<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


     求む!道具屋トームの手がかり

 世界のどこかにある長い名前の地下迷宮――通称『ラビリンス』の奥に店を構える『道具屋トーム・アンド・レディ・ジェイド』の店主、レディ・ジェイドは、見飽きたと言っても過言ではない通路の先から人影が現れたのを見て、その巨体を揺らすように笑いながら明るい声をあげた。
 「いらっしゃい。あんたの欲しい物は何だい? ここでは空にある物以外なら何でも手に入るよ。」
 しかし、女店主の前に立った隻眼の細身の青年――リルド・ラーケンは首を振り、
 「今日は別件だ。」
 と言って懐から小さな丸いレンズを取り出し、彼女に差し出した。それを見て女店主は飛びつくようにレンズを手に取る。
 「あんた、これをどこで見つけたの? トームは? トームに会ったのかい? 詳しい話を聞かせておくれよ!」
 血相を変えてそう訴える女店主に、リルドは黒い髪をかき上げて片方だけの青い瞳を向け、それを手に入れるに至った冒険の一部を話し始めた。

 「……ったく、際限なく湧いてきやがって……!」
 足を踏み入れた当初は何者の影もなかったというのに、青空に突如として厚い雲がかかるかのごとく現れ、次々と襲い来る異形の魔物たちを相手に、リルドは悪態をついた。
 迷宮の中、気の向くままになんとなく入った通路を進み、がらんとした広間のようなこの空間に出たものの、そこに目を引くような物は何もなかったはずである。ところが、だ。周囲を見回しているうちに場には殺気が満ち、気配の密度が上がり、気付けばリルドはどこからともなく湧いて出た迷宮の魔物たちに取り囲まれていたのだった。
 もっとも、リルドはそれくらいで動じるような駆け出しの冒険者ではない。不敵な笑みを浮かべ手にした剣を構えると、一振りで何体もの魔物を同時になぎ払い、むき出しの敵意を容赦なく向けてくる相手に自ら挑んでいった。眼帯で隠された右目はほとんど視力を持たず、そのため右方には死角があるはずなのだが、リルドはそれを気配や音、殺気といったものを知覚する視覚以外の感覚で埋めている。魔物たちはリルドにろくな打撃を与えることもできず、冷たい迷宮の床にくずおれていった。
 しかし、魔物たちは次々に倒されていくにもかかわらず、一向にその数を減らす様子がない。剣を振る手には確かに質量のある物体を斬った感触があり、足下には魔物たちのなれの果てが横たわっているというのに、まるで目を離した端からそれらが甦り、何食わぬ顔で再び三度、リルドの前に立ちはだかってくるかのようである。
 はじめのうちはむしろ嬉々として、楽しそうに相手をしていたものの、際限なく攻撃を仕掛けてくる敵にリルドは、このままではジリ貧だと判断した。どうにも埒が明かないと考え、舌打ちすると、
 「一気に決めてやる。」
 そう言って横に払った剣で眼前の魔物たちを吹き飛ばし、間を取る。間断なく続いていた爪や牙による攻勢が途切れた隙をつき、リルドは鋭く息を一つ呑みこんだ。もし眼帯をしていなければ、その瞬間に黄金色に燃える竜の瞳――魔力の源たる右目が一際鋭く光を放つのが見えたことだろう。それは炎が酸素を得て激しく燃え上がるさまに似ていた。爆発寸前の魔力の高まりを示す輝きである。
 リルドはそれを解き放つべく口を開き、人間には発音の難しい『力ある言葉』を一瞬で紡ぎ放った。竜の咆哮とでもいうべき圧倒的な質量と破壊力、魔力のこもった竜語魔法だ。竜と同化しているリルドだからこそ発動できるもので、その威力は人間が使う通常魔法よりも遥かに強力である。
 本来は目に見えない『言葉』が物質を、迷宮の一室を埋め尽くさんばかりの魔物たちを、すさまじい轟音と衝撃で瞬時になぎ払った。それと同時に広間の一角で空気がたわみ、不自然に景色が歪む。そして膜がはがれるようにしてねじれ、かき消えると、数秒前までは何もなかったその空間に妖しく光を放つ水晶が姿を見せた――が、それも一瞬のことで、リルドがその存在に気付いた時には水晶は魔法の破壊力でもって粉々に砕け散っていた。
 鉱石の割れる破裂音が短く響き、竜語魔法による衝撃が収まると、息が詰まりそうなほど湧いて出ていた魔物の姿は跡形もなくなっており、代わりに突如として訪れた静寂が空間を支配する。それを破るかのようにリルドは一息つくと、先ほど水晶があった方へと視線を向けた。
 「魔法で隠してやがったのか。」
 光を失い、床の上に小さな破片となって散らばっている水晶の残骸を一瞥して、リルドは呟く。どうやら魔物を無限に出現させていた元凶はそれだったらしい。リルドはいまいましげに水晶のかけらを踏みしだき、靴音も高く広間の奥へと進んでいった。
 地下迷宮は人工物であるためか、明かりには不自由はしない。通路や部屋の隅でもかなり光は届くようになっており、リルドが床の上に無造作に置かれた箱にすぐ気付いたのもそのおかげだった。箱は大した装飾もなく、古びており、充分な光源がなければ見落としていたかもしれない。それほど目立たない、地味な物でありながら、しかし、付けられた錠は大きく無骨で手ごわそうだった。
 リルドは試しに錠をいじってみたが、箱の口は堅く、紙一枚差し込む隙間すら開ける様子はない。リルドは、この迷宮では決して目にすることのできない空を思わせる青色の瞳をすがめ、無言のまま頭をかくと、次の瞬間、気合をこめたかけ声と共に箱めがけて鋭い蹴りを繰り出した。その衝撃で錠が吹っ飛び、箱が開く。昔から強情者の口を割らせる常套手段は、力ずくと決まっているのである。
 しかし、相手が人間の場合と違い、古びた箱が罵詈雑言の代わりに吐いたのは魔力の放つ輝きだった。
 「この光……転移魔法か!」
 魔力の正体に気付いてそう叫び、跳び退ったリルドだったが時すでに遅く、言葉が終わるや否や彼の姿は忽然とその場から消えてしまった。

