<PCクエストノベル(2人)>


求めし答えの先 〜 遠見の塔 〜

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 【冒険者一覧】
 【整理番号 / 名前 / クラス】

 【 2303 / 蒼柳・凪 / 舞術師 】
 【 1070 / 虎王丸 / 火炎剣士 】

 【その他登場人物】
 【 カラヤン・ファルディナス 】
 【 ルシアン・ファルディナス 】

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 カラヤン・ファルディナスのどこか楽しんでいるような穏やかな瞳を真正面から見つめながら、蒼柳・凪はゆっくりと口を開いた。

凪「聞きたいことは ――――― 」
カラヤン「聞きたいことは?」

 視線を落とし、口篭った凪を促すかのように、カラヤンが微笑みながら首を傾げる。
 眼鏡の奥、全てを見通しているかのような透き通った瞳はどこまでも綺麗で、弟のルシアン・ファルディナスの惹き込まれるような青色の瞳とはまた違った種類の魅力を宿していた。

ルシアン「クッキーがあったけど、食べるだろ? ‥‥もしかしてここにいたら邪魔?」

 クッキーの乗ったお皿を持って入って来たルシアンが、敏感に空気を読んで首を傾げる。

凪「いや、邪魔なんかじゃない。 それと、クッキーも有難う御座います」

 ペコリと頭を下げた凪に、ルシアンは兄の顔をチラリと見てから彼の隣に腰をかけた。
 重苦しい空気に引きこまれるかのように、ルシアンが表情を硬くして黙って座っている。
 カラヤンは相変わらず神父様のように慈悲深く優しい笑顔で凪を見守っている。

凪「俺の聞きたいことは‥‥‥非時の花のことで‥‥‥」
カラヤン「非時の花とは、何です?」

 目を細め、興味深そうに話を待っているカラヤンと、諌めるような視線で兄の横顔を見つめているルシアン。
 賢者様は何でもお見通しなのだろうが、知識をばら撒くようなことはしない。
 何を知りたいのか、どうして知りたいのか、どのくらい知りたいのか ―――――

凪(俺は、試されているのか‥‥‥?)

 手紙を出し、来るかどうかの様子を見る。来たら来たで、話し出すまで黙っている。
 自分から呼び出したからと、勝手に話し出すようなことはしない。

凪(そうだ‥‥‥きっと、試されているんだな‥‥‥)

 己の持つ知識を分け与えるだけの価値がある人間なのか。
 己の持つ知識を有効に使える力のある人間なのか。
 知識は原石だ。ただ持っているだけでは、石ころと見分けはつかない。
 磨いてみなくては輝き出さないし、間違った磨き方をしてしまえばダメになる。

凪「俺の持つ力のことで‥‥‥でも、よくは、分からない」
ルシアン「自分の力なのに?」
凪「‥‥‥あぁ」
カラヤン「非時の花は、遺伝によって受け継がれる能力で、人間の能力や寿命を高める効果があります」

 スラスラと紡がれた説明に、凪は顔を上げると目を見開いた。
 驚いた表情のまま固まった凪に、貴方が聞いたのでしょう? と、クールな視線を返すカラヤンは、やはり噂通りの賢者だったようだ。

凪「そう‥‥‥でも、ただ与えていると言うより、人間の隠れた力を引き出しているように感じる‥‥‥」
カラヤン「‥‥‥使った事があるんですね」

 ニッコリ ――― 真意の分からない笑顔は、純粋にも不純にも見えた。
 ルシアンがそろそろとクッキーに手を伸ばし、パクリと口に入れる。
 綺麗な青い瞳と目が合い、視線で「君も食べなよ」と促された凪は、クッキーを一枚掴むと半分くらいのところで齧った。
 サクリとした食感と、舌に絡みつく甘さ‥‥‥いつの間にか渇いていたらしい口の中に追い討ちをかけるかのように、クッキーが残っていた水分を全て奪っていく。
 ゴクリと無理矢理喉に押し流し、紅茶に手を伸ばす。
 ややクセのある香りは、アールグレイだろう。

カラヤン「それで、その能力について、他に聞きたいことはなんですか?」
凪「‥‥‥俺は、この能力のせいで追っ手に追われている。出来れば、この力を隠して追っ手に追われないようにするか、いっその事無くしてしまいたいと思っている」
ルシアン「宿った力を無くす事って出来るの、兄さん?」
カラヤン「さぁ、それはどうでしょう‥‥‥」

