<PCクエストノベル(2人)>


汝、聖か邪か 〜コーサ・コーサの遺跡〜

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 【冒険者一覧】
 【整理番号 / 名前 / クラス】

 【 2303 / 蒼柳・凪 / 舞術師 】
 【 1070 / 虎王丸 / 火炎剣士 】

 【その他登場人物】
 【 フィリ 】
 【 ハーブ 】
 【 リィン 】

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 聖都エルザードからかなり南へ離れたこの場所は、普段はあまり人の通らない、静かで穏やかな場所だった。人に見捨てられたかのようなここは、木々が自由に生い茂り、草花が伸び伸びと葉を茂らせ花を咲かせている。昼間はさんさんと輝く太陽が地上を照らし、夜は満天の星空と淡い月が優しく大地を撫ぜる。時の流れを感じさせない、絵画のように静謐なこの場所は今、怒声と罵声、剣と剣がぶつかり合う音に乱されていた。
 赤々と燃えていた焚き火があちこちに広がり、草花を焼いていく。青い色をしたテントは切り裂かれ、舐めるように這って来た炎に焼かれようとしている。

虎王丸「凪!」
凪「大丈夫だ」

 右手に持った銃が弾ける。弾は迫っていた男の右腕に当たり、持っていたナイフを足元に落とした。強い反動を力で押さえ込み、すぐに引き金を引く。右からも左からも、絶えず押し寄せてくる盗賊達に、凪の額には汗が浮かんでいた。
 迫り来る敵と距離をとるために一歩下がる。背中に湿った岩があたり、じわりと服を濡らす。これ以上後退は出来ない。

虎王丸「凪、こっちだ!」

 虎王丸の声が聞こえた時、左に固まっていた集団が散り始めた。獅子奮迅の勢いで日本刀を振り回す虎王丸に近付くのは危険だと察した盗賊達が、別の策を立てようと暫し遠巻きに様子を見ている。
 前方から走りこんできた敵の一撃を避け、左に方向転換すると走り出す。すぐ真後ろで刀が空を切る音がし、靡いた髪が数本断ち切られて地に落ちる。敵はすぐ近く、振り向いて撃つか、それともこのまま虎王丸のもとまで走りこむか。悩んだのは一瞬だった。凪は左足を軸にして振り向くと、上げた右足をそのまま相手の横顔に打ち込んだ。右に回転する身体を無理に止め、左手に持った銃を相手に突きつける。怯まずに向かってくる敵の脚を狙い、引き金を引く。

虎王丸「ったく、どんだけいるんだよ!」
凪「意外と大きな盗賊団だったんだな」
虎王丸「ヘタななんちゃら数撃ちゃなんちゃらってヤツだな」
凪「全然意味が伝わってこないぞ、それ」

 軽口を交わしながら、虎王丸も凪も真剣な表情だった。1人1人は大したことがなくても、数の多さばかりはどうしようもない。鼓動が早くなり、息があがる。熱くなった体が頭をぼやけさせ、集中力が途切れ始める。
 ぐっと奥歯を噛み、深く息を吐く。盗賊団の襲来から数十分、凪と虎王丸には何時間にも思えるような激闘の時間だった。

凪「ここは逃げた方が得策だ」
虎王丸「つったって、どこにだよ」
凪「森の中に逃げ込めば、そう簡単には追って来れないだろう」

 背中が合わさる。このまま数で攻めても時間がかかるだけだと悟った盗賊達が、距離をとってこちらを伺っている。少しでも隙を見せれば襲い掛かってきそうなほどに、盗賊達の目は異様な輝きを放っていた。

凪「森まで抜ける道、確保できるか?」
虎王丸「そっちこそ、後ろを任せても良いのか?」

 どちらも身動ぎしない膠着状態の中、風の音だけがやけに大きく聞こえる。ピンと緊張の糸が張り詰め、一瞬全ての音がこの世界から消え去る。
 虎王丸はすっと目を細めると、動き出す絶好の機会を狙った。硝煙と血の臭いが鼻をつき、刀を握る手に力を込める。黄色い月明かりと赤い炎に照らされ、影が不気味に揺らめく。自身の鼓動と呼吸がカチリと合わさった時、敏感になっていた耳に薪が爆ぜる音が響いた。
 緊張の糸を断ち切ったのは虎王丸だった。一気に間合いを詰め、目の前に立ちはだかっていた男を日本刀で振り払う。薄い布を切り裂き、皮膚を裂いた刃に鮮血が付着する。崩れ落ちる男から目を逸らし、右手からの殺気に素早く反応すると刀を横に払う。
 怒声に罵声、刀同士がぶつかり合う高い金属音、薪が爆ぜ、渇いた発砲音が空を切り裂く。
 一心不乱に襲い掛かる相手を切り伏せていた虎王丸に凪の声が届いたのは、彼が切羽詰ったような高い声で叫んだからだった。

