<東京怪談ノベル(シングル)>
誰が言ったか素敵な特技?
レイジュ・ウィナード。
背に蝙蝠の翼を持つ、ウインダー。誰が呼んだか蝙蝠の城と呼ばれる場所に住むが、本人はとりたててじめじめした性格をしているわけではない。
いつもびしっと燕尾服。姉にかわいがりかわいがりされつつも、いたって元気に時にクールに生きているつもりだ。自覚はなくとも。
さて、そんなレイジュが、珍しくエルザード城下町に出て本を買いに行こうとした日のこと――
街に出ることは滅多にない。レイジュは人の波に少々気おされながらも人の少ない古書街を目指していた。あそこなら、もう少し落ち着いて過ごせる。
本当は翼を広げて飛べばいいのだが、目立つのは好きではなかった。
「こんな真昼間からな……」
嘆息しながら、ひたすら歩いて古書街を目指す。
やがて、呼吸が安心してできる程度には開けている場所に出た。本屋は近い。陽はまだ高い、暑いのは苦手だが、今は冬だ。陽が高くてもそれほど困ることはない。
(とは言ってもやっぱり屋内の方が安心できるか)
何しろ普段住んでいる蝙蝠の城が薄暗い城である。慣れてしまっているせいか、やはりそれに近い雰囲気を求めてしまう。
とっとと静かな本屋に入ってしまおう。そう思った矢先――
横から、猛然と誰かが走ってくる気配がした。
「!」
避けるべきか受け止めるべきか考えている暇さえなかった。レイジュは身がすくんで――そのまま派手に、その気配と衝突した。
と、いうより。
突き飛ばされた。
腹に重い衝撃を受け、軽く1mは飛ばされ、ど、さっと地面にしりもちをつく。
しかしそれだけではない。重い。誰かが上に乗っている。
きゃあきゃあきゃあと、レイジュの上に乗っかった誰かは大騒ぎした。
「何かにぶつかったよ! ぺティの危機だよ! 今大変な時なのに!」
「……どちらかというと今にも窒息しそうな僕の方が危険だ」
レイジュは下でつぶやいた。思い切り胸の上にどっかと座られ、本気で苦しい。
へ、と少女がおそるおそる下を向いてきた。
レイジュはため息をついて少女を見返した。大きく2つに分けて結っている茶色の髪に緑の瞳、そばかす。どこかのメイド風の服装をしている。
その緑の瞳がみるみる大きく見開かれ――
「きゃあっ男の人! 男の人に襲われる! ぺティの人生ワーストテンに入る危機! どうしよう逃げなきゃじゃなくて追わなきゃ!」
「意味分からん……」
というかこれでワーストテンに入ってしまうのか。よいのか悪いのか。
「とりあえずどいてくれ……」
レイジュは顔をしかめながら言った。「僕は本屋に用があるんだ。貴女に用はない」
「う、危ない人物はぺティを襲わないと言っているよう。どうしようこれは仲間にするべき?」
「さっきから何を言っているんだ?」
「それ以前に見知らぬお人」
上に乗ったまま、困り顔で少女は尋ねてきた。
「姫様を知りませんか?」
「――知らない」
というか姫様とはどこの姫様だ。どの道滅多にエルザード城下町に出てこないレイジュには、どこの令嬢であろうと分からないのだが。
すると少女はますます顔を近づけてきて、
「お願いします見知らぬお人」
上に乗ったまま、真顔で言った。
「――姫様を捜す手伝いをしてくれませんか」
姫様? 誰だそれは。
ようやくぺティと言う名のメイドが自分の上から降りてくれて、パンパンと服から砂やら小石やらを払っていたレイジュは、次にぺティの口から飛び出した言葉に危うく小石につまずいて転ぶところだった。
「姫様とは、ずばりこのエルザードの王女様のことです」
「――王女……?」
「です」
「貴女は、王女付のメイドだと?」
「主に別荘のお掃除お洗濯雑用一般をしています」
「ああ、別荘の……」
そう言えばこの王国の王女の別荘は、エルザードの観光地のひとつでもあった。そこの雑用全般ともなれば大変な仕事だろう。
「その姫様が、今朝から行方不明なのです!」
ぺティは両手を胸の前で拳に握って、はらはらした様子で必死にレイジュを見つめてきた。
「姫様は世間知らずです! 今頃どんな目に遭っているか分かりません! お願いします一緒に捜してください!」
「世間知らずにしたってそんな、1人で街に出るか……?」
「ああ姫様、夢遊病の癖がまた出てしまったのかもしれない! 夢遊病かと思ったら私がいつも人間違いしてただけだったけど。それともいつものお忍び!? お忍びって言っても王様に内緒で城に行ってみるだけだけど」
「………」