 曖昧に暈したカラヤンが、ふと視線を落とすと手を組んだ。
 兄の様子に自身も何かを感じ取ったらしいルシアンが、ハッとした顔で固まる。

凪「何かあったのか?」
カラヤン「どうやら誰か入って来られたようですね‥‥‥」
ルシアン「何か、君を追って来た人と戦ってるみたいだけど」
凪「えっ!?」



* * *



 虎王丸は螺旋階段を上るうちに、階段の魔力に囚われた事を知った。

虎王丸(そりゃそうだろうな‥‥‥)

 求めるべき質問は、今や意識の底に溜まっている。
 この塔にいるはずの凪の心配以外に、浮上してくる感情はなかった。
 延々続く螺旋階段を一段抜かしに駆け上がり、華奢な手すりを乱暴に掴んで身体を引き上げる。
 どれくらい上ったのか分からないほど同じ動作を繰り返し、様々な感覚が麻痺し始めてきた時、突然数階先の階段に黒い影が見えた。
 短い毛足の絨毯が敷かれた階段は虎王丸の足音を柔らかく包んでくれていたが、忍者の聴覚は敏感だった。
 手すりを乗り越え、直でコチラに降りてきた忍者を前に、虎王丸は刀を鞘から抜くと構えた。

虎王丸「お前ら、凪はどうした!?」

 威勢の良い虎王丸の怒声にも、忍者達に怯む様子はない。
 それもそのはず、彼らは特殊な訓練を受けており、たかが声くらいで尻込みをしているようでは、一人前の忍者として認めてはもらえない。
 虎王丸もその事に関してはよく分かっていた。
 彼らが驚くほどの身体能力を有している事も、パワーは虎王丸の方が勝るが、スピードも回避も持久力も相手の方が勝っていると言う事も。
 素直にやりあって勝てる相手ではないと言う事も、十分承知していた。

忍者「それはこちらのセリフだ」

 口元を覆う布によって、声は半分以上こもってしまっている。
 どういうことだ? と、眉を跳ね上げた虎王丸の顔を睨みつけ、忍者が素早く動いた。
 投げられた苦無(くない)を刀で弾き落とし、数段下りて間合いを取る。

虎王丸(ヤツラの口調から察するに、凪は無事って事か?)

 それならば、忍者達とやりあう理由は無い。
 恐らく凪はこの塔に住むカラヤンとルシアンの元へと行っているのだろうが、そこは螺旋階段の魔力によって保証された安全な場所だ。

虎王丸(ここは引いた方が良いんだろうけど‥‥‥)

 凪はこの塔に住む兄弟のところに行っているけれども、この螺旋階段には魔力が働いているため、上って行くことは出来ないから諦めろ。
 そう言って素直に帰してもらえるとは到底思えない。
 今にも飛び掛ってきそうな忍者達を前に、虎王丸は小さく舌打ちをした。
 一人を相手にするだけでも骨が折れると言うのに、この人数を相手にするなんて無理だ。一人を相手にしているうちに、他の忍者に背後を取られる危険性がある。
 一撃で倒せない限りは、勝ち目はない‥‥‥ 以前凪がそう言っていた事を思い出し、虎王丸は唇を噛んだ。

虎王丸(どうやったらこの場を切り抜けられる? どうすれば良い?)

 このままでは絶対に勝てないことは分かっていたのだが、かと言ってどうすれば勝機が見えてくるのかも分からない。
 彼らの人並みはずれたスピードを知っているため、うかつに背を向ける事も出来ない。

