<PCクエストノベル(2人)>


秘めし問題 〜遠見の塔〜

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 【冒険者一覧】
 【整理番号 / 名前 / クラス】

 【 2303 / 蒼柳・凪 / 舞術師 】
 【 1070 / 虎王丸 / 火炎剣士 】

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 蒼柳・凪は机の引き出しから白い封筒を取り出すと、中から手紙を引き出した。
 四隅に可愛らしい花のイラストが描かれている便箋には、端正な文字でたった一言『知りたい事を教えて差し上げます』とだけ書かれていた。
 封筒の裏にはカラヤン・ファルディナス&ルシアン・ファルディナスと、まるでお手本のような美しい文字で書かれている。
 凪は便箋を封筒にしまうと、ふぅと溜息をついた。
 もしこれが彼らからの手紙でなかったら、ただの悪戯だと思ったところだ。きっと一瞥しただけでゴミ箱へ投げ入れていただろう。そうしないのは、彼らが賢者だと言う噂を聞いた事があるからだ。

凪(知りたいこととは、つまり‥‥‥‥)

 胸元に手を当てる。不意に酸素が薄らいだような、息苦しさを感じる。
 深く息を吸い込み、吐き出す。ツキリ、ツキリと鼓動と共鳴するように胸が痛む。
 大丈夫だ、大丈夫だと自分に言い聞かせ、なんとか息苦しさと痛みを押さえ込むと額に浮かんだ冷や汗を拭った。

凪(さすがは賢者と言うことなのか‥‥‥?)

 薄く口元に笑みを浮かべると、封筒を引き出しに入れた―――


* * *


 虎王丸は胸元にぶら下がる鎖を手で弄りながら、黙々と食事をとる凪の顔をチラリと見上げた。
 さらさらの黒い髪に血のように真紅の瞳、虎王丸と比べればかなり華奢な凪は、数日前から何かを考え込んでいるらしく、何をやっても上の空だった。現に今だって、目の前に置いた自分のコップに気づかずに、虎王丸の水を飲むと自分に近いところに置いた。2つ並んだコップがなんだか虚しい。
 パンをちぎって口に運び、ポロリとこぼす。普段ならば虎王丸が食べこぼすと口煩く言う凪だったが、自分がこぼしたことに気づかないらしく、再びパンをちぎっては口元に運んでいる。

虎王丸「おい、凪」

 呼びかけに反応はない。
 相変わらず何処を見ているのか分からない目をしながら淡々と口を動かしている。

虎王丸「凪!」
凪「‥‥‥え?」

 ビクリと肩を震わせ、目を大きく見開いた凪がやっと虎王丸の方を見る。
 凪の手からパンが落ち、テーブルの上にコロリと転がっている。

虎王丸「パン落ちたぞ。それ以前に、食べこぼしてる」
凪「‥‥あ、あぁ‥‥」
虎王丸「それから、ソレ俺の水!」
凪「わ‥‥悪い‥‥」

 あたふたしながらパンをお皿に戻し、食べこぼしを拾い、水を虎王丸に返す凪。
 口をつけたのをいまさら返されてもと言う気もするが、そこは付き合いの長い2人、そんな細かい事をいちいち言うつもりはない。

虎王丸「いったいどうしたんだよ、最近おまえ、変だぞ?」
凪「そうか?」
虎王丸「そうだっつの!この間なんて、パン炒めてたし!」
凪「あれは‥‥ついうっかりしていて‥‥」
虎王丸「どんなうっかりしてれば卵とパン間違えるんだよ!」

 虎王丸が簡単な依頼を終えて帰ってきた日、凪は死んだ魚のような目をしてキッチンに立ちながら、一心不乱に丸いパンを炒めていた。味付けには砂糖と塩、胡椒が振り掛けられ、パンの表面は見事に焦げていた。
 立ち上る黒煙をものともせずに炒め続ける凪の手からフライパンを奪い取り、火を消したのは虎王丸だった。
 もしかして火事になっていたかもなどと言う悪夢は考えたくもない―――

虎王丸「何か悩みでもあるのか?」

 ピクリと凪の頬が微かに動いた気がしたが、すぐに元の無表情に戻る。
 悩みなんかないと呟く凪の声は弱弱しく、虎王丸はキツク問いただそうかと思ったが、寸でのところで言葉を飲み込んだ。
 凪だって子供じゃない。話せることならば、きっと話しているだろう‥‥‥