凪「虎王丸!!!」

 咄嗟に振り返った時、何かが猛スピードでこちらに迫ってくるのが見えた。真っ直ぐに虎王丸目掛けて飛んでくるそれが何なのか、理解する前に体が動いていた。刀を振り上げ、それを弾き飛ばす。軌道を無理に変えられたそれは虎王丸からかなり逸れた岩場に突き刺さった。
 虎王丸が無事に矢を弾き飛ばしたのを見て、凪は安堵した。奮闘する彼の背中を追って応戦している時、一種の勘のようなものが働き、盗賊が弓を射ようと弦を引くのを見た。狙いは虎王丸に定められており、咄嗟に声をかけたのだが、自分でも驚くほどに上ずった声になっていた。
 近くに迫っていた男の手をグリップで叩き、ナイフを落とす。顔を上げれば先ほどの盗賊が再び弓を射ようと虎王丸に狙いを定めている。頭で状況を整理するより早く、凪の身体は自然に矢を構えた男の方へと向き、引き金を引いた。肩口を狙って撃った弾は逸れ、男が苦悶の表情を浮かべながら膝から崩れ落ちた。
 背中に冷たいものが流れる。もしかして殺してしまったのではないか?もしかして、心臓を貫いたのではないか?男の苦悶の顔が脳裏を掠め、体が重くなる。右手から鋭く刀が振り下ろされ、それを避けようと肩を引いて右足を軸に身体を半回転させた時、突然足元が滑った。踏み荒らされた草は滑りやすくなっており、体勢を立て直そうと足掻いた分余計に派手に崩れた。
 むき出しの腕が草と砂利の混ざった地面を滑り、軽い擦り傷を作る。今を好機と襲い掛かる盗賊達を前に、凪の頭は刹那パニックに陥る。振り下ろされる刀を銃で何とか止めるが、力で押されては太刀打ちが出来ない。ジリジリと顔に近付いてくる切っ先を見つめながら、凪はどうしてこんな事になってしまったのか、ボンヤリと思い出していた。






 最近、夜にこの付近を通る旅人を襲っては金品を奪う盗賊がいて困っている。どうにかしてくれないかとの依頼を受け、ここにテントを張って2日。金品を奪う時も脅すのみで、例え立ち向かおうとも気絶をさせられ、怪我をした人はいないとの予備知識があった2人は、話し合えば分かってもらえるのではないかと軽い気持ちで盗賊達の出現を待っていた。
 1日目は何も起こらず、虎王丸が暇だと吠え、凪にちょっかいを出しては鬱陶しがられ、拗ねてどこかへふらりと行った以外は特に何もなく、凪も自然と一体になったかのように草地にゴロリと寝転び、何をするでもなくただ流れ行く雲を見つめて1日を過ごした。
 2日目の夕方までは昨日と同様特に何もなく、明日もこのままならば一度エルザードまで帰って体勢を立て直すかと呑気に話していた。
 半分ピクニック気分が一転したのは、日が沈んでからだった。昨日は爽やかに感じていた夜風が、ねっとりと絡みつくように感じ、耳を澄ませば木々のざわめきが邪悪な呪いの言葉のようにさえ聞こえた。
 何か起こるのではないか、そんな緊張感がピンと張り詰めた時、突如として左手から炎が上がり、空を切る鋭い音と共に1本の火矢が凪と虎王丸の丁度真ん中に突き刺さった。

虎王丸「どうして火矢なんか‥‥!?」
凪「こっちの動きに気づいて打って出たのか?」
虎王丸「んなん聞いてねぇぞ!」
凪「文句は後だ」

 虎王丸が日本刀を抜き、凪が銃を構える。今や2人を包む空気すらも敵になったかのように、四方八方から鋭い殺気を感じる。焚き火の炎に照らされてやけに艶っぽく見える凪の横顔が、何かに気づいたように微かに顰められる。入り口の大きく開いたテントに入ろうとした時、テントに矢が刺さった。

虎王丸「何やってんだ凪!」
凪「ここは焚き火の炎で丸見えになってる」
虎王丸「そんなこと言ったって、もう遅い」
凪「今夜は満月だから完全に姿が隠せるとは思えないが、今の状況よりは良いだろう?」
虎王丸「だから、遅いっつってんだよ。こっちからももう、相手が見えてる」

 焚き火の明かりが届かない闇の中、月明かりが仄かに照らす大地を走ってくる盗賊達の姿を見つけ、凪は肩に入っていた力を抜いた。情況が好転したとは思えないが、相手の位置が分からないよりはマシだった。闇夜から一方的に狙われては、圧倒的に不利だ。

虎王丸「怪我をした人はいないとか、言ってなかったか?」
凪「あぁ、そう聞いた」
虎王丸「思いっきり怪我させられそうな雰囲気だけど?」
凪「俺に聞くな」
虎王丸「まぁ、口での話し合いよりも拳での話し合いのほうが俺は得意だけどな!」

 そう吠え、敵に向かっていく。勇ましい虎王丸の背を見つめながら、凪は盗賊の突然の行動に困惑していた。






 いったい何故、盗賊達は急に襲い掛かってきたのだろうか?自分達を倒しに来た敵だと思われて、襲い掛かってきているのだろうか?いや、違う。盗賊達の血を求めるような残酷な瞳は、元来人を殺傷する事を生業としている者特有の獰猛さがある。
 体重の乗った力に負けそうになった時、上に乗っていた男がぎゃっと悲鳴を上げて背後に放り投げられた。

虎王丸「無事か、凪!?」
凪「あぁ、助かった‥‥」
虎王丸「礼は後だ。走れるか?」

 乱暴に腕をつかまれ、引き起こされる。細かい傷のついた腕からはじわりと血が滲み出しており、虎王丸の手の下で鈍い痛みを発する。凪はトンと両足を地面につけると、虎王丸に頷いて見せた。
 微かに右足首に違和感を感じるが、走れないほどではない。軽く捻った程度で良かったと安堵すると、凪は銃を構えた。
 虎王丸が走り出し、凪もその後に続く。木々が生い茂った森は暗く、気を抜けば先を走る虎王丸の背中を見失ってしまいそうだった。
 ぬかるむ足元は不安定で、張り出した根に躓きながら、凪と虎王丸は走り続けた。すぐ背後に聞こえていた音も徐々に遠ざかり、しまいには何も聞こえなくなった。森が途切れ、広い草原に出る。けれど2人は足を止めなかった。万が一ここで盗賊に追いつかれては、先ほどの二の舞になる。

