと……。
「そのとき、手渡された林檎はこれです。それでこれは倒れた少女が持っていた林檎です」
「普通の、林檎ですね。中に何か細工されている可能性がありますが……」
 亜理守の手に中にある、ひとかじりした林檎は、空気に触れ、少し茶色くなっていた。
「私もそう思う。ね、ちょっと見せて?」
「爆発する危険性が無いとは限らないですよ」
「……物騒なこと言わないで」
 亜理守から林檎を受け取ったアルメリアは神経を林檎に集中させた。
 アルメリアには調べられる能力がある。
 まず、林檎の成分や中に何か入っているかを調べる。そして、この林檎に関わった人物の気配を探った。
「あ」
「どうしましたか?」
 アルメリアにはある映像が見えた。
「……白いワンピースと黒いワンピースを着た女の子が、雨降ってるのにずっと外で座っている姿が見えたわ。もしかして、ルディアさんが見た女の子、かな? うーん、気になるー。同じくらいの年頃の女の子が狙われているのなら、じゃぁ私もいいよね! 探してこよ♪」
「危険です。自分の身は自分で守れるのですか」
「守れるよぉ」
 亜理守は諭したが、アルメリアは乗り気だ。
 さっそく立ち上がり、ドアノブに手をかけた。亜理守も立ち上がり、アルメリアの後を追う。
「あ」
 アルメリアの動きが止まり、それに気づいた亜理守の動きも止まった。
 倒れた少女が従業員に支えられながら、部屋に入ってきたのだ。


 少女は入ってきてすぐ、頭を下げて礼をした。
「本当にありがとう御座いました」
「私たちは当然のことをしたまで! そこの頭がお堅い人となら、もっと怪我しても治せてるよ」
「何か聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしますが、大丈夫ですか? 椅子に座ってください。あなたには色々と聞きたいことがありますので」
「はい。そのためにここ来ました」
 少女はアンと名乗り、そのときあったことを話し始めた。
 アンは朝から買い物に出かけていた。リストを貰い、市場を歩いていたとき、ふと林檎が目に付いた。よく熟れた林檎でとても美味しそうに見えて、欲しくなった。でも、リストには書いていないし、余分なお金もない。泣く泣くあきらめたアンは買い物を済ませ、帰途についた。だが、あの林檎のことが頭から離れなかった。気分を紛らわそうとアルマ通りを歩いていたとき、黒いワンピースの少女と出会った。少女は愛くるしい表情でアンに近づき、突然林檎を渡した。
 よく熟れた、あの林檎そっくりの林檎を。
「りんごをあげる」
 そう言った少女は吸い込まれそうなほど済んだ大きな目をしていた。左目の瞳は黒く、右目の瞳は灰色で今にも色素が無くなりそうだった。
 突然の出来事にアンは驚き、立ち往生してしまったが、少女はニコッと笑ってすぐに人ごみに紛れてしまい、どこに行ったのかわからなくなってしまった。
「それで、かじったら……気づいたときには白山羊亭のベッドの中にいました。本当にご迷惑をおかけしてしまい、申し訳御座いません」
「そんなに謝らなくていいよ。欲を抑えるのって、とってもつらいからね」
 優しく見つめるアルメリアの瞳がアンに届いたとき、アンは少し照れた。
「私のときと、ほとんど同じ…です。でも私のときは白いワンピースの女の子で、『りんごをちょうだい』って言ってました。これって何か意味があるのでしょうか」
 四人は考えた。だが、アルメリアは途中でアップルパイのことを考えた。
『りんごをあげる』
『りんごをちょうだい』
「これってもしかして、林檎というのは、この毒の入った林檎のことじゃないでしょうか。黒いワンピースの子が、毒の林檎を配り、白いワンピースの女の子が回収する。こういうふうに考えられないでしょうか」
「なるほど。そういうことならば、言葉の意味がわかります」
「でもさ、ルディアさんとアンさんは違うよ? ただの人違いなのかな」
「あくまで可能性の話です。他に意見がないのであれば、アルマ通りだけでも少女達を探すため、私は行きます」
 亜理守は立ち上がり、ドアノブを掴んだ。
「あ、待って! 私のときは止めたのにー!」
 そう言ってアルメリアも立ち上がり、ドアノブを掴む亜理守の手に手を重ねた。
「ぁ…」
「協力するって。そんなにお硬くならないでよね。もっと気楽にいこうよ」
 扉が開かれた。
 まだまだ陽は高く、晴天に恵まれている。
「いってらっしゃい」
 再びアンはベッドに入り、その傍にルディアは寄り添った。