虎王丸「ま、いーけど。ただ、物思いに耽るのもほどほどにしておけよ」
凪「あぁ‥‥‥」

 コクリと素直に頷いた凪が、スープを一口飲む。
 すっと背筋を伸ばし、一滴もこぼさずに飲む凪を見て、虎王丸はいつも不思議に思う。
 どうやったらあんなにスムーズに上手くスープが飲めるのだろうか‥‥‥?
 もし自分がやったならば、背筋は丸くなるだろうし、無理に背筋を伸ばしたとしたら手が震えてスープがこぼれてしまうだろう。

虎王丸(厳しくしつけられたんだろうな‥‥‥)

 苦難の道のりを思い、虎王丸は苦虫を噛み潰したような表情でスープ皿を持ち上げると口をつけた。
 ずーっと一気に飲み、ドンと勢い良くお皿をテーブルに置くと、一口サイズに切られた肉にフォークを刺した。

虎王丸「なぁ、凪‥‥‥。遠見の塔って知ってるか?」

 一瞬目を丸くした凪が、穴が開くかと思うほど虎王丸の顔を見つめ、ふいと目を逸らした。
 あぁと低く頷き、そわそわと視線を宙に彷徨わせる。

虎王丸「そこに、何とかファルディナックだかファルデリックだかって兄弟がいるらしいんだ」
凪「ファルディナスだ。カラヤン・ファルディナスとルシアン・ファルディナス」
虎王丸「お、何だよ、結構知ってるんじゃねぇか」
凪「名前くらいは誰だって知ってるだろ」

 はぁ〜と溜息をつく凪。
 全身で“呆れています”と表現している彼に少しカチンと来るが、ここで言い争っては本題にいつまでたってもたどり着けない。虎王丸は言いたい言葉をぐっと我慢すると、肉を口に放り込んだ。
 程よく焼けた肉から肉汁があふれ出し、口いっぱいに広がる。味付けは完璧で、思わず頬が緩む。

凪「で、遠見の塔がどうかしたのか?」
虎王丸「俺、その兄弟に会ってみてーんだよ」
凪「会ってどうするんだ?」
虎王丸「聞きたい事がある」

 聞きたいこと?と、眉を上げた凪だったが、それ以上は何も言わずに視線を手元に落とした。

虎王丸「明日にでも行ってみようと思うんだけど、お前も行かないか?」
凪「悪いけど、明日は予定がある」
虎王丸「依頼か何かか?」
凪「‥‥約束だ」
虎王丸「約束ぅ〜?」

 誰とだよと、喉元まででかかった言葉を飲み込む。
 妙な沈黙が2人の間に下りてきて、空気をピンと張り詰めさせる。
 どちらも何かを隠しているらしい沈黙、それを破るだけの話題はなく、かと言って疑問をそのまま口に出すことは出来ない。
 重苦しい食事は、普段以上に長く感じた―――


* * *


 虎王丸は、この世界に来てからずっと一緒に行動している、大切なパートナーだ。
 凪は彼の事を信用しているし、信頼もしている。戦いの時に背中を預けてもなんら不安はない。
 大切な友人 ―――親友や家族と言っても過言ではないかも知れない―――
 大切な人には自分の事を色々知ってほしいし、相手の事を知りたいと思う人もいるだろう。
 凪もその気持ちは分かるし、否定はしない。
 けれど、凪の抱えるモノを虎王丸に話す気にはなれなかった。
 ―――この身に宿る力の事を話し、虎王丸に変な風に思われたくはなかった。

凪(俺は、臆病なんだろうか‥‥‥?)

 高く澄んだ空に聳える白亜の塔を見上げながら、凪は真紅の瞳を細めた。
 塔の扉はまるで凪を歓迎しているかのように開け放たれている。
 北から吹いてきた風が凪の髪を揺らす。少し長い前髪が睫を擦り、一瞬視界が悪くなる。

凪(この塔の中に、俺の知りたかったことが―――)

 捨てた故郷から未だに来る追っ手。
 決して逃がしはしないと、必ず連れ帰ってみせると、執念深くやって来ては追い返されている人々。
 昼夜を問わずやって来る彼らに、凪の心は休まる時がなかった。
 疲れて眠っている時も、追っ手が目の前まで迫って来る夢を見て飛び起きる。
 幸せな昼下がり、背後に追っ手の気配を感じ、一瞬にして緊張する。
 迷子の少年が、柔らかな凪の雰囲気に惹かれ、助けを求めて手を引っ張る。
 ギクリと心臓が縮み上がる。
 これが追っ手の手だったならば―――?
 故郷の高度な占術は、凪が何処へ行こうとも必ず見つけ出す。
 一瞬でも気を抜けば落ちてしまう、蟻地獄のような日々。
 新しい生活を望む凪と、重要な力を持つ凪を逃がしたくはない貴種達。
 両者が分かり合えることはないし、歩み寄る事もできない。延々の平行線は、どちらかが折れるまで続くだろう。
 そして、そこまで続いたとしたならば、折れるのはこちらに違いない‥‥‥。