虎王丸「どうする、凪?」

 乱れた息に声を乗せ、虎王丸が振り返る。

凪「とりあえず、どこか身を隠せるところに逃げよう」
虎王丸「ここら辺って何かあったか?」
凪「分からない」

 凪が首を振った時、視界の端にチラリと黒い影が見えた。足を止めた凪につられて虎王丸も立ち止まる。視線の先を見れば、月光を浴びてひっそりと佇む瓦礫と化した修道院があった。
 蔦が絡み、周囲を雑草で覆われたそこからは、荘厳で美しかった時代は感じられない。虚無感と哀愁を纏った修道院は、冷ややかな月明かりが良く似合っていた。

凪「コーサ・コーサの遺跡、か」
虎王丸「知ってるのか?」
凪「あぁ、大した知識はないが‥‥」
虎王丸「ここなんか死角が多そうだし、数で押されてもなんとかなるんじゃねぇか?」
凪「戦う気か?」
虎王丸「当然。あんな負け方なんて、納得いかねぇよ」
凪「だが、ここは‥‥」
虎王丸「凪は、あんな凶暴な盗賊をのさばらせておいて良いと思ってるのか?」
凪「それは‥‥そうだが、でも‥‥噂では‥‥」
虎王丸「左手の甲に炎の刺青。ありゃぁ間違いねぇ、俺達が依頼された盗賊団だ」

 確かに虎王丸の言うことにも一理ある。今までは怪我をした人はいないと言うが、あれだけ凶暴な盗賊団だったらそのうち死者が出るだろう。ならばまだ誰も殺めていないうちに潰しておくのが得策だが、凪はどうしても納得が出来なかった。
 頭の中で回る、何故と言う疑問の言葉。なるべくならば誰も傷付けずに、話し合いで事を片付けたかった。不意にあの時撃った男の顔が蘇った。生と死の狭間に立ったあの男は、死んでしまったのだろうか。
 こみ上げてくる不快感に目を伏せた時、通常よりも敏感になっていた耳が微かな物音を捉えた。小枝を踏む乾いた音。はっと顔を上げた直後に、草を踏みながら近付いてくる大勢の足音が聞こえた。

虎王丸「ヤバイ、気づかれた!」
凪「とにかく、遺跡へ‥‥」

 迷っていては、再び囲まれてしまう。今にも崩れ落ちそうな危うい遺跡の中へ足を踏み入れる。
 人に見捨てられたこの遺跡は、それでも以前と同じような静謐さを孕んでいた。穏やかで厳かな気持ちにさせる、修道院独特の雰囲気に呑まれないように注意をしながら、虎王丸と凪は今にもなだれ込んでくるであろう盗賊達の出現を息を潜めて待っていた。
 虎王丸が凪に目で合図を出す。ころあいを見計らって舞い始め、盗賊が入って来たときに丁度発動させようと言うつもりなのだろうが、凪は軽く首を振るとその提案を拒否した。

凪「話せば通じるかもしれない」
虎王丸「馬鹿!あれが話の通じそうな集団だったかよ!」
凪「でも‥‥」
???「人を傷付けるのは好まないってね。あたし、あんたみたいな考え、好きよ」

 突然背後から声をかけられ、虎王丸と凪はビクリと震えると振り返った。
 かつてはステンドグラスがはめ込まれていたのであろうか、ぽっかりと開いた窓から斜めに月明かりが入り込んでいる。埃が舞い上がり、キラキラと幻想的に輝く。そんな中を、官能的な色香を纏った女性がこちらに向かって歩いてきていた。
 腰まである長い艶やかな髪は夜を思わせる漆黒で、艶かしい視線を発する瞳は紫に輝いている。着崩した着物は豊満な胸元が露になっており、裾の部分は短く切られていた。際どい位置まで入ったスリットからは、白く細長い脚が見える。
 色っぽい美女の出現に虎王丸の目が輝く。そんな場合じゃないだろうと凪が視線で訴えるが、セクシーなお姉さんならばたとえ魔物であろうとも弱い彼は、ふにゃりと表情が崩れていた。

???「満月に誘われてふらりと外へ出てみれば、今宵はやけに騒がしい」
凪「俺達、盗賊に追われて‥‥」
???「知ってるよ、見てたからね」

 美女が腰元から細い刀を抜き、切っ先を上げる。年の頃は20代前半か半ば程、彫刻のように美しい女性は、剣の腕もなかなかのようだ。構えを見ただけで、2人は彼女の能力の高さを見極めた。

凪「一緒に戦ってくれるのですか?」
???「少年2人と屈強な盗賊団、どっちの味方をするかと聞かれれば、前者だろうね」
凪「でも俺達‥‥」
???「呑気に話してる場合じゃないみたいだね。どんどん人が集まってきている‥‥感じるだろう?殺気を」
虎王丸「凪、話の通じる相手じゃねぇっつっただろ!まだ迷ってるのか!?」
???「迷いは剣の腕を鈍らせる。‥‥ま、あんたは銃だけどね」
凪「でも、人は傷付けないはずなんだ‥‥」
???「自分の目で、耳で、確かめてみれば良い。こちらに敵意がないと知れば手を引く相手なのか、ね」
虎王丸「相手に敵意があるのは分かってるんだ。戦う理由なんざ、それで十分だろうが」
???「確かにね。命と命のやり取りの場合、半端な情けは無用だね」
虎王丸「そう言やお姉さん、名前はなんて言うんだ?俺は虎王丸。動物の虎に王様の王に丸って書くんだ。で、こっちは凪。海が凪ぐの凪って書く」
???「そうだね‥‥フィリで良いよ。虎ちゃんに、凪っちょね」

