<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


姫君の記憶を取り戻したい

●オープニング
 辺境の地にある塔には、母親に殺されそうになり、魔女に呪いをかけられ、固く心を閉ざした姫君が眠っていたという言い伝えあった。
 あった、と過去形になっているのは、姫君を100年の長き眠りから目覚めさせた王子様が現れたからだ。

 姫君を救った王子様は、放浪の旅を続けている冒険者だった。
 彼は、目覚めさせた姫君を幸福にしようと決意し、旅を止めて生まれ故郷に戻ることにした。
「姫、私の故郷に来てくださいませんか? 小さな村ですが、そこに住む者達は優しいですよ。最初は不安なことばかりでしょうが、俺、いや……私がお守りします」
 優しく微笑んで冒険者の誘いに姫君は戸惑ったが、守るという言葉を信じ、彼と共に故郷に向かうことにした。

 めでたし、めでたしと締め括りたいところだが……ひとつだけ問題があった。
 長年眠り続けていたこと、魔女の呪いにより、姫君は一切の記憶を失った。思い出そうとしたが、激しい頭痛が。
 姫を落ち着かせようと、冒険者はどこかで休ませることにした。
「もう少ししたところに、ベルファ通りという歓楽街があります。そこで休みましょう」
「……はい」
 
 ベルファ通りに着いた二人は、老舗の酒場、黒山羊亭に入った。
「そこのお嬢さん、お疲れ気味のようね。何かあったのかしら?」
 黒山羊亭の踊り子であるエスメラルダが、姫君の様子が気になったので声をかけた。
「実は……」
 
 冒険者は、エスメラルダに姫君が一切の記憶を失った経緯を話し始めた。

「そういうことだったのね。私としては、魔女の呪いが完全に解けていないからだと思うのだけど。皆はどうかしら?」
 エスメラルダは、黒山羊亭に集っている冒険者達に聞いてみた。
「お願いします! 些細なことでもかまいませんので、ご存知なことがあれば、何か教えてください!」
「私からも、お願い申し上げます……」

 必死に頼む姫君と冒険者の依頼、お引き受け致しますか?

●辛くても…
 姫君を目覚めさせた冒険者、アーガスと行動を共にした鬼眼・幻路(おにめ・げんじ)と千獣(せんじゅ)は、姫君が記憶を失っていることに驚いた。
「何と! 姫君は拙者達のことを何ひとつ覚えておらぬと申すか?」
 申し訳無さそうな表情で、コクンと頷く姫君。
「……お姫様……記憶……取り戻したい……? でも……良い記憶ばかりとは限らないよ……辛いこともあるかもしれないよ……。それでも……いいの……?」
「構いません。私は……自分が何者かを思い出したいのです。あなた方にはまたご苦労をおかけすることになりますが……」
 姫君の意思を確認すると、鬼眼は「思い出すほうが辛いと思うのでござるが、何もわからぬままのほうが不安でござろう」と引き受けた。
「……わかった。千獣も……手伝う……」
 ありがとうございます、と頭を下げて礼を述べる姫君。
「アーガス殿は、姫君に付き添ったほうが良いでござる。あなたは、姫君を目覚めさせた王子なのだからな」
 アーガスの肩をポンと叩くと、鬼眼は再び図書館に向かい、文献を探し出すことに。
(「拙者には呪いを解く力はござらぬが、その方法を探すことはできる」)
 目覚めさせだけでは、完全に姫君を呪いから解いたことにならなかったことを悔い、今度こそは……と誓う鬼眼であった。
「……千獣は……魔女がいる『迷いの森』に行くね……」
 軽く会釈をし、黒山羊亭を後にする千獣。

