<WhiteChristmas・聖なる夜の物語>


聖なる夜の願い事

●オープニング
 死者の願いを叶える存在である夢現は、クリスマスで賑わう街並みを歩いていた。
 白い着物、赤い帯、素足という夢現独特の衣装は、かなり浮いた存在であるが本人はお構いなし。
「クリスマスというものには興味ないが、こういうのも悪くはない」
 歩いている途中、サンタクロースと魔女の衣装を組み合わせたような衣装を着た少女とぶつかった。
「ご、ごめんなさいっ!」
 頭をペコペコ下げ、夢現に謝る少女は「エファナです」と名乗った。
「気をつけろ」
 そう言って立ち去ろうとした夢現だったが、エファナに自分と同じ力があるのでは? とふと足を止めた。

「貴様も夢を叶えし者か?」
「ちょっと違うかな? あたしは『人々が最も喜ぶクリスマスプレゼント』を探しているの。それって、何なのかな?」
 首を傾げて考え込むエファナに、夢現は
「人の喜ぶ顔。それが、何よりのプレゼントというものではないのか?」
 とアドバイス。
「そっかぁ! そのテがあったんだ! ありがとう、お兄さん!」
 お兄さん、では無いのだが……と困った顔をする夢現。
「待て。貴様一人では何をしでかすかわからん。我も同行しよう」

 ――生者の願いを叶える、というのも悪くはないだろう。

 こうして、エファナと夢現は「人の喜ぶ顔」という贈り物を届けることにした。

●心語の願い
 松浪・心語(まつなみ・しんご)は、聖獣界ソーンに来て初めて「クリスマス」というものを知った。彼がいた中つ国・炎帝国にはクリスマスという概念自体が無いからである。
 クリスマスに関しては、ソーンにいる仲間達から「家族や友人と集まり、賑やかに過ごす日」であるという程度の認識しかなく、かつて居た異世界では傭兵だった故、戦地であればどこへでも赴いていたので、仲間と楽しく過ごしたことなど皆無に等しかった。
 そういうこともあってか、初めてライトアップされたクリスマスツリー、クリスマスケーキが入った箱を大事そうに抱えて大喜びの子供、寄り添いながら幸福そうに歩いている恋人達を見て、心語はカルチャーギャップを感じた。
「これは……一体何事だ……?」
 不思議がった心語の側を通りかかったエファナは、嫌がっている夢現の腕を組んだまま彼を引き止めた。
 二人は東京にいたはずなのだが、エファナの力でソーンにやって来たのだ。
「お兄さん、何で驚いているの? 今日は楽しいクリスマスなんだよ」
 クリスマス、と言われても……と困る心語。知らないので無理は無いが。心語は、クリスマスの話を切り出したエファナに訊ねた。
「クリスマスというのは……本来はどういう日なのだ‥‥? 俺がかつて居た世界には、そういうものが無かった……」
 何を寝ぼけたことを言うのだこやつは‥‥と不機嫌になった夢現は、エファナに詳しく説明しろと言わんばかりにきつい視線を送る。
「えっとね‥‥クリスマスっていうのは、イエス・キリストっていう神様のお誕生日なんだよ。神様が、人間として産まれてきてくださったことを祝うことが本当のことなんだけど。25日が、キリストのお誕生日なんだよ。昔の暦では、日没を一日の境目としてたから、12月24日の夕刻から朝までをクリスマス・イヴとして祝っているの」
 世界各地によって祝い方は異なるが、今頃、クリスマスの概念が無い世界の人々は、それぞれのクリスマスを過ごしているだろう。
「キリスト、というものの誕生祝いなのだな……。それで……皆、パーティをしたり、クリスマスプレゼントを渡したりして‥‥楽しそうにしているのだな‥‥」
「そういうこと♪ プレゼントを貰ったりあげたり、大切な人や家族と楽しく過ごし、キリストの誕生日をお祝いするのはクリスマスなんだよ。わかった?」
 わかった……と、首を縦に振る心語。