 フィリと名乗った女性は見かけとは違い、やけに子供っぽいあだ名を虎王丸と凪につけると、色っぽく微笑んだ。
 内気で穏やかな性格の凪はどんなあだ名をつけられようとも文句を言うことはないが、普段ならばそんなあだ名をつけられれば文句の1つや2つを言いそうな虎王丸までもがフィリのフェロモンに眩み、素直にあだ名を受け入れた。
 虎王丸が渋々ながらも刀を下げ、フィリも剣を鞘に戻す。万が一説得に失敗した時の為に、急襲されない場所を選ぶと、凪はどうしたらこちらに戦う意思がないことを伝えられるのかと頭を悩ませていた。
 乱暴な足音が響き、外から誰かが走りこんでくる。赤々としたランプに照らされ、凪は一瞬身を硬くすると真っ直ぐに男の目を見た。

凪「俺達は戦いは望んでません。皆さんと話し合いを‥‥」
男「お前が望んでいようとなかろうと、関係ないね」

 飾り立てない真摯な言葉は、嘲笑するような冷たい男の声にかき消された。視界の端で虎王丸が首を振り、刀を構えるのが見える。フィリも鞘から剣を抜き、全身から押さえ気味の殺気をみなぎらせている。

凪「けれど貴方達は、人は傷付けないはず‥‥」
フィリ「凪っちょ、これ以上は話したって無駄だよ。こいつらはね、強い者には媚び諂い、弱い者はいびり殺す、そう言う人種なんだ」
男「随分ひでぇ言い方だな。どこかの誰かさんみたいに、強きを挫き弱きを助ける、すかしたやり方は嫌いでね」
フィリ「だからこんな紛い物の盗賊集団に入ったってわけかい?」
男「ねえちゃん、大分色々としっているようだが‥‥何者だ?」
フィリ「お前に名乗るような名はないね。凪っちょ、虎ちゃん、こいつらはね、あんた達が追ってる盗賊団なんかじゃないんだ」
虎王丸「でも、手の甲に炎の刺青があるぞ!?」
フィリ「そんなの、何の証拠にもならないよ。何せこいつらはもう1つの盗賊団の名前を借りてやってるんだからね。それより2人とも、手加減したら怪我するかもしれないよ。こいつら、1人1人はさほど力があるわけじゃないが、数で押されれば苦戦するのは目に見えてる。それに、中には力のある奴もいる」
虎王丸「最初から手加減するつもりなんてねぇよ」
凪「俺は‥‥」
フィリ「まぁ、凪っちょは好きなように戦いな。あたしも殺しは好きじゃなくてね‥‥。でも、人数で押されればこっちだって優しい戦いは出来ないよ。手元が狂っても恨まないってヤツだけかかってきな」

 細身の対の剣が舞うように空を切り、迫っていた2人の男が同時に刀を足元に落とした。腕から血が滴り、足元に小さな血を溜めていく。虎王丸もそれに続けとチャージで相手を跳ね除ける。
 華麗な蝶のようにしなやかに剣を操るフィリと、勇猛な獣のように剣を振るう虎王丸。どちらも素早さは格別だが、フィリはパワーが足りない。しかしその分持久力は長いらしく、どんなに軽快に動き回っても息一つ乱れない。
 似ているようで正反対の2人の剣術を目の当たりにし、改めて心強さを感じながら、凪はジリジリと後退していた。2人を援護するように撃たれる弾は、普段よりもしっかりと狙いをつけられ、狂いは生じられない。
 敵からの死角に入り、肩に変に入っていた力をふっと抜く。緊張して体がカチカチの状態では、上手く舞えない。程よく体がほぐれたところで、凪はゆっくりと目を閉じると腕を広げた。
 感じる違和感を押し殺し、右足を軸にして回転する。広げていた腕を胸の前で交差させ、足を止め、右手を横に引き、手首を回して手のひらを上にする。肘を折って手を引き戻し‥‥ふっと背後に殺気を感じ、凪は舞を止めた。まさかもうここまで敵が迫ってきているのか、緊張しながらも銃を構え、振り返る。
 凪は背後に立つその人物を見て、瞬間頭が真っ白になった。小柄な彼よりも大きいその人物は、半狼半人であり、手に持った大鎌が不気味な鈍い光を発していた。
 コーサの落とし子だと理解するのに、それほど時間はかからなかった。探るような目つきでこちらを睨みつける彼に、なんとか戦意がない事を伝えようとするが、落とし子はすぐ近くで繰り広げられている乱戦に全てを悟ると、射るような強い視線を凪に向けた。
 大鎌が振り上げられる。遺跡を荒らす者として、凪も攻撃対象に確定されたようだ。迷うことなき軌道を描く鎌を何とか回避する。上段の攻撃をしゃがんで避け、下段の攻撃を跳んで避ける。