忍者「あの方はどこにいる? さぁ、言え」
虎王丸「‥‥‥もし俺が知ってたとして、言うと思うか?」
忍者「それならば、言いたくなるようにしてやろう」

 動き出す気配を感じ、刀を構える。
 目にも留まらぬ速さで間合いに飛び込んでこられ、虎王丸は間一髪のところで小刀を避け、刀で叩き落とした。
 右手から飛び掛ってきた忍者を避ける ――― 相手の出す殺気を敏感に感じ取っての反応は、反射神経に近く、虎王丸自身どのように動けば良いのか、頭では分かっていなかった。
 上空から投げられた苦無を避け、左手から飛び込んできた忍者を刀で斬る。
 残像を残しながら右に避けた忍者が、虎王丸の脚を蹴り上げる。
 膝の部分に入った足にあっけなく体勢を崩した虎王丸だったが、刀を床に突き刺し、転ぶことだけは免れた。 ‥‥‥ただ、それにどれほどの意味があったのかは分からない。
 体勢を崩した虎王丸の背後を取ることなど、彼らにとっては赤子の手をひねるようなもの。高く跳躍して背後に降り立つと、虎王丸が刀を抜くよりも早く首筋に小刀を突きつけた。
 ヒヤリとした刃が、小麦色の首筋に当たり、虎王丸は顔を顰めた。

忍者「吐くか死ぬか、選ばせてやろう」
虎王丸「どっちにしろ殺すつもりなんだろ?」

 挑発的な虎王丸の瞳に、目の前にいた忍者が振り子のように脚を振る。
 跪いていた虎王丸のお腹に入った蹴りは想像以上に重く、息が詰まりむせ返る。
 急きこむ虎王丸の髪を乱暴に掴み、顔を上げさせると、先ほどよりも強く刃を突きつける。

忍者「死ぬにしたって、痛いのと痛くないのならば、後者の方が良いだろう?」

 邪悪な笑顔は、今までの彼の人生を如実に物語っているような気がした。
 きっと彼はコレまでにも、人を捕らえ、いたぶり殺して来たのだろう‥‥‥。

虎王丸(腐ってやがる‥‥‥)

 苦虫を噛み潰したような顔で、相手を下から睨み上げる。
 クツクツと楽しそうに笑う彼は、口の中で小さく「面白い」と呟くと、仲間に合図して虎王丸を無理矢理階段に伏せさせた。
 小刀をクルリと手の中で回し、腕を一本前に出させると、背筋が冷たくなるほど凶暴な瞳で虎王丸を見下ろした。

忍者「もう一度聞く。あの方は、どこにいる? 今のうちに答えた方が良いぞ」
虎王丸「答えねぇと、どうなるんだよ」

 馬鹿にするような軽い口調で言い返した虎王丸だったが、その先に続くであろう彼の言葉は分かっていた。
 クルクルと、まるでペンでも回すかのように華麗に小刀を回していた彼が、突然無駄の無い小さな動きで手首を捻った。
 手から抜けた小刀が、ザクリと虎王丸の目の前に突き刺さる。
 前髪が数本断ち切られ、良く磨かれた刃に自分の顔が映る。

忍者「まずは右手の小指から、親指まできたら左の小指。 ‥‥‥そんな痛い思いをしてまで庇う相手か?」
虎王丸「‥‥‥ンだと?」
忍者「奴隷だったところを助けてもらったからって、いつまでもあの方を守ろうと思ってるわけじゃないんだろ?」
虎王丸「俺は‥‥‥」
忍者「あの方は、どうしてお前なんかを助けたんだろうな。 ‥‥お前、考えたことあるか?」

 小刀を抜き、広げられた虎王丸の手を踏みにじりながら、男が楽しそうに声のトーンを上げる。
 根っから人をいたぶるのが好きらしいこの男に、虎王丸は痛みに耐えながらも決して屈しないと心に固く誓った。

忍者「自分を見てるようだったんじゃないか? 囚われている自分と、重ね合わせでもしてたんじゃないのか? あの方は、お前を助けたわけじゃない。自分を助けたかったんだ。でもそれは叶わないから、ただの同情で‥‥‥助けてやっただけじゃないのか? あのお方はな、きっとお前なんて見てなかったんだよ。助けられたと思っているのは、お前だけじゃないのか?」
虎王丸「凪は‥‥‥」
忍者「あのような高貴なお方が、お前なんかを目にかけるはずが無いだろう? 霊獣を宿した戦士だがなんだか知らないが、所詮お前は‥‥‥お前らの種族は、ただの負け犬、ただの奴隷だろ?」

 カッと、目の前が真っ赤に染まるような錯覚が襲う。
 身体にどれほど苦痛を与えられようとも、虎王丸は耐え切れる自信があった。
 けれど、ここまで心の中に土足で踏み込まれては、流石の虎王丸も自我を失いそうだった。
 自分の事を貶められるのならばまだ良い。まだ我慢が出来た。

虎王丸「‥‥‥今、なんつった?」
忍者「奴隷だっつったんだよ。 負け犬だっつったんだよ、お前の種族は!」
虎王丸「ふざけんな!!」

 腕に力を込める。
 けれど、相手の力は虎王丸以上に強い。彼らは、何処をどう押さえれば動けなくなるのかをよく心得ているからだ。

虎王丸(この鎖さえなければ‥‥‥)

 こんなヤツラ、すぐに叩きのめしてやる。
 種族を馬鹿にしたこと、凪を馬鹿にしたこと、後悔させてやる。

虎王丸(この鎖さえなければっ!!!)

