<PCシチュエーションノベル(グループ3)>
La musica di notte stellare.
聖獣界ソーンの中心に位置する、聖都エルザード。その更に中心地にあるのが、天使の広場である。
常に賑やかな声が満ち、行き交う人々を噴水の天使像が穏やかな微笑で見守っているそこは、各地から集まってきた旅人達が様々な挨拶や言葉や情報、物品などを交わす──彼らにとっての憩いの場所の一つだ。
そのような場所であるからか、ここで芸や歌を披露し、それによって金銭を得る冒険者達も少なくない。
彼ら──ディークとミルカの親子もそうである。
普段はミルカの奏でる楽の音と歌声に、ディークが得意の笛による彩りを添えたり、ディークの、ナイフを使った曲芸やジャグリングなどが主な演目となっているのだが、今回は、そんな親子にもう一人、新たに青年が加わることになっていた。
「だいじょうぶよ、ロキ、そんなに緊張しなくても」
噴水の縁に腰を下ろし、竪琴の弦を調節している羽耳の少女ミルカにとっては、いつものことと言えるくらいには日常のことのようだ。
「そうは言うがな、ミルカ」
一方、ミルカと同じく噴水の縁に腰掛けながら、精巧なつくりの弓の弦を確かめている銀髪の青年ロキは、どこか驚きと緊張の入り混じった瞳でしきりに顔を上げ、辺りの様子を窺っていた。
「呼び込みの口上をやる訳でもなし……普段通りに構えていれば、良いと思うが?」
「わ、わかってはいるんですが……」
ミルカの義父であるディークもやはり、ミルカと同様に『普段通り』の体で、口の端に微かな笑みを湛えていた。ミルカに対してなら軽口めいた言葉も多少は返せるが、ディークが相手となると何故だか必要以上に萎縮してしまうロキであった。
夕焼けが地平の向こうに戻り、藍色に染まり始めた空に星が瞬き始める頃。
一日の終わりに向けて、人々が家路を辿り始める頃。
「──さあ、お立ち会い! ご用のない方、お急ぎでない方は、どうぞごゆるりとお聞き下さい、ご覧下さい──……」
ディークの声と手拍子が、威勢良く辺りに響き渡った。普段とは違う、朗らかとも言えるその声に吸い込まれるように、雑踏の方々で足を止め、振り返る人々の瞳が見える。
「さっすが、おとんの声はよく通るわよね。──今夜はあたし達だけじゃあなくて、ロキの華麗な弓さばきも拝めるのよう!」
「……なあ、ミルカ、親父さんって、あんなに元気に喋る人だったのか……?」
ミルカはやはり慣れたものだが、ロキはこのようなディークの姿を見るのは初めてだったらしい。その小さな呟きを、しかしディークは聞き逃していなかった。あっと言う間にいつもの寡黙さが表情を覆い、僅かに苦笑いを浮かべて、言う。
「……当たり前だ、これが仕事だからな」
最初は疎らだった人影が、ディークのとミルカの呼び込みの声に惹かれてだろう、ぽつぽつと集まってきた。中には常連と呼んで差し支えのない、ディークとミルカにしてみれば顔なじみの姿もある。
加えて、一体何が始まるのかと、興味本位の野次馬達も足を止め始めたようだった。野次馬が更に野次馬を呼び、たちまちのうちに親子と青年の三人を囲む大きくて小さな輪が出来上がってしまった。
それくらいには、二人の大道芸は知られるものになっていたらしい。
「こ、こんなに人が来るとは思わなかったぞ、俺は。本当に俺が最初でいいのか……?」
予想以上に集まった人々の姿に一気に緊張が増してきたらしく、ロキはいよいよ落ち着かない様子で胸を押さえたりなどしている。ミルカはのんびりと笑いながら、そんなロキの背中をぽんぽんと叩いた。
「何言ってるのよう、ロキ。せっかくの晴れ舞台だって言うのに。……お客さんに、ロキのかっこいいところを見せる絶好の機会だと思うのよ?」
「……と言うか、だな。……待て、そもそも、俺が一番最初なのか?」
根本的な事実に気づき、半ば愕然としながらロキが呟く。
「そのつもりだったけど、だめかしら?」
ロキを見上げるミルカの眼差しは、きらきらと期待に満ちてこれでもかと言うくらいに輝いていて──
「いや、……やる。やります」
さすがに、これにはロキも嫌だとは言えなかったようだ。
※
ロキの持ち芸が弓矢を用いたものということで、三人を囲んでいた輪はディークが案内する声もあってか自然と縦に伸び、左右からロキとミルカを挟む形になった。とは言え、やはり矢が到達する地点でもあるミルカの周りに多くの人々が集まってはいるのだが。
「ミルカ、ええと……手を出しておいてくれるか」
「……手? こうかしら」
言われるままにミルカは、両手を捧げるように掲げた。ロキは頷いて、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
もちろん、狙いを外してミルカになどという真似はしないし、するつもりもない。それくらいには、己の弓捌きに自信はあるとロキは自負している。寧ろなければ、このようにして弓矢を構える資格すらないだろう。
しかし、万が一ということもある。もしもそんな事態に陥ったりしたら──考える必要のないことまで考えて、その考えを払拭するための深呼吸が一つ、増えていた。
大丈夫、上手く行く。せっかくならば少しでも二人に、そしてこの瞬間を見守ってくれている人々に、格好良い所を見せようではないか。
「──行くよ、ミルカ」