 余談。イタリアのクリスマスでは、プレゼントを持って来るのはベファナという名の魔法使いである。エファナの名前は、これからついたらしい。
「俺も‥‥仲間と共にクリスマスを過ごしてみたかった‥‥」
 遠い目をしながら楽しそうにしている人々を見ながら呟く心語に「貴様に良い夢を見せてやろうか」と、夢現が言い出した。
「良い……夢……?」
「貴様は、何が望みだ」
 心語の望み。それは……かつての友人と、クリスマスを過ごしたいことだった。
「俺の願いは……できるなら元の世界で、死んだ戦友と一晩だけでも昔のように酒を酌み交わし、昔話や軍にいた当時教えてもらった軍歌を歌ったりしながら、穏やかに過ごしたい……」
「わかった。その願い、叶えよう」
 そう言うと、夢現は、心語の額にそっと右手を当てた。
 
 心語は、どのような夢を見ているのだろうか……。

●心語の過去
「ここは……?」
 ソーンにいたはずなのに、今、心語がいる場所は、戦が続いている戦場であった。
「これは……俺の過去……なのか……?」
 自分が望んだのは、かつての故郷で亡き友とクリスマスを過ごすことであり、過去に戻ることではない。それなのに、何故このようなところに……。
 考えれば考えるほど、心語の頭は混乱した。
 戦場から遠く離れた場所にいるので、自分に危険が及ぶことは無いのが不幸中の幸いであった。

 暫く様子を見ていた時、心語は、愛剣「まほら」を構え直し、前線で戦っている自分の姿を見た。その隣には、戦友だったかつての友、後ろには多くの傭兵仲間がいた。
「俺の戦友……共に戦った仲間……すまない……」
 自分だけ生き残ってしまったことを責め、心語はへたりこんで泣いた。
 頼もしく豪快に笑う友の姿を見たことで、涙はとめどなく溢れた。
 どんなに苦しい戦況であっても、共に戦ってきた友。
 楽しいことも、苦しいことも分かち合った傭兵仲間。
 その友が、傭兵仲間が、自分と共に戦っている姿を見た心語はとても辛かったが、これは、夢現が見せた夢のひとつに過ぎない。

 心語が見ている現在の戦況は、とても難しい状況であり、敗退が続けば否応なしに部隊は散り散りになることだろう。
 別行動中の部隊と合流するため、心語と戦友達の部隊は他の部隊との合流地点に移動したが、その途中、敵との小競り合い程度の戦闘が度々合ったが、ほぼ無傷で合流できたのは、不幸中の幸いと言えよう。
 合流地点はとても見晴らしの良いところだったので、いつでも敵の様子を見張ることができ、奇襲を仕掛けるにはもってこいの場所だった。
 仲間の一人が、数人で身を隠せる場所があるか探索しに向かったその時、敵軍による弓の奇襲が。それにより、仲間数名を失った。
 上官は、部下全員に「全部隊、今すぐこの場を撤退せよ!」と命じたが、合流場所に駆けつけた兵士の槍に胸を刺され、暫くして息絶えた。
「皆、早くこの場を立ち去れ! 上官の死を無駄にするな!」
 戦友の先導により、皆は合流場所を離れた。

 そこから離れた場所から見張りをしていた傭兵の一人が、先発部隊の様子の確認したが、項垂れて「戦況は良くないようだ……」と告げた。
「それでも……俺達は戦うしかない……。生きる糧を得るために……」
 心語はそう言うが、戦に勝っても負けても報酬を貰い、次の戦場へ赴くことができればそれで良かった。
 彼には、それしか生きる道が無い。行き続けていれば、の話であるが。

 先発部隊は、仲間の祈り虚しく全滅してしまった……。
 その敵を討つ! と意思を固めた全部隊は、敵軍に立ち向かった。少人数ではあるが、戦うしか他に方法は無い。犬死にしようが、全滅覚悟で敵を倒すのが傭兵の生き様だ。
「全軍突撃! 今こそ、敵を滅ぼす時だ!!」
 勇ましく指揮を執った隊長こそ、心語の戦友だった。
「心語、おまえとはここで別れることになりそうだな。もし、また会うことができたら、酒を酌み交わそうぞ」