「さあ見知らぬお人! 姫様を捜してレッツゴーです!」
「……僕はレイジュ・ウィナードだ」
「あ、すみません見知らぬお人!」
「………」
馬鹿にされてるのかもしれない。真剣にそう思ったが。
「だだだ駄目でしょうか見知らぬお人」
ぺティは今にも泣きそうな顔になる。それを見てしまってはレイジュも断りきれず、
(お人好しなのかな、僕も……)
思いながらも、「分かった、手伝う」と両手を上げて降参した。
まず真っ先に行ったのは、王女がよく遊びに行くという川だった。
この時期に川。寒いことこの上ないだろうに、と思ったレイジュだったが、行ってみればすぐに理由が分かった。
川の両側に林立している樹木の形が美しいのだ。
今はもう紅葉も落ちてしまっているが、この位置でこの気温……ひょっとすると冬が深まれば樹霜が見られるかもしれない。
しかしぺティは、
「姫様、姫様は泳いでないかしら、姫様っ」
川ぎりぎりの場所を走り回る。
確かにシーズンなら泳げそうな川ではあったが、
「泳いでいるわけないだろう、仮に泳いでいてもすぐに分かるぞ。というか僕はこんな時期にこんな川で泳いでいる姫をこの国の王女と思いたくない」
「ええええっ! 麗しい女性は冷たい水にも耐えるからこそ、水もしたたるいい女と言うのですよ!」
「それは例えだろうが本当に水にぬれてどうする――って、おい、待て!」
ぺティはまだ走っていた。
地面は濡れ草だった。
ぺティの靴。ただの靴。
案の定――
つるんっバシャン!
「いやーん姫様、ぺティまで引き込まないでくださーい!」
あっぷあっぷと溺れながら、
「ああ足を誰かにつかまれている! 姫様ですか!? 姫様ですね!? 姫様も溺れていらっしゃるのですか今すぐお助けします!」
そーれーとーもー! とぺティはなおも続けた。
「ぺティも水もしたたるいい女にしてくださるのですかー! 姫様、さすがお優しいですー!」
「………」
レイジュは何だか自分まで、頭から冷水をぶっかけられたような気がした。
頭がしゃきっとする。世の中にはこんな考え方をする娘がいるのだ、新しい発見だ。
同時に冷たすぎて頭痛がする。……世の中にはこんな考え方をする娘がいるのだ。いて、しまうのだ……。
「……溺れている自覚あるのか……」
レイジュは肩を落として、翼を広げ川の上空からぺティが上へと伸ばしている手をつかんで引き上げた。そのままびしょびしょの彼女をすぐ傍の川岸まで移動させる。
足首をつかんでいると思ったのは、からみついてきた単なる水草だった。
「ほら、姫君はいないだろう」
言い聞かすと、ぺティはわっと両手に顔をうずめた。
「姫様っ! 今この時にこんな綺麗な川にいないなんて……それでは水もしたたる麗しい姫様の名が穢れてしまいますっ!」
「……だからそんな王女は嫌だ……」
レイジュはため息をついた。
街中に戻ってくると、ペティは辺りを見渡した。
びしょぬれの格好をした、物凄い形相で周囲を見るメイド。……怪しいことこの上ない。
「あっち!……いえ、姫様は東より西がお好きです」
「何でだ……?」
「太陽が動いていく先じゃないですか」
「―――」
「こっち!……いえ、姫様は北より南がお好きです」
「何でだ?」
「だって南の方があったかいじゃないですか。城より別荘が南寄りにあるのもそのせいですよ」
「いや、城下町がたまたま南寄りにあったからじゃないのか……?」
「いえいえいえいえ!」
ペティが首を振ると、彼女の量の多い髪から水がべしばし飛んでくる。レイジュはそれをべしばし遠慮なく受けてしまった。避けようがなかったのだ。
まるで四方八方マシンガン。ひょっとすると武器になるかもしれない彼女の髪型。
……そんなことを考えているうちに、ペティはあるひとつの道に目をつけていた。というか、目をつけてしまった。
「姫様が迷い込んでいるかもしれません! 裏道へも行くのです!」
ぺティは勢いよく、スカートを両手でつまんで路地裏へつっこんでいく。
「ちょっと待て、何でまたこんなところに姫なんかが――」
とレイジュが言ったまさにその時。
「あんだあ、嬢ちゃん」
「おー、いいトコきたな、娘さーん」
「ひっ!?」
ぺティは震え上がる。強面のお兄さんたちに彼女は囲まれていた。
「わざわざ俺たちにさらわれに来たかー?」
にたにたと笑う男たちが手を伸ばしてくる。
「―――!」
ペティは激しく首を振って拒否した。
びしばしびしばし! 髪の毛マシンガンが男たちに炸裂!