ロキは真っ直ぐにミルカを、彼女の頭上に抱かれた真っ赤な林檎を見据えて、弓を構えた。呼吸と共に、二本の矢が続け様に放たれる。
一瞬のことだった。
一本目の矢は林檎を掠めて空高く舞い上がらせ、二本目の矢が、真っ直ぐに林檎に突き刺さる。
そして舞い上がりながら二本目の矢をその身に受けた林檎は、空中でくるくると回転してから、すとんとミルカの手の中に落ちた。まるで初めからそこに林檎があったかのように、矢が放たれてから数秒の後には、林檎はミルカの手の中にあった。
ミルカはきょとんとしながら、両手の中にすっぽりと収まった林檎を見つめていた。
時間にして、ほんの数秒。その数秒が、ひどくゆっくりになったような、錯覚。
「……とまあ、こんな感じで」
張り詰めたようにも感じられる空気を、ふっと緩めるロキの声。現実に引き戻された瞬間を越えて、わあっ、と歓声が上がる。人々の視線が一斉にロキに注がれた。
極度の緊張から解き放たれ、注目の的になりながら一気に脱力したロキの元へ、林檎を携えたミルカがぱたぱたと駆け寄ってくる。
「すごいじゃない、ロキ! 何が起こったのかわからなかったわよう!」
「ま、まあ、俺が少し本気を出せばこんなものだろう……なんてな。ミルカ、もう一つ……とっておきのがあるんだが」
ミルカの笑顔と人々の歓声に、ロキはちょっと自信を持ったらしい。その自信を勢いに変えて、眠っていた言葉を口にした。
「とっておき?」
「そう、ちょっとした隠し技があってな、“ミストルテイン・ロキ”っていう……」
「へえ、ロキと同じ名前なのね」
「いや、その、俺のじゃなくて先代の名前だ、一応」
ミルカの何気ない一言に息を詰まらせるロキ。囃し立てるようなあたたかな笑い声が観客達の中から上がる。
ロキはこほん、と、わざとらしく咳払いをした。
「……まあとにかくそういう技があってだな、要は、空に向かってこの矢を放つと、光の雨になって降ってくる……という寸法なんだ。元は攻撃用の技なんだが、最近、光の雨だけを降らせることが出来るようになったから、それを……」
「見せてくれるのね?」
ミルカの瞳が期待に輝く。
「そう……いうことだな、うん」
照れくささと恥ずかしさが綯い交ぜになったような表情で、ロキはぎこちなく頷いた。
「それにきっと、あたしの歌とおとんの笛を乗せたら……きれい、よね?」
ミルカは満面の笑みを浮かべながらディークへと振り返る。ディークはそんな愛娘と青年の様子を見やりながら、しっかりと頷いた。
「そうだな……お手並み拝見と行こうじゃないか、ロキ」
ディークの心なしか意地悪な、にやりとした笑みに、ロキは今日何度目になるかわからないが、また息を詰まらせることとなった。
※
そして人の波は最初の呼び込みの時と同じく、三人を囲む輪になっていた。遠目に見れば、それはちょっとしたお祭り騒ぎのようにも見えてくる。
その輪の中心で、ロキは、己を囲む人々と、そして、この場を提供してくれた親子に呼びかけた。
「──今宵、この場所で同じ時を共有出来た喜びに、感謝を」
はにかむような笑みと穏やかな声でそう紡ぎ、万感の願いと祈りを込めて、ロキは空へと向けて一本の矢を放つ。
“ミストルテイン・ロキ”──先代の英雄の名を冠した、一筋の光。
やわらかく強い光を宿し、真っ直ぐに天へと駆け上がってゆくその光の行く末を、見守っていたのはディークやミルカや、彼らの周りに集う人々だけではなかった。
一体何が起こったのかと、その時、広場を通りかかっただけの人々までもが空高く放たれた矢を見上げていた。
やがて、光は空高い所で大きく弾け、その欠片が四方八方に散らばった。
それもまた、先程彼が林檎を射抜いた時と同じように、一瞬の、出来事だった。
──星が、降る。
「わあ……っ」
驚きと、喜びが入り混じったような、穏やかな歓声が満ちていく。
宵闇に覆われた空から降り注ぐのは、星の欠片のような銀色の光。それこそ、紺色の天蓋に散りばめられた星達が、そのまま降ってくるようだった。
それは淡雪のように小さく、ゆっくりと、時には風の手を借りてふわりと舞い上がり、手に手を取って踊り、遊ぶ。
「……綺麗……」
誰かが、そう呟いた。それは間違いなく、この場にいて同じ場面の中に立つ人々が共有する大きな気持ちの一つだった。
そんな人々の耳に、不意に竪琴の音色が沁み込んだ。命の輝きにも似た光に、ミルカがやわらかな歌声を乗せる。
その歌声によって、再び舞い上がる光があった。まるで目に見えない翼が、仄かな光を包み込んで、拾い上げて、空へと放っているようだった。
星と風と、空と謳う幻想曲(ファンタジア)。天使の祝福のような、ミルカの歌声と竪琴の音色に、寄り添うように響き始めるディークの笛の音があった。
夢と幻想を織り成しながら、即興を交えた親子の“歌”が、彼らと、彼らの周りに集う人々の間に広がっていく。新たな物語を生み、紡ぎ、頁を手繰ってゆく。
ロキもまた、観客の一人として、楽の音を交わす二人を見守る。
そこはまるで、音の葉にかたちづくられたもうひとつの世界だった。
二人の奏でる音色は、そして、青年が導いた星達は、小さくも大きな世界を優しく包み込んで、どこまでも、どこまでも駆け抜けていった。
Fin.
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