<WhiteChristmas・聖なる夜の物語>
Trouble×Travel Xmas
招待状
日頃ご愛顧いただきまことにありがとうございます。
クリスマスイブからクリスマスにかけて、船上クリスマスパーティツアーを計画させていただき、招待の運びとなりました。
皆様のご参加をお待ちしております。
ツアー日 12月24日〜12月25日(1泊2日)
パーティ会場の入り口で藤田あやこは足止めを喰らっていた。
選んだツアーがツアーだけにその準備のみ万全で、豪華な食事が揃う船のメインであるパーティのことをすっかり失念していたのだ。
「銃弾もはじく特殊ストッキングを履いていまっす」
と、「申し訳ありません」と頭を下げる入り口ボーイに言ったところで何ら現状は打破できず、後数歩行けばあの輪の中に入っていけるというところで、あやこは仕方なく船室へと戻るほかなかった。
その横をロングタイプのチャイナドレスをまとった女性が行過ぎる。
チェンファン・リーだ。
金味が入った光沢のある黄色地の布に、大降りの牡丹が刺繍され、昨今布地はプリントが多い中、さりげない存在感を主張していた。
颯爽と歩くたびにスリッドから覗く足はすらっとして大人の女性を感じさせる。
招待を受けなければ、多分こんなチャイナドレスを着る機会もそうそう無い。
(お…おかしくないだろうか……)
気丈な表情を見せているチェンファンだが、その内心は緊張で強張っていた。
時同じくして、パーティ会場に向けて歩いてくる1組。
内訳は、クールな女性とキュートな少女とくたびれた男。
女性の胸元から腰へ続くシャーリングに沿って視線を移動させれば、女性の背中は大きく開き、シャーリングとスカート部分で色の分かれたバイカラー配色のドレスは、彼女の凛とした表情を引き立てている。
対して、少女のバルーンドレスは、ドレス地で作られたリボンであしらったフラワーモチーフが主張しすぎず、かといって寂しい印象を与えるでもなくその可愛さを引き立てていた。
しかし、そんな女性二人をエスコートすべき男は少々やる気が無い。
「ほら、武彦さんタイが曲がってるわ」
「だから俺はこういった場所は苦手なんだよ」
去年…いや、もっと前だったかにパーティに呼ばれた時も、着慣れないスーツに肩身の狭い思いをした記憶がある草間武彦は、同行するシュライン・エマの言葉にも顔をゆがめるばかり。
「ただで飲み食いできる機会ですし、存分に食べ貯めておきましょう!」
笑顔に加え、ガッツポーズまでして言ってのけた草間零に、
「零……」
「零ちゃん…」
草間とシュラインの眼にホロリと何かが光ったのは気のせいじゃない。
その後も続いて人はやってくる。
「他にもっと誘う人がいたんじゃないのか?」
マーニ・ムンディルファリは辺りを見回し、自分とは不釣合いと思えるような服装に身を包んだパーティの参加者たちを見て、不安そうに山本建一を見た。
「なかなか会えませんので、今日くらいはマーニさんとご一緒したいと思ったんです」
ご迷惑でしたか? と、軽く首をかしげた建一に、マーニは矢継ぎ早にそんなことはないと返す。
「その…ありがとう」
自分から進んで華やかな場所へ出るようなことは無いせいか、服装にもかなりの努力が見て取れる。
「よくお似合いですよ」
礼装としてのタキシードを着込んだ建一は、そんなマーニに優しく微笑みかけた。
そしてパーティ会場では、礼服としても使えるのりを利かせたいつもの黒装に身を包んだアレスディア・ヴォルフリートが、全体を見渡せるような壁にもたれ、届いた招待状に眼を落としていた。
(……教会でミサというのも、季節柄、趣があって良い……の、だが……)
ツアーの内容が書かれたその招待状を見つめ、華やかな場でありながらよりいっそう険しい顔になっていくアレスディア。
(……何故だろう、どうにも警戒を解けぬ)
それもこれも、いつぞやに参加したパーティでの出来事がアレスディアの中で思い出されているせいであった。
(しかし、このような場で一人しかめっ面しているというのも、あまりにそぐわぬ……)
周りを見渡せば、皆楽しそうに料理に舌鼓を打ち、笑い合っている。
「うむ、何かあれば、そのときはそのとき、だ」
アレスディアは小さく呟くと、壁から離れ、手近な料理に手を伸ばした。
その横を人好きのする笑顔で行過ぎる清水コータ。緋色のクロスタイを指先で整えて、セレブ気分を味わいながら心持堂々と会場内を散策する。
こんな機会はそうめったに廻ってこない。
「お飲み物はいかがですか?」
トレイにたくさんのグラスを乗せたボーイがコータに話しかける。
「じゃあ、これを」
指差したのは、琥珀色のシャンパン。
ボーイに手渡されたグラスを笑顔で受け取ったものの、実はコータはお酒が飲めない。
ちょっと粋がって見栄張ってみたものの、見栄でお酒が飲めるなら苦労しない。
そのまま飲まずに置いていくのも勿体無いが、飲むこともできずコータはどうしたものかと辺りを見回す。
(お!)