凪(せめて探知魔法に引っかからない方法があれば‥‥‥)

 もしくは―――
 虎王丸にさえ言っていないこの力、追われる原因になっているこの力さえ封じる事が出来たならば‥‥‥。
 胸元に手を当てる。
 早くなる鼓動、空気が薄まっていくかのように息苦しくなる呼吸。
 ギュっと唇を噛み締め、前を向く。
 純白の塔を睨みつけるようにして1歩を踏み出した時、背後でガサリと音が鳴った。
 キィンと超音波のような音に顔を顰める。
 振り向けば、鷹と蝙蝠を掛け合わせたような不気味な鳥が1羽、無表情に凪を見つめていた。
 丸い瞳は金色に輝き、ピンと尖った羽は真っ黒で、足元には鋭い爪が見える。

凪(魔物が―――)

 腰元にぶら下げていた銃を取り、構える。
 軽い引き金を引き、重い反動を力で押さえ込む。
 2発ほぼ同時に発射された弾は確かに魔物の方へと真っ直ぐに飛んでいった。しかし、相手が避ける方が数段早かった。
 上空に羽ばたいた魔物は、数度大きく旋回すると一気に高度を下げた。
 反射的に身体をそらすと、鋭い爪が凪の胸元を掠った。
 大きく傾いた体勢を整える事が出来ずに尻餅をつく。咄嗟についた手に血が滲むのを感じながら、凪は銃を放さなかった。
 地面に深く刺さった爪を抜き、にじり寄る魔物。左手を持ち上げ、引き金を引くが、上空に飛び上がったソレに当たることなく真っ直ぐに飛んで行った。
 凪の心の中で、2つの感情が入り乱れる。
 どうしてこんな所まで―――?
 どうにかしないと―――!
 立ち上がり、銃を構える。幾ら狙いをつけようとも、弾が当たる前に避けられてしまう事は既に学習した。

凪(それならば‥‥‥)

 魔物を真正面で睨みつけながら、凪は引き金を引いた。ほんの僅かに時間を、狙いをずらした弾は、魔物の羽に当たった。
 1発目を放った凪は、一瞬にして魔物がどちらにどうやって避けるのか計算をし、2発目の弾を撃った。
 もしその計算が外れていれば、凪の身は危なかったかも知れない。
 ほっと安堵したのも束の間、まだ息の根を止めたわけではない事を思い出して緊張する。
 地面に崩れ落ちた魔物はピクリとも動かないが、まさか死んでいるわけではないだろう。
 銃を構え、相手の次の行動を待つ。
 一秒が何時間にも感じるような強い緊張の中、凪を動かしたのは、目の前で倒れる魔物ではなかった。
 ざりっと砂を踏む微かな音に全神経を集中させる。
 1人、2人、3人――――――
 塔をグルリと囲む人の気配に、凪の背中に冷や汗が落ちる。
 一瞬にして思考を切り替え、これからどうすれば良いのかを考える。
 塔の中に入る―――確かに、良い案だ。興味本位で塔に上がろうとする者は、塔の魔力に囚われて螺旋階段を上り続けるといわれている。きっと追っ手は螺旋階段を延々と上る事になるだろう。
 けれど、厄介ごとを塔に持ち込んでしまっても良いのだろうか‥‥‥?
 良心が咎める。コレは己の問題だと、誰かに迷惑をかけてまで貫き通す必要があるのかと。
 凪の故郷の世界には、貴種と呼ばれる人とは違う超常的な力を宿す種族がいる。
 貴族として贅沢な暮らしをする彼ら。その巨大な力の使い道は、あまりにも無残なものだった。
 私利私欲の為に、侵略の為に、何の罪もない人々を困らせ、時に傷付ける。
 力の使い道とは、弱い者を排除し、強い者だけの世界を創ろうとするためだけのものなのだろうか?
 弱い者のためにこそ使うのが、力と言うものではないのだろうか―――?
 ‥‥‥純真な凪には、貴種達のやり方を受け入れることは出来なかった。
 追っ手が来るのは十分承知の上で、逃げた。何処まで逃げ切れるのか、試してみたかったのかも知れない。
 厳格な家に育った凪は、世間と言う物をあまり知らなかった。
 ―――世間を知りたいと思った。
 世界中の誰もが、力を自分のためだけに使っているわけではないと、それを確認したかった‥‥‥。
 視界の端で黒い影が動く。
 見慣れたその姿は、久しぶりに見ると新鮮な気がするから不思議だ。
 黒い装束、手には星のような形をした黒い鉄の塊―――手裏剣だ―――を持ち、忍者達は警戒しながらも凪に1歩、また1歩と近付いてくる。
 決して逃がしはしないと、瞳が物語っている。
 銃を構えるが、彼らの身体能力の高さは凪もよく知っていた。
 一撃で倒せない限りは、勝ち目はない‥‥‥忍者の訓練を見ていた凪の隣で、誰かがそう囁いたのを覚えている。
 この場で凪を殺す事はないが、一撃で倒せない限り凪は彼らによって故郷へと強制的に連れ攫われるだろう。
 背後に聳える高き塔、その中に、凪が知りたかった答えがあるというのに―――!