 それが……戦友の最後の言葉だった。

 心語がいた部隊が戦を終え、隊長の元に駆けつけた時は……多くの兵士が倒れていた。皆、既に息絶えているのだろう……。
「うう……」
 そんな中、かろうじて生きている兵士が一人いた。掠れ声だったが、心語には聞き覚えのある声のような気がしたので、兵士が倒れている場所に駆けつけた。
「大丈夫か……?」
 心語の予想通り、その人物は、上官であり、戦友でもある兵士だった。
 戦友の傍らに膝をつきながらそっと抱き起こすと、手にべっとりとした何かがついた。血であることはわかっているが、初めて直に触れたので気色悪いとさえ思えた。
 戦友は、無視の息だったが、まだ生きていて、心語の存在に気づくと、うっすらと目を開けた。
 ほんのわずかでも生きていたことに安心した心語だったが、じきに不安な表情に。

 早く……逃げ……ろ……。

 戦友が、途絶え途絶えにそう伝えた。敵が近づいていると言いたいのだろうか?
 心語に追いついた仲間の一人が、敵軍は既に撤退したと報告した。
「俺達は……捨て駒にされたのか……」
 心語は冷静にそう思ったが、それとは裏腹に、頬に何かが伝った。
 傭兵達は、雇われた国の人間ではない者はほとんどだったので、捨て駒にされるのは当然、といっても過言ではなかった。
 仲間の報告が終えると同時に、戦友は、心語に抱かれたまま、永遠の眠りについた。

 涙が枯れ果てた頃には、自分は戦友の分まで生きると誓った。
 自分に命を預けたのも同然なのだから。
 亡くなった戦友、戦友同様、志半ばで命を失った仲間の分まで生きて、命尽きるまで戦うことを決意した後、戦友を土に帰し、後ろを振り返ることなくその場を去った。
「俺は……皆の分まで生きてみせる……」
 前を見据えていたが、心語の瞳からは、涙が溢れていた。
 彼は涙を拭うことなく、行くあてのない旅に出た。

 そうしているうちに、聖獣界ソーンにたどり着いたのであった。

●心語の夢
 夜になったので、小高い丘の上で野宿するかと決めた心語。
 愛剣「まほら」を置き、寝転んで月を見ていた。
「月は……何時見ても変わらないな……」
 そんな時だった。誰かが、心語の顔を覗き込んだ。
「あ‥‥あんたは‥‥!」
 除きこんでいた人物は、戦の時は厳しい上官だが、普段は誰にでも人懐こい笑顔で気さくに話しかける亡き戦友だった。
「生き返った‥‥のか……?」
 あまりの嬉しさに涙を流す心語だったが、戦友は首を横に振った。
 自分は仮初の存在で、もう、この世には存在しないと告げた。
 良く見ると、戦友の胸には刀傷があり、そこからとめどなく血が流れ出ていた。
 部隊は全滅したのか? と戦友は心語に問うと、心語は「一部を除いて全滅した……」と報告した。
 しんみりとした二人に、何者かが声をかけた。

「そこの者達、中つ国とかいうこの異世界で酒を酌み交わし、昔話を語りつくしたいとは思わぬか?」
 大木の陰から現れた夢現が、そう言い出した。
「あんたは……あの時の……」
 こいつは誰だ? と訊ねる戦友。
「貴様は、我の力で一時的に現世に戻った者。心語の夢が覚めれば、再び土に返る存在よ。それまでは、二人で楽しむが良い」
 滅多に笑わない夢現だったが、心語と戦友の喜ぶ姿を見てぎこちなく笑うと、紫の紐がついた小さな金の鈴を二人に手渡した。紫は、あの世を示す色である。
「我からの贈り物だ。受け取れ」
 何時の間にか、夢現の背後からエフェナがひょこっと現れた。
「あたしからはコレ。マフラーと靴下だよ。マフラーは、二人一緒に巻ける長さだから、一緒にあったまることができるよ」
 エファナは、心語にマフラーを、戦友に靴下を手渡した。
「これを盛っていたら、サンタさんがプレゼントをくれるかもしれないよ?」
 エファナがそう言うと、再び夢現の背後に隠れた。