視線の先には、黒いロングドレスに金髪の女性。
よくよく見てみれば、ロングドレスは、中のミディドレスの上に羽織っているオーバードレスで、後ろに向かって長くなるデザインは足の長さを引き立てている。
「こんばんは」
コータは笑顔で女性に話しかけた。
「シャンパンどうですか?」
「ああ、ありがとう。ちょうど何か飲みたいと思っていたところだったんだ」
そう言って微笑んだ女性に、コータは心の中でガッツポーズを取る。
シャンパンを受け取った女性ことキング=オセロットは、どこか静観するような面持ちでパーティ会場を見つめていた。
(あの時はなかなかに、大変だった)
招待状を受け取った時真っ先に思い出したのは、あの南の島での出来事。
オセロット自身は正直ほとんど被害にあっていないが、これ見よがしにため息なんぞ吐いてみたりした。
(今年はどうなるやら)
やれやれと言った表情とは裏腹に、オセロットはどこか楽しそうだ。
「ありがとう少年。では、失礼」
オセロットは流れるような動作で、飲み干したシャンパングラスをコータの手に戻し、笑顔でその場を去っていく。
(何か起こる前に一服しておくか)
あまりにも颯爽と去っていく姿に、コータはつい見とれてしまって、はっと我を取り戻した時にはオセロットの姿はなくなっていた。
そこから数歩離れた位置で、サクリファイスはうーむと頭をひねった。
確か、正装で参加だったはず。
洋装ばかりのサクリファイスも、今回はいつもと違った服装をしようと、チャイナドレスに身を包んでいる。
しかし、一緒にいるソール・ムンディルファリの格好は、いつもの服装を少し厚めにして、ちょっと着込んだ程度だ。
「民族衣装も立派な正装ではあるが……」
入り口で止められなかったということはOKなのだろうが、あまりにもラフではないかとサクリファイスは思う。加え、あれほど嫌っていた故郷の衣装をどうして今着るのか。
「忘れないようにと、思って」
ソールの口からぼそりと呟かれた言葉。その言葉に、サクリファイスは一瞬瞳を大きくし、その後、ふっと微笑んだ。
「……そうか」
ほんの少しでも、少しの間だけでも、愛されていたのだという思い出を忘れないように。
「…………」
ソールはサクリファイスの格好を流すように見て、眉根を寄せる。
「戻る」
「どうしたんだ、いきなり?」
カツカツと踵を返して歩き始めたソールに、サクリファイスは驚いて追いかける。
『皆さーん、本日はお越しいただき真にありがとうございまーす』
会場から出る手前、軽快なアナウンスがパーティ会場内に響き、サクリファイスとソールは足を止めた。
『司会進行はお馴染み、アクラ=ジンク ホワイトが勤めま〜す。皆さん楽しんでいってねー!』
マイク片手に会場中を縦横無尽に飛び回るアクラを見ていると、何か起こりそうな予感が沸き起こってくる。
喫煙所からそれを眺めていたオセロットは、視線の先にどこか見知った男性が歩いてくるのを見て、口元に笑みを湛えた。
先に声を掛けたのは草間武彦。
「あ、あんたは…」
「一昨年ぶりか? 彼女との仲は進展したのかね?」
「あんたに言われるようなことじゃ……」
オセロットの鋭い突きに、草間は髪をかき上げ微かに照れるようにそっぽを向く。
お互いヘビースモーカー同士。どこか合い通じるものがあるにせよ草間はとことんそっち方面に弱かった。
彼女ことシュラインは、零と一緒に挨拶回りの真っ最中だ。本当ならばここで草間も一緒に回るべきなのだが、早速ニコチン切れを起こしダウン。
「やれやれ。情けない大黒柱だ。あいさつ回りが終わるほんの一時タバコを我慢できんとは」
ふぅっと息を吐いて首を振るオセロットに、草間は口元を引きつらせて苦笑を浮かべる。
「ほっとけ。あんただって定期的にタバコを吸いたくなる性質だろう」
タバコを吸わないと無性に、それこそがヘビースモーカたるゆえんとも言うべき、喫煙者の性。
「生憎だが私はちゃんと場を心得ている」