虎王丸「凪、あぶねぇっ!」

 着地と同時に真横から襲い掛かってきた大鎌が、虎王丸が投げた日本刀に弾かれて止まる。真っ直ぐに鎌に向かっていた刀は弾き飛ばされ、部屋の隅まで滑り行く。

フィリ「こっちはあたしに任せて!」

 フィリが走りこんできてコーサの落とし子に立ち向かう。パワーの違うフィリはコーサの落とし子の大鎌によって跳ね返されるが、軽く着地すると距離をとって相手の様子を伺い、隙があればすぐに間合いに飛び込んだ。このスタイルを見ている限りでは、フィリはコーサの落とし子と戦う意思はないらしい。彼の意識が凪と虎王丸の方へ行かないようにしているだけだろう。真っ向から戦いを挑んだとしても、勝敗は目に見えている。
 部屋の隅で所在無さ気に置かれた日本刀を掴み、虎王丸へ投げる。素手で格闘していた虎王丸が、やや高めに浮いた刀をしっかりとキャッチし、着地と同時に体重の乗った一撃を叩きつける。
 凪は2人の奮闘振りを横目に、影に入ると呼吸を整え、すっと目を細めた。力強くも繊細な舞は、見ている者がいたならば思わず息を呑むほどに魅せられる。一瞬にして場の空気の流えが変化する。それを敏感に感じ取ったのは、虎王丸とフィリ、コーサの落とし子だけだった。無防備な盗賊達は些細な変化など知る由もなく、何かがおかしいと思い始めた時には、その身体は名も無き霊達に操られている。
 不気味にも滑稽にも見えるステップを踏みながら外へと躍り出て行く者、不意に刀を落とすとその場でしゃがみ込み、眠り込んでしまう者。凪の卑霊招陣は効果範囲が広いため、遺跡内にいた盗賊建ちは皆、自分の意思とは関係なく戦意を奪われてなす術もなく混乱している。
 けれど大盗賊団はその程度の攻撃に怯むような数ではない。躍り出て行った者の代わりに入って来る者もおり、虎王丸はまだ慣れないながらも意識を集中し、鎖の力に購った。
 この年頃の少年にしてはやや筋肉質な腕と脚が更に太くなり、硬そうな短い毛に覆われる。爪が長く鋭くなり、虎王丸は普段よりも低く太くなった声に力を込めた。空気を揺るがす咆哮は強い衝撃波となり、前方にいた盗賊達が数メートル下がる。虎王丸の突然の豹変に戸惑う者が数人いたが、さして気にするでもなく向かってくる者が大多数だった。
 普段よりも筋肉のついた脚は、スピードとジャンプ力に優れ、虎王丸は軽く跳躍すると盗賊達の頭上から白焔を放った。不思議に揺らめく焔は盗賊達の足元で炸裂すると幻のように消え去った。人である彼らに対しては威力は低いが、混乱に陥れるだけの力はあった。
 長い跳躍を終えて着地した虎王丸の背後から、弓矢が放たれる。常人ならば避けられない距離だったが、今の虎王丸の脚は普通よりも数倍早く動ける。ギリギリのところでかわし、矢を空中で斬る。
 コーサの落とし子と剣を交えていたフィリが凪の方へと飛ばされ、ぶつかる直前に身体を反転させると着地する。フィリの息はあがり、額には細かな汗が浮かんでいる。凪は喉元まででかかった大丈夫かとの言葉を飲み込むと、意識を舞に集中させた。
 体の奥底から、凪の知らない力が芽生える。軽快な調子で走り出す脚、360度全てに張り巡らされる意識。感覚が研ぎ澄まされ、百戦錬磨の戦士の勘が体中を駆け巡る。武神演舞で招いた神霊を自身に憑依させた凪は、百発百中の命中力を誇っていた。慎重に狙いをつけなくとも、体が勝手に動き、盗賊の手足に弾丸を撃ち込む。確実に動きが止められるが、絶対に命は落とさないであろう部分を的確につく。迫った相手は銃のグリップで叩き、背後にいる相手は蹴りで後方へ押し戻す。
 虎王丸の限定獣化と凪の武神演舞のおかげで圧倒的優位に立った2人は、数で勝る相手を押し戻していた。
 背後でフィリが苦戦している音が聞こえる。大鎌で弾き飛ばされ、床をすべる音がし、すぐに鉄同士がぶつかる甲高い音がする。
 あともう少し頑張ってくれれば‥‥そう思った時、今にも崩れてただの木の塊へとなりそうな古い机の上に、小さなガラスの天使が乗っているのに気が付いた。背中に対にあったであろう羽は1つしかなく、差し出された手はひび割れている。頭には埃が積もり、黒く汚れた顔は表情が伺えない。
 どうして凪がそのガラス細工の天使に目を留めたのかは分からない。これも武神の勘だったのか、それとも神事に貢献するために幼い頃から厳しい修行を積んだ凪として勘だったのか。虎王丸の攻撃に弾かれた盗賊が机にぶつかり、ガラスの天使がグラリと傾く。凪の脳裏に刹那、床に叩きつけられて粉々になった天使が浮かんだ。
 咄嗟に地を蹴り、天使に手を差し伸べる。天使は頭から凪の手の中に落ちると、その中で止まった。
 壊れなくて良かった。安堵したのも束の間、虎王丸の怒声とフィリの悲鳴が重なった。顔を上げれば刀を片手に走りこんでくる男が見え、首を回せば大鎌を振り上げて走ってくるコーサの落とし子。銃を構え、引き金に指をかける。けれど引くよりも先に、相手の攻撃圏内に入っていた。ぎゅっと、天使を胸に抱く。全ての映像がスローモーションで流れる中、凪の頭上を柔らかな風が通り過ぎた。それは盗賊の腕を、胸を斬り、強い風圧と共に彼を後方へ吹き飛ばした。

落とし子「汝の思い、しかと受け取った」

 威厳のある落ち着いた声でコーサの落とし子はそう言うと、フィリに軽く頷いて見せた。突然敵になったコーサの落とし子に戸惑う盗賊達だったが、虎王丸風に言えば『ヘタななんちゃら数撃ちゃなんちゃら』精神で気を取り直すと、下げていた刀を構えた。
 斬られては不屈の精神で向かってきた盗賊達の後ろから、やや派手な格好をした3人の若い男女が前に進み出てくる。1人は金髪の派手な顔立ちをした青年で、年の頃はフィリと同じかやや上か、獰猛さを備えた鋭い蒼の瞳さえなければ、美男子と言って良かった。もう1人は長い赤毛を三つ編にして肩に垂らした少年で、凪や虎王丸と同じくらいの外見年齢だ。ドロリと濁った緑色の瞳は何も見えておらず、ふらふらと宙を彷徨っている。残った1人は短い茶髪の女性で、外見では年齢がわからない。無造作にセットされた髪や、ピンクを基調としているらしきメイクは若々しいが、顔つきがキツイため、チグハグな印象になっている。年齢不詳な外見の彼女は、細身の刀をすっと構えると一気に虎王丸に詰め寄った。
 体重の乗った重い一振りを刀で止め、力で押し返そうとする。華奢な体つきの彼女は、どこからそんな力が出るのか、なかなか押し返せない。
 何人もの盗賊たちの相手をしてきた虎王丸の体は、限定獣化の負担も重なって徐々に重たくなっていた。
 ふっと乗っていた力が弱まり、そのチャンスを見過ごさずに一気に押し返す。軽すぎる手ごたえに一抹の不安が脳裏を掠めた瞬間、腕に鋭い痛みが走った。短剣が深々と腕に突き刺さり、女が後ろに飛び退く。