 怒りで顔を真っ赤にし、憎悪に瞳をギラつかせた虎王丸の顔を満足げに見下ろし、男は真っ赤になった手から足をどけるとしゃがみ込んだ。

忍者「それで、あのお方は今、どこにいるんだ?」
虎王丸「‥‥‥例え知っていたところで、誰がお前らなんかに教えるか!」
忍者「じゃぁ、まずは小指から‥‥‥だな」

 ニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべた男は、小刀を持った右手を振り上げた ―――――



* * *



凪「虎王丸!!」

 カラヤンが奥から持ってきた水晶には、忍者に取り押さえられた虎王丸の姿が映っていた。
 何を言っているのかは分からないものの、虎王丸の顔は怒りに歪んでおり、彼の前に立つ男は身の毛もよだつほど恐ろしい顔をして小刀を手の中で弄んでいる。

ルシアン「‥‥‥どうするの、兄さん」
カラヤン「どうするも何も、大切なお客人のご友人、助けなくてはなりません」
ルシアン「でも、どうやって?」
カラヤン「そうですね‥‥‥」

 水晶玉の中で、虎王丸の右手が踏みにじられるのを見ながら、凪は自分に何か出来る事は無いかと、オロオロとしていた。
 普段ならばこれほど取り乱しはしない凪だったが、実際に虎王丸が劣勢の状態でいたぶられているのを見て、落ち着いてはいられなかった。
 意味もなくソワソワと手を動かし、聞こえもしないのに虎王丸に呼びかける。
 カラヤンが何度も落ち着いてくださいと声をかけるが、言葉は届いていないようだった。

ルシアン「兄さん、これなんてどうかな?」
カラヤン「あぁ、良いですね」

 掌に乗るくらいの小さな黒い玉を持ってきたルシアンが、それじゃぁちょっと行ってくる、と言い置いて扉の外に出る。
 不安げに顔を上げた凪に優しい微笑を返しながら、大丈夫だと力強く言うカラヤン。
 拳を握り締めて見つめる先、水晶が突然白く濁った。

凪「これは‥‥‥」
カラヤン「あの方達のお知り合いならば、見たことくらいはありませんか?」

 悪戯っぽい笑顔で、カラヤンが首を傾げた。



 振り上げられた小刀に、虎王丸は目を瞑った。
 直ぐ後に来るであろう痛みに耐えるために歯を食いしばり ――― ボムと、何かが破裂したような篭った音に目を開ける。
 前方から流れてきた白い靄は、瞬く間に忍者と虎王丸を飲み込み、視界を奪った。

虎王丸「これは一体‥‥‥」
????「ボケーっとしてないで!」

 背中に乗っていた重みが消え、誰かに腕を掴まれる。
 乳白色の煙の中、虎王丸は立ち上がると、知らない誰かについて走った。
 背後から追ってくる気配を感じながら、それでも振り返らずに階段を一段抜かしに駆け上がる。
 どのくらい上っただろうか‥‥‥ふっと背後に感じていた殺気が消えた瞬間、煙が薄れた。

????「あぁ、やっぱりあの煙、変な臭いだね‥‥‥」

 深呼吸をし、顔を顰めた少年がこちらを振り返る。
 明るい金髪に綺麗な青い瞳をした彼のことを、虎王丸は知っていた。

虎王丸「ルシアン・ファルディナス」
ルシアン「そうだよ。君は‥‥‥そう、虎王丸君、だよね?」
虎王丸「凪は‥‥‥凪は無事なのか?」
ルシアン「君よりは無事かな? 手のところチョコっと擦りむいてるけど、消毒しておけばすぐ治る程度だよ」
虎王丸「そうか‥‥‥良かった‥‥‥」