 迷宮の随所に仕掛けられている魔法による転移の罠は、宿酔いに似ている。正体を失うほど酒を飲み、翌朝、自ら赴いた記憶のない場所でめまいと共に目覚める、そんな感覚だ。見覚えのない景色と、不快感を伴う視界不良好。幸いなのは、宿酔いと違ってそれらが長続きしないことである。
 リルドは小さくうめき声をあげ、唯一視力のある左目を瞬いた。見える世界がまだ安定せず、足下がふらつく。よろけたはずみで壁にぶつかると、驚いたことに壁の方もよろめいた――否、壁であると思った物は隠し扉であり、リルドがもたれかかった拍子にあっけなく開き、その先に待ち受ける深遠へと彼を招き入れたのである。そう、隠し扉の先は――細く深く、地下へと続く急勾配だったのだ。
 リルドは一息つくどころか叫び声をあげる間もなく、まっさかさまに迷宮の更なる奥へと落ちていった。

 最初に高速の旅路を終えたのは、リルドの手から滑り落ちた剣である。ざぶん、と小さな水音を立ててまず愛剣が着地し、続いてその所有者が派手な水しぶきと共に過酷な旅から解放された。幸か不幸か、落ちた先はあまり深くない水溜りで、溺れる代わりに身体を強かに打ったリルドは、
 「痛ってー。」
 と文句を垂れつつ顔をしかめながら身を起こす。そして、髪から流れ落ちる滴を振り落とし、周囲を見渡した。
 生物の気配は感じられず、どこか静謐な空気に満ちている。これも部屋と呼ぶべき空間だろうか、四方にはぼんやりと壁のような物が見え、そこにはリルドが初めて目にする妙な文様が描かれていた。
 手探りで落とした剣を拾い上げると、リルドはかすかに目を細めながら壁の一方へと歩み寄る。どんな塗料で描かれたのかも判らない文様は、うっすらと光を放っているようにも見えた。その奇妙な輝きは、近くで目の当たりにすると胸騒ぎにも似た感覚を呼び起こす。元来、リルドは同化している竜の影響で水との相性は良いため、普通なら身体が軽く感じられてもおかしくないはずなのだが、リルドの首元、ちょうど鎖骨と鎖骨の間にある鋭利な刃物で刺されたような傷跡がうずき、先ほど水底に打ち付けた身体の端々もチリチリと痛んで、かすかな倦怠感に襲われた。
 その文様に何かしらの仕掛けがあるのは間違いなさそうだが、リルドは正体を掴みかね、傷を刺激する妖しげな光から逃れるように踵を返す――と、水溜りの中で何やら光を反射する物があることに気付き、ざぶざぶと水を蹴り進んだ。用心深く剣で水底を掬い上げると、切っ先に引っかかって水面から姿を現したのは、何かの鍵である。リルドは輪になっている鍵の頭を指でつまみ、剣先から抜いてそれを眼前にかざすと、ためつすがめつしてみたが、どうにも何の鍵であるか判断できない。どうしたものかと輪越しに視線を先へ送ると、もう一つ、水の中で何かが光っているのが見えた。
 リルドは鍵を懐にしまい込み、再び剣の先を水中に沈める。そうして引き上げたのは丸いレンズだった。銀縁には細い鎖が繋がっており、剣の切っ先に巻きついている。
 それをほどき、リルドはレンズを手にすると、
 「鑑定用のレンズ、か……?」
 そう呟きながら頭上にかざし、振り仰いだ。そこには当然ながら空はなく、あるのは味気ない迷宮の天井ばかり。
 だが、その光景にリルドはふと、この迷宮の中にある道具屋のことを思い出した。空のない地下で、やはり道具屋をしていた父親の手がかりを探している女店主の顔が頭をよぎる。
 リルドは改めてレンズを目の高さに持ってくると、空色の瞳で一瞥し、小さく肩をすくめながら先ほどの鍵と同じように懐にしまい込んだ。そして、わずかに眉を寄せ、妙な文様の描かれた四方の壁を探って出口を見つけ出すと、剣を一振りして水滴を落とし、振り返ることなくその場を後にしたのだった。