女「隙だらけ、ね」

 赤く濡れた唇を、それ以上に赤い舌がそっと舐める。楽しそうに歪められた表情は、爬虫類を連想させた。

虎王丸「‥‥っ‥‥!」
凪「虎王丸!」
少年「よそ見しちゃ、ダメだよ」

 赤毛の少年が凪の懐に飛び込んでくると、細い刀を横に引いた。何とか身体を半回転させて避けようとしたが、間合いが近すぎたために避けきれない。薄い布越しに斬り付けられ、凪の肩口がパっと赤く染まる。
 鋭い激痛と、腕を滴り落ちる紅の雫。凪は歯を食いしばると、斬られていない方の腕を上げ、銃を構えた。

フィリ「2人とも、もう少し頑張って!」
虎王丸「くそっ‥‥強い‥‥!」
凪「今までの奴らとは違う‥‥」
フィリ「もう少しよ、もう少し‥‥」

 必死に鼓舞するフィリだったが、勝機は見えてこない。大盗賊団には捨て駒が沢山おり、更にはかなりの手練が3人もいる。凪と虎王丸は負傷しており、体力は限界にまで来ている。フィリは金髪の男で手一杯、コーサの落とし子は大鎌で盗賊たちを順調に切り伏せているが、まるで無限地獄にでもいるかのように、次から次へと沸いて出てくる。
 朦朧とする意識を何とか保ち、近付く敵を倒す。血と硝煙、金属がぶつかり合う音。呼吸が上がり、心臓が狂ったように早くなる。苦しい、けれど止まるわけにはいかない。喧騒の合間から、馬の蹄の音が響く。着実に近付いてくる音は、ついに視界で確認できるまでになった。栗毛の馬に乗っているのは、長いマントを羽織った青年だった。彼は途中で馬から飛び降りると、盗賊達の間を一気に駆け抜け、フィリのそばに立った。
 虎王丸の視界の端に、青年の左手の甲が映る。白く骨ばった手に浮かぶのは、剣を交えている女と同じ刺青だ。

虎王丸「フィリ!」
凪「盗賊が‥‥」

 暗闇に灯る松明が、月明かりしかない夜の草原を照らす。何十、何百と言う馬に乗った盗賊達の出現に、凪は言葉を失った。フィリの近くに立つ青年と同じ、紅のマントを羽織った彼ら、彼女達は馬から下りると一気に走り出した。
 マントが風に揺れ、炎のように草原を舐めて行く。あれだけの人数が一気に押し寄せてきたら、到底勝ち目はない。虎王丸は力を振り絞って女の剣を弾くと、フィリの元へ駆け寄った。剣を構え、青年と対峙する。穏やかな中に強さを秘めた青年の目は、ただものではないと言う事を雄弁に語っている。
 負傷した左腕に右手をそえ、刀をしっかりと持ち直した時、フィリの白い手がそっとその上に重ねられた。

フィリ「安心しな、こいつは味方だよ」
???「遅くなってすみませんでした」

 柔らかな笑顔で頭を下げた青年の後ろで、紅のマントが翻る。凪と斬りあっていた少年が後方へ飛ばされ、すらりとした若い女性が凪を庇うように前に立つ。突然の盗賊対盗賊の戦いに、凪は虎王丸達と合流するとフィリの隣に立つ青年に視線を向けた。

フィリ「こいつは、あたしの直属の部下だ」
???「ハーブと申します。もっと早く駆けつけられたら良かったのですが‥‥」
凪「俺は凪、こっちは虎王丸と言います。‥‥フィリさん、直属の部下ってどう言う事ですか?」
フィリ「騙すつもりは‥‥。‥‥なかったと言えば嘘になるね」

 遠い目が見つめる先、盗賊が散り散りになって逃げていく。数でも力でも敵わなくなった後は、逃げの一手しかないと言うことなのだろう。

???「逃げる人を深追いしちゃいけません。負傷者は救護班の所へ運んでください。死亡が確認された人は、所定の馬車の中に運んでください。手荒に扱っちゃダメですよ」

 甲高い声が、やけに明るく場に響く。既に人が疎らになった遺跡の中に、1人の少年がトテトテと危なっかしい足取りで走りこんでくる。足元に転がる盗賊を上手く避け、いかにも似合っていない紅のマントを翻し、ウサギのフードを被った少年は何処までも薄く見える青い瞳を細めた。

???「姉様、ご無事で何よりです。お怪我はありませんか?」
フィリ「あたしはただのかすり傷だ。それより、この2人を診てやって」

 白い額に、フードの下から覗く淡い金髪がかかる。年の頃は8か9か、全体的に色素の薄い少年は、透き通った海水のような色の瞳を凪と虎王丸に向けると、抱っこをねだるかのように両手を前に差し出した。

???「怪我、見せてください」
虎王丸「治癒が出来るのか?」
???「応急処置程度ですけど‥‥」

 自分よりもかなり身長の低い彼のために、虎王丸は地べたに胡坐をかくと腕を差し出した。既に限定獣化は解けており、筋肉の浮いた小麦色の肌には血が滴っている。とめどなく流れる血を、少年の細い指が拭う。傷口を確かめた彼は、整った細い眉を顰めると心配そうに虎王丸を見上げた。

???「結構深いですね。一応傷口は塞ぎますけど、後でちゃんと診てもらった方が良いかも知れません」
虎王丸「凪も怪我してるだろ?」
凪「さほど深くはない。虎王丸の方から頼めるか?」
???「分かりました」