 安堵する虎王丸に優しい微笑を向け、ルシアンは階段の踊り場で立ち止まると空中で何かを掴み、手首を捻った。ゆっくりと押し開けた先には広く綺麗な部屋があり、穏やかな笑顔の青年と凪の姿があった。

凪「虎王丸! ‥‥‥良かった‥‥‥。 ルシアンさんにカラヤンさん、有難う御座いました」
カラヤン「いいえ、大したことはしてません」
虎王丸「そう言えばさっきのアレ、何だったんだ?」
ルシアン「煙幕だよ。相手が忍者だったからね‥‥‥一度使ってみたかったんだ」

 すぐに紅茶を入れなおしてくると言って奥へ引っ込んだルシアンの背中を暫く目で追い、カラヤンがソファーに座るように促す。
 よく沈むソファーに並んで座った二人は、先ほどの再会の時から一変して、気まずそうな重苦しい雰囲気に閉口していた。

虎王丸「‥‥‥凪は、どうしてここに来たんだ?」
凪「カラヤンさん達に呼ばれて‥‥‥」
虎王丸「呼ばれた?」
凪「俺の‥‥‥知りたい事を、知ってるから、って‥‥‥」

 ルシアンが紅茶とマフィンをを持って入ってくる。
 重苦しい雰囲気を感じ取り、またかと言うように肩を竦めると兄の隣に腰を下ろす。

虎王丸「それで、知りたかったことは知れたのか?」
凪「いや、まだ‥‥‥」
虎王丸「聞いてみれば良いじゃねぇか」
凪「でも‥‥‥」

 何かを隠しているらしい凪に、苛立つ。
 顔色を伺うような視線は弱々しく、凪には似合わない ――― そう思った。

虎王丸「俺には聞かせられない類の話しなのか?」
凪「そうじゃなくて‥‥‥」
ルシアン「ちょーっとお二人さん、痴話喧嘩は違うところでやってよー」
虎王丸「痴話喧嘩じゃねぇっ!!」

 ルシアンを一喝した虎王丸が、大きく息を吐くとソファーに踏ん反り返る。
 何をこんなにイライラしているのか、虎王丸自身もよく分からなかった。
 凪が隠し事をし、オドオドしているのも癇に障るが、虎王丸さえ知りえない凪の何かを目の前の二人が知っていると思うと、それにもまた腹が立った。
 子供じみた怒りだとは分かっていたが、どうする事も出来ない。

カラヤン「それより、貴方はどうしてここに来たんです?」

 冷静に状況を見つめていたカラヤンが虎王丸に言葉を向ける。
 優しく穏やかな瞳はどこまでも澄んでおり、虎王丸はほんの少し怒りを沈めると、首にぶら下がる金色の鎖を指差した。

虎王丸「コレのことを聞きに来た。ココに来た影響で、元々には無い未知の力が篭められたのは知ってる。 ある程度制御が出来るようになった。 でも、外すことは出来ねぇ」
カラヤン「外す必要があるんですか?」
虎王丸「当たり前だろ! コレのせいで力を抑えられてるんだぞ!? さっきのヤツラだって、コレさえなければ‥‥‥」

 カラヤンの瞳が細められる。
 眼鏡の奥、どこか女性的な光を宿した笑みを浮かべながら、カラヤンは凪に視線を向けた。

カラヤン「私は、貴方の知りたいことを知っています。 勿論貴方の知りたい事も」

 凪から虎王丸、そして再び凪へ‥‥‥視線が流れる。

カラヤン「今日は、その事をお話しするために、貴方をお呼びしました」
凪「はい‥‥‥」
カラヤン「ココまでいらしたことから察するに、貴方は本当に悩んでいらっしゃる」
凪「‥‥‥はい」
カラヤン「それならばやはり、お話しすることは出来ません」
凪「え?」