 「……で、アンタの探してる奴のかと思ってな、持ってきた。」
 リルドはそう言って、今は女店主の手の中にあるレンズを指差す。彼女は話を聞いている間、それを愛しそうになでていたが、顔の傍まで持っていって細部を確認するかのように目を凝らすと、やがて、「間違いないよ。」と大きく頷いた。
 「あたしの父親、トームの使っていた鑑定用のレンズに間違いない。あの人……そんな所にまで行ってたんだねえ。まったく、商人の分際で、呆れちまうよ!」
 そう言いながらも道具屋トームの娘、レディ・ジェイドは嬉しそうだった。そのはしゃぎように、リルドは照れているのか当惑しているのか判断しがたい顔をしていたが、
 「よく見つけてきてくれたよ、本当に。あんたにはお礼をしないと! この店の商品なら何でもいい、一つプレゼントするよ!」
 こう言われ、また表情を変える。
 「……ハイポーションはあるか?」
 ぽつり、と呟くように言ったリルドに、女店主は肩すかしを食らったような顔をしてみせた。
 「あるけど……そんな消耗品でいいの? 今すぐ必要そうにも見えないけど。」
 「冗談じゃないぜ。隠し通路に落ちたせいで体中が痛いんだよ。」
 リルドは乱暴な口調でそう言って手を出す。女店主はその手に『お礼』を乗せ、呆れたとばかりにため息をついた。
 「あんた、欲がないねえ。」
 「俺が何を欲しがろうと関係ないだろ。俺自身、まったく収穫がなかったわけじゃないしな。」
 懐にある鍵を確かめるように胸に手を当てると、リルドはにやりと笑ってみせる。きっと迷宮のどこかにこの鍵を差し込み、暴くべき謎が隠れているに違いない。それを探し出すことを考えると、冒険心がうずいた。
 そんなリルドをじっと見ていた女店主は、
 「もう一つ、お礼に抱擁一回ってのはどうだい?」
 とからかうように言い、芝居がかった身振りで両腕を広げてみせる。これにリルドはぎょっとして身を引くと、
 「怪我をしたって言っただろう、俺を殺す気か!」
 そう叫んで踵を返すと一目散に駆け出した。その後ろ姿を見送りながら巨人と呼んで差し支えない体格の女店主は、実に不服そうに呟く。
 「なんだい、素直じゃないね。」
 しかし、そう言いながらも表情はどこか愉快そうである。
 「怪我までして、トームの持ち物を届けてくれたんだ、それくらいじゃ全然足りないよ。……って言っても、あんたは受け取ってくれなそうだね。」
 それならば、せめてあの空と同じ色の瞳を持つ青年の冒険が実り多きものであるよう祈ろうじゃないかと、女店主は静かに手を組み、迷宮を照らす明かりも届かぬ奥へとリルドが消えてしまうのをじっと見守ったのだった。



     了




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3544 / リルド・ラーケン / 男性 / 19歳(実年齢19歳) / 冒険者】

【NPC / レディ・ジェイド / 女性 / 自称30歳 / 道具屋店主】


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■         ライター通信          ■
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リルド・ラーケン様、はじめまして。
この度は「求む!道具屋トームの手がかり」にご参加下さりありがとうございました。
迷宮の冒険に相応しいDRPG風のプレイングをいただけて大変嬉しかったです。
トラップ満載ということもあり、楽しく書かせていただくことができました。
また、リルド・ラーケン様ご自身が大変数奇な運命をお持ちのようで、首元にある傷の謎も含め、その魅力にもとても惹かれました。
まさかお礼にハイポーションを、と仰る方がいらっしゃるとは思っていなかったので驚きましたが、お人柄がうかがえて何やら嬉しかったです。
冒険のお役に立てば良いのですが。
それでは最後に、後日談を少し。

 ――「ケチなあんたのことだ、実はそのレンズに対するお礼、かなり値切ったんじゃないの?」
 ――「ケチとは何さ。逆に上乗せをしようと思ったくらい……って、何で笑うの、ちょっと! 疑うなら彼に確認してよ! ねえ!」
 ――嬉しそうにレンズを磨いていた女店主を誰かがからかい、彼女は反論したが……信じてもらえなかった様子。

ありがとうございました。