 ポワリと白い光が灯り、虎王丸の傷口が温かくなる。ゆっくりと閉じていく傷口の感触を感じながら、虎王丸はフィリの姿を探した。盗賊達の前に立って指示を飛ばす彼女は、相変わらず色っぽく美しい。

凪「俺は凪、こっちは虎王丸と言う。君は?」
???「リィンベルと言いますが、皆さんリィンと呼んでいるので、そう呼んでください」
虎王丸「さっき姉様って言ってたけど、フィリとは‥‥」
リィン「正真正銘の姉弟です。と言っても、お父様が違うので、見た目は全然似てないのですけれども‥‥」
凪「リィンとフィリさんは、その‥‥盗賊なの、か?」
リィン「‥‥はいです」

 困ったような笑顔で頷いたリィンは、虎王丸の治療を終えると凪に向き直った。肩口から流れ出した血は腕を滑り、手のひらまで赤く染めている。派手に斬られてはいるものの、それほど深くはないと診察したリィンが、温かな白い光を傷口に当てる。
 傷口はすぐに塞がり、心臓が脈打つたびに感じていた鈍い痛みも消えた。滑った時に腕に負った傷も治すと言い、リィンの指が凪の腕を撫ぜる。

凪「どうして盗賊なんて?」
リィン「‥‥分かりません。ボクは、生まれた時から盗賊でしたし、姉様もそうだと思います」
虎王丸「親が盗賊だったのか?」
リィン「はい。代々盗賊の家系だと、聞いたことがあります」
凪「人を傷付けない盗賊って言うのは、リィンさんたちのことだな?」
リィン「はいです。弱き者から盗まない、何人たりとも傷付けてはならない、盗んだ物は弱き者に分け与え、決して私服を肥やしてはならない。うちの、絶対に破ってはならない決まりごとです」
凪「義賊‥‥?」
リィン「そう呼ぶ人もいます。でも、姉様はその呼び方を否定しています」
虎王丸「何でだ?」
リィン「それは‥‥姉様から直接聞いたほうが良いと思います。凪様も、傷口は塞がりましたが、心配でしたらちゃんと診てもらった方が良いかも知れません。あくまで、傷口をくっつけただけですから」
凪「ありがとう」
リィン「お役に立ててよかったです。では、ボクは外を見てきますね」

 ぴょこんと立ち上がったリィンが、はっとした顔をすると胸の前で両手を合わせた。パチンと軽い音が響き、数人の盗賊が何事かとこちらを振り返る。

リィン「そうです、お伝えしたいことがあったんです!」
凪「伝えたいこと?」
リィン「はいです。凪様、あの時の男の人、助かりますよ」

 一瞬、何を言われているのか分からなかった。吸い込まれそうなほどに薄い青色の瞳を見つめるうち、凪は彼の言おうとしていることが分かり、目を見開くと唇を薄く開いた。
 どうして‥‥?そう問いかけたはずだが、声は出なかった。唇だけが痙攣したかのようにピクリと動いただけだった。

リィン「他の方は皆、手とか足とか、致命傷にならないところを狙ってましたよね?でも、あの方だけは心臓の近くを撃たれていたので、もしかして手元が狂ったのかもしれないと思ったんです」
虎王丸「あっちにも行ったのか?」
リィン「はいです。姉様の命令で‥‥」
凪「フィリさんの命令で?」
フィリ「そうだよ。あたしはね、2人が悪戦苦闘してる時傍にいて、うちの連中に至急来るようにと連絡を入れてたんだ」
リィン「ボク達は、姉様とお2人の捜索と同時に、負傷者を治療し、広がった火を消してたんです。だから、こちらに来るのが遅れてしまったんです」
フィリ「外にあんた達の荷物がおいてあるから、後で持って行きな」
リィン「燃え残っていたものは皆持って来たつもりです」
凪「有難う‥‥助かった」
リィン「ではボクは、外の様子を見に行ってきますね」

 元気良く手を振り、飛ぶように走っていくリィン。離れた場所で壁に寄りかかって立っていたフィリが、身体を起こすと2人に近付く。服の裾を払いながら立ち上がった凪と虎王丸は、何から質問すれば良いのかと頭を悩ませた。
 意味ありげな視線のやり取りを見ていたフィリが吹き出し、低い笑い声を上げると虎王丸と凪の頭をクシャリと撫ぜる。

フィリ「自己紹介から始めようか。あたしは、この盗賊団の頭のオフィーリア。でも、フィリって呼んで」
凪「頭だったんですか‥‥!?」
フィリ「先代が数年前に他界してね。まさかリィンが継ぐわけにはいかないからね」
凪「どうして俺たちを助けてくれたんです?」
フィリ「最初に言っただろ?少年2人と屈強な盗賊団、どっちの味方をするかと聞かれれば、前者だろうね、って。それにね、あいつらがあたし達の格好をマネてるって言うのも面白くなかったしね」
虎王丸「どうして俺らがこの遺跡に来るって分かったんだ?」
フィリ「この辺りには身を隠せるような場所はここしかないからね。身を隠すにしても、戦うにしても、ここにいれば来ると思ったんだよ」
虎王丸「俺達がこっちに来なかった場合は?」
フィリ「ハーブ達と会っていただろうね」
凪「どうして‥‥義賊と呼ばれる事を、否定するんです?」
フィリ「そんな言葉で飾ったって、何になるって言うんだい?あたし達のしていることは、悪い事に変りはない。正当化しようとする方が間違いなんだよ。醜いものは、包み隠さず醜いままで。偽りの美を纏って、本当に綺麗なものを惑わしちゃいけないんだよ」