 変わらない笑顔は残酷で、凪は大きく目を見開くとカラヤンの顔を凝視した。

虎王丸「 ―――― っな‥‥‥それはどういう事だよ!?」
カラヤン「未来を切り開く力を、貴方達は持っています。 時には誰かの手を借り、時には誰かに頼らざるを得ない場面もあるでしょう。 それでも、貴方達は自分の道を自分達の手で作り上げていく事が出来る」
ルシアン「白紙の本の可能性‥‥‥」
カラヤン「そうです。白紙の本に未来を書き記すのは貴方達自身。 今はまだ、手を差し伸べるべき時ではないと、私は判断します」
虎王丸「なんだよそれ! 意味分かんねぇよ!」
カラヤン「いずれ、分かる時が来るでしょう」
虎王丸「いずれって‥‥‥!」
凪「虎王丸! カラヤンさんの言うとおりだ。今はまだ、知るべき時じゃないのかも知れない」
虎王丸「でも‥‥‥」
凪「自分の可能性を潰してはいけない。まだ俺達は‥‥‥全力を出してない、そうだろう?」

 自分の抱える悩みと正面から向き合い、八方塞になるまで悩みぬいたのか。
 本当に、悩みを打ち消す策は何も無いのか?
 ――――― 分からない。 まだ、全てのことを試したわけではないから‥‥‥

凪「お邪魔してすみません。 ‥‥‥行こう、虎王丸」

 どこかスッキリした様子の凪が、ペコリとお辞儀をしてから立ち上がり、扉へと歩いて行く。
 ルシアンが凪の後をチョコチョコと着いて行き、何かを楽しげに話している。
 虎王丸は彼らがこちらを見ていないのを確認してからカラヤンに近付くと、耳元に顔を近づけた。

虎王丸「最初から、凪に話すつもりはなかったんだろ? どう言うつもりで呼んだんだ?」
カラヤン「お話しするつもりでしたよ、最初は」

 穏やかな微笑みは、どこか捉えどころが無い。
 虎王丸はキッとカラヤンを睨みつけると、低く釘を刺した。

虎王丸「凪に勝手な真似をすんじゃねえ」
カラヤン「‥‥‥お約束は出来ませんが」

 にっこり ――――― カラヤンの笑顔から目を逸らし、虎王丸は凪の後を追った。



* * *



 ルシアンから貰った、切り傷によく効く薬草と痛み止めの薬を腕に、凪は隣を歩く虎王丸の横顔をチラリと盗み見た。
 カラヤンと何かあったのか、遠見の塔から一言も口をきいていない彼は、見るからに不機嫌そうだった。

凪「なぁ、虎王丸」
虎王丸「あ?」
凪「もし‥‥‥もしも、だぞ。 もし、俺が‥‥‥変な‥‥‥世間一般から見れば、容易に受け入れられたものじゃない能力を‥‥‥持っているって言ったら‥‥‥お前、どうする?」

 足を止め、虎王丸は凪の真紅の瞳を真正面から見つめた。
 いつか ――― いつだったのかはよく思い出せないが ――― 以前にもこんな顔をしていた凪を見た事がある。 強そうに見えて意外と弱い凪は、自分の事をあまり言葉にしたがらない。それが“修行”のせいなのか、それとも凪の性格なのかは分からなかったが。

虎王丸「‥‥‥そんなの、どんな能力なのか知らなきゃ答えようがねぇよ。 世間一般から見ればって、そんなの知るかよ。 どんな能力を持っていようと、凪は凪だろ?」
凪「でも、この能力は‥‥‥本来なら、あるべきじゃない‥‥‥俺は、そう‥‥‥思うんだ」
虎王丸「‥‥‥勝手に自分を否定するよーなマネはすんなよ。 あるべきじゃないとか、受け入れられないとか、お前が思ってるだけだろ? 凪は色々、背負い込みすぎなんだよ」
凪「でも‥‥‥」
虎王丸「たとえどんな能力を持っていようと、俺は気にしない。 凪は、凪でしかないんだから」

 唇を噛み、顔を背けた凪に、虎王丸も視線を外す。
 無言で歩く帰路は既に夕暮れに染め上げられ、オレンジ色の空を鴉が飛んでいる。
 足元に長く伸びた影を見つめながら、凪は胸元に手を当てた。
 複雑に渦巻く感情の中、より強い思いを取り上げる。

凪(いつか‥‥‥虎王丸に、ちゃんとこの能力の事を話せたら‥‥‥)

 きっと虎王丸は真剣に話を聞いてくれるだろう。
 何故自分達が追われているのか、何故貴種達にとって凪は必要な存在なのか‥‥‥。
 ――――― 全ての事を彼に話す日は、そう遠くない ――――――



END