<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
『出没する影影禿』
「嫁に行きそびれてしまう」
カウンター席でオレンジジュースを飲みながら、少女が言った。
「出会いを求めて来たのに、どうしてこう出会いも出番もないの? ああ、エスメラルダ姉様の人気が羨ましーキーッ!」
グラスをテーブルに叩きつけながら悔しがる少女。
少女の名はサクラ・アルオレ。
彼女はソーンの北に存在する、精霊使いの村の出身である。
修行と、素敵な恋を求めて村を飛び出したはいいが、修行も恋も大した進展がない。
出会いがなさすぎて、早くも焦りを感じたようだ。……エスメラルダの半分しか生きていないというのに。
「それなら、邂逅の池に行ってみたら?」
チョコレートケーキを出しながら、エスメラルダが言った。
「かいこうの池? 確かエルザードの北の?」
「そう。素敵な出逢いを呼び寄せる池だって聞いてるわ」
「でもそこって……最近、ロリコン変態親父が出没するって聞いたよ? お城の兵士に危ないから近付いちゃダメだって言われたばかりだし」
サクラが聞いた話では、出没する親父は1人2人ではないという。徒党を組んでいる者達や、盗賊紛いの連中までいると聞かされていた。多少大袈裟ではあると思うが……。
「そうなの? それじゃ、避けた方がいいかもね」
そう言って、エスメラルダは他の客の相手に向かってしまった。
「んー。ボクはもう立派なレディだし、ロリコン親父の対象外だよね。誰かが襲われてたら、いい腕試しにもなりそうだし。行ってみようかなぁ……」
心配なことといえば、「池」だろうか。
万が一池に落ちてしまったら、自分の攻撃力は半減してしまうだろうから。
でも逆に、服を水でぬらしておけば、全力出せるかもしれないし。
「一応誰か誘おっかな。皆で行った方が楽しいよね」
前向きに考えながら、ケーキを口に運んだ。
「苦いっ」
ビターチョコレートケーキは、サクラにはまだ早いようだ。
「よし、それじゃ、俺が護衛してやるぜ!」
食事をしながら、サクラの達の会話を聞いていた火炎剣士、虎王丸が勢いよく立ち上がる。
途端、エスメラルダは冷ややかな目を虎王丸に向けた。
その目は紛れも無く、信用していない。
紛れも無く、女目当ての挙手と見ている。
間違いなく、軍団側につくだろうと思われているー!
だからこそ、虎王丸は立った! 日頃の偏見を解き、自身の健全っぷりをアピールするために!!
「リディアも行くです! 噂、聞いてたけれど、場所わかんなかったです!」
ぴょこんと、椅子から飛び降りて、カーバンクルの少女が駆けてくる。
「白馬の王子様と出会うです!」
「そうよねー、女の子はやっぱ恋をして美しく大人になっていくのよ。素敵な出会いを呼び寄せる池っていうのもまたロマンチックでいいかもー」
空になったグラスを揺らしながら、レナ・スウォンプが少女達を微笑ましげに見る。
「あたしも行くわ。あなた達を応援したいし。それに味方のふりした狼が案外近くにいるかもしれないしね」
ちろりと虎王丸を見る。
「はっはっはっ、狼なんぞ、俺がぶっ倒してやるぜ!」
自分のことを言われていると知ってか知らずか、虎王丸は威勢良く言った。
**********
エルザードを出て北に数分。舗装されていない道を、4人は歩いていた。
所々に、停留所のような看板があるが、見るからに怪しいので無視して歩いて進むことにする。
「いやさ、留まった馬車かなにかを乗っ取っちまった方が楽なんじゃねえか?」
「馬車? 馬ですか? 白馬の王子様ですか!? リディア待ちます!」
虎王丸の言葉に、強い関心を示すリディア。
「いやいや、ここに留まる馬車に乗ったら、違う場所に連れてかれて、本当の王子様に会えなくなっちゃうわよ」
「そうですかー。では、歩いて行くです」
レナの言葉を聞き、リディアはてくてく歩き続ける。
「リディアちゃん、疲れたらおぶってあげるね」
「ありがとですー」
サクラはリディアの可愛らしい手を引いている。
「白馬の王子様ねー、でも、リディアちゃんにはちょっと早すぎない?」
サクラの言葉に、リディアは首を横に振る。