「二人共、頼んだわよ」
 エスメラルダは、店を出た二人の背中を見てそう呟いた。

●呪いを解く方法
「相変わらず、膨大な資料があるでござるな……」
 図書館には、以前と変わらぬ量の文献がズラリと本棚に陳列されている。
 今回は、本のタイトルに「姫」「呪い」がつく文献を手がかりに、呪いを解く方法を一冊ずつ読み、探し始めた。
 以前、手始めに読み始めた『塔の中の姫君の伝承』には姫君が呪いをかけられた経緯が書かれていたが、呪いを解き方までは書かれていなかった。
「これはどうでござろう」
 タイトルは『魔女の呪い全集』。これならば、全ての魔女の呪いと解き方が書かれているかもしれない。
 鬼眼は、1ページずつ目を皿のようにして読み始めた。
 ページ数が100を超えた頃、漸く姫君の呪いらしき文献を発見。
「何々……マンドラゴラの葉と美女の血を悪しき心を込めながら磨り潰し、刃物に塗ると即死効果の薬が出来ると」
 以前読んだ文献には、姫君は妃にナイフで殺められようとしたが、その直後に硝子の結界を無意識のうちに張ったことを書かれていたことを思い出した鬼眼。
「妃が手にしていたナイフには、即死効果のある毒薬が塗ってあったのでござるか。もし、それに刺されていたら、姫君は永遠の眠りについていたでござろうな……」
 毒薬の処方があるなら、解毒薬の処方も記載れているはず。
 隅から隅まで読んだが、解毒薬の記載はあったものの、虫食いが酷く解読できなかった。
「くっ……何ということでござるっ!」
 記憶を取り戻す方法が見つけることができないことを、唇を噛み締めて悔しがる鬼眼。
「千獣殿が頼りでござるな。拙者も『迷いの森』に向かってみるでござる」
 文献を元の位置に戻し、鬼眼は図書館を後にした。

●迷いの森の魔女
 千獣は、森は目印を残しつつ、野生の勘を頼りに『迷いの森』を進んでいた。
「……随分と……木が茂っている……。目印付けないと……迷う……」
 迷路、といっても過言ではないほど、森は薄暗く、木が障害物となっていた。
 時間はかなりかかったが、何とか魔女が住む古びた家に辿り着くことが出来た千獣。
「……ごめんください……」
 ドアをノックするが、誰も出る気配が無い。
「……お邪魔します……」
 そっとドアを開け、中に入る千獣。部屋の中央には、大きな壷が置いてあり、小柄な老婆がその側にいた。
「あ……あの……」
 千獣が、おどおどと老婆に声をかけると、漸く気づいた。
「おお、すまぬの。ここに客人が来るとは……100年振りかのぉ」
 しゃがれた声で、老婆は来客である千獣に話しかけた。100年前に訪れた客、というのは、自分の娘に呪いをかけるよう依頼した妃のことであろう。
「お婆さんが……お姫様に呪いをかけた魔女……?」
「姫に呪い? おまえさん、100年前に儂がかけた呪いのことを知っておるのかえ?」
 コクンと頷く千獣。
「いかにも。儂がその魔女じゃ。そうか……姫が目覚めたか……」
「……うん。……目覚めのはいいけど……記憶……失っている……」
 姫君が目覚めたこと、記憶を失ったことに魔女は驚いた様子は無かった。
 年老いたことで、魔力は衰えたものの呪い自体は成功したものの、いずれは解かれると思っていたのだろう。
「おぬし、どうやって目覚めさせたのじゃ?」
「……お姫様に話しかけた……。勇気を出してって……」
 姫自身が呪いを解いたのだと、魔女は確信した。
「……そうか。儂の呪いは、自らの強い意志で解けるほど弱っていたのじゃな……」
 その後、魔女は姫君の母である妃に大金で雇われ、即死効果のある毒薬を塗ったナイフを手渡したことを打ち明けた。
「それで姫は永遠の眠りにつくはずだったのじゃが……死ななかったとは。儂の魔力は、相当衰えていたようじゃの。本来は、人を殺める魔法は使いたくなかったのじゃが、その当時の儂は大金に目がくらんだのだろう」
(「……この魔女……本当はいい人……」)
 千獣は、本能的にそれを感じ取った。
「……お姫様はね……ナイフで刺される前に……自分で硝子の結界を張ったんだって……。その後……千獣達が目覚めさせるまで……ずっと眠ってた……」
 姫君は、無意識のうちに秘められた力を解放したのじゃろうな、と意見を述べる魔女。
「残念じゃが……呪いを解く方法を忘れてしもうた。儂も、長く生き過ぎたからかの」
 俯き、蚊の鳴くような声で呟く魔女の言葉に嘘偽りは無いと千獣は直感した。
「自ら呪いを防いだのであれば、解くのも姫の心次第じゃ。それと……申し訳無いことをしたと、姫君に詫びてくれんか? 年老いた魔女の頼みじゃ……」
「……わかった……」
 ありがとう……とお礼を述べ、千獣は魔女の家を後にした。