その実、オセロットの身はサイボーグであるため、タバコ自体は人だった頃の思い出として口にしている部分がある。口寂しいが、止めようと思えばいつでも止められるのだ。…多分。
「あら?」
あいさつ回りが終わったらしいシュラインたちが喫煙所に顔を出し、花が咲くほどではないが、ほどほどに会話していた二人を見て、軽く首をかしげる。
「どこかで…」
会ったような気がする。話をした記憶はないが、記憶の隅に良く似たシルエットだけが思い浮かぶ。
それに気がついたのか、オセロットは最後の紫煙を吐いて颯爽と立ち上がる。そして、軽く挨拶をすると、きょとんとしたシュラインの横を行過ぎていった。
零も視線でオセロットをしばし追かけていたが、すぐさま草間に向き直ると、
「お兄さん。煙草は変わらずお金がかかりますが、今日は食事にお金がかかりません。いつまでも煙草を吸っていないで、料理を堪能しましょう」
零の言葉に草間興信所の現状が見て取れる。彼女自身に悪気は全くないのだが、それ故に真実であることが切ない。
「ああ、行く行く。そろそろ腹も減ってきたし」
スーツによって抑えられた腹にどれだけ詰め込めるか分からないが、確かに食べなければ損だ。
「上手いな。流石に……」
船一隻貸切にしてしまうほどの豪華さは並じゃない。
「同じ食材は使えないけれど、同じような味が出せるようにがんばってみるわ」
安い食材でも調理の仕方一つでフルコースにだってすることが出来る。
シュラインはそう言って、スプーンデザートをそのまま口に運ぶ。
「ん〜〜。美味しい」
2人っきりのロマンチックな夜ではないけれど、こうして楽しく3人で居られることがまた嬉しいシュラインだった。
即効で振られてしまい、ショボンと肩を落としていたコータは、やけ食いとばかりに食べはじめたテーブルの向こうで、黄色にチャイナドレスに身を包んだ中華美人チェンファンを見つけ、ぱっぱと服装を整える。
「お一人ですか?」
「あ、ああ」
どうぞと、手渡したグラスの中身がジュースなことだけが虚しいが、
答えたチェンファンの表情はどこか強張っている。
「俺も一人なんで、一緒に楽しみません?」
やはりクリスマスということもあってか、一人よりも誰かと一緒の参加者のほうが多い。
「ほら、一人よりも皆でってね」
にこっと笑ったコータに、チェンファンは肩から力が抜けたように息を吐きながら苦笑する。
あれ、やっぱり声を掛けたのは迷惑だったかな? と、笑顔の下で思い始めたコータだったが、
「ありがとう。どうも知り合いが誰も見当たらなくて、知らずに気が張っていたようだ」
そう答えたチェンファンに、コータは満面の笑みを浮かべて、手を差し出す。
「ダンスは出来るのかな?」
「う、う〜ん…」
その手をとってふふっと笑ったチェンファンに、コータは誤魔化すように曖昧な笑みを返すのだった。
ポロン…と、ハープの音が響き、騒然としていたパーティ会場がしばしの静寂に包まれる。
演奏に聞き入る者、音楽に合わせて踊る者、それぞれが思い思いの時間を過ごす。
招待客としてこの場に参加した建一も、最初は料理や談笑に華を咲かせていたのだが、やはり吟遊詩人の性であろうか、一曲弾かずにはいられなかった。
「見事なものだな」
ソーンで何度か建一の演奏を耳にしたことがあるアレスディアも、その音に聞き入っている一人だった。
そしてこのまま何も起きなければいいと思う。
今回は今に至るまで至極平和だったが、この先平和じゃなくなる可能性があるからだ。
けれどその時はその時、どんな場面であろうともアレスディアの行動や信念は変わらない。
楽しめるときに楽しんでおかなければ損だ。
「こんばんは」
アレスディアは聞き知った声に振り返る。
そこには微笑を浮かべたコールが立っていた。コールはアレスディアの顔を見てにっこり微笑むと、すっと腰を折って片手を差し出した。
「コ…コール殿!?」
その動作に少々うろたえるアレスディア。
「一曲お相手いただけますか?」
コールは伺うようにその瞳を見つめて、返事を待った。