男たち、ますますいきりたつ! 怒り度125%そこはかとなく中途半端!
「大人しくしろ、このアマ……っ!」
「きゃあっ――」
「ぺティさ――!」
レイジュが手を伸ばそうとすると、その彼の前には別の男が立ちふさがり、
「兄さんは、邪、魔、だ!」
「っ!」
飛んできた拳をすれすれで避けた。そして、
「ぺティさん!」
その男たちにかつがれようとしていたその細腕をつかみ、ペティの体を思い切り自分の胸に抱き込んで翼を広げる。
ばさっ
「きゃー! さらわれちゃうよさらわれちゃうよどうしよう姫様ーーー!」
「ちょ、ぺティさん、暴れるな……っ!」
腕の中でばたばた暴れるぺティを――べしばしぶしばし髪の毛マシンガンが飛んできたが――何とかひっつかまえたまま、レイジュは地を蹴った。
男たちが飛びあがって怒りまくりながら何かを怒鳴っているが気にしない、気にしない。何となく聞いたらいけない気がする。「顔しっかり覚えてんぞー!」とか「次会ったら覚悟しろや!」とか。あれ、聞いてるよ僕。
――ぺティは暴れるのをやめない。顔にべしべしべしべし彼女の長い三つ編みが当たる。
(……人ひとり抱えて飛ぶのは楽じゃないってのに)
「ぺティさん! 僕だから。レイジュだから。落ち着いて、ここは空、もう男たちには捕まらない」
「そ――空? きゃああああああああ」
「ぺティさん暴れないでって言ってるだろう?」
……このまま捕まえて飛行しているのにも限界がある。
女の子には失礼だが、人間ひとりというのは重いのだ……
というかこんな暴れ馬を捕らえたまま飛んでいたら自分まで落っこちてしまう。
下ろすところはないか、下ろすところはないか。考えて飛んでいたら、よりによって天使の広場の上を飛んでいた。
下から、
「あー、人が飛んでるー!」
「まあウインダーさんね。素敵ね」
そんな親子ののん気な声が聞こえた。
途端にぺティは機嫌をよくしたらしく、
「お空気持ちいいよー坊や!」
と下に向かって手を振っていた。
……素敵にころっと感想が変わるな、貴女は。
「ねえウインダーさん。あの子のためにぐるぐる回ってくれませんか?」
とペティに言われ――
「無理だ。限界だ。というか名前を覚えてほしい」
「お名前? 何様でしたっけ」
「………」
レイジュは無視して、再度下りられる場所を探し始めた。
人目のない適当なところでぺティを下ろして、ぺティが暴れたせいで乱れた服装を払う。
「あ、失礼しました」
妙なところでメイドなぺティ。はけもないのにぱっぱっとレイジュの燕尾服を払う真似をした。
さて。
「姫君を捜さないとな……」
レイジュが腰に手を当ててため息をつくと、ペティは真っ青になって「姫様!」と叫んだ。
「姫様! 姫様! 姫様!」
周囲に向かって叫び続ける。
やめろ、とレイジュはその口をふさいだ。
「万が一本当にいて、ここに姫がいるなんてさっきみたいな悪いやつらにバレたらどうするんだ? 姫君はそれこそさらわれるぞ」
「姫様ぁ……」
ペティは泣きそうになってから一変、ぐっと気合を入れなおした。
「ペティ、走り回って捜してきます! ウインダーさん、どうか手分けしてお手伝いしてください!」
「どうして僕の名前が覚えられないんだ?」
レイジュだ、レイジュ――と改めて名乗ると、ペティは困ったように小首をかしげて、
「今は頭の中が姫様でいっぱいで、他のお方の名前を入れる隙間がないんです。姫様が見つかってから頭の中いったんお掃除して――もう一度教えてもらってもいいですか?」
「……もう勝手にしてくれ」
レイジュは自分から箒した。いや、放棄した。
手分けして捜すことになり、レイジュとペティは何時に天使の広場の噴水前で、と約束して別れた。
ようやく騒がしい娘と離れて、レイジュは深く嘆息してから、ふと思った。
(……僕は姫君の顔をよく知らないんだった)
なんだかペティのせいでとんでもない想像図ができあがっているのだが。とりあえず……まああれだけ「水もしたたる水もしたたる」と言っていたところからして、美人なのは確かだろう。
……姫付のメイドということでひいき目もついているだろうか? あのメイドならとんでもない色眼鏡で見ていそうな気もする。
まあここは美人だと思うことにして……
(だが美人にも色々あるだろう……このエルザードの王族は普通の人間だったか?)
