<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
種から育つ光
地平線に落ちていく太陽。大地を照らす光の道筋が刻々と柔らかくなり、冷たくなりつつある冷気に溶けていく。混じり気のない紅が空に滲み始め、夕闇を誘う。世界は迫り来る暗い時を受け入れ始めていた。
草もなく砂と土だけの乾燥した地表に二人の若者が降り立っていた。人家も樹も見当たらないそこに。
足の裏から一日最後の輝きと相反して濃く黒い影を遠く伸ばして。
ロキ・アースは隣に立つ小柄な少女、白い翼の羽耳をもつミルカと目をあわせた。限りなく白に近い銀の長い髪。風にそよぐそれを黒い瞳に映す。
「戦続きでも……不思議と神界は美しい所だったんだ」
地平線の彼方を見据え、どこまでも渡る空を見上げる。
二人の銀の髪は紅い光を吸収せずに、むしろ光をはね返して紅い目で地上を包む天を灯した。
ロキが少し前まで住んでいた神界。
その世界はいつも戦さが続いていた。けれど、それでも壮麗さは損なわれず地形の変動も少ない。
二人はそんな神界に咲きみだれる花の種を探しにここまで来た。ロキがソーンに堕ちてきたこの場所に――。
ここへ訪れたのは久し振りだ。
ロキは脳裏によぎる。以前この場所で、ミストルテインの矢を放ったことを。
打ちつける雨の中で渦巻く想いを一本の矢に込めた。
でも今は、着実にこのソーンの世界に体が馴染んでいる。知人も友人も増えつつあり、もう神界に心は残っていない。
「ここなのね」
ミルカの金色にきらめく瞳が紅に染まる。
「ああ、ここにミルスの種があるかもしれない」
「ミルス?」
「そういう名前だった」
神界ではミルスの花で地面を埋め尽くし覆われていた。風になびけば背を傾け、雨が降れば涙を流すように。ロキが堕とされた時、衣服に密着して離れず一緒にここまで来ているかもしれない。だからここまで来たのだ。一縷の希をもって。
この足元の下に一つだけ種が落ちていてもおかしくはない。
神界とは違う、草もないうち捨てられた大地。だが、地上でも根付いているはず。特殊なソーンの土だからこそ。
とはいえ、広大なここから見つけるのは至難の業だ。風化した砂漠から金の一粒を見つけるようなもの。そこで、ロキは一つの案を出した。
「ミルカ、歌ってくれないか?」
少女は瞳を瞬いた。
「歌う?」
種探しと歌にどんな関係があるのか、と問う。
「ミルスの花は歌声に反応するんだ」
そう、歌を呼び声にその花は翼をひらく。巣立つ鳥ように。
「歌が鍵ってこと?」
「神界でもミルカのような綺麗な歌声はめったにいない。だから反応するはずだ」
青年の言葉にふふっと微かに笑う。
「そう言ってもらえて光栄だわ。とても不思議な花ね」
歌う民、ミルカは一歩前へ出た。
胸の前で両手を握り締めて。その小ぶりな口で奏で始める。
声から紡ぐ歌詞は生命を賛美し、誕生を司る伝説の唄。
音域の広いミルカだからこそ出来る、緩やかだけど高低差のあるその唄は大地をとりまく空も風も土も、僅かに残った水分さえも耳を澄ませた。
どこまでも響き渡る優美な声は光の粒子が舞いながら遠くへ運ぶ。
時刻は夕刻。
少女の歌声に惹かれ促され、種から芽を出す。唄が加速すればするほど一気に成長し、緑の茎をぐいっと伸ばし葉を広げた。
二人から少し離れたところから姿を現したそれ。一厘だけ芽吹いたミルスは曲線の花びらを五枚つけて我を誇示するかのように荒地に顔をだす。朝は銀に夜は金にと時間によって色が変化する神界の花。一枚の花びらの輪郭にはフリルが流れ、赤ん坊の手の平ほどに小さくて儚い。
壊れてしまいそうな鮮麗で可憐なミルス。鏡のように纏う銀の花びらから、沈む闇を照らすかのように金色に色づく瞬間――。
静穏な夜にと再生の刻(とき)を待つ白い粉雪がふわりと軽やかに舞う。
「きれい……」
ミルカは初めて目にする光景に心が震える。
美しく移ろい、ふわりと揺れる清らかな花びら。
ソーンでは目にすることが出来ない、そう諦めかけていた二人には想望を凌ぐ贈り物だった。
十分にその瞳で楽しんだあと、ミルスの花を根元から丁寧に掘り返す。根を傷つけないように大切にその手に包んで持ち帰った。
*
ミルスの花が咲いた大地とそっくりな場所。エルザード城から離れた不毛の地にロキのほったて小屋が存在する。
間に合わせただけの小屋はつい最近まで雨漏りがひどく、かびっぽかった。だがそれも屋根を修繕していくたび、小さな穴は塞がれていく。もう少しで完成するところだ。簡素な部屋にはハンモックが吊り下がって主人が横になるのを出迎えている。
その小屋の横に優しく、根の一本さえも切らないよう気を配りながら植える。
以来、ロキは毎日しおれず枯れないよう願いを込めて世話をし、労わる瞳で顔を綻ばせた。
しばしば、ミルカがやってきては花にその美声を贈り、片時も離れない。時に殺風景な小屋の周囲で小動物がどこからともなく現れ、竪琴と声の調和に聞き惚れていた。
少女は花びらを穏やかに優しく触れながら。
「いつか種を落として、どんどん増えるといいわねえ」
「そうだな、神界のように地面いっぱいに咲く日がくるかもしれない」
じっとロキはミルスを見つめた。その向こうに存在する神界――。最後に黒の瞳の中に入れたあの時を。
「故郷を思い出すよ」
「それはいいわ」
思い出したくもないふるさとよりも懐かしむ刻(とき)があった方がいいから。ミルカは幼少の時間を微かに思い起こした。
「あたしもロキの故郷にいる気分になれるかしら?」
神界を心の中で思い描く。
ロキは微笑んで返事を返す。
今まで過ごしてきた時間と共に笑いあう二人――。
一厘のミルスの花は、願いと夢を祈りの唄にのせて。
新たな希望となった。
*了*
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