「そんなことないです。「白馬の王子様」と出会って、子供を作って、家族を作って、一族をふっこうしてはんえいさせるです!」
リディアはぐっと拳を固める。
「そっかー。ボクも頑張る! 今日こそ、素敵な男の人と出会うんだからっ」
「はいです!」
意気込む二人の様子に、レナはくすりと笑みを浮かべた。
身をかがめて、二人にそっと囁く。
「ここだけの話しだけど……惚れ薬、持ってるから……欲しくなったら言ってね?」
「そ、そそそそそれは、男の人に飲ませると、一生奴隷に出来るという魔法の薬?」
「それ沢山あったら、リディア子供沢山産めるですか!?」
二人の言葉に、思わずレナは笑い出す。
「あははははは、そんな大層な薬じゃないわよー。そうね、好みの男性と一緒に飲むのがいいかもね」
レナはサクラにウィンクする。
惚れ薬といっても、レナが持って来たのは、目が合ったらドキドキするのが一分ほど続くだけの可愛いものだ。この純粋な二人には、十分な薬だろう。
「……あれ? こおうまるは?」
最初に気付いたのはリディアだった。
疲れたら、おんぶしてもらおうと思っていたのに、いつのまにかいない。
「白馬の王子様の馬車に乗ったですか?」
「うーん、そうかもね」
レナは苦笑した。
**********
虎王丸にとって想定外だったのは、レナ・スウォンプの同行だった。
年下は好みではない虎王丸としては、この機会に自分の株を上げておこうと思い、同行を申し出たわけだが……。
そう同行者の中に――好みの女が一人いた――のだ。
これはマズイ。ああ、目的を忘れナンパに走ってしまいそうだ!
しかし、救いだったのは、レナが魔女であることだ。
とある一件により、虎王丸は魔女を恋愛対象外と見ている。それが幸いして、辛うじて自分をセーブできているわけだ。
さて、一人停留所に残った虎王丸は、隠れて馬車の到着を待つ。時刻表によると、もうすぐのはずだ……。
馬の嘶きに顔を上げれば、予定時刻より早く、まさに白馬に乗った王……オジサマ方が現れたのだ。
「む、誰もいないではないか。今日はサクラという少女が通るはずなのだが!」
情報は既に彼等の耳に入っているようだ。
「その子なら、随分前に通ったぜ! 俺は十分堪能したぜ〜っ」
虎王丸が物陰から飛び出した。
「何!? 急がねば!」
「まてまて!」
虎王丸は親父三人衆の馬の背に、ひょいっと乗っかった。
「もう池についてるころだ。後ろからいったら驚くだろ? 他の奴らと合流して回りこもうぜ」
「よーし、わかった!」
言って親父達は、馬を走らせるのだった。
**********
「なんか……嫌な視線を感じる」
「変な呼吸の音も聞こえるです」
サクラとリディアが身を震わせた。
「ああ、ホント、自然はこんなに綺麗だというのに、何故か空気が淀んでるわ」
言いながらレナは、とりあえず周囲に軽く魔法で衝撃派を打ち込んでみる。すると、出るわ出るわ、まるで蛆虫のように、親父達が湧いてくる。
「サクラちゃん、サインくださいー!」
「そ、そこの、お、おじょう、ちゃん。わ、わたしの、嫁にならんかね!?」
観念したのか、親父達は飛び出すと、サクラとリディアに飛びついた。
「嫁? 結婚してくれるですか? 子供作るですか?」
「おお、おお、わたしは子供大好きだぞー」
サクラの手をぶんぶん振る親父が一人。わしのもんじゃーと肩に抱きつく親父が1人。狂ったように写真を撮る親父が大人数。
「ちょっとちょっと、あなた達、節度をわきまえなさい。遠くで見てる分には許そうと思ったけれど……」
親父の肩に手を伸ばしたレナの手は、軽く払われる。
「サクラたーん。おじさんと、水浴びしようかー」
「えっ?」
驚いてサクラが照れると、シャッター音が激しい勢いで鳴り響く。
三脚まで構えている親父もいる。
その他、煩わしいほどに並んでいる看板や、ゴミ箱や、ベンチの陰にも、まだまだまだまだ親父達が隠れているようだ。
取り囲んでいるのは、理性が足りない亜人。隠れているのは、理性のある亜人や人間のようだ。
――いやまて、理性が足りないのなら、言い寄るべきは大人の女性なのではないか? それなのに、ここにいい女が一人いるというのに! なんだ、このオヤジ共は!