■■□


「りんご」
「あげ……!」
「りんごを」
「ちょうだ……!」
 アルメリアと亜理守は二人の少女に挟まれていた。
 断片的にしゃべる少女達は、黒いワンピースを着た少女がりんごを渡そうとすると白いワンピースを着たがそれを妨害した。
 それが会ったときからずっと続けられている。
 異常な――
 表情
 争う姿
 乱れる髪……
「……すぐに見つかってよかったけどさ、なんか頭やばそうじゃない?」
 さすがのアルメリアも苦笑いで亜理守に話しかける。
 亜理守は頷いた。
「私達が眼中にないようですね」
「うーん、そうよね。それじゃあ」
 アルメリアは黒いワンピースの少女からヒョイとりんごを奪った。
 少女達の視線がアルメリアに集まる。
「なぜ、あなたたちはりんごをあげたり、もらったりしているの?」
「ぁ……ぁぁ」
 動きが止まる。
「ゆっくりでいいのですよ。私達に教えてください」
「か……」
 亜理守は少女達の目線まで腰を下ろした。
「か?」
「かまわないで!」
 黒いワンピースの少女は亜理守を突き飛ばすと駆け出した。
「ちょっと! 待って」
 アルメリアが黒いワンピースの少女を追う。
「……」
 白いワンピースの少女は尻餅をついた亜理守に手を差し伸べた。
 少女の力は見た目より強く、亜理守はすぐに立ち上がることができた。
「あの子。私の妹。私の邪魔をする。だから作った」
「作った……何を作ったのですか?」
「りんご」
 少女は簡潔に言い、黒いワンピースの少女が走って行った先を指差した。
「毒。あの子。りんごに毒入れた。あの人、それ食べさせられる」
「亜理守さーん、捕まえてきたよ、って暴れないの!」
 手足をばたつかせる黒いワンピースの少女。
 アルメリアの手にひかれながら戻ってくる。
「うぅ、抱っこできたらいいけど、なんでこんなに重いのよー!」
 頭突きをされそうになったが、アルメリアはそれを怒りながら交わす。
「毒りんごについて吐いてもらうよー!」
 黒いワンピースの少女が途端に動きを止め、黙り込む。
 アルメリアは亜理守に向いて、目で助けを求めた。
「なんでこんなことをしたのですか?」
 できるだけ口調を落ち着かせながら問う。
 白いワンピースの少女がアルメリアに抱かれる黒いワンピースの少女の顔を見上げ、口を開いた。
「私。この子が毒のりんご。人にあげる。だから貰っていた。早く。しないと。ダメだから」
「だめ、だから?」
「私たち。サイボーグ。もう少しで壊れちゃう」
 白いワンピースの少女がそう言ったとき、胸元に電気が走った。
「今まで、お屋敷にずっといた。やりたいこと。できなかった。悪いことしたり。迷惑かけたりするの。絶対にダメだった。私たち。動き。遅い。ご主人様に見つかっちゃう。でも。もうそんなことない。だから。だから……。でも。私は。悪いこと……イヤ、だ…った……」
 アルメリアの手を振りきり、黒いワンピースの少女が白いワンピースの少女のもとに駆け寄った。
「またご主人様。拾ってくれる。悪いこと。すぐにみんな知る。ご主人様も知る。だから。大丈夫」
「わたし……たち、すす…捨てられ、た。ご主人、さま。ひ…ろわ……ない。起動しても、いみな…い」
「姉ちゃん。あきらめちゃダメ。ダメだよ」
「そう、ダメだよ」
 二人の視線がアルメリアに集まる。
 亜理守も微笑みながらアルメリアを見る。
「このワンドで治るかもしれない! それに、白山羊亭に行けば主人が見つかるかもしれないし、見つからなくても、こんな可愛い子たちなんだもん。新しい主人がすぐに見つかるよ! さぁ、このワンドを握って」
 亜理守は少女の手をとり、握らせる。
 アルメリアはワンドに意識を集中させた。
 その様子を、固唾を呑むようなつもりで黒い少女は見詰めていた。


 アルマ通りを歩く、四人の影。
 色んな出来事があった。
 人が倒れたり、電気が走ったり、怒られたり……
「そういえば、毒はどこで手に入れたの?」
「あれは。欠けた私達の部品。と。油」





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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3557/アルメリア・マリティア/女性/17歳/冒険者】
【3585/鏡・亜理守/女性/15歳/超常魔導師】

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         ライター通信          
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 こんにちは、こんばんは、はじめまして、田村鈴楼です。
 りんごをちょうだいにご参加いただき、真にありがとう御座いました。
 いかがでしたでしょうか。
 お二人とも少女達より年上(一応七歳くらいをイメージしていました)ということで、年上のお姉さんを意識してみました。
 子供ゆえの残酷さ。
 アンが無事回復する事を祈りながら、失礼します。

 ありがとう御座いました。