<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
嗚呼、囚われの付喪様
「悪いんだけどさ、うちのチビが図書館へ行ったきり帰って来なくてね。院内の散歩がてら、様子を見に行ってくれないか?」
ヴ・クティス教養寺院の師長であるツヴァイから、悪びれない笑みと共にキャンデーを片手に、半ば幼子に言い聞かせるかの様な頼み事を引き受けたのは、つい先刻の事。
頑なに断る理由も無く、快諾する儘その足で図書館へと赴いたアレスディアは、僅かに零れる院生達の談笑を横目に緩やかな足取りで、館内の奥へと歩を進めた。
ふと、眼に留まる図書館の奥まった一角。歴史を感じさせるアンティーク調の机。その中央に開かれた儘に置かれた――……古びた一冊の書物。
「――…………?」
その古書に何らかの違和感を得て、アレスディアが何気なく書物へと手を伸ばした刹那。
彼女の指が、周囲の変異にぎくりと震えた。
「なん、だと……?」
アレスディアの視界に広がるは、図書館とは似ても似つかぬ、パステルの色彩、広がる愛らしい玩具の世界。
次いで、常より肢体に感じ得る神経、距離、その感覚。まるで自身の物とは思えぬ五感に徐に右手を眼前に掲げ、アレスディアは吃驚に小さく息を呑んだ。
柔らかで、丸く、脆い。それでいて愛らしい玩具の体躯。
凡そ三頭身程のそれが、今、アレスディア自身としてこの世界に存在する。
そして、予感を確信へと変えた。
――……触れた古書の、煤けた挿絵。それは、見知った寺院の付喪神では無かったか。
(む……いつものようにはうごけぬのだな。からだについてはなれるほかない、が……。う゛ぁ・くるどのがしんぱいだ)
仄かに色付く草原の只中に、黒装を装備し、尺の足りない身体を慣らす事、数分。
不便な体躯とは言え、何時までも悠長にこの場に留まって居る訳にも行かず。突撃槍を力強く振り下ろし、アレスディアはこの世界に一際広く、大きく佇み存在を露にする古城へと目的を定め、その足を進ませた。
「――……ふっ!!」
腹部に気を込め、アレスディアの振り切った突撃槍の腹が、狼の様な形状をした玩具に命中し、地面へと力なく崩れる。
城へ向かうまでの道すがら、出遭う魔物……と思しき玩具達は、一定の攻撃を与えると、その何れもがやがてカタカタと細やかな音を立て、物言わぬ物体と成り果てた。
ヴァ・クルを助ける為とは言え、この書物の世界において自身は侵入者であるのだと、アレスディアはわきまえる。出来るだけ、傷付けず、破壊せずに済ませたい、と。
これが気絶、と言うのか絶命、と言うのか彼女には判断がつきかねるが、出来得る限り外傷を避けたその身が、叶うなら後者で無い事を切に祈り。アレスディアは古城を覆う、ほの暗い色彩に似合わぬふくよかな森を潜り抜け、巨大な城門へと辿り着いた。
すると、城門はアレスディアを歓迎するかの様に、衣擦れに似た音を奏で独りでに開門される。
完全に城門が開いた事を確認すると、彼女は徐に周囲を見回し、茂る草木に紛れた棒切れや、小石を拾い集めた。
古城は石造りであるのに、この世界自体が玩具で形作られて居る故か、どこか柔らかな雰囲気を拭い切れない。そんな、些か緊張感を殺がれる回廊にも気を緩める事など無く、一際きらびやかな装飾に縁取られた扉へと続く、不自然なまでに質素な通路を目に、アレスディアは先に拾い集めた小石を数個、床上へとばら蒔いた。
途端、小石と接触した床上の一部分が、鈍い音を立てて崩れ落ち。慎重に歩み寄り、生まれた穴をアレスディアが覗けば、その先は唯一、黒い闇が広がるばかりで。
足場を確認しつつ落とし穴を器用に避け、また行く先に小石を投げては進む、地道な作業を繰り返し開けた、扉の、先。
玉座の間と思しき一室に、他の色を寄せ付けず、纏う黒の様相が――一つ。
愛らしい外見はこの世界に住まう者も、現在の自身もそう差異は無い物の、だからこそアレスディアは対峙する相手の特殊な雰囲気を、その身で感じ取って居た。
「――!! う゛ぁ・くるどの!」
この古書に住まう主と思しき者の傍らに、捜し求めて居た付喪神の姿を認め、アレスディアが咄嗟に呼び掛けるも、その声はただ、虚しく木霊して。
(ねむっている、のか……?)