レナは段々腹が立ってきた。
「こら、二人から離れなさい!」
レナはロリコン親父達の中に入り込んで、少女達の腕を掴む。
「あああ、俺達の女神ー」
次々に叫び声を上げながら、親父達はレナを非難の眼で見る。
「ついて来るんじゃないよ」
ギロリと睨み、レナは二人を連れて、先を急ぐことにした。
レナの魔法で風を周囲に走らせながら、3人は池に向かっていた。
「『ろりこん』と『白馬の王子様』って違う、ですか?」
リディアが愛くるしい瞳で、サクラを見上げる。
「うん、全然違うの。ロリコンはリディアちゃんの敵なの。白馬の王子様はリディアちゃんの運命の人だよ」
「そうなのですかー」
「そうそう、人類の敵よ、あんなヤツら! うじゃうじゃうじゃうじゃ蛆虫かっての!!」
レナは狙われている二人よりずっと苛立ち、ロリコン軍団を嫌悪していた。
時折風でロリコン親父を吹き飛ばしながら、3人は目的の池に着く。
「うっ……わあー、すっごい綺麗!」
サクラが感嘆の声を上げた。
「ホントです。綺麗ですー」
言いながら、ぱたぱたとリディアは池に近付き、池に手を伸ばして水を掬った。
「飲むです。沢山飲んで、素敵な大人になるですー!」
「危ない!」
二人が駆け寄る間もなく、リディアは足を滑らせて池に落ちてしまう。
深さはないので、おぼれたりはしなかったが……。
「服がびちょびちょです。でもいいです、脱ごうと思ってましたから」
言って、リディアは聖獣装具「魅惑蝶」を脱ぎ始めた。
魅惑蝶は魅力を高める効果がある。なので、本来は脱ぐことで魅力が半減するはずなのだが……。
「あ、あああああ」
「ふうー」
「ほおおおお」
「ひぃいいい」
「はああああ」
……なんだか、気味の悪い声が周囲から響いてくる。
隠れた男達が、感嘆の声を上げているのだ。
「ほほう。乙女の水浴びを覗くとは……覚悟は出来ているんでしょうね」
振り向いてにっこり笑うレナ。
「邪魔だ」
「どけ、デカ女!」
「聖女を見せろー」
罵声がレナに飛んだ。
レナはにこにこにこにこ笑っている。
「どーけ、どーけ、どーけ、どーけ!」
どけどけコールが周囲に響き渡った。
皆、リディアとサクラに夢中である。
誰一人、レナには興味がない。
興味がないのは、こっちも同じだ。
ロリコンヘンタイ親父軍団になど、興味はない。興味はないのだが!
この親父ども……。
ム・カ・ツ・クーッ!!
「えいっ、です」
脱いだ服をリディアが岸に放った瞬間、シャッター音と親父達のため息が溢れる。
「あー、もう我慢ならん!」
溢れ出た親父達が、更に三人に近付く。
その、瞬間。
周囲に暗雲が立ち込め、風が嘶いた。
ズッ、ガガガガガーーーーーーン!
地響きを伴う激しい爆音と共に、閃光が走り、地を駆け抜けた。
一方、白馬のオジサマ方と行動を共にした虎王丸は、彼等の仲間と合流を果たし、彼等を罠に嵌めて縄で縛り上げることに成功していた。
「貴様! 貴様のことは知っているぞ。聖都では名高いナンパ師ではないかっ! 裏切るのか!?」
「俺は完成した大人の女性美に惹かれてるんだ、一緒にするな」
言って蹴りを入れる。
「いや、未完成だから美しい。完成に向うその美しさを貴様はわからんのか!」
「わかんねえよ! ガキには、色気がねえだろ、色気が」
「あるぞ、独特のあの香しいむぐっ」
煩い親父達に虎王丸は猿轡を噛ませる。
ったく、果物だって、熟してから食った方が美味いだろうが。……そんなことを言いながら、男達を引き摺る。
馬に乗せて、そのまま少女を連れ去ろうとしていた連中なので、酌量の余地はない。二度とこの池に来られないようにしてやりたいところだが。単に自分が力ずくでやっても効果がないだろう。
というわけで、虎王丸はサクラ達の元に戻ることにした。
なにやら、天気も悪くなってきたし、コイツらを処分したら、早々に引き上げた方がいいだろう。
「大量、大量だぜ〜」
親父達を引き摺りながら、虎王丸は橋の側で仁王立ちしているレナの元へと歩いた。
ああ、異様なオーラを纏ったその姿は、神秘的でとても美しい。
虎王丸は思わずレナに見惚れた。つい縄を持つ手が緩み、必死にもがく親父立ちの間に、引きずり込まれそうになる。
抗っている虎王丸の耳に、レナの声が届いた。
「やっぱり、あんたも同族か!!」
「ほえ……?」
「変態は全て廃除よ! 全て倒し、池を本来の姿に戻すわッ!!」
「いや、ち……」
違うという間も与えられず、雷が振り注いだ、竜巻が起こった! 地震が起きたッ!