ハープの演奏が終わり、ジャズチックな軽快なメロディが始まる。
建一の演奏が終わったのだ。
パチパチパチ。と、拍手のユニゾンが辺りを包む。
「ありがとうございます」
「あなたはいつも奏でてばかりだ」
招待客なのだから、こういう日くらいは聞く側、楽しむ側に回ってはどうかとマーニは言う。
「音楽が、私を現す術ですから」
建一はそう答えると満足げな微笑を浮かべた。
賑わいに包まれたパーティ会場の中心へ視線を向けて、サクリファイスはソールに尋ねる。
「戻るなら、一緒に戻ろうか」
戻ると言うからには何かしら理由があるのだろうし、人それぞれ違う価値観という名の“楽しい”を強要しても仕方がない。
ソールは一瞬瞳を大きくしたが、サクリファイスが振り返ったときにはもう何時もの仏頂面。
だが、うんともすんとも言わないソールに、サクリファイスは「どうした?」と聞くしかない。
ソールは軽く首を振り、
「いや。楽しもう」
今日のための折角のオシャレを無駄にしてはいけない。
ソールは、複雑な心境ではあったが、サクリファイスの手を引いてパーティの中心へと歩き出した。
パーティは夜通し行われる。
誰がいつ来てもいいように。
そして、船は次々とツアー停泊地を巡っていった。
【Music Box】
船内は暖かかったため良かったが、流石に真冬の夜はテンションが上がっていたとしても寒い。
音楽が鳴り響く園内は、正に光と音の洪水。
星の光さえ霞んでしまうほどライトアップされ、昼間とはまた違う明るさを生み出していた。
完全オートメーションで動いている遊園地内は、人間の職員が全く見当たらない。
観覧車の中央に備え付けられた時計の上側に、赤や青や黄色や緑、たくさんの色を集めて描かれたMerry Christmas。
イブの夜は更けていく。
誰もがはぁっと丸めた手に息を吹きかける。
息は白いもやとなって手にあたり、空気に混ざって消えていった。
「どうぞ」
すっと手渡された暖かいコーンスープに、訪れていた誰もがほっと息を吐く。
チェンファンははしゃぐ子供と、それを見守る大人の輪に混じって、優しそうな面持ちでそれを見守った。
今まで見たことがない光景に、呆然とその景色を見ているマーニを、建一は微笑みながら見つめる。
「どうして、あんなにキラキラと光ってるんだ……?」
時間差を置いて光りがウェーブするイルミネーションを見つめ、マーニが感嘆気味に呟く。
「電飾と言います。電気というものを使って明かりを灯す。ソーンには無い技術ですよ」
ソーンの一般家庭に出回っている灯りはせいぜいランプまでだ。一部の発明家や好事家が持っている程度の電気や電池はまったく浸透していない。
「建一は以外に物知りだったんだな」
知識の民と呼ばれる自分でも、それは今まで一度でも一族が関わった部分の蓄積から来るものだ。始めから一族の誰も知らなければマーニが知る由も無い。
「これでもいろいろなモノを見てきたつもりですから」
吟遊詩人として数々の国を廻り、たくさんの詩を作ってきた。その過程で知ったことがたくさんある。
「いつも詩を歌うだけかと思っていた」
「マーニさん……」
いつもどんな眼で自分を見ていたのやら。思い返せば歌ってばかりのような気がしなくも無いため、一概に否定もできない。
建一はそんなマーニの反応に苦笑して、
「では、ご要望どおり、一曲ご披露いたしましょう」
遥か歌声に思いを乗せて、建一は遊園地のベンチに腰掛けると、何時ものハープを取り出して、その弦をピンと爪弾く。
「いや、いい。やめてくれ」
矢継ぎ早に返された答えに、建一は驚きに目を見開く。
まさか断られるとは思わなかったからだ。建一は少々傷ついたような瞳をマーニに向けた。
「僕の歌は迷惑でしたか?」
「違う。そうじゃない」
マーニはもこもこの手袋で、そっと建一の手を包み込む。
「建一の手が冷えてしまう」
夜の冬空の下、温度はかなり低い。素手のままでは直ぐに手が悴んでしまう。そんな中でハープを弾くということは寒さの中に素手をさらすということ。冷えた手先を暖めることは容易ではない。
「冷えてもマーニさんが手を握ってくれれば直ぐ温まりますよ」
にっこり笑顔でそう告げた建一を見上げ、ぱっと両手を上げると、眼を衝撃で見開いてマーニは固まる。そのままゆっくりと俯かせた顔は仄かに色づいていた。
その頃、草間は楽しそうに笑うシュラインや零を見ながら、ベンチにどっかりと腰掛けて煙草をふかしていた。
「ありがとう。武彦さん」
ジェットコースターに乗るには不便なヒールを草間に預かってもらっていたシュラインは、髪をかきあげながら少々弾んだ息でヒールを受け取る。
寒さもふっとぶくらいのテンションでアトラクションを回っていたシュラインと零だったが、基礎的な体力が根本から違う零に付き合っていてはシュラインの身が持たない。
「私もちょっと休憩するわ」
「はい。分かりました」
零は素直に頷いて、たったとメリーゴーランドにかけていく。こういった場所には来たことがなかったためか、零は至極楽しそうだった。イルミネーションでキラキラと輝いた馬を楽しそうに見つめる零を、同じベンチに腰掛けてシュラインと草間が見守る。
「良かったのか」
「何が?」
振り返ったシュラインに、草間は短くなった煙草を加えたまま続ける。
「本当はミサに参加したかったんだろ?」
あの大聖堂での出来事を聞いていた草間は、ツアーの1つに用意されていた海上の教会にシュラインが心惹かれていたことに気付いていた。
「凄く心惹かれたのは事実よ。でもそれ以上に、武彦さんや零ちゃんと遊園地で楽しみたいって思ったの」
もし教会のミサに参加していたら、草間がニコチン切れをおこすのは眼に見えている。
それくらいならば、一緒に楽しい時間を過ごしたいと思ったのだ。
「……そうか」
小さくそう呟いた草間は、照れくさいような、嬉しいような、そんな気持ちを上手く表情に出せずに、微かに紅が差した頬でむっと顔をしかめる。
「ねぇ、武彦さん。1つくらい付き合ってくれない?」
ぐっと腕を引くシュラインに、高々煙草程度(草間にとっては死活問題だが)に気を使わせてしまったことを気がついている草間は、素直に煙草の火を消す。
「絶叫系はダメだぞ」
「ふふ。違うわよ」
途中零にも声を掛けたが、零はやんわりと断り、相当お気に入りになったらしいメリーゴーランドへと戻っていく。
「で、どれに乗るんだ?」
草間の問いにシュラインは微笑む。そして、腕を引かれるままに着いて行った。
零はそっとそんな二人を見送って、メリーゴーランドの背にもたれる。二人の背中は小さくなり、見えなくなるまでその場に居た。
「どうかしたのか?」
突然声を掛けられ、零は顔を上げる。
そこには心配そうに首をかしげているチェンファンが居た。
「浮かない顔をしているよ?」
そう言われて零は少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべ、
「そうですか?」
と、逆に問いかける。
「ああ。一人なら、私も付き合うよ。やはり、クリスマスは一人より皆で、と、私も思うから」
チェンファンは、船で言われた言葉を零に伝える。
イルミネーションは綺麗だが、それを一緒に語り合ったり感動したりできる誰かが居れば、また違った時間を過ごせるもの。
正直チェンファンもいろいろと一人で見て回ったが、やはり話し相手が居るのと居ないのとでは違うと感じていた。
零は一度シュラインたちが歩いていった方向をちらりと見て、チェンファンに振り返ると、おずおずと切り出した。
「あの、お願いがあるのですが」
何をそんなに改まることがあるのだろうと、チェンファンは首をかしげる。
「アレに一緒に乗ってくれませんか?」
そして零が指差した方向を振り返った。
瞬間顔が固まる。
「……………」
眼をぱちくりとさせながら硬い笑いを浮かべるチェンファン。
「ダメ…ですか?」
伺うように上目遣いで尋ねる零に、今更無理とは言えない。
「い、いや! 大丈夫だ。行こう」
チェンファンとてこれでも数々の死線を潜り抜けてきたのだ。
絶叫マシン程度なんでもない! はず。
「ありがとうございます!」
チェンファンは満面ではあれど、盛大に引きつった笑いを浮かべ、浮かれる零の後に着いて行った。
―――ヴュンッ……
「え?」
微かな音と共に、走り出した瞬間に消えたイルミネーション。
「電気系統の故障でしょうか?」
零は当たりを見回して足を止める。そして、思い出したようにはっとして、
「シュラインさんとお兄さんが観覧車に!」
「なら、急いで復旧させないと!」
止まったアトラクションに拘束されるのはかなりのストレスだ。停電になったことで全てが止まってしまっている。自分たちが動かなければ、この停電はそのままの可能性もあるのだ。チェンファンと零はとりあえず何か補助の明かりでもないかと当たりを見回した。
そして、少し時戻り、シュラインと草間は観覧車のゴンドラに乗り込んだ。
遊園地の観覧車といえば、一番最初に出てくる言葉はカップルだろうか。
ゆっくりと上がるゴンドラは、ノンビリとした時間を感じさせる。窓から見下ろす遊園地のイルミネーションは、光がぼやけ地上に居たときとはまた違った顔を二人に見せた。
「ありがとう。武彦さん」
「お礼を言われるようなことでもないだろ。観覧車一緒に乗るくらい……」
もしクリスマスという場面じゃなかったら、草間は照れて一緒に乗ってくれなかったかもしれない。
それくらい、そういったイメージが観覧車にはついて回る。
ゆっくりと、ゆっくりと。何も話す必要は無い。ただ同じ時を共有しているだけで、幸せを感じられる時間。
「きゃっ」
ガコンと音がして、ふっと明かりが消えたかと思うと、ゆっくりと動いていたゴンドラが停止する。
「何だ?」
突然のハプニングに草間は首をかしげ、シュラインはゴンドラの窓から外を見た。
真っ暗な闇に沈んだ遊園地。
どうやら停電を起こしたのは観覧車だけではなく、遊園地全体のようだ。
携帯電話は圏外で繋がらない。
シュラインと草間は、早く停電が復旧して欲しいと願うしかなかった。
「どうして突然暗くなったんだ?」
何が起こったのか分かりません。という顔つきのマーニが辺りを見回す。
「これは…停電ですね」
「テイデン?」
首を傾げたマーニに、建一はしばし考え、これなら分かりやすいだろうと、ポンと手を叩く。
「イルミネーションの原動力が途切れた…ということです」
そんな説明に、マーニはなるほどと頷いて、1つのアトラクションを指差した。
「じゃあ、あれに乗ってる人たちはどうなるんだ?」
建一の表情が固まる。
そうだ、ここは遊園地。アトラクションに乗っている人々だって居るのだ。
「これは大変です。動力の復旧をさせないと」
暗くなった遊園地内で、建一は明かりを生み出す呪文を唱えると、それを中に浮かせて遊園地のパンフレットを広げる。
中枢施設がパンフレットに載っているわけではないが、当たりをつけることは出来る。
「明かりです」
「良かった。真っ暗で困ってたんだ」
顔を上げた建一の下へ駆けてきたのは、チェンファンと零。
建一の明かりによってその場は照らされたが、根本的な部分を解決しなければどうにもならない。
「ここがきっと中枢ですね」
建一はパンフレットの1つの建物を指差す。
「そこへ行けばいいんだな」
マーニもパンフレットを覗き込んで、頷く。
「待って。もしかして貴方たちも停電を直しに?」
「はい。このままでは、遊園地が停止してしまうので」
「良かった。私たちも何か出来ないかと思ってたんだ」
チェンファンと零は、偶然にも出会えた協力者に顔を見合わせほっと微笑み会う。
「行くぞ」
マーニは3人を自分の周りに集め、小さく転移の呪文を唱える。すると一瞬にして4人は今まで立っていた遊園地から、どこかの建物の中に移動していた。
正直、このメンバーの中で電気系統が扱えそうな人員はチェンファンと建一のみ。
電気ボードに駆け寄ると緊急停止ボタンのガラスが割れ、ボタンが赤く点滅していた。
チェンファンは当たりを見回し、どこかに解除のスイッチがあるはずだと真剣な眼差しで探す。
「再起動をかけたほうが早そうだ」
一度完全に停止させ、システムの再起動を図る。
すると、完全に目していた画面に光が戻り、遊園地のいろいろな場所をモニターに映し出した。
「やった!」
チェンファンと零は手を叩いてガッツポーズ。
「長居は無用だろう?」
手を差し出したマーニに振れると、一同はまた遊園地に一瞬で戻ってきていた。
観覧車は、またガコンと音を立てて、ゆっくりと回り始める。
「動き出してよかったわね、武彦さん」
シュラインと草間が乗ったゴンドラが真上へと差し掛かる。
時を刻む観覧車の明かりが、一周全てと持った瞬間―――
ドーン! ドドーン!!
冬の夜空、イルミネーションに負けないほどの大輪の花火が打ちあがる。
観覧車中央のデジタル時計が、0:00をその画面に映す。
その場に居る誰もが顔を見合わせた。
「Merry Christmas!!」
【Dear Friends】
聖都エルザードの港まであと少しだろうか。船の窓から見える先に、エルザード城の尖塔が遠く聳えている。
「そろそろエルザードに着きますよ」
何時もの格好に戻ってしまったマーニに少しだけ寂しさを感じるが、自分も何時もの格好に戻っているためおあいこだ。
「いろいろ興味深かった。ありがとう建一」
返ってきた言葉が“楽しかった”ではないことに、微妙なずれを感じつつ、マーニが何得しているならいいかと健一は、
「此方こそ、ご一緒してくださってありがとうございました」
と、返す。
まぁ確かに、あれは何? これは何? と、聞かれて答えてばかりいたような気がするため、感想が“楽しい”は少々違って感じるのも事実。
「また何かありましたらお誘いしますね」
「うん…ありがとう」
これからまた何時もの毎日が続いていく。
少しでも日々に彩を、建一はそう思いながら廻る時間に思いをはせた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
☆サイコマスターズ☆
【0803/チェンファン・リー/女性/22歳/ハーフサイバー】
☆東京怪談☆
【7061/藤田・あやこ(ふじた・−)/女性/24歳/IO2オカルティックサイエンティスト】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【4778/清水・コータ(しみず・−)/男性/20歳/便利屋】
☆聖獣界ソーン☆
【0929】
山本建一――ヤマモトケンイチ(19歳・男性)
アトランティス帰り(天界、芸能)
【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士
【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト
【2872】
キング=オセロット(23歳・女性)
コマンドー
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■ ライター通信 ■
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Trouble×Travel Xmasにご参加ありがとうございました。ライターの紺藤 碧です。
実質現地にたどり着くまでの時間というものは考慮していないわけですが、クリスマス1泊(徹夜)旅行楽しんでいただけたら幸いです。
マーニをお誘いくださりありがとうございました。思いっきり電気は初体験だったので、好奇心が先んじてしまいました。
少しだけトキメキちっくな部分も入れてみましたので、それで差し引きなしと言うことで!(苦しい…)
それではまた、建一様に出会えることを祈って……
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