????『何をしているのです、早く上って来なさい』

 柔らかく穏やかな声は、直接脳に響いてきた。
 カラヤン・ファルディナス―――
 彼の名前が浮かんだ瞬間、何かがこちらに向かって飛んできた。
 銃で叩き落としたソレが何なのか確認する前に、凪は踵を返すと塔に走り込んだ。
 忍者達が素早い動きで後に続くのが分かる。
 上に伸びる螺旋階段に飛びつき、1段抜かしに駆け上がる。
 背中を何かが掠めたが、いちいち確認していられない。一気に数段を駆け上がった時、ふっと背後に感じていた気配が掻き消えた。


* * *


 窓から差し込む日差しに、虎王丸は低く唸ると目を開けた。
 カーテンが引かれたそこからは、冬独特の凛と澄んだ空が見える。
 上半身を起こし、欠伸と背伸びを同時に行う。腕の筋が伸びる気持ち良さを満喫すると、冷たい床に足を下ろした。
 隣のベッドに凪の姿はなく、朝早く何処かへ出かけると言っていたことを思い出し、頭を掻くとノロノロとした足取りでダイニングへと向かう。
 落ち着いた色合いの木のテーブルの上には、凪からの書置きがあった。
 味噌汁を温め直すこと、玉子焼きが出来ていること、ご飯は自分でよそうこと。
 ご飯は自分でよそうことと書いてある隣には、カッコ付きで、よそいすぎないこととも書かれている。

虎王丸「はいはい。つか、俺は子供か!」

 そのくらい言われなくても自分で出来ると、唇を尖らせつつもお味噌汁を温め、玉子焼きを出し、ご飯をよそう。

虎王丸「いただきまーす」

 両手を合わせ、お味噌汁に口をつける。
 一瞬、最近の凪の心ここに在らずな様子を思い出し、お味噌汁は大丈夫かと匂いを嗅いでみる。
 味噌の甘い匂いがするだけで、危険そうな匂いはしない。

虎王丸(ま、凪だっていつまでもグチグチ悩んでねぇか)

 実は今朝、早くに起きて朝ご飯の支度をしていた凪は、虎王丸が思ったとおり心ここに在らずな状態で料理をし、うっかり味噌と間違えてソースを混入、挙句間違えた事に気づかずに口に入れてしまい、暫くむせ返ったのだが――― 失敗作は闇に葬り去り、新しく美味しいお味噌汁を作って置いたために、虎王丸に気づかれる事はなかった。
 玉子焼きもうっかり焦がしそうになったのだが、窓の外で鳥が甲高い鳴き声を上げたため、はっと気づいて事なきを得た。
 一歩間違えば大惨事になりそうな朝食作りだったが、凪は無事に作り終えると虎王丸へ書置きを残し、遠見の塔へと旅立ったのだった。

虎王丸「ごちそーさん」

 パンと手を合わせ、食器を流しに置く。
 凪は食べ終わった後に洗って棚に戻してから行ったらしいが、虎王丸は水につけただけだった。
 夕食の時に一緒に洗えば良いし、凪が先に帰ってきたなら洗うだろうし―――
 顔を洗い、歯を磨き、支度を整えると最後に忘れ物はないか、戸締りはキチンとしたかを確認してから家を出る。
 高く澄んだ空を見上げ、冷たい風を胸いっぱいに吸い込むと、虎王丸は真っ直ぐ前を向いて歩き始めた。
 行き先は遠見の塔。そこにいる、ファルディナス兄弟に会いに行く。彼らに、聞きたい事がある‥‥‥。
 無意識に首にぶら下がる鎖を弄る。
 北からの冷たい風が虎王丸の黒い髪を優しく撫ぜ、通り過ぎていく。

虎王丸(賢者と噂される2人なら、きっとこの鎖を外す方法を知ってるはず‥‥‥)