否、それにしては、と。
例えるなら、今のヴァ・クルの状態は、先までアレスディアが制してきた玩具達の果てと似通う。
その脳裏に一抹の不安が過ぎり、逡巡するアレスディアを尻目に、宛ら魔王を模した玩具がふわりと宙へ浮き上がった。
ス――と、無駄の無い動作で掲げられた彼の者の指先を、アレスディアが注視する。
直後、陽炎の様に揺らいだ場が一心に震え、玉座、燭台――……玉座の間に存在するありとあらゆる物体が浮き上がり。
暫しの沈黙を以って、一斉にアレスディアへと襲い掛かった。
「くっ…………!」
時には、身を翻し。時には突撃槍の腹で打ち据え、目まぐるしく自身を取り巻く物体を着実に払って行く。その間にも横目に魔王を窺えば、彼の者の能力自体が魔術めいた力に特化されて居るのか、直接攻撃を繰り出して来る気配は見られない。
(――……なれば)
大きく、突撃槍を旋回させ、周囲の物体を自身から出来得る限り遠ざけると、アレスディアはその中から一つ。支柱を思わせる玩具へと、魔王の上方へ向け渾身の力を込め、突撃槍を振り抜いた。
元より、支柱を彼の者へと命中させる事が目的では無い。アレスディアにより吹き飛ばされた支柱は辺りの物体を巻き込み、魔王を掠り背後の壁に激突する。
そして開けた、彼の者への、道。
「ゆるせ……――!」
隙を与えず、浮かぶ玉座を踏み台に魔王の正面へ躍り出たアレスディアが、短く、強く告げた言葉と共に。
突撃槍を手放した彼女は、頭上に両の手を組み、力強く彼の者へと振り下ろす。
かけられた重力に到底抗える筈も無く、魔王が乾いた音を立てて床上へと激突した瞬間。彼の者の落下地点を中心に、みるみる世界を白い影が覆い始めた。
「! これは……――!!」
アレスディアの指先が徐々に白み始め、自身にもその侵蝕が及んで居るのだと察すると、未だ、先まで玉座の存在して居た場の傍らで身体を丸め、微動だにしないヴァ・クルへと駆け寄り、その身を己が腕へと抱く。
(――どうか、ぶじで……――)
薄れゆく世界、アレスディアの思考、全てを洗い流すかの様に。
――……やがて、白き無、だけが、其処に残った。
「ヴァ・クル殿。読書は誰かを屈服させるためにするものではない。良いかな?」
アレスディアが次に目蓋を開いた時には、既に周囲は元の、暖かな陽光が射し、談笑の零れる館内が広がって。自身は机の板に背を凭れ、ヴァ・クルはと言えば、アレスディアの膝の上に丸まった儘、先までの身体の変異を引き摺ってか、けれども穏やかな寝息を立てて居た。
彼の頭をぽんと撫で、起こさぬ様にと注意を払いつつ柔らかく語り掛ければ、思い出したかの様に机上の古書を目に留め、人知れず微笑を漏らす。
「まぁ……何はともあれ、無事でよかった」
その時、窓から館内を撫ぜる様に流れた風に、開かれた儘であった古書のページが遊ばれ、音を立てて閉じられた。
褪せながら、未だ仄かな色彩を残した古書の表紙に、こう記される――。
『るーんあーむないとと、とらわれのひめぎみ』
了
〔登場人物(この物語に登場した人物の一覧)〕
【2919 / アレスディア・ヴォルフリート (あれすでぃあ・う゛ぉるふりーと) / 女性 / 18歳(実年齢18歳) / ルーンアームナイト】
【NPC / ツヴァイ (つう゛ぁい) / 男性 / 23歳 / 寺院師長】
【NPC / ヴァ・クル (う゛ぁ・くる) / 無性 / 999歳 / 付喪神】
〔ライター通信〕
アレスディア・ヴォルフリート様
この度は「嗚呼、囚われの付喪様」へのご参加、誠に有難うございます。
アレスディア様のご厚意から、二人を解き放った古書は素敵なナイト様とお姫様(?)のお話に姿を変え、今も無事に図書館へ息衝いて居る様です。
ご入り用で有りましたら、イラストレーター、ボイスアクトレスでも同名にて、NPCを共有する個室を擁しておりますので、興味を持たれましたらこちらもお目通しを頂ければ幸いです。
それでは、アレスディア様のまたのお越しを、心よりお待ちしております。
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