●聖夜に叶った願い事
 エファナがくれた赤いマフラーを巻き、二人は思い出話をしていた。
「俺は‥‥あなたに再会出来てすごく嬉しい……。できることなら……今、俺がいる戦のない異世界であなたと共に暮らしたいが……無理だろうな……。今は、落ち延びた先で自分を救ってくれた義兄と静かに暮らている。あなたのお陰で生き延びることが出来たこと……感謝している……。ありがとう……」
 そうか……と言う戦友は、心語は、今は異世界で平和に暮らしていることに安心した。
 中つ国は相変わらずの戦地だが、今は夢現の力のおかげで、静かな状態である。
 心語は「向こうでできた仲間と共に……楽しく暮らしているけど……あんたも一緒に居て欲しい……」と涙ながらに訴えたが、それは無理なことだというのはわかっている。
 ならば、限られた一時を戦友と共に楽しく過ごそうと決めた。
「いつか……この中つ国も、今俺がいる異世界のように……争いのない平和な国になると良いな……」
 そうだな……と言う戦友は、徳利と杯二つを取り出すと、杯に酒を注ぎ、約束通り、酒を酌み交わした。
 
 また会うことができたら、酒を酌み交わそうぞ。

 その約束は、今ようやく果たされた。
 酒のせいでもあるのか、二人は陽気に思い出話に花を咲かせ、声高らかに大声で軍歌を歌い始めた。
「あの妙な格好の二人には……感謝しきれないな。メリークリスマス……か……」
 それはどういう意味だ? と戦友が訪ねると、とある少女から教わった「クリスマス」という行事を祝う言葉だと、心語は説明した。
 楽しい時はあっという間に流れ、二人は酔いつぶれて眠ってしまった。
「あんたに会えて……嬉しかった……」
 涙を流しながら、寝言を言う心語。
「夢は終わりだ。元の世界に帰るぞ」
 眠っている心語を抱きかかえ、夢現はフッと消えた。

●夢から覚めて
「俺は……何を……? たしか、戦友と会っていたはず……」
 貴様は、たしかに友と会い、酒を飲み交わし、楽しげに話していたぞと報告する夢現。
「お兄ちゃん、故郷でクリスマス、楽しんでもらえたかな?」
 クリスマスというが、中つ国にはクリスマスがないので平日感覚である。
「ああ……楽しめた……」
 よかったぁ! と、胸を撫で下ろして喜ぶエファナ。
「楽しんでもらえてなによりだ。では、我はこれにて失礼」
 帰ろうとした夢現を、エファナは引き止めた。
「まだまだ人を喜ばせたいんだから、もうちょっと付き合って♪」
「断る」
「いいじゃない、ね?」
 エファナの必死のお願いに根負けした夢現は、もう少しだけ付き合うことにした。
「……仕方あるまい」
 二人は、心語が戦友との思い出に浸っている間に何処へと去った。

「心から笑ったのは……何年振りだろうか……礼を言う……。メリークリスマス……夢現さん、エファナさん……」

 心語の言葉が、二人に届くことを祈って、メリークリスマス……。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3434 / 松浪・心語 / 男性 / 12歳(実年齢18歳) / 傭兵】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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>松浪・心語様

はじめまして、氷邑 凍矢です。
このたびは、ご参加ありがとうございました。

私の体調不良により、納品の再修正が大幅に遅れてしまったことをお詫び申し上げます。
お待ちしていた心語様には、大変失礼なことを致しました。
今後は、このようなことがないよう、十分気をつけます。

一時ではありましたが、会いたいと願った戦友と過ごした故郷でのクリスマスは
いかがだったでしょうか?
楽しんでいただければ、とても嬉しく思います。
故郷での争いがなくなることを祈りつつ、失礼させていただきます。

心語様に、幸福が訪れますようお祈りしております。

リテイクがあれば、ご遠慮なくお申し付けください。

氷邑 凍矢 拝