「こぉの、ヘンタイどもぉぉーーーーッ!!」
雷と勝るとも劣らない怒声と共に。
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「はあー、身体清められたです。でも、出会いはありませんでしたです」
「それはこれから、これからよ。今度は素敵な出会いがあるって!」
リディアの手を引きながら、レナは明るく言った。
「クシュン! それにしても、水冷たかったよね。リディアちゃんは我慢強いのね」
サクラはあまりの冷たさに、足を入れることしかできなかった。
「はいです。でも、ろりこんおやじさん達は、沢山長い間入ってたです」
水の中で、筒を利用し呼吸をしながら、サクラ達少女を待っていた親父もいたのだ。
……無論、レナが全て成敗したが。
「なんだか、浮いてた人が沢山いたけど、大丈夫かな?」
少しだけ不安そうに、レナを見上げるサクラ。
「大丈夫よー。人間はね、水があれば、2ヶ月は生きていけるのよ! 飲み放題だもの平気平気」
すっきりした笑顔で、レナが言った。
「そうですか、勉強になりますー。でも、お腹空いたです。リディアは水だけじゃ、足りないです」
「そうねー、それじゃ、戻ったら黒山羊亭で夕飯食べようか!」
「賛成ー!」
「食べるですー!」
女性3人組みは、和気藹々と帰っていった。
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数日後の黒山羊亭で――。
虎王丸は、エスメラルダに武勇伝を報告していた。
「……ってわけで、誤解はあったけれど、全て親父達はいなくなったぜ。もう近付こうってやつはいねーよ」
その言葉に、エスメラルダは冷たい微笑みで返した。
「あなたも一味だったって先に報告を受けてるけど?」
「だから、それは誤解だってば!」
「それを証明する人は?」
「捕まえた親父達は皆知っている!」
「……そう」
ふふふっと冷たく笑って、エスメラルダは立ち去ろうとする。
「待て待て待てっ! その後やつらのアジトまで行って、一網打尽にしてきたんだぜ!?」
「……そのアジトの場所は、どうやって知ったの?」
「そりゃ、ああいうことをやる奴らの行動は大体決まってるからな」
「同じ穴のムジナだものねぇ」
冷たーい声だ。
「だから、俺は、奴らと同じじゃねぇー!」
「一万歩譲って、あなたが彼等を追い払ったとして。でも、池の状況は当時より悪いわよ?」
「へ?」
「周辺が荒野と化してるって噂よ」
その噂は真実だ。
あの後、雷に打たれた虎王丸が目を覚ますと……あたり一体荒野と化していたのだ。
美しかった木々は全て焦げていた。
緑の草も、全て茶色に変わっていた。
池には亜人がぷかぷか浮かんでおり、目を覚ました者は虎王丸が手を出す間もなく、逃げ去っていったのだ。
自分は何もしてないし。
聖獣の怒りにでも触れたのだろうか?
そう話しても、エスメラルダは全く信じてはくれなかった。
そうして、虎王丸の株は更に下がったのだ。
尤も、既にどん底なので、下がりようがなかったが。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3428 / レナ・スウォンプ / 女性 / 20歳 / 異界職】
【3339 / リディア / 女性 / 6歳 / 風喚師】
【1070 / 虎王丸 / 男性 / 16歳 / 火炎剣士】
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■ ライター通信 ■
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ライターの川岸です。
『出没する影影禿』にご参加いただきありがとうございました!
整備するオジサマ達がいなくなってしまったので、当分池はこのような状態でしょうが、それはそれで、1日にして姿を変えたミステリー空間として観光スポットになってそうです(笑)。
楽しい行動、ありがとうございました!!
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