 長い髪が揺れる。哀愁をたたえた紫色の瞳は、机の上に乗ったガラスの天使像に注がれている。凪が守り、それを見てコーサの落とし子がこちらに味方をしてくれた、大事な品だ。
 虎王丸が何かを言い返そうとするのを、そっと止める。こちらが何を言おうとも、フィリの気持ちは変らないだろう。醜いものを醜いと受け入れ、それを包み隠さず広げた彼女は、誰が何と言おうが綺麗だった。

凪「フィリさんたちがいなかったら、俺達はどうなっていたか分かりません。本当に有難う御座いました。‥‥でもフィリさん、俺達はここへは‥‥」
フィリ「分かってるよ。盗賊退治に来たんだろう?‥‥安心しな、ここではもうやらないから」
凪「フィリさんなら、盗賊以外でも生きる術は幾らでもあると思います」
フィリ「そうだね、あるかもしれない。でも、あたしには家族を守る義務があるからね。これでしか生きていけないような連中を放り出して、自分だけ好きな道を歩くことは出来ない」
虎王丸「捕まえた盗賊達はどうするんだ?」
フィリ「怪我が治ったら、後は好きなようにさせるさ」
凪「けれど逃がしたらまた悪さをするかも知れない。もしかしたら、誰かを‥‥」
フィリ「殺すかもしれないね。でも、それはあたし達にはどうしようもないことだ。ただ、目の前にある命を救うだけ。たとえそれが敵であろうとも、1つの生命に変りはない。届くのならば、幾らでもこの手を差し伸べるよ」

 華奢な手が空に差し伸べられる。その手にしがみ付く者はどれだけいるのだろうか。その手にしがみ付き、彼女の優しさから何を得るのだろうか。
 凪の脳裏に、撃った男の顔が蘇る。あの男は助かると、リィンは言っていた。もしあの人が誰かを殺す日が来たら、それは凪のせいになるのだろうか‥‥?






 遺跡を去って行く盗賊団の背中で翻る紅のマントを見つめながら、凪と虎王丸、コーサの落とし子は明けつつある草原を無言で見つめていた。盗賊達の働きによって、荒らされていた場は多少の痕跡は残しているものの、以前と変らない静寂を取り戻している。

落とし子「用が済んだのならば、早急に去るが良い」
虎王丸「手助けしてくれて、ありがとな」
落とし子「礼にはおよばない」

 遺跡の奥へと消えていくコーサの落とし子に小さくお礼を呟いた後で、凪は深い溜息をついた。
 長いようで短かった夜は明け、世界が起きる始める。疲れ切った身体は睡眠を求めており、重くなる瞼をこする。

凪「虎王丸、このまま一気にエルザードまで帰るか、それとも‥‥」

 振り返ったところに、虎王丸の姿はない。凪は首を傾げると、遺跡の奥へと続く細い廊下に足を踏み入れた。埃っぽく薄暗い廊下は、壁がところどころ崩れており、外から細い光の筋が入ってくる。
 厳かな静寂に包まれた修道院の中で大声を出すことは躊躇われ、凪は左右に視線を彷徨わせながら先を進み、遺跡の中央にある庭へと出た。雑草が生い茂った庭の中央、滾々と湧き出る水。透き通った水を見つめる虎王丸の横顔には、好奇心の色がありありと浮かんでいる。

凪「ここにいたのか」
虎王丸「この水に触れると、富と幸福をもたらすらしいぜ?凪、知ってたか?」
凪「あぁ。‥‥でも、触れないほうが良い」
虎王丸「どうしてだ?」
凪「悪しき心で近寄れば、コーサの落とし子の大鎌にかかり命を落とすと言われている」
虎王丸「悪しき心なんかじゃねぇよ」
凪「それがなくても、軽い気持ちで触れて良い水じゃない」

 虎王丸が差し出した手を引っ込める。何かに気づいたように遠くを見つめていた漆黒の瞳が、揺れながら凪の赤い瞳と合わさる。もしも視線にも色がついていたならば、凪と虎王丸の視線が合わさった部分はどんな色になるのだろうか。ふとそんな事を考えながら、凪は虎王丸が喋りだすのを待った。

虎王丸「フィリは、触ろうとしたこと‥‥ねぇのかな?」
凪「‥‥さぁ、どうだろう‥‥」

 曖昧に言葉を濁しながら、彼女はきっと触れないだろうと思った。彼女の場合、どちらも自分の手で掴み取ろうとするだろう。それがどんなに困難なことでも、決して諦めないだろう。
 限りなく透き通った水に、太陽の光があたり、キラキラと輝く。心和む綺麗な光景だった。
 これが偽りのない美なのだろうか‥‥?

凪「なぁ、虎王丸。何が正しくて、何が間違っているんだろうな‥‥」
虎王丸「何だよ、急に」
凪「‥‥いや‥‥なんでもない、忘れてくれ」

 思い詰めたような凪の横顔に、かける言葉を探す。こういう時、凪ならば何かしら良い言葉が浮かぶのかも知れないが、虎王丸には何の言葉も浮かばなかった。考えれば考えるだけ、言いたかった言葉が遠ざかるような気がして、虎王丸は自分が思った事を素直に口に出すことに決めた。

虎王丸「俺は‥‥正しいとか間違いとかじゃなく、自分が納得できればそれで良いと思うけどな」

 ニカリと明るい笑顔を浮かべる虎王丸につられて、凪も口元をほころばせる。

凪「そうか‥‥そう言う考えもあるな。‥‥久しぶりに見直した」
虎王丸「何だよ久しぶりって。見直したって、見直す前の俺はどうだったんだよ!」
凪「さぁな」

 はぐらかすような凪の言葉に、虎王丸が食って掛かる。それをかわして凪が走り出し、虎王丸がそれを追う。
 騒ぐ2人の上空では、全ての人を平等に照らす柔らかな太陽が、ゆっくりとしたスピードで昇っていた‥‥。





END