 この世界に来て、未知の影響を受けた結果、鎖は意志の力で制御できるかも知れないと言う事が分かった。
 しかしその一方、解除は出来なくなっている。
 かつての力を取り戻したい―――虎王丸はそう切望していた。
 抑圧された力は、時に己を不利な状況に追い込む。そのたびに思うのは、もしこの鎖がなければ‥‥‥
 唇を噛み締め、鎖から手を放すと出鱈目に歌を口ずさむ。
 一人きりの道中は寂しく、広い草原に人影はない。
 赤と黄色の花が咲き乱れる花畑を後にし、延々と続く道を歩く。
 普段よりも早い歩調は、隣に人がいないから―――

虎王丸(‥‥‥凪は、何をあんなに考え込んでいたんだ‥‥‥?)

 答えの返って来ない問いを発する。
 悶々と考え込むうちに、視界の先に白亜の塔が見えて来た。
 夜になれば最上階に光が灯り、街道を行く旅人達を優しく照らす安らぎの塔は、昼間はどこか素っ気無いように感じる。
 それは、興味本位で塔に上ろうとする者は螺旋階段の魔力に囚われ、決して兄弟の下には辿り着けないと言う噂があるからかも知れない。

虎王丸(興味本位なんかじゃねぇよ‥‥‥)

 ポツリ、心の中で呟く。
 こちらは真剣に聞きに来ているんだと、まだ見ぬ兄弟に念を飛ばす。
 知らずに早くなる足は、すぐに塔の玄関へとたどり着いた。
 開け放たれた扉から、上へ続く螺旋階段が見える。

虎王丸(さて、辿りつけるか、それとも―――)

 ふっと、足元で何かが光り、虎王丸は足を止めた。
 地面に突き刺さったソレは太陽の光りを鋭く反射し、まるで虎王丸を威嚇しているかのようだった。
 ―――ドクンと、心臓が脈打つ。
 見たことのあるソレは、手に取らずともなんであるのかが分かった。

虎王丸(何でコレがここに‥‥‥)

 はっと顔を上げる。
 目の前に佇む白亜の塔は、沈黙を守っている。

虎王丸(もしかして、凪はここに?)

 昨夜の夕食の席での出来事を思い出す。
 虎王丸が遠見の塔の話を出した時、目を丸くし、ふっと逸らした凪。そわそわと宙に彷徨わせた視線、何かを隠しているらしい態度。
 周囲を見渡す。
 風の音以外聞こえないこの場所に、人の気配はない。

虎王丸(塔の中にいるのか、あるいは‥‥‥)

 その先に続く言葉は考えない事にした。
 手裏剣を蹴っ飛ばし、駆け出す。
 螺旋階段に飛びついた時、虎王丸の頭からは自分が聞きたかった事も、螺旋階段の魔力の事も、全て吹き飛んでいた。


* * *


 サラリとした黒髪に、眼鏡の奥で光る知的な色を宿した瞳。
 読んでいた本から顔を上げたカラヤンは、この部屋に訪れた者全員に向ける穏やかな笑顔を浮かべると立ち上がった。

カラヤン「ご無事で何よりです。こちらからお呼びしたのに、怪我をされては心が痛みますので」
????「兄さん、怪我ならしてるよ。手、血は止まってるだろうけど、後で治療した方が良いかもな。‥‥って言うか、何でさっさと上ってこなかったんだ?」

 奥から金髪の少年が顔を覗かせる。
 カラヤンの弟のルシアンは、ずっと見つめていたくなるほどに綺麗な青色の瞳をしていた。

凪「アレを連れて上がったら、迷惑かと思って‥‥‥」
ルシアン「そんなの気にしなくても良いのに。なー、兄さん?」
カラヤン「えぇ、先ほども申しましたが、お呼びしたのはこちらですから‥‥‥」

 こちらへどうぞと身振りで示され、凪は良く沈むソファーに腰掛けた。
 ルシアンがすかさず紅茶を出し、何かお菓子はあったかなと、弾んだ声で言って奥へ消えてしまう。

カラヤン「今日はようこそお越しくださいました」
凪「‥‥‥あぁ‥‥‥」
カラヤン「さぁ、何でも質問してください。私は貴方の知りたい事を知っていますから」

 その質問の内容すらも分かっているんでしょう?
 喉元まででかかった言葉を飲み込む。
 優しい瞳はどこか楽しんでいるかのようで、凪はカラヤンの秀麗な顔を見つめると、口を開いた。

凪「聞きたい事は――――――」





≪ to be continued‥‥‥ ≫