レイジュはそれさえも知らなかった。
「………」
少し考えた後、諦めてあまり得意ではない「他人頼み」に手を出すことにした。
すなわち“聞き込み”――
少し周辺の住民に聞いてみれば、王女が美人だということは本当だと分かった。人相も分かった。
そしてペティがあれほど心配する程度には、ほわんとした女性らしいということも分かった。
王女の性格が一般市民にまでこれほど知られているというのは大問題だと思ったが、それにしても。
そんな王女にあんなメイド?
どんな別荘なんだ。
(……護衛の人間はどうしているんだ)
ペティがそんなに心配しなくても、王女が行方不明なら、まず兵士が動いているだろうに。まさか別荘には一切兵士を置いていないというのか?
(分からん……このエルザードという国は解放的すぎる)
レイジュは頭が痛くなってきた。
考えてみれば王女の別荘内が観光地なのである……城にも自由に出入りできたはずだ。
どういう国なんだ、ここは。
(それとも自分の城にこもっている僕の考えの方が保守的すぎるのか)
なぜかレイジュはそんなことに悩んでしまった。自分の城も、客人は歓迎するようにしている。しているが……
ぼんやりと姉や自分の城の世話をしてくれる友人の顔を思い浮かべ、
(ああ皆……僕はもう、城の在り方と城主としての在り方が分からなくなってきた……)
結局レイジュは。
姫様捜しを綺麗さっぱり忘れて、頭を悩ませ続けていた。
やがて夕飯の材料を買い出しに行く途中の人間とぶつかり、ガミガミ怒られて、レイジュはようやくペティとの約束の時間がとっくにすぎていることに気づいた。
まずい。姫捜しを全然してなかったとは言えない。
(彼女が見つけていればいいが……少なくともこっちは見つからなかったと言い訳するか……)
とにかく約束の場所へ急ぐ――天使の広場の噴水前。
しかし、
そこにペティの姿がない。
レイジュは戦慄した。まさかあのガラの悪い連中に再び捕まったか……!?
それとも単に、約束の時間さえ忘れたか?
……後者の方が可能性高し。レイジュは勝手に判断してほっと息をついた。
「今度はペティさん捜しか……」
どこへ行ったか。まさかまた川に戻っているわけもな……いとも言い切れない。
そしてまさか――何事もなかったかのように「いけない夕食の時間、準備しないと」とか言って別荘に戻っているわけもな……いとも言い切れない。のが悲しい。
仕方ない。翼を使って上空から街を見下ろそう――……
街全体を見下ろせるほどに上に上がってしまえば当然見える人々が小さすぎて誰が誰やら分からなくなってしまうので、ほどほどの高さを飛びまわりながら捜す。
よくよく目をこらした。人々の動きが激しい。
しかしまあ……多分、ペティは目立つ。色んな意味で……
ウインダーとは言え、しょっちゅう翼を使っているわけではない。
翼を使うのは結構消耗することなのだ。レイジュがいい加減目も翼も疲れてきて、いったん降りようかと思ったその時。
見覚えのある姿を街の端で見つけた。
(ペティさん……?)
その姿は間違いなくペティだった。マシンガン……ではなく大きく2つに結った三つ編み、メイド服。
しかし、ペティは街郊外の何もない場所に突っ立って、そのまま動かない。
何を見つめている? レイジュは身構える。何か彼女が動けなくなっている理由があるはずだ。
少しずつ、少しずつペティに近づく。うかつに声をかけてはきっといけない。翼は風にのせて、はためかせずに音を立てないように。
しかしそれと同時にペティの周囲を見渡すが、何もある様子がない。
首をかしげる。ペティはまだ動かない。
やがて地に足がついた。レイジュはそっとペティの元まで近づいた。
レイジュが近づいても、ペティは何も反応しない。
反応しないというか――
レイジュは目をこすった。おや? ペティさんの瞼……下りてないか?
案の定、もっと近づいてまじまじと見ると、彼女は明らかに目をつぶっている。
(こ……これは……)
精神修行か!? 立ったままメディテーションの世界に入っているのか……!?
普通瞑想は座ってするものだが、そこをあえて立って行っているのか……!?