●強き意思で
 黒山羊亭に戻ろうとした千獣と、迷いの森に向かおうとした鬼眼は中間地点で合流した。
「千獣殿、申し訳ござらん。残念ながら、姫君に関する情報は何も得られなかったでござる。口惜しや……!」
 拳を握り、自分を不甲斐無く思う鬼眼に「……大丈夫……?」と気遣う千獣。
「……魔女が言ってた……。呪いを解くも……解かないのも……お姫様の心次第だって……」
「どういうことでござるか?」
「……お姫様には……秘められた力があるんだって……。だから……硝子の結界を張ることができたって……」
 成る程、と鬼眼は納得した。
「姫君の意思次第で、記憶が元に戻るかもしれない、ということでござるな?」
「……そう……だね……」
 早くこのことを伝えよう! と、二人は走って黒山羊亭に向かった。

「おかえりなさい。どうだった?」
 水が入ったグラスを差し出し、二人を休ませるエスメラルダ。
 意を決し、鬼眼はアーガスに支えられるようにカウンター席に座っている姫君に話しかけた。
「姫君、今から拙者が言うことを聞いて欲しいでござる。あなたの呪いは、あなた自身でなければ解けないのでござる」
「どういう……ことですか?」
 困惑する姫君。
「……呪いをかけようとした……魔女が言ってた……。お姫様には……秘められた力があるって……。だから……自分の呪いが効かなかったって……。申し訳ないことをしたって謝ってた……。それと……無意識とはいえ……結界を張れたのなら……呪いを解くこともできるって……言ってた……」
 自分に、本当にそのような力があるのだろうか?
 姫君は混乱し、髪を掻き毟るようにして頭を強く押さえた。

「……過去は……どうやったって変えられないよ……。過去のために悲しみに暮れて……現在を犠牲にしちゃ駄目……。……外へ出れば……笑うことができる……」
 ちゃんと笑えるようになるまで一緒にいるから……と、千獣は姫君を励ました。
「姫君、千獣殿が申されたように、悲嘆に暮れても何も変わらぬ。どれだけ泣いたとしても、悔いたとしても、過去は変えられぬでござるが、過去に流した涙分、今、笑顔で取り返すことはできるでござる。拙者、約束したでござろう? 姫君に笑顔を取り戻すと。泣いていては、硝子の匣に閉じ篭っていた時と何も変わらぬでござるよ」
 拙者らと一緒に、笑顔を求めようではないか、と説得する鬼眼。
「姫君、鬼眼さん、千獣さんが仰るとおりですよ。過去を嘆いても、何も得られません。私もついていますから、勇気を出して、自分が何者かを思い出してください」
 姫君の手を強く握り締め、勇気を与えるアーガス。
「……わかりました」
 祈るように、姫君は自分が何者かを必死で思い出した。
 その間、激しい頭痛に襲われたが負けることなく過去の記憶を辿った。
「私は……」

 姫君、頑張れ!!

 三人の祈りの声が、姫君の頭の中に響いた。

「私の名は……セシリア……」

 姫君は、自分自身の名前、祖国等、全ての記憶を取り戻した。
「やったでござる!」
「……よかった……」
「姫君!」
 喜びの勢いからか、姫君を強く抱きしめるアーガス。
「アーガス……痛いです」
「す、すみません!」
 二人の様子を、微笑んで見ている鬼眼と千獣。
「おめでとう、セシリア姫。無事、記憶を取り戻したお祝いでもする?」
 エスメラルダの提案に、賛成! と黒山羊亭の客達は大喜び。

 自分を目覚めさせてくれた王子様と冒険者二人、黒山羊亭の客に祝福されたことは、セシリア姫の記憶に生涯残るだろう。
 セシリア姫と冒険者王子アーガスの二人に、祝福あれ……。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【3087/千獣/女性/17歳(実年齢999歳)/獣使い】
【3492/鬼眼・幻路/男性/24歳(実年齢24歳)/忍者】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 氷邑 凍矢です。
 千獣様、鬼眼・幻路様、前作「硝子匣の中の姫君」に引き続きのご参加
 ありがとうございます。
 この作品ですが、目覚めさせた王子様が別にいるという前回と
 異なる設定ですので、お二人は同行者というかたちとなっております。
 事後承諾となりますが、ご了承ください。

 お二人の「姫君の記憶を取り戻したい」という強い思いが通じたことが
 ハッピーエンドの鍵と言えるでしょう。
 姫君と王子様を祝福してあげてください。

 またお会いできることを楽しみにしております。

 
 氷邑 凍矢 拝