<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


内部争いの村

「頼む……」
 と、カロルと名乗った壮年の男は言った。
「傭兵を、紹介してくれ」
「傭兵……ね」
 エスメラルダは両手で両の肘を持ち、
「詳しく話してくれる?」
「……俺の村が今、内部争いで混乱している……」
 カロルは常に視線をうつむかせていた。「それをおさめたいんだ……」
「傭兵を使って?」
「………」
「傭兵をどう使って?」
「………」
「もう。考えなしはだめよ。『傭兵』なんか放り込んだら余計混乱するでしょう。必要なのは『解決してくれる人物』じゃないの?」
「……そうだ」
 だが、どう解決していいか分からなかったんだ――とカロルはつぶやいた。
「だから、力づくで……と思って」
「そもそも内部争いの理由は?」
「村内の大富豪2人の土地争いだ。富豪は2人とも、他の村民を金で買って土地を広げ勢力を広げた。村民を戦いにまで駆りだして」
 やがて、とカロルは続けた。
「普通の村民同士の平凡な私怨もからんで、戦いは悪化した」
「……なるほどね」
「皆、自分の田畑を忘れてまで戦っている。戦いを早く終わらせなくては、結果的に皆飢え死にする」
「大富豪さんをのぞいて?」
「……そうだ」
 ふむ、とエスメラルダはカロルを見つめた。
「最後の質問。あなたは――どんな立場の人?」
「俺は……富豪の片割れの、息子だ」
 父親を、母親を説得できなかった出来損ないだ。
 カロルはしぼりだすような声で、言った。

 ■■■ ■■■ ■■■

 エスメラルダが一声かければ、冒険者は数人集まった。

 ミルカ。
 千獣[せんじゅ]。
 ユーア。
 ディーザ・カプリオーレ。
 アレスディア・ヴォルフリート。

 妙にご機嫌なのはお金大好きユーアだった。
「喧嘩するくらい金があるなら俺が貰ってもいっこうにかまわないよな」
 カロルが慌てて言った。
「もし内部争いが本当に止まったら、俺からちゃんと払う。こう見えても懐は潤っているんだ」
「あーん? 潰した富豪からかっぱら……もといもらった方が稼げるじゃねえか」
「まって、まってよう」
 銀髪に人魚の竪琴を持った、本来大道芸人のミルカが、ユーアを止めた。
「力は時に必要なものだけれど、それだけで解決しようとしちゃ駄目だわ」
 ユーアはうるさそうに歳下の少女を見やる。
 ミルカは目を伏せた。
「でも、あたし達が説得したところで、一体どこまで通じるかしら」
「あー、そういうのって平和解決は難しいよ」
 ディーザが煙草に火を点けながら顔をしかめた。「実際の利害が絡んでる。平和に暮らしていく以上の利があったから争ってんでしょ? 利害の前に感情で訴えてもね……通じないよ」
「だーから俺たちがぶっつぶす」
 ユーアがらんらんと目を輝かせながら拳を固めた。
「村人をいちいち止めるなんて面倒だから俺は元凶たちを叩き潰させてもらうぞ」
「……ユーア殿。一応お尋ねするが……どうやって?」
 アレスディアが恐る恐る口を挟んだ。
「んなもん喧嘩を続行できないようにするに決まっているだろ」
 当たり前のように、金色の瞳の彼女は言った。「手っとり早いのは、両方の家を潰すことかな」
 彼女を知る者たちはぞっとした。――もしやこれは比喩ではなく、文字通り屋敷ごとぶっ潰すつもりか!
「えー、あー、ええと」
 ディーザがユーアの言動に多少動揺しながら、自分の言いたかったことを必死に思い出そうとした。
「……ああ、ええと、カロル。一つだけ確認しておく。争いを収めるためなら、両親がどうなってもいい? どれだけの覚悟がある?」
 カロルが視線を揺らした。
 その両拳が、強く握られた。
「その両親を、今売ろうとしているのは俺だ」
「OK」
 ディーザは煙草をくわえたまま揺らした。
「ま、悲観的なことばっかり言ってても仕方ないし、行ってみますか」
 誰も反対しなかった。


 カロルの村は、そこそこの大きさがある。
 それだけに、争いが悪化しやすかったようだ。
 あちこちで爆撃が起き、子供の泣き声が聞こえ、金属がぶつかりあう音がする。
 村の周囲を囲う塀の外からでも分かるほど、大きな屋敷が2つあった。
「どっちがカロルの家?」
 ディーザが尋ねると、カロルは赤い屋根の方を指差した。
 もうひとつは白い屋根だ。カロルの家の方が装飾過多ではある。
「よっし両方の家をぶっ潰す」
「だからやめてよう、ユーアさん」
 ミルカが必死でユーアがぺきぺき手を鳴らすのを止めた。
「まずは下の人々の情報収集かな」
 とディーザは言う。
 その一方で、
「私は上の者に会いたい。……富豪とは会えるのだろうか? カロル殿のご両親、それに相手方の。双方の富豪に会うことが叶わぬなら、カロル殿のご両親だけでも良い。会わせていただけぬか?」
 アレスディアがカロルに懇願していた。
「あたしもカロルのお父さまたちに会いたいな」
 とミルカが言う。
 1人黙っていた千獣が戦況を見て、
「……この、中、で……じょうほう、集め……大変……私、は、ディーザ、に、ついて、く」
「ん、千獣がいれば安心だ」
 ディーザは頼もしそうに全身を呪符を織り込んだ包帯で巻いている少女の肩を叩いた。
「しっかたねえなあ……」
 ユーアは退屈そうに、「俺も村人の様子見ててやらあ」
 と嘆息とともに言った。


 合流場所を決め、お互いの無事を約束しながら、2手に分かれる。
 ――カロルとミルカとともに、カロルの両親の家に向かったアレスディアは、どこか悲壮な顔つきをしていた。
「アレスディアさん? どうかしたのう?」
「いや……」
「相手方……俺の家はバレンティと言うが、相手のグラス家に会うのは難しい。あっちはひどく厳格なんだ。俺が隠れて行ったとしてもまず女2人を警戒するし、2人とも若い。加えてそちらのお嬢さんは大道芸人だろう」
「あたし?……竪琴を隠していけばいいのかしら」
「そういう問題でもないのだろうな……」
 アレスディアがつぶやく。
 火の矢が飛ぶ。
 火炎瓶が飛ぶ。
 石が飛ぶ鉄の欠片が飛ぶ金属の欠片が飛ぶ。
 弱いミルカをアレスディアがかばいながら、何とか3人はバレンティの家へたどりついた。
 カロルが家を開ける。
「カロル!」
 すかさず怒声が飛んできた。「どこへ行っておった……! ローザが心配しておったぞ!」
「ローザというのは俺の母だ」
 小さく2人の少女に囁いてから、「父上」とカロルは背筋を正した。
 家の奥から、どすどすと歩いてくる男がいる。かっぷくがよく、葉巻を口にしている。
「父上。父上と話したいという方をお連れしました」
 その言葉とともにアレスディアがすっと前に進み出て、頭を下げる。
 カロルの父は盛大に眉をしかめた。
「まだ子供ではないか」
「アレスディア・ヴォルフリートと申します」
 アレスディアはカロルの父の視線も意に介しなかった。まっすぐとかっぷくのいい主人を見つめ、
「バレンティのご主人は、とてもご富裕とのこと」
「……なんだ、小娘」
「しかし富豪といえど、その富は1人で築き上げたものではないのではないかと」
 アレスディアは胸に手を当てる。
 その後ろでは、祈るようにミルカが両手を握り合わせていた。
「……民なくして富豪も領主もありませぬ」
「何が言いたい」
「その民を、戦にかりだし疲弊させるというのは、一体どういうことでしょう。民は護るべき存在ではないのでしょうか。あなた方のような上流階級の方々が……」
 カロルの父は、汚いものでも見たような顔をした。
「知るかね。私は最初、金で雇った村人を使っていただけだ。飛び火して他の村人たちが戦いだしたからと言って私の責任ではあるまい」
「村が滅びます……!」
「我々は残る。それでけっこう。民は他の村から引っ張ってくればよい」
 幸いこの村の周囲にはたくさん細かい村があるのでな、と富豪は笑った。
「それらも吸収したいと思っていたところだ。都合がよい」
「今の村民が皆死んでもよいと仰るか!」
「そんなもの、どちらでもよい」
「………」
 アレスディアの拳が震える。
 ミルカが愕然とカロルの父の言葉を聞いていた。
 やがて奥から、やたらゴージャスに着飾った貴婦人が現れて、
「ああカロル。大切なカロル。あなたは将来のこの村の主なのよ? 怪我でもしたらどうするの――」
「……心配はご無用。母上……」
「心配するわ。もう屋敷から出ないでちょうだい。カロル」
 ローザは執拗に息子に迫る。
 しかしカロルは一礼して、
「では、次の用事を片付けてまいります」
 と身を翻し少女2人の肩を押した。
 アレスディアもミルカも逆らわなかった。
 「カロル!」と呼ぶ両親の声を背中で聞きながら、カロルは家を出た。

「アレスディアさん……」
 ミルカがそっと、灰銀色の髪の少女の顔をのぞきこむ。
 アレスディアは震えていた。
 戦火の火が彼女の横顔を照らす。
 ごうごうと人々の声がまるで音のように聞こえる。
「……このような説得で戦いを思いとどまるなら、ここまでならなかったろう」
 アレスディアは小さくつぶやいた。
「あんな言葉では止まらぬ。わかってはいるのだが、言わずにはおれなかった」
「あなたは間違っていないわよう、アレスディアさん」
 ミルカはぽろんと人魚の竪琴を鳴らした。
 不思議に心地よい音だった。
「カロルさん。あなたは将来のこの村の主なの?」
「……グラス家には跡継ぎがいないので」
「………」
「あとの――」
 カロルは遠い目で戦場となった我が村を見つめる。
「方々は、どうしてらっしゃるのだろうか……」
「約束の場所へ、行こう」
「そうね」
 3人は静かに歩き出した。


 ディーザはふーっと煙草の煙を吐き出した。
「こりゃまた豪勢な戦いだ……戦争だね」
「……人、同士、でも……ここ、まで、争う……」
 つぶやいた千獣はどこか悲しそうで。
 ユーアが肩をすくめて、
「エルザードの城下町が平和すぎるだけだ。ちょっと離れればこれくらい普通だぜ」
「そうだね」
 さて、とディーザは煙草を捨て、地面で踏みにじる。
「まずは戦わされている人間の気持ちの情報収集だ」
「……気持ち……?」
「うわ、めんどくせ」
「だったらきみはここで待ってなよユーア。私と千獣でやってくるから」
「はいはい分かりましたよ」
 歩き出したディーザと千獣に、渋々ユーアはついていった。


 戦火をかいくぐるのは大変だった。
 元々サイボーグのディーザはそれほど苦労はしないのだが、千獣は包帯を焼かれないように必死だったし、ユーアは……普通の人間なのになんであんなに余裕なんだろう?
 ふと気配に気づいて、千獣はディーザとユーアを抱えて横っ飛びする。
 地面が大爆発した。
「地雷……」
 そこまでやるか、とユーアが呆れた。
「誰だ、お前ら!」
 家の陰から火炎瓶を投げている青年が怒鳴ってくる。さすがに村人とそうでないものは見分けがつくらしい。
「外からこの騒ぎを止めてくれって依頼された者。……ねえきみ」
 ディーザはその青年の傍らに片膝をついた。「この戦い、好きでやってる?」
「な……」
「どんな理由で戦っているのか知らないけどさ、このまま戦ってたら待ってるのは全滅。分かるでしょ?」
「………」
「この村をそんな状況にさせたのは誰? この村の2つの富豪たちじゃない?」
「あ――あの方々をけなすのはやめろ!」
 青年は火炎瓶を手に持った。「この村を開拓してくださった大切な方々だ、けなすのなら、お前たちも燃やす!」
 うわあ妄信的、とユーアが嫌そうにつぶやく。
「………」
 ディーザは思いもよらなかった返答に眉を寄せた。「分かった」と青年から離れる。
 別方向へ歩き出しながら、「そうか……」と彼女はつぶやいていた。
「この村の富豪だけ無事なのは、誰も富豪には怒りも憎しみも持たないからなんだ。あんな風に妄信して」
「やっぱ富豪をぶっ潰すか?」
 わくわくしたようにユーアが片手の拳でもう片方の掌を打つ。
「いや、まだ」
 ディーザは次の村人を探した。


 女性や子供も戦いに参加していた。もしくは、格好の被害者と化していた。
 この村は今、本当に大戦争を縮小化したようなものになっている。
 説得するなら男がいい、とディーザは判断する。できれば集団になっているところの、頭のような存在の。
 ちょうどめぼしい男がいた。
「野郎ども、やれ!」
 と威勢よく太い声を飛ばしている。
 ディーザは「千獣、背後をよろしくね」と千獣に頼んでから、その男に近づいた。
「誰だ」
 男はぎろりと凶悪な目を向けてくる。
 ディーザはもろともせず、先ほどの青年に向けたものと同じ質問をした。
 「好きでやっている?」「このままじゃ全滅」「そうさせているのは富豪たちじゃない?」
 するとここでも、
「バレンティ家とグラス家をけなすたぁいい度胸だ、お前らもぶっ飛ばす!」
 殴りかかってきたのを、後ろから千獣がぱしっと受け止める。
 男の配下も同時にくわやすきを得物に襲いかかってくる。
 ユーアがすばやく剣を抜いて、軽くいなした。
 ディーザは自らも襲いかかってくる村人の腕をつかんで止めながら、
「2つの富豪。彼らが戦いを始めなければ、自分たちは傷つけあうことはなかった――」
 言葉をやめなかった。
「今、本当に戦わなきゃいけないのは誰だ」
「しゃらくせえ!」
 男は血管を浮き上がらせながら怒鳴った。
「俺たちゃ本当は戦いたかったのよ! でなきゃここまで膨れ上がるわきゃねえだろう! あの富豪たちはそれに気づかせてくれただけのこった!」
「―――」
 千獣お願い、とディーザは囁いた。
 千獣は思い切り男の腹に拳を叩き込んだ。
 ごふっと男は体を曲げて、地面に倒れる。
「ダイス様!」
「頭!」
 途端にその集団はパニックに陥った。
 ディーザはくるりと背を向けた。
「……どーすんだ?」
 ユーアが訊いてくる。
「待ち合わせの場所に行く」
 振り向かずに、低くディーザは言った。


 待ち合わせの場所で、6人は揃った。
「カロル殿のご両親の説得は……無理だった」
 とアレスディアが言えば、
「……村人の説得も無理だね」
 とディーザも伝える。いらいらしているのか、彼女は煙草に火をつけていた。
 アレスディアはその言葉を聞いて悲しそうにつぶやく。
「金で戦い始めたとはいえ、傷つけあって憎みあってしまったんだ。今こそ矛を掲げる憎悪より、矛を捨てる勇気を持ってほしいと告げられればよいのに」
「ねえ」
 とミルカが背伸びした。カロルに向かって、
「どうして今みたいになったのか、そしてあなたはどうしなくちゃいけないのか、ほんとうはもう、分かってるんじゃなあい?」
 舌足らずの口調で、小首をかしげて歌姫は言う。
 カロルは唇を噛んだ。
「あたしたちが何を言ったって駄目。あなたが一生懸命働きかけて、精一杯、誠意をこめて語りかけなきゃ、本当の意味で村を救うことなんか出来やしないわ」
 はあ、とユーアがため息をつく。
「辛気臭ぇなあ……」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょっ」
 ミルカはユーアを怒鳴りつけてから、
「あなたの、心からの言葉が必要なの」
 とカロルに向き直った。
 カロルは視線を揺らす。
 燃える家屋が見える。
 ――泣いている赤子の声が聞こえる。
「怖い?」
 ミルカの鈴の音のような声が、父親とも言える年齢のカロルの心に響いた。
「自信がない?」
 鈴の音は容赦なく耳の奥へすべりこんできて。
「それなら、あなたにとってこの村はそんなに大事じゃあなかったってことだわ。諦めれば楽になれるし、それもひとつの選択よ」
 ぽろん……
 ミルカの指先が、竪琴を軽くつまびいた。
「けど、村はどうなるかしら」
 ぽろん……
 ぽろん……

 もうほとんどが焼けてしまった田畑。
 この村で人々は生きていけるのだろうか。
 カロルはかつての村を思い出す。平和だったころの村を。
 たくさんの人々が、笑顔でお互いの畑でとれたものを交換し合い、仲良く過ごしていた。
 ふとしたことで金がたくさん流入したところで誰もがっつかなかった。――2つの富豪以外。

 この村が滅びる?
 ――誰がそんなことをさせるものか。

「……やる気になった?」
 顔を上げたカロルに、ミルカは微笑んだ。
「なら、あたしの歌で勇気づけたげる。今回だけ、特別よ?」


 カロルは、村で一番高い丘に立った。
 周囲は5人の冒険者が護っている。カロル自身を攻撃の矢面に立たせては元も子もない。
 ミルカが歌を紡ぎだした。
 それはかつてどこかの冒険者が編み出した歌――
 勇気。
 それだけを乗せて。
 カロルは仁王立ちになった。

「――皆!」

 大声を張る。
 業火の中の人々のほとんどには聞こえなかった。
 カロルはもう一度叫んだ。

「皆!」

 ようやく――
 人々の戦いの声が収まり、視線が一点に集中する。
 どっ どっ どっ どっ
 カロルの心臓が早鐘を打つ。
 それを、ミルカの歌が励ました。

「皆……もう、やめよう! このままでは村が全滅する!」

 カロル様、カロル様じゃないか、何をしているんだ、カロル様がそんなところにいちゃ危険だ
 まったく見当違いの言葉が村人たちの間で飛び交った。

「俺はもう、皆が争うところを見たくない! 頼む、もうやめてくれ! 金で雇われていた者には金を払う、壊れた家屋も修繕する! だから――!」

「今更もう、遅いよカロル様!」
 1人の婦人が、泣きながら声を上げた。
「私の娘は死んじまった。最悪の殺され方をしちまった。こうなった以上私の怒りはどこへぶつければいいんだい? もう、遅いんだよ……!」

 気がつくと、ミルカの歌が変わっていた。
 優しく風のような――
 それは吟遊詩人がよく使う、戦意喪失の歌だった。

 しかしそれでも、その歌さえも心の奥底の傷を癒すことはできない。

 ぱたり、ぱたりと自分の持っていた武器を取り落とす村人たち。
「戦いはやめられないよ!」
 そう叫んで大泣きする婦人。
 そうだ、そうだそうだと同意する者たち。
 止めるならもっと早く止めてくれれば――

 カロルの言葉が止まった。言うべき言葉がなくなった。
「俺のせいだ……」
 自分がもっと早くに行動しなかったから。

「ねえ……」
 ふと、千獣が声を出した。
 カロルと冒険者たちがそちらを向くと、
「……村、が、仲、良く、なるん、だったら……どんな、こと、しても、いい……?」
「え……」
「どんな、こと、にも、協、力、して、くれる……?」
 少女の赤い瞳がカロルと仲間たちを見回す。
「何をする気だあ? 千獣」
 ユーアが気のない返事をすると、千獣は作戦を告げた。
 皆は瞠目した。千獣は微笑んで、
「お願い、ね……」


 千獣は1人、村人に見つからないように丘を降りてそのまま村を出て行く。
「み……皆……っ」
 村人に声をかけようとする、カロルの声が震えていた。
「い、い、今、情報が入った……。もうすぐ、この村に――この村に――」
 ぼろぼろと涙が噴き出した。
 こんな方法しか取れなかったことを悔やんで。

「この村に、もうすぐ恐ろしい獣がやってくる!」

 千獣の呪符包帯、解放――

 人の形を欠片も残さずに魔獣化した恐ろしい姿の娘が、雄たけびを上げながら村へ飛び込んでくる。
 村人たちの悲鳴が上がった。
「団結はこの時だ! 力を合わせて魔獣を倒せ!」
 カロルは背筋を伸ばして叫んだ。

 千獣は暴れまわる。まだ壊れていないものには寸止め、すでに壊れているものは跡形もなく破壊。
 人間相手にも寸止め、しかしものすごい衝撃が残るように攻撃。
 村人たちは逃げ回った。
「逃げるな、立ち向かえ……!」
 カロルは剣を抜いた。
 千獣と約束したことがあったから。

「よっしゃー俺も一役買うかな」
 ユーアが懐から、いつもどおり怪しい薬を取り出して、村のあちこちにばらまいた。
「とゆーかこれは俺様から見ても失敗作なブツだからなっ。危険だぜ!」
「ユーア殿……っ!」
 嘆くアレスディアをよそに、ユーアの失敗作ブツはあちこちで変な効果を起こした。
 爆発普通、催涙剤だったり、ペッパーだったり、村人たちを混乱に陥れる。
「全部その魔獣の仕業だぞーー!」
 ユーアは大嘘をぶっこいた。
 千獣は丘の上に駆け昇ってくる。
 冒険者たち相手には、うまくいなしてくれるだろうと信頼して寸止めをしなかった。そもそも寸止めばかりでは怪しいからだ。
 その心を汲んだアレスディアとディーザ、ユーアは、千獣の攻撃を受け止め受け流した。ミルカだけは、もちろん狙わない。
 カロルも果敢に立ち向かう。
 それを見た村人たちが、だんだんカロルに影響されていく。
「い、いけー! カロル様を護れ!」
 敵味方関係ない。将来この村の主となるはずの男を護るために、村人たちはつたない武器を持って千獣に群がってくる。
 千獣は村人たちを適当にいなした。殺さず傷つけず細心の注意を払って。
 優しいアレスディアは中々割り切れずにいたが、ディーザとユーアは淡々と割り切って、千獣をそこそこに攻撃していた。
 ミルカは目を覆いたくて仕方がない状況を、それでも唇を噛みながら見つめていた。
 いや。
「あたしは歌姫。口をつぐんじゃいけないんだわ」
 そして歌いだす。人々の勇気を促す歌を。


 やがて。
 村がひとつになる。
 カロルという男を中心に。


「―――!」
 『村の、人たち、が、団結、したら……私に、一撃、よろしく、ね……?』
 カロルは目をつぶった。
 それからかっと見開いた。
 目の前に、異形がいる。異形だ。村を襲う異形だ。
「あああああああああああ!」
 剣を振り上げ、異形に突進した。
 そして――

 異形がいなないた。

 血を流し。魔獣は身を翻し、村の外まであっという間に姿を消した。
 はあ、はあとカロルは息を吐いた。
「………」
 しん、と村が静まり返った。
 やがて。
「やった……」
 誰かがつぶやいた。
「やった――村が護られたぞ! やった!」
「さすがカロル様だ!」
「魔獣を追い払われた!」
「英雄だ!」

「――聞け!」

 カロルは叫んだ。
 びくっと村人たちが身を震わす。
 カロルは背筋を伸ばし、剣を空高く掲げて、
「今のは、俺がすごかったんじゃない。村の皆が一丸となって戦ったからだ。分かってくれ……!」
 ミルカが歌を歌う。祝福の歌を。
 ぱちぱちと拍手が起きた。
 村人たちから拍手が起きた。

 敵も、味方も、関係なく。

 その隙に、ミルカ以外の冒険者たちは丘を降りていた。急いで村の外へ行く。
 包帯を自分で巻くのに苦労している、ぼろぼろの姿の千獣がいた。
「千獣殿、こんなに怪我をして……」
「……いい、の……」
 千獣はアレスディアとディーザに手当てと包帯巻きを手伝ってもらいながら、
「これで、解決、すること、が、あるなら、いい、の……」
「おーおーひでえ怪我だ」
 ユーアがごそごそと懐を探った。
「ほれ、傷薬」
「………………」
「何だ? 早いとこ治療しないと死ぬぜ?」
「……私、の、怪我……中の、子、たち、が……癒す、から……」
「何だ、つまんねえの」
 さすがの千獣も、ユーアから渡される薬を試す勇気はなかった。

 ■■■ ■■■ ■■■

 カロルは自分の両親とひどく口論になったという。
 だが、カロルがあの少女の決意を涙とともに必死に飲みこみながら、「あの魔獣はこの家を襲うかもしれなかった!」と言うと、さすがに両親も何も言えなかったようだ。
 疲れきった村人たちの代わりに、カロルがつれてきた5人の冒険者が村中の火を消して回った。
 静かになった村はひどくちっぽけに見えた。
 だが――これが、本来の姿、だ。
 誰の心にも傷が残っている。誰の心にも痛みが残っている。かつての村には戻れないとしても。

 カロルからたっぷり礼金をもらい、5人が帰ろうとしたところ、今度はグラス家の主人が姿を現した。
「――余計なことをしてくれたものだな」
 それだけ言って、厳格な男は背を向けた。

「あとあじ、悪い……」
 ミルカがつぶやく。
「長く旅人やってりゃこんなもんだ」
 ユーアが上機嫌に言う。礼金が思いの外多かったので喜んでいるのである。
「人の心はいつもすれ違う……」
 アレスディアはつぶやいた。「どうして思い通りにいかぬのだろうな……」
「……それが人間だからじゃないのかな」
 ディーザはくわえ煙草を揺らした。
「でもね……」
 千獣がつぶやいた。
「私……人間、好き、だよ……」
 自分に心をくれた人々。
 どんなに愚かであろうとも。
「生きて、いて、ほしい、な……」
 それを聞いた、他の4人がかすかに微笑んだ。


 カロルがその後村をうまく先導しているということを、彼らは風の噂で聞いた。
 そのまま人々の心も癒されていくことを願おう。一度は彼らの心に巻き込まれた者たちとして……


 ―FIN―


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【2542/ユーア/女/18歳(実年齢21歳)/旅人】
【2919/アレスディア・ヴォルフリート/女/18歳/ルーンアームナイト】
【3087/千獣/女/17歳(実年齢999歳)/獣使い】
【3457/ミルカ/女/17歳/歌姫】
【3482/ディーザ・カプリオーレ/女/20歳/銃士】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
ユーア様
こんにちは、笠城夢斗です。
今回も依頼にご参加くださりありがとうございました。お届けがものすごく遅くなり申し訳ございません。
シリアスストーリーでユーアさんをどう動かすかは悩みどころでした(笑)結局このような形でおさまりましたが……もっと暴れたほうがよろしかったでしょうか。
よろしければまたお会いできますよう……