……なんて。
「こら」
ぺしん、とレイジュは冷静にパティの頭をはたいた。
「ふにゃ?」
ペティはゆったりと瞼を上げた。目の前にいるレイジュを見て、ぱちぱちと目をしばたく。
「ええと……どちら様でしたっけ」
「……レイジュだ。と名乗ってもどうせ覚えていないだろう」
レイジュは指先でこめかみをもんだ。……立ったまま眠れる。器用なことだ、眠る場所に困らない、雨宿りの最中についでに寝ておくことができる、いい暇つぶしだ。
他にも色んなことに応用できるだろう。素晴らしい特技だ。ああ、素晴らしい。認めてもいい。
だが、だが――
「――姫君捜索中にその特技を遺憾なく発揮してどうする……!」
思わず声を荒らげた。ペティがひゃっと飛びあがった。
「ひ、姫様……! 姫様見つかりましたか!?」
「知らない」
「姫様ぁ!」
ペティは泣き出した。
「ああ、もう、泣かないでほしい――」
レイジュは泣きじゃくる娘を途方に暮れてみつめる。
こうして見ると……ペティはまだ若いメイドだった。十代半ばをすぎたばかりの。まだ子供だ――
(……僕もまだまだ子供だとは思うけれど)
何となく子供を泣かせてしまった気分になって、レイジュはペティを抱き寄せた。
ペティは自然とレイジュの服にしがみついて泣き続けた。体がとても冷たい。川に落ちてぬれたまま、まだ乾いていない。
(……こんなになっても、主人を捜し続けた……か)
疲れて眠ってしまっただけかもしれない。怒鳴って悪かったか。別に怒鳴られてどうというわけではないようだが。
もう少し、もう少しだけ泣かせておこう。
(いいだろう、きっと、それくらい……)
レイジュは若いメイドの冷たい体を、護るようにして軽く抱き、やがてすすり泣きに変わった声を聞いていた。
もう別荘に帰れとレイジュはペティに言い聞かせた。
捜索は、兵士に任せようと。
やはり別荘にもちゃんと兵士がいるようだ。当たり前だが、よかったとレイジュは心底安心してしまった。
とぼとぼと歩くペティを王女の別荘まで送る。
――結局捜索をほとんど手伝わなかった身としては、彼女の落ち込みようが重い。
ペティに気づかれないように陰でため息をついて――
やがて、別荘に着いた。
別荘の入り口にいた兵士が、目をぱちくりさせて「お帰りなさいませ」とペティを迎えた。
「どこへ行かれていたんですかペティさん。皆心配してましたよ」
「なに落ち着いてるの!? 姫様が行方不明だっていうのに……!」
「は? 姫なら今寝室で寝ていらっしゃいますが……」
「……へ?」
結局王女は。
ペティが目を離した間にたまたま散歩に出かけ、そしてペティのいないうちに帰ってきてそのまま眠ってしまったらしい。
それを聞いたペティは手放しで喜んでいたが、レイジュはがんがんがんと頭が痛かった。
……散々な一日だった気がする。ペティは騒ぎを呼ぶ体質なのだろうか? だとしたら本当に巻き込まれただけじゃないか、自分は。
「それじゃ僕は帰るから……」
本来の本を買うという目的も、今日は達成できそうにないと判断して、大人しく自分の城に帰ろうとレイジュは身を翻した。
「あ、待ってください!」
パティが呼び止めてきた。振り向くと、にこにことした笑顔のそばかす顔と出会った。
「たった今、頭の中お掃除しました。お名前、レイズさんですよね!」
「………」
勝手にしてくれ、と箒、ではなく放棄しようとしたレイジュだったが、
――今日はレイズさんに姫様捜索を手伝ってもらったんですよ、レイズさんがレイズさんがレイズさんが――
エコーがかかって頭に響いた。
レイジュはペティに向き直った。
「……やはり訂正しておく。僕の名前はレイ『ジュ』だ。レイジュ・ウィナードだ」
メイドならしっかり頭の中を整理して覚えてくれ――と、彼は疲れきった声でそう頼んだ。
ペティはぱちぱちとその緑の瞳をしばたいてから、にっこりと笑った。
「はい、『レイジュ』さん!」
■■■ ■■■ ■■■
マシンガン並みの攻撃力を持つ長い三つ編み。
緑の瞳。
そばかすのにこにこ顔。
――レイジュは時々思い出す。
今頃彼女は何をしているだろうか――
「……掃除をしている途中で、箒を持って立ったまま寝ているかもな……」
肩をすくめ、そしてようやく買って来ることができた本に視線を落とした――
<了>
ライターより-----------------
こんにちは、今回もシチュエーションノベルをありがとうございました。
お届けが大変遅れましたことを心からお詫び申し上げます。
少しでも楽しんでいただけましたら嬉しいです。
よろしければまたお